テレザとシェラと龍と御馳走 ~エレメンターズ冒険記~

テルー

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第一章 幻との邂逅

1-3 初の依頼、緊張と異変 後

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 シェラたちが森に入る頃、ギルドの酒場にて。

「は、早くっ、医者を!!」

 屈強な男性の幻導士エレメンターが女を抱え、青い顔で叫んでいた。そばでは眼鏡をかけた幻導士が、同じく青い顔で必死に治癒術式を施している。
 フォレストベアの討伐に赴いた錬鉄Ⅰ級の四人パーティなのだが、ギルドに来たのは三人だけ。腕の中の女の肌は蝋のように白く、左のわき腹は分厚く鋭い何かで力任せに切り裂かれたようで、止血に使った布をしとどに濡らすほどの出血が見られる。
 周囲騒然とする中、クエスト受注カウンターの奥から鉱妖人ドワーフの老医者がずんぐりした体を揺すって飛び出した。

「貸しな!」

 容体を一目見て、医者は白衣が鮮血で染まるのも構わず女をひったくった。

「……こりゃひどいね。ここにあんたらの仕事はない、受付の嬢ちゃんの所に行きな。何があったか、報告する義務があるだろう」

 言葉使いは医者と思えないが、その声音にトゲはない。

「あっ……ああ! 頼むぜ、ノラさん」

 屈強な男は女を預け、眼鏡の幻導士と共に受付カウンターへと走っていく。ノラと呼ばれた医者は傷口に手を当て、治癒の術式を詠唱する。

「地に巡れる命の父よ。穴を塞ぎ流れを堰き止め、平穏をもたらしたまえ――――『止血(ヘモスタシス)』」

 瞬間、彼女の足元から幻素エレメントが出現し、傷口に続々と集結して出血を止めた。土属性幻素ガイアエレメントの特性「集合と緻密」を活かした術式である。
 が、女幻導士の出血量は既にかなりの量に達していた。脈拍も弱く、このままでは回復は厳しい。間髪入れず、次の詠唱に入る。

「地に巡れる命の父よ。眠れる大熱を目覚めさせ、地に溢れさせたまえ――――『強心カディアトニック』」

 体内に注入された幻素が強心作用を発揮し、女幻導士の身体が跳ねた。
 弱っていた心臓の鼓動が回復し、止血効果と相まって女幻導士の容体を此岸へと引き戻す。ヒューヒューと細く、今にも途切れそうだった呼吸音が止み、代わりに咳と独り言が漏れる。

「カハッ……ごほっごほっ。い、生きてる……?」

 意識が戻った証拠だ。おおーっと周囲から喝采が上がったが、ノラは誇るでもなく指示を飛ばす。

「ええい、重傷者の周りで騒ぐんじゃないよバカども。この子に飲ませるから、薄めの塩水を誰か作ってきなっ。……酒じゃないよこのバカ!」





 一方。女幻導士をノラに託した二人は、ギルドの奥でフィーナに事情を説明していた。まずはパーティのリーダーである、屈強な男が依頼の経過を説明する。リーダーとして話さなければという責任感と、パーティを半壊させられた恐怖の狭間で、彼の顔は今にも崩壊しそうに歪む。

「俺達はフォレストベアの討伐依頼を受注し、すぐに出発した。フォレストベアは以前にも討伐した経験があったし、今回もいつもと同じパーティだった」

 フィーナは半ば答えを察しつつ、それでもリーダーに尋ねる。

「四人で受注されてましたよね。もう一人は……?」

 感情を押しとどめてた堰が、この一言をきっかけに崩壊し始める。リーダーの声が湿り、かすれた。

「一人は、気絶させられて、森へ引きずられて……ッ」
「……そうですか。でしたら、急ぎ救援を送らなければいけません。何があったか、教えていただけますか」

 我ながらずいぶんと酷なことを頼んでいるな、とフィーナは思う。しかし、これ以上の被害を出さないためには彼らの情報が不可欠なのだ。
 そう心を押し殺して質問を続けていると、

「……あれは、フォレストベアじゃなかった」

 リーダーから予想外の言葉が聞こえた。

「フォレストベアじゃなかった?」

 思わずオウム返ししてしまうフィーナ。証言は続く。

「大きさも体色も、フォレストベアに近かった。だが、あのパワーとスピードは絶対に''ウォーグリズリー''のものだ」

 決定的な情報を受け、フィーナの血相が変わる。

交雑種ハイブリッド……!」

 フォレストベアとウォーグリズリーの交雑種、交雑熊ハイブリッドベアは過去にも少数だが確認されており、その度にフォレストベアだと思い込んで討伐に向かった幻導士に犠牲者を出している。
 元々討伐の目安としては、フォレストベアは青銅から真鍮級が三名、ウォーグリズリーは赤銅級が三名とされている。
 フォレストベアを討伐できたら一人前。ウォーグリズリーを討伐すれば一流の幻導士エレメンターと言って良いだろう。

「交雑熊の実力はウォーグリズリーよりも劣りますが、フォレストベアよりははるかに強い。錬鉄Ⅲ級が四名以上、というところでしょう」

 フィーナが資料から実力を推定すると、今まで無言だった眼鏡の幻導士が我慢できなくなったというように、その拳を机に叩きつけた。

「爪の長い足跡に、遠目に見ても太い手足。今思えば、違和感はあったはずなんです。なのに、何も言わなかった……僕の責任だ……ッ!」

 どうやら彼は、斥候スカウトの役目を担っていたらしい。しかし交雑熊の容姿はフォレストベアと非常によく似ている。じっくり観察できる研究所のような場ならまだしも、狩場で見分けるのは困難だ。

「自分だけをあまり責めないでください。今は一刻も早く、交雑熊を討伐することこそが重要です。どこで交戦し、その後どこへ向かったかが分かれば、これ以上被害を出さずに済みます」

 その様子に心を痛めつつ、フィーナは少しでも冷静にさせるような言葉を選ぶ。仲間よりも今後を考えさせれば、より多くの情報が出てくるかもしれない。
 受付嬢になる時、いつかこうした事態に直面するとギルドマスターから言われた。地域の安全のために、失意の底に沈む人間からも情報を聞き出さなければならないと。その時が、今だ。
 そんなフィーナの胸の内なぞ知らないだろうが、眼鏡の幻導士の目に少し力が戻る。大きく息をつき、頭を整理した彼はゆっくりと話す。

「えっと……村から、東に外れた森の中で遭遇したんです。顔に傷を負わせましたが、パーティは壊滅。交雑熊は一人を咥えて、森の中を、さらに東へ消えていきました」

 フィーナは地図を広げる。依頼を出した村に丸を打ち、そこから証言に従い、東へと矢印を引っ張る。

「東へ……この方角で、交雑熊が足を止めそうな場所は……」
「ここだと思う」

 フィーナが地図を見渡していると、リーダーがある地点を指差した。その目は赤く腫れているものの、せめてこれ以上の犠牲は出させまいとする決意が見て取れた。

「依頼地からそう遠くない、モリキノコの群生地だ。奴は傷を負っている、開けて平らな場所で休息する可能性が高い」

 リーダーの予測にフィーナは努めて感情を抑え、マニュアル通りの答えを返した。

「……っ。分かりました。すぐに討伐隊の手配をします」

 リーダーの男は頭を下げ、静かに言った。

「……仇を、よろしく頼む」
「はい。できる限り高位の幻導士に依頼を出します!」

 フィーナは内心焦りつつ、他のギルド職員に情報を共有する。

「まずい……!」


 そのモリキノコの群生地には駆け出しのシェラと、手負いのテレザが向かっている可能性が高い。
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