テレザとシェラと龍と御馳走 ~エレメンターズ冒険記~

テルー

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第一章 幻との邂逅

1-5 撃破の代償、祈りと帰還

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「手応えあり、だ」

 まさしく必殺となった一撃を叩き込んだオーガスタスが戦鎚バトルメイスを肩にかけ、少年のように口角を上げる。歩み寄ってきたカミラはテレザに事情を伝え終わると、オーガスタスに向けて苦言を呈した。

「そろそろ、叫びながら技を繰り出すのはやめにしないか」
「そりゃできねえ相談だ」
「いい加減に自分の歳をだな……」

 そんなやり取りに、テレザは思わず口を挟んでしまう。

「え、ちょっとカッコよかったけど」
「何ですと!?」
「ほら見ろ。分かる奴には分かるんだ、なあ!」

 その時のカミラの表情と言ったらなかった。オーガスタスは破顔して、丸太のような腕でバシバシとテレザの背中を叩いた。脇腹に響く。

「ちょ、痛い痛い!」
「おっとすまん! 嬉しかったもんで、ついな」
「何したらそんな腕になるのよ……」
「食事と睡眠、そして冒険だ!」

 くだらない話をしていると、サイラスがいつの間にかシェラを連れて近くに来ていた。シェラは頭部がひしゃげた熊の死体を見て跳び上がりかけたが、すぐに気を取り直してテレザを気遣う。

「怪我してないですか? すみません、何もできなくて……」
「心配ありがと。大丈……」

 咄嗟に誤魔化そうとして、

「おっと嘘はいけねえ。ちょっと叩かれたって痛がり方じゃなかったぜ?」

 オーガスタスに遮られる。背中を叩いたときに、テレザの状態を把握したのだろう。隠しても仕方がないので、正直に体の状態について話すことにする。

「……ちょっと前に、斧でスパッとね。古傷ってほど昔でもないけど」
「そんな体でこいつとやりあったのか?」

 無茶は良くないぞと言いたげな口調だが、テレザも好き好んで戦いを挑んだわけではない。やむを得なかった事情も一緒に打ち明けると、カミラが納得したように頷く。

「巡り合わせというやつですね。ともかく、無事で良かった」
「本当に助かったわ。救援ありがとう」
「こっちこそ、美味しいところをご馳走さまってな」

 オーガスタスが差す「美味しいところ」とは、熊へのとどめのことだろうか。言われてみれば、確かに持っていかれた気がする。まあ緊急事態に美味しいもクソもあったものではないが。

「じゃ、さっさとキノコを採って帰りましょう」

 テレザは本来の依頼を思い出して周囲を見渡すと、確かにこの場所には多くのキノコが生えている。牧場主の教えてくれたモリキノコの特徴に従ってシェラとテレザが採集に勤しむ間、オーガスタスたちは周囲の見張りをしていてくれた。
 それなりの量を採り終え、テレザはオーガスタスたちに礼を言う。

「助かったわ」
「良いってことよ。何があるか分からんからな」
「随分と良い馬車を待たせていましたね。こちらは駆け足で急行しましたから、帰りが楽しみです」
「恩人だから乗るのは断らないけど、お金は出さないわよ? ……って、どうかした? その……」

 テレザがサイラスを見て言い淀む。心なしか先程までより近くに立っている気がするが、何か言いたいことがあるのだろうか。

「その枯れ枝みてえな奴ならサイラスだ。『亡霊(ファントム)』でも良いぞ。で? 何々……新米の嬢ちゃんが何か言いたそうだってよ」

 サイラスは一言も発していないが、何故かオーガスタスに意思が伝わるらしい。シェラに、四人の視線が集まった。

「えっと。あの人を、弔ってあげたくて……」

 その言葉に二人が揃って「あぁ……」と声を上げる。もはや人とは呼べぬほど変わり果ててしまった遺体は、遺品だけ回収してギルドに持って帰るのが常だ。わざわざ埋葬したりはしない。

「そうですね。何が聖騎士か……死者への弔いを後回しにするとは」
「へっ!? いえっそんな大したことじゃ」
「やー、新人って良いわね」
「全くです……」

 カミラとテレザが心打たれた表情になる。が、そこで不穏な動きを見せる者が一人。カミラが不審げにそいつを見た。

「……おい、何をしている?」
「……『風削刃エアロドリル』」
「ぶはっ! て、てめえ、土をかけるんじゃねえよ!」

 サイラスがその場の空気を土ごとかき混ぜ、オーガスタスが土くれをモロに浴びた。

「掘るのは良いが大人しく掘れ。折角この綺麗な空気が……むぉっ!? やったな貴様!」

 オーガスタスとカミラがサイラスに詰め寄る。心洗われたはずの二人は、サイラスによってたちまち物理的に土だらけに戻された。

「あっははは! ……~~っ!!」
「あっ! すごく痛いんじゃないですか!」

 爆笑したテレザの異変を見逃さず、シェラが走り寄って詠唱する。

「貴き光よ。慈悲深き胸に我らを抱き、辛苦を遠ざけたまえ──『鎮痛キリングペイン』」

 光幻素ブライトエレメントが集まり、「安穏と浄化」の特性により痛みを和らげる。

「あら……? 便利なの使えるじゃない」
「痛み止めだけです。動いちゃダメですよ?」
「はーいはい」
「本当に分かったんですか!?」
「分かったってば。そんな可愛い顔で見つめないでよ」

 ぷぅっとシェラがむくれる。本気で心配しているのだ。そこへ、オーガスタスが呼びかけていた。

「おーい、いつまでもイチャイチャしてねえで埋葬始めるぞ!」

 いつの間にか墓穴は掘り終わっていたらしい。……数ヵ所に掘りかけの穴がある気がするが、きっと気のせいだ。二人は声の方へ歩いて行く。

「は、はい!今行きます!」
「折角痛み止めもらったし、しっかり働きますよっと」
「……」
「……こっそり働きます」

 シェラの発した圧力に、テレザがばつの悪そうに小声になる。それを見たカミラは可笑しそうに笑っていた。

「おや、これは可愛い主治医殿だ」

 血みどろの遺体からテレザが階級票を回収し、いよいよ埋葬へ入る。

「私は水属性幻素アクアエレメントの使い手なれば、ここはお任せを。――澄みきった清流よ。その穢れなきを地の底にまで運びたまえ──『水洗ウォッシュ』」

 カミラが詠唱すると清水が迸り、遺体にこびりついていた血液や土汚れが一掃される。ずたずたになった遺体を直接持ち上げるわけにはいかないため、オーガスタスが草と木の枝で担架を手作りし、その上に乗せることにした。とはいえ乗せるときには遺体に触れなくてはいけないが……シェラは意を決して声を上げる。

「私が乗せても、良いですか。私が言い出しましたから、皆さんの術式だけに頼るわけにはいきません」

 ただ優しいだけではない、シェラの芯の通った言葉にオーガスタスが大きく頷く。

「……! ああ、この上に頼む」
「強いわね。さっき吐いてたのと同じ人間とは思えないわ」
「あ、あれはいきなりでびっくりしただけです!」

 シェラはテレザの茶化しに強がりつつ、担架の上に遺体を慎重に乗せる。いくら水属性幻素で清めたとはいえ生の死体が放つ異様な臭気は隠しようがない。生理的に吐き気が込み上げるが、これ以上犠牲者を汚してはならないと歯を食い縛った。

「……よし!」

 遺体を埋葬し、シェラが祈りを終えた頃には、既に日は西の空に傾いていた。

「急ごう。暗くなる前に牧場に戻るぞ」

 オーガスタスの言葉に同意し、五人は足早に森を抜ける。やがて集落の灯りがぽつぽつと見えるところまで来ると、気が抜けたのかシェラが木の根に足を取られて派手に転倒した。テレザが駆け寄り、手を引いて起こす。

「大丈夫? もうひと踏ん張りだから、頑張りって」
「は、はい……」
「新米には中々過酷な経験だったな。おぶるか?」

 立ち上がったシェラは、肩で大きく息をしていた。だがオーガスタスに気遣われると、気恥ずかしさに思わず声が大きくなる。

「けっ、結構です!」
「……そんな思いっきり拒否しなくても、良いじゃねえか」
「あっ違うんですよ! 心配はありがたいんです。けど、おんぶされるのは、ちょっと……」

 意外と繊細なのだろうか。きっぱりと拒絶されたオーガスタスが、最愛の娘に嫌われた父親のような悲愴な顔をする。ふふっ、カミラが噴き出す。

「シェラ殿、お前が最初に顔を寄せたのがよほど怖かったと見えるな」
「う、うるせえ! 新米があんな現場にいたら、心配するだろ。悪いかよ……」
「悪くはないさ。ただお前が、不憫だと思って……ふっ!」

 喋っている途中で再びこみ上げた笑いを堪えようと俯いたカミラを苦々しく見やり、オーガスタスは悲しみを振り払うようにずんずんと先を歩き出した。

「おら、牧場はすぐそこだ! ちゃっちゃと着いて寝るぞ!」





「あぁ皆さん、無事で何より! キノコもこれだけあれば十分です、ありがとうございます」

 陽も落ち、小焼けが空にくゆるばかりになった頃。一同が牧場の敷地に着くや否や、牧場主が大声を上げて駆け寄ってきた。どうやらこの時間まで小屋の外で待っていたらしい。オーガスタスが小言を言う。

「何も外で待ってなくたって良かったろう。もう日没も過ぎた、危ないぜ」
「いいえ、暗くなる前に戻ると仰ったのは旦那です。だったらそれを信じて、自分はこうして出迎えるのが筋ってもんでしょう」
「ったく、幻導士エレメンターでもねえくせに生意気言いやがる」
「仮にもこの牧場の主ですからね、言いますとも。さ、寝床は用意してあります。今晩は泊っていかれるでしょう?」

 牧場主は軽快に言い返し、使われていない小屋に五人を案内した。とりあえず物を外に出して床に毛布を敷いただけという風情で、壁には農具や猟銃が立てかけられている。

「まあご覧の通り、綺麗とは言えませんが。外よりましかと」
「十分すぎるぜ」
「至れり尽くせりとはこのことねー」

 しかし、何度も野宿を経験してきたオーガスタスやテレザからすれば十分すぎるほど整備された寝床だ。カミラも同じ感想を抱き、牧場主に頭を下げる。

「わざわざ毛布まで……感謝いたしします」
「いえいえ。助けていただいたのはこちらですから、このくらいは」

 そのやり取りを、シェラも朦朧としつつ聞いていた。今はひたすら、横になれる場所が欲しい。そして、牧場主はどうやらそんな場所を用意してくれたようで。お礼を言わなきゃ、と思う。

「……ありがとう、ございます……」
「シェラさんはずいぶんお疲れのようで。では、これで失礼します。ごゆっくり」

 五人が小屋に入ると、牧場主が戸を閉め、小屋のなかは一気に暗闇になった。四人はめいめい寝転がり、感覚を取る。唯一、サイラスだけは壁に背を預けた。帽子も取らず、立ったまま寝るつもりらしい。

「そういや、二人とも見ねえ顔だな。特にテレザは麗銀級か。そんな腕っこきが何でこんな田舎に?」

 互いの顔も分からない中、オーガスタスの声が疑問となり、テレザに届く。

「怪我が治るまで、こっちで軽い依頼を受けようと思ったの。そしたらフィーナさんから、シェラの指導を頼まれてね。この子の受けた依頼に付いてきた」
「私は、今日ギルドに来たばっかりで……」

 シェラがそう補足すると、二人は感心したような、驚いたような、どちらともつかぬ声を上げた。

「そうでしたか。フィーナ殿のファインプレーですね」
「全くだな。新米で交雑熊ハイブリッドベアに出くわして、生き残ったってのは運が良いんだか、悪いんだか」
「良かったに決まってます。命を助けていただきました。本当に、ありがとうございます」

 シェラは精一杯明瞭な声で、即答する。改めて、大変な事態だった。シェラ一人だったら、間違いなく第二の犠牲者となっていただろうから。そんな思いで丁寧に礼を言うと、オーガスタスは急に朴訥な口調になった。

「っ。……礼なんか、要らねえ。ベテランが新米を助けるのは、当たり前だ」
「じゃあ、助けてもらった新米がお礼を言うのも当然です。ありがとうございます」

 何としてでも礼を受け取らせようと、シェラが押す。オーガスタスはしばらく無言を貫いた後、観念したように小さく応じた。

「……おう」

 何故こうも突然反応が悪くなったのか? シェラが不思議に思っていると、カミラが隣に這い寄ってくる気配がして、聞こえよがしに説明してくれた。

「シェラ殿、オーガスタスの態度は照れ隠しです。深く考えずとも」
「よし寝るぞ! 特にシェラは疲れてるはずだ、しっかり休めよ!」

 オーガスタスがかき消すように会話を打ちきり、寝返りをうつ音が響いた。それを合図とするように、シェラの体にどっと眠気が押し寄せてくる。

「(色々、あったなあ……)」

 シェラは今日の出来事を反芻する。麗銀級の実力者と一緒になり、安全確認の仕方を教わり、予想外の大物に出会い、人の死に直面し、そして一流の幻導士の戦いを目にした。

「(怖い思いもしたけど、テレザさんも、オーガスタスさん達も、格好良かった……)」

 いつかあんな風になれたら。そんな希望を抱いて、シェラの意識は夢の世界へと旅立っていった。
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