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第二章 夢への一歩

2-2 困惑と受難、真鍮の彼 前

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「う~ん……」

 テレザが入院した翌日。時刻は午前九時近くなり、酒場にいた人間もぼちぼち依頼へと出ていく頃合いだ。
 シェラは、クエストボードに貼られた依頼を見て唸っていた。というのも、元々彼女一人が受けられる依頼などごく限られたものだからだ。
 先日と同じような採集依頼ならば一人でもできそうだとふんでいたのだが、生憎とそれらは全て捌けてしまっていて、今出ている依頼は討伐依頼ばかり。シェラ一人では荷が勝ちすぎる。
 依頼あっての幻導士エレメンター、常に都合よくやりやすい依頼が入ってくるわけではない。そんな至極当たり前の事実にシェラは直面していた。

「何かしら依頼をこなさないと、お父さんたちに送るお金が……家賃も……」

 先日の交雑熊ハイブリッドベアの討伐で支払われた報酬は、農家の娘というシェラのバックボーンからすれば相当の大金である。しかしあれは実力で稼いだお金ではないとして、錬鉄Ⅰ級に上がるまでは手を付けないと誓っている。
 そうなると実家から持たされた、住居や装備等々の初期費用で大分心もとなくなっている貯金。そして元々受けていたモリキノコ採集の報酬が、現在の彼女の全財産だ。清貧な……困窮した生活を送ったとしても、このまま何もしないのではそう遠くないうちに宿から叩き出される。
 そういう意味でも早く、何かしらの依頼をこなさなければ。困ったシェラは、先日の牧場へ向かう馬車で言ったことを思い出す。

『もう、開き直っちゃいます。今の私は、誰と比べることもできない駆け出しですから。今できること、やるべきことに、集中したいと思います』

「……よし」

 例え恥ずかしかろうがみっともなかろうが、自分は駆け出しなのだ。一人でうんうん唸っていたところで、討伐依頼をこなせるようになるわけではない。迷うことをやめ、シェラは受付嬢に相談することにした。本日フィーナは休みのようで、ミーティア・グランフォスという女性がカウンターに立っていた。フィーナよりも少し年上ながら、くだけた調子の彼女に事情を説明する。

「――というわけで、採集の依頼は入って来てないですか?」
「う~ん……ごめん。ここにも、そういう依頼はないなぁ。君、新人でしょ? 採集依頼ってだけなら、なくはないけど。これは厳しいと思うな」

 なかった。
 ミーティアは申し訳なさそうにクエストボードに貼り出される前、本当の意味で最新の依頼票の束をめくり、内容を見せてくれる。
 採集依頼、確かにあるにはあるのだが……対象は何とフォレストベアの糞。猛獣の縄張り、もしくはねぐらに踏み込んで糞を採取して来いというのだ。下手な討伐依頼よりよほど危険だろう。
 シェラは絶望的な顔になる。

「宿、追い出されちゃう……」
「お、落ち着いて。一人じゃダメでも、他の幻導士さんとパーティを組めば、簡単な討伐依頼はできるから」
「え?」
「え? じゃないよ?」

 何故かキョトンとしたシェラに苦笑いして、ミーティアはパーティの基礎知識を教える。

「一人より二人、二人より三人のほうが安全性が高まるでしょ。その分報酬も山分けになっちゃうけど」
「だって、今はテレザさんって人とパーティを組んでいて……」
「ん? あーそういうことね……」

 そもそもの勘違いはそこか。とミーティアは得心する。本来幻導士のパーティは、依頼の際に組み、依頼が終わったら解散するというのが一般的だ。そのテレザとやらが何を教えていたのかは定かでないが、特定の人間とパーティを組んだからと言って、別の人間とパーティを組んではいけないわけではない。

「君でも知ってそうな、オーガスタスさん達のパーティで説明するね。あの人たち、三人組でしょ?でもたまに、オーガスタスさんは他の若い幻導士さんを連れて、依頼を受けたりしてるんだよ」
「そうなんですね……」

 シェラが出会ったパーティは、麗銀級の三人組に、壊滅した錬鉄Ⅰ級の四人組。いずれも固定パーティであった。だからテレザとのパーティも、どちらかが解消を申し入れるまで継続されるものだと思っていた。
 この知識をテレザが教えていなかった理由は、もちろん幻導士エレメンターにとっては常識だったからというのもあるが、彼女は大抵一人で依頼をこなしてきたがために『パーティを組む』という意識そのものが希薄だったのが大きい。
 シェラも、ミーティアの話に納得したらしい。

「じゃあ、他の人と組んで依頼を受けてみます」
「うん、待ってるよ! 階級票を見れば、どのくらいの腕かはすぐに分かるからね。そこまで階級が離れてない者同士の方が、組んでもらいやすいと思う」

 ……と、ミーティアに言ったは良いものの。

『あー、悪い。もう出発なんだ、今から入られるのはちょっとなあ』
 これはもう仕方がない。嘘だとしても。

『いくら緑青っても、アンタは貧弱すぎるよ』
 ちょっと傷つくが、言い分は間違っていない。

『報酬泥棒なら他当たれモヤシ』
 ただの悪口だが怖くて言い返せなかった。

「……パーティを、組んでもらえない……!」

 お世辞にも頼りがいがあるとは言えないシェラと、一緒に行こうという人物は現れない。一時とはいえ、命を預け合う仲間だ。当然、誰もが頼れる人物とパーティを組みたいと考える。その分自分を大きく見せたがる者も多く、その辺りが幻導士に荒くれ者が多いと言われる所以でもある。
 が、今のシェラにとってそんな理屈はどうでも良い。問題は、未だにパーティを組めていないということ。そして、組んでもらえない原因をすぐに取り除くのは不可能ということだ。

「……何かの間違いで、同じ境遇の人に会ったりしないかな」

 そんなわけあるか。
 現実逃避したがる自分に活を入れ、めげずに組んでくれる幻導士を探す。組んでくれる理由はこの際憐憫だって良い、まず幻導士としてクエストに行かねばお話にもならない。テレザが復帰した時に、『パーティを組んでもらえなかったので全くクエストに行けてません』ではあまりに情けないじゃないか。

「あ、あのっ……!」

 一つ、また一つと断られ、奮い立たせた心も流石に萎えかけた時だった。

「うちに? 得意な術式は、光の補助系か……良いよ、君で四人目だ」

 そのパーティのリーダーは、テレザと同じか、少し年上の理知的な瞳をした青年。階級は真鍮級で、緑青級の二人とパーティを組み、ゴブリンの討伐依頼を受注していた。

「えっ? 入れてくれるんですか?」

 あまりにも呆気なく受け入れた青年の言葉に、思わずシェラは聞き返してしまう。青年は怪訝な顔で首をひねり、

「いや……入れてくれって言ったのは君だろう?」

 そう言った。
 そうだった。

「あ……ごめんなさい。私、中々パーティ組んでもらえなくって……っ」

 シェラは、彼らに声をかけるまでの経緯を話した。話している途中で情けなさに涙がこみ上げてきたが、どうにか声は詰まらせずに話し終える。

「なるほど……災難だったね。階級の低い幻導士は得てして、自分のことで精一杯な人が多いんだ。まあ、僕も人のことを偉そうに言える階級じゃないけど――っと。失礼、こちらの紹介が遅れたね。僕はカイン・フォレッティン。扱える属性は木だよ」

 シェラの感情を汲んだか、話を聞いた青年は深くうなずき、名乗った。彼のパーティメンバーも順に自己紹介をする。

「ピジム・ガントローだよ、ヨロシクー。アタシたちは幸運だね、こうしてセンパイが組んでくれるんだもん。あ、属性は土ね」

 小麦肌が眩しい少女が、ニシシッと犬歯を見せる。籠手と軽めの鎧を身に着けているところから、彼女が前衛を務めるようだ。

「か、駆け出しはやっぱりそういう目に遭うんですね……。その、グラシェス・ロドムと言います。ぞ、属性は水です。お願いします」

 黒縁眼鏡をかけた少年がオドオドと挨拶した。手には、恐らく家に置いてあったお古であろう。色褪せた長い杖が握られている。随分と対照的な二人だった。

「この二人は僕の五つ下、丁度君と同じ年ごろだ。僕と同じ村の出身で、最近幻導士になったんだ。仲良くしてやってくれ」

 青年が軽く補足を入れ、手を差し出す。その手を握り返し、シェラは改めて名乗る。

「シェラ・グレイブニルです。こちらこそ、よろしくお願いします。討伐依頼はこれが初めてですが、頑張ります」
「ゴブリンの依頼とはいえ、三人とも対魔物は初陣か。注意して……の前に、お昼を食べよう」

 丁度時計が十二時を指し、ゆったりと鐘が鳴り響いた。
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