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第三章 昇級と不正と

3-3 頼れる麗銀、金色を強奪

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 テレザの発言に拒否反応を示したのは、カインとシェラだった。

「依頼の横取りなんて……」
「顰蹙、買いますよ?」
「そりゃマナー違反だけど、罰則はないし。密猟よりはよほど健全でしょ」

 それに対して、テレザはあくまで幻導士エレメンターのルール上、OKだという立場を崩さない。

「……というかね。汚い連中を出し抜くなら、こっちも綺麗じゃいられないのよ。こういう形でも奴らの意図を崩していかないと、捕まえられない」

 少々間が空き、色々な経験が染み付いた言葉が追加される。テレザは視線を上げ、天井、さらにその先を見通すような目をした。もしかしたらこれまでに犯罪者を捕まえた経験でも思い出しているのかもしれない。

「あなた達が本気で密猟者を捕まえたいんなら、私は躊躇しないわ。というか躊躇してちゃ、捕まえられない」
「……ごめん。分かった、僕の考えが甘かったよ」
「じゃあ、徹底的にやるわね」

 カインが折れた。それを受け、テレザは虚空に漂わせていた焦点をカウンターに定める。先ほど引っ込んだエイヴィーは、まだこちらを警戒しているのかカウンターから動いていない。ひとまず、向こうから積極的にこちらの声を盗み聞きするようなことはしてこないようだ。テレザとカインは相変わらず小声で話し合う。

「ひとまず、今は情報収集ね。私が依頼を全部確認するわ。あなた達だと、階級を理由にクエストボード以外を見せてもらえないかもしれないから」
「そうだね……僕らは他に、何をすれば良い?」
「地図を貰って森の地形のチェック。これなら幻導士としての勉強だから、向こうも断れないわ。闇商人がどこに隠れてるかの予測も立つし」
「やってみるよ。集合は、ずっとこのテーブルだと怪しまれる。僕の家を拠点にしよう。ギルドを出て左、道なりに進んで、4つ目の脇道を左に折れて突き当りだ。用事が先に済んだらそこで待っていて欲しい」
「了解。じゃあ、後でね」

 五人は一旦別行動を取る。四人は誰でも見られるクエストボードへ、テレザはカウンターに行き、それぞれ今の依頼状況を確認する。

「あ、受付嬢さん。ちょっといい?」
「はい、何でしょう」

 名前を知らない体で話しかける。エイヴィーは特段緊張した様子もなく、愛想笑いすら浮かべて応対した。

「今来ている依頼、全部見せてもらっても良い?」
「構いませんが……どういった目的で?」

 が、表情は変わっていなくともやはり警戒はしているのか。普通ならすぐに確認させてくれるはずのところ、目的を聞いてきた。

「? 決まってるじゃない。受けるクエストの吟味よ、吟味」
「……ええ、どうぞ」

 不思議そうに言ってやると、エイヴィーは全てのクエストの依頼票を束にして開示してくれた……が、テレザの目は彼女の手の動きを見逃さなかった。

「(左手で依頼票を机に置く瞬間、右手で何枚か抜き取ったわね)」

 恐らく密猟者に斡旋する予定の依頼だろう。こういう事態も想定し、あらかじめ抜き取りやすい位置に依頼票を配置しておいたというわけか。

「……ここのギルドって、名指し以外の依頼の取り置きってOKなの?」
「やだなあ。そんなもの、どこでも違法ですよ。受注は誰にでも公平であるべきです」

 中々肝が据わっている。エイヴィーはまさにその違法行為中だというのに、何のためらいもなく言い切った。内心で驚き半分呆れ半分、テレザはさらに切り込む。

「じゃあ、さっき右手で抜いた何枚かは何?名指しの依頼なら、こんな束と混ぜないでしょ?受注制限も、私の階級なら問題ないはずよ」

 エイヴィーの眉がピクッと動いた。彼女の手品の腕は実に見事だった。左腕で派手に依頼票を動かをして目を引き、右腕で仕込みをする。言うのは簡単だが、実際にやってみると左右の腕を別々に、しかも片方は繊細に操作するというのは実に難しい。
 が、二本の腕を頼りにこの業界を生きてきたテレザには、そういった細工を見破るだけの眼力を身に付けている。

「おっと失礼、歳は取りたくないもんです。指に引っかかったのに気づかないとは」

 エイヴィーの返しに、白々しさもここまで来れば一種の境地だな、とテレザは思う。実際、今ここで手品を追及しても意味はあまりない。むしろテレザがどんな人物なのか、情報を向こうに渡してしまうことになりかねない。
 テレザが密猟者の一味に対して持っている優位は、何よりも彼女自身の情報のなさだ。依頼を受けたのは一度だけ、そこからは外部の病院で過ごしてきたのだから、彼女が何者で、何をどこまで知っているのか、密猟者側は誰も知らない。
 どんな奴かは知らないが、階級は高い。だからこそ、無下には扱えない。そこに付け入る隙が生まれるはずだ。

「ありがと。気を付けなさいよ、最近悪い奴も多いんだから」
「ハハ、すいませんねえ」

 ジャブを放ちながら、出された依頼票を目に焼き付ける。

「(ゼンマイダケ採取に……金煌雄鹿ブロンドバック討伐!)」

 金煌雄鹿(ブロンドバック)とは、読んで字のごとく全身が金色に煌く毛に覆われた、美しくも恐ろしい雄鹿だ。フォレストディアのオスが何らかの要因で異常な成長を遂げた姿らしいが、出現が稀かつ非常に凶暴なため、詳細は全く解明されていない。ゆえにその素材は極めて高価で取引される。
 その他にも依頼票を確認したが、特にこれと言ったものはなかった。次の密猟対象は間違いなくこの金煌雄鹿ブロンドバックだろう。

「うん、大体わかったわ。ありがと」
「いえいえ、お役に立てて何よりです」

 軽く礼を言ってカウンターから振り返ると、四人はテーブルに戻っていた。手筈通り森の詳しい地図を手に入れるため、カウンターが空くのを待っているのだろう。

「さてさて、大仕事の予感がするわね~……」

 ギルドを出て大きく伸びをする。桃色の髪を陽光が照らし、豪奢なピンクブロンドのカーテンのように輝く。道行く人が振り返る中を、彼女はカインの家へと向かっていった。






 カインの家での互いの報告はいたってシンプルだった。
・クエストボードを見たが、残念ながら目ぼしい依頼はなかったこと。
・地図の写しは問題なく貰えたこと。
・次に密猟者が受ける依頼は恐らく、ゼンマイダケ収集と金煌雄鹿(ブロンドバック)であること。
 テレザが地図を指した。

金煌雄鹿ブロンドバックの依頼地は……ギルドから北西に進んだこの集落よ。私、この依頼受けてくるわ。渋られるだろうけど、押し切って見せる」
「もう受けるのかい? 体は万全じゃないんだろう?」
「だから依頼を受けて、出発するだけ。受けるだけ受けて、集落や森の中で休めば良いじゃない」

 カインの心配にもこの回答である。彼女には依頼を受けたら即遂行すべきとか、そういう考えはない。依頼の進め方も、ルール内であれば幻導士の自由なのだ。

「じゃあ僕らは、ひらすら森の地形について調べよう。どこに人が潜めそうか、絶対に見つけてやるさ」
「ええ、お願いね」

 集中して地図を見つめ始める四人。それを頼もしく思いながら、テレザは再びギルドへと向かった。エイヴィーに

「何度も悪いわね」
「麗銀級の幻導士さんと懇意にできるなら悪いことじゃありませんよ。依頼は決まったので?」
金煌雄鹿ブロンドバックの討伐を出して。他に四人ほど連れてくけど」

 テレザの言葉に、やはりなといった様子でエイヴィーは難色を示した。

「えぇっと。連れてくのは、朝一緒に来てた4人で?」
「ええ、そうよ」
「お言葉ですが……あの四人、お世辞にも階級が高いとは言えませんよ?」
「だから私が連れて行くんでしょ。罠を張ったり見張りに立ったり、攻撃以外にも色々あるじゃない。金煌雄鹿ブロンドバックなんてめったに見られないし、いい経験になる」

 階級の力でここは押し切る。実際、実地研修のような形で依頼に同行させるのはありうる話で、ギルドによってはそうした後進への指導を昇級の要素として数えるところもある。

「あー、しかしですね。ずっと金煌雄鹿ブロンドバックを追ってる奴がこのギルドにいまして。できれば譲っていただけると……あ、今来ましたよ」
「おーぅ、依頼は入ってるかい?」

 エイヴィーがテレザの背後に目を向け、ほっとした顔になる。恐らく密猟者と事前に何時ごろに依頼をやり取りするか決めていたのだろう。テレザはギリギリ間に合ったらしい。錬鉄Ⅲ級の階級票を着けた30ほどの男が、陽気に手を振りつつカウンターへと歩み寄り、

「──ねえ」
「……ッ!?」

 テレザの痛烈な視線に貫かれ、不格好な石像になった。
 威嚇などという生易しい次元ではない。身じろぎすれば殺される、喉元に切先を突き付けられたような圧迫感。哀れな男は自分の目的も、呼吸すら忘れ、テレザに許しを請うように視線を送ることしかできない。
 エイヴィーが目線で何かを訴えたようだが……残念ながら男に気づく余裕はなかった。

「私が依頼の手続きするから、ちょっと待ってもらえる?」

 男の耳にテレザの言葉は「死ぬような思いがしたいのか?」としか聞こえなかった。

「あぁ。わ……分かった。出直す」

 やっとそれだけ答えると、嘘のように圧迫感が消えた。これ幸いと男は、元来た道を猛ダッシュで引き返して行く。

「あ~残念だけど、本人がいなくなっちゃったわね」
「……」

 お返しとばかり白々しく、テレザは無言のエイヴィーから依頼票を半ばひったくるように受け取る。

「これなら、文句ないでしょ?」
「ええ……どうぞ」

 さて、これで依頼の強奪は完了だ。ギルドを出る際に小さく舌打ちが聞こえ、テレザは意気揚々と引き上げる。
 そのすぐ後、エーデウスとルベドの二人組がカウンターを訪れた。エーデウスが軽いノリでエイヴィーに話しかける。

「おっす、依頼を受けに来たぜ」
「……まずいことになった」
「何?」
金煌雄鹿ブロンドバックの依頼が持って行かれちまったんだ」
「オイオイ何やってんだよ。どこのどいつだ?」

 咎めるような言葉に、エイヴィーは不機嫌に答える。

「見かけない麗銀級の女さ。あんたの同期のあいつと、仲良くやってるのかもしれない。断ろうとしたが、元々依頼の受注は幻導士エレメンターの自由。ルール上問題が無ければ、高位の幻導士に無理は言えないさ」

 そう言って、エイヴィーはゼンマイダケの採取の依頼票を出す。

「これを受注して、すぐに出発してくれ。闇商人が確保されたらまずい」
金煌雄鹿ブロンドバックを受ける予定だった三人は?」
「空いてる。勿論、この依頼に連れて行きな」
「待ってくれ。今から向かっても現地に着くのは日暮れ、金煌雄鹿ブロンドバックのうろつく夜の森を動き回るのは自殺行為だ」

 ルベドがそう懸念すると、エイヴィーは唇の端を上げた。何を言わんとしているかは彼女が口を開く前に分かった。

「分かってる。合流は明日の朝で良いよ。ただ……くれぐれも

 その目には、この大きなヤマを何としても逃すものかという欲望が黒々と渦を巻いていた。エーデウスとおルベドは唾を飲み込むと、しかし割り切った口調で言った。

「ついに、だな……いつかはこうなるって分かってたが」
「ああ、そうだ。今更、躊躇などしないよ」

 密猟者が五人、急ぎ北西の集落へ向かっていった。





「闇商人の潜んでそうな場所は?」
「森の中央に、落雷で折れた大木の洞がある。雨風も凌げるし、北の集落とも合流しやすい。一番怪しいのは、ここだと思う」

 五人は、依頼地へ向かう馬車の中で打ち合わせを行ていた。カインたちの調べた闇商人の居場所の候補を見て、テレザは顎を撫でて頷く。

「そうね。じゃあ、現地についたらまず闇商人の確保から始めましょ。パーティを二つに分けるわ。あなた達三人と、私とこの子。元々組んでたパーティで分かれましょう」
「合流の合言葉も決めておこう。『人か、鹿か』と聞かれて、『幻導士エレメンターだ』と答える、なんてどうだろう」
「OK。ちゃんと覚えといてよ、答えない奴は私、ぶん殴るからね」

 カインの提案に、テレザが冗談めかして言った。

「お客さん、そろそろ現地に着きますよ! 忘れ物の無いように」

 御者の言葉からしばらくもしないうち、集落に着いた。五人は手荷物をまとめ、御者にお代を渡した。出来る限りの速度でと急がせたので相場より高くついたが、密猟者を捕らえるためと思えば安いものだ。

 集落を訪れ、情報を集める。今日中はテレザも動けないので、ゆったりと過ごす予定だ。聞き取りの結果、金煌雄鹿ブロンドバックは集落の北の森で初めて目撃され、徐々に目撃地点が南下していることが分かった。
 目的は定かではないが、放置しておけば集落に甚大な被害が出るのは時間の問題である。密猟者はもちろんだが、こちらもあまり悠長に構えていられる時間はない。

「どうか、どうか頼みます」
「ええ、任せてください。この階級票に懸け、奴を倒します」

 テレザがそう言って村長を安心させ、五人は最後の作戦会議を始める。

「まず、森に入ったら二手に分かれる。そして、闇商人の潜んでいそうな地点を虱潰しに回りましょう。闇商人を捕まえたら適当に縛って、集落へ連れてくること。日が暮れるまでには森から出ること。良いわね?」
「も、もし金煌雄鹿ブロンドバックに出会ったらどうしましょう?」
「逃げて。牽制でも、角への攻撃はダメ。角が傷つくと激昂して手が付けられないから」

 グラシェスの疑問に、テレザは決して無理をしないようにと強調した。金煌雄鹿ブロンドバックは強力な戦闘力を誇る、カインたちが正面から挑んで勝てる可能性はゼロと言って良い。

「僕ら三人は、罠を仕掛けるのも忘れちゃダメだよ」

 カインが、昨日習得した付加術エンチャントを施した木材を見せる。ピジムが笑う。

「分かってるったら」
「私も、罠なら一つ持ってきました!」

 シェラの持ってきた罠を見て、苦笑いするカイン。……猛獣用と書かれたトラバサミで、人間の手足なら食いちぎりそうな代物だが、本気で使うのだろうか。というか何故そんな罠を買ってきたのか。テレザは止めなかったのか。
 最終確認を終え、テレザは立ち上がって作戦の開始宣言を……カインに要請した。

「さ。頼むわよ、リーダー」
「僕かい?」
「そうよ? 言ったでしょ、『お世話になる』って」

 全員のこそばゆい視線を受け止め、カインは声を上げる。

「この作戦、必ず成功させよう!」
「「おう!!」」






 翌早朝。
 思いのほか、あっさりと闇商人は捕まってしまった。最も可能性の高いという場所に直行したテレザとシェラが、闇商人が小用を足しに行ったところを背後から強襲したのだ。泡を吹いた闇商人を後ろ手に縛りあげる。
 テレザは当初、後ろから親指を喉に押し込み、動きを奪った。しかし変装するために服を脱がせる際、シェラの目に闇商人の股間についたものが飛び込んでしまった。

 ショックを受けたシェラはパニック状態で杖をフルスイングし、闇商人の股間を三度にわたり強打。哀れ闇商人は、泡を吹いて気絶してしまったというわけ。テレザは闇商人を縛り上げながら、流石に気の毒そうな顔をした。

「……シェラ。あなた、結構エグイことするわね」
「う、うぅ。もう、お嫁に行けません……」
「こいつも、婿に行けなくされたんじゃないかしら……」

 婿の取り手がいるかは置いておく。まあ幸先が良いのは事実で、ひとまず二人は集落に戻ることにする。
 が、その道の途中。

「いたぞ! ……」
「な、何……一体……」
「……んたたち……、きゃっ……!」
「まず……! こっちだ……」

 何者かが争う声、そして物音も聞こえた。シェラがはっとテレザを見上げる。

「今の声!」
「シェラはここで待ってて。こいつの目が覚めたら……、よろしく」
「はいっ」

 シェラと闇商人を木陰に隠し、テレザが悲鳴のした方へ走る。
 木陰から伺うと、そこでは幻導士が五人、カイン達を包囲していた。いずれも錬鉄Ⅱ~Ⅲ級で、カインはともかく他二人の敵う相手ではない。そもそもピジムは腕を抑えてうずくまっており、これ以上動くのは厳しい。グラシェスも想定外の事態に腰が抜けている、実質5対1という状況だ。

「……早速役に立つわね」

 闇商人から剥ぎ取った服を纏い、フードを目深に被る。変装したテレザが争いの場へ走っていくと、その物音にいち早く気づいたカインから声が飛んだ。

「──人か! 鹿か!?」
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