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第三章 昇級と不正と

3-4 偽装と奇襲、圧倒と決闘

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幻導士エレメンターだ!」

 闇商人が走りながら叫び、焦りからか足をもつれさせる。密猟者五人の元へ走り込み、俯いて声を震わせた。

幻導士エレメンターだ! 奴ら、俺の居場所を特定していやがった……!」

 余裕を見せていた密猟者の表情が変わる。カイン達への包囲は解かないものの、周囲を警戒し始めた。ルベドが闇商人に問う。

「だ、大丈夫か!? 襲ってきた幻導士エレメンターはどこに?」
「ま……撒けたかは、まだ分かんねえ。すぐ来るかも」
「じゃあ、こいつらを急いで始末しなきゃ。こいつらの仲間、麗銀級なんだろ?」

 五人の中で唯一の女がダガーを構え、物騒な発言と共に三人を見やる。もう長く闇に関わっているらしきその目には、「情報を知ったから殺す」という非情で合理的な考えだけが見えた。あの女は躊躇わず、カインたちの喉にその刃を突き立てるだろう。
 が、カインに焦りはない。ゆっくりと戦闘の構えを取る。それを見て密猟者どもはニヤリと口角を上げた。

「何だよ、一丁前に睨み返して。お前みたいな能無し、怖がるわけねえだろ」

 エーデウスの嘲笑にも、カインは動じない。無言で地面から引き抜いた草に付加術エンチャントを施し、投げつける。

「おっ!? ~~ってぇ!」

 放たれた雑草は風を切り、エーデウスの腕に突き立った。軽装とはいえ防具を貫通する威力、回避を許さない投擲動作の速さに密猟者達がざわめく。

「おいルベド! 商人を連れて逃げろ!」

 密猟者のリーダー格だろう、顔に傷のある男が指示を出す。ルベドは素早く闇商人を抱えようとその場に蹲り……そのまま動かなくなる。

「おい、何してる早くしろ!」

 傷のある男が急かすが、ルベドの返事はない。代わりに、その下から女の声がした。

「ハァ~イ、密猟者の皆さん。……まんまと引っかかってくれてありがと」
「こ、この声……」
「あ? 知ってんのか」

 その声を聞いた途端、陽気な男が震えだした。この男こそ、今朝テレザに声を突き立てられた人物だった。リーダーの問いに、震える声で答える。

「今朝、俺から依頼を取ってった麗銀級の女だ……!」

「何だって!? ──! このっ」

 密猟者に衝撃が走った瞬間、カインがまたも草で編んだ投げナイフを放つ。女は身をひねってかわし、忌々し気にカインを睨む。

「真鍮級のくせに……!」
「そりゃあんた達が昇級阻んでただけで、しょ!」

 突如、ルベドが吹っ飛んだ。腕を抑えていたエーデウスの背中に勢いよくぶつかり、二人で仲良く森の中を転がる。

「リーダー、そっちは任したわよ」
「分かった。……グラシェス。ピジムの治療、頼めるかい?」

 テレザの声を受け、カインはエーデウスとの決闘に挑む。グラシェスも、テレザの登場で勇気が湧いたらしい。ピジムの応急手当を始める。そしてテレザは悠然と、三人の密猟者と相対した。闇商人の服は破り捨て、動きやすい普段の鎧姿。そして、だまし討ちするために抑えていた殺気を露わにする。

「さて、誰からぶん殴られたい?」
「ハンッ。麗銀級だからって調子乗り過ぎだ。俺らを野盗と同じに見てもらっちゃあ困る」

 傷の男が犬歯を剥きだし、背負ったロングソードを体の横に構える。女はダガーを構えているが、あれは恐らく投擲にも使えるタイプだ。陽気な男の持っている戦槌バトルメイスも、幻素鉱エレメンタライトと鉄の合金を尖端に使い、付加術エンチャントの効果を高めた高級モデル。
 密猟で儲けているおかげか、全員装備だけは赤銅級と言っても良い。そんな三人を前にしても口は軽く、テレザは地面を蹴った。

「私は調子に乗った方が力出るのよ」

 狙うは、明らかに自分に怯んでいる陽気な男。懐に飛び込んで、あいさつ代わりの左ボディ。頑丈なはずの鎧がアルミ缶のように凹み、わき腹にめり込んだ。体をくの字に曲げたところに連撃の左フックで顔面を引っぱたく。

「ぉぐっ!?」

 続けて、本命の右ストレート。フックで横を向いた相手の顔が正面を向き直る瞬間を打ち抜いた。相手は武器を振る間もなく後方へ吹っ飛び、顔面から夥しい血が流れ出る。
 テレザの籠手は、圧倒的な対幻素抵抗(エレメントレジスタンス)の低さを誇る銀と、炎属性の幻素鉱エレメンタライトの合金を打撃面だけでなく、武器全体に贅沢に使用している。この世に二つとない一点物ワンオフの大業物だ。付加術エンチャントで強化してやれば、鎧も意味をなさない矛と化す。

「……この野郎!」
「こっちはあと二人いるんだよ!」

 一瞬で一人やられた。傷の男と女が血相を変え、二人がかりで攻撃を仕掛ける。ロングソードがより厚みを増して振りかざされ、投擲されたダガーが風の刃を帯びた。

「……使い手が見合ってなさ過ぎる。武器が泣いてるわ」

 そう言ったテレザの両手に目を灼くほどの炎が宿り、飛来したダガーは彼女が右腕を振っただけで焼き払われた。

「何!?」

 女が驚愕するが、傷の男はもう攻撃の間合いに入っていて止まれない。怒号とロングソードが共に水平に振るわれる。

「死ねぇえ!」

 迫りくる鈍色の刃に対し、テレザは左の掌を差し出す。刃と炎がぶつかった瞬間、爆音と共に熱風が周囲を駆けた。テレザは見事にロングソードを受け止めており、籠手は傷一つない。勿論中の手も無事だ。ロングソードも刃こぼれ一つ起こしていない。が……持ち主の方はただでは済まなかったらしい。剣を取り落とし、地面に転がって呻く。

「ぐ……っ、がっ、~~!」

 見れば、両の手首が押しつぶされたように歪になっている。互いの攻撃が衝突した負荷に耐えられなかったようだ。しばらくは、もしかしたら一生、服すら自分で着られない。ダウンした男に躊躇なく追撃の拳を叩き込んでKOし、テレザ怪物は女の方を向く。

「次はあんたよ」
「な、何だってんだい。……畜生!」

 自分達の攻撃は一切通じず、テレザの攻撃は一撃で自分達を行動不能にする。どう見ても勝ち目はない、と女は逃走を図った。テレザはそれを見て、おもむろに傷の男が落としたロングソードを拾い上げる。

「……良い剣ね。どうせ証拠品で押収されるんだし、一回くらい本気で使ってあげるわ」

 そう言って彼女はロングソードを、槍投げの槍のように肩の上へ担いで幻素エレメントを通す。全力を発揮できる喜びを表すように燃え上がる剣を、一撫で。ステップを踏んで思いっきり放り投げる。

「かっ飛べ──『熱杭ヒートパイク』!」

 ロングソードは、テレザの肉体と武器双方への付加術エンチャントによって凄まじい速度を得た。真っすぐに飛んだその切先は、逃げる女の右のふくらはぎを直撃し、そのまま貫通。地面に縫い止める。さらに爆発で肉が吹き飛び、残った肉も高温により剣と癒着する。

「ぐっ、化け物がぁ……!」

 速度を失った剣が、重力に従い地面に倒れる。その拍子に癒着部分がべりべりっと無理矢理はがされ、尋常ではない苦痛をもたらした。悪態をついていた女だが、ついに大きな悲鳴を上げる。

「──ぁあああ~~~っ!! ……うぅっ」

 涙をにじませながら女が恐る恐る傷口を見ると、自らの足と思いたくない光景が目に入る。爆発によってふくらはぎの後ろ半分は吹き飛ばされ、焦げた肉片が剣にこびりついている。剣は骨も貫通し、過剰な刺激を受けた足は、意思とは無関係にビクッビクッと痙攣していた。

「フー……フー……!」

 それでも諦めず、這いずって逃げようとする。

「何逃げようとしてんのよ」

 その右足を、テレザは靴底で思いっきり踏みつけた。


「アァーッ! アッ、ウゥ、~~ウわァーーッ!!」

 呼吸も忘れて絶叫する女に冷淡な目を向け、テレザは女を縛り上げて元の場所へと引きずって行った。






「チッ! 案外やるじゃねぇか……」
「……」

 エーデウスの舌打ちが耳に届く。決闘は、カインの思惑通りに進んでいた。エーデウスは金属性元素メタルエレメントの使い手で、カインを生成した木ごと切り裂こうとする。対するカインは、体術ではエーデウスを凌駕する。かわし、そらし、飛び退き、その刃を捌き続ける。そして隙あらば顔へ、肩へ、胸へと草を投げナイフにして飛ばす。
 一見主導権を握られているようだが、これで良い。優勢なのに、当たらない。エーデウスの性格上、このストレスがきっとミスを誘う。

「避けるだけじゃ勝てねぇぞ?」
「君こそ。どんなに攻めたって、当てなきゃ意味ないよ」
「っうるせぇな!」

 頭に血を上らせるのも作戦の内。エーデウスの大振りを見逃さずに間合いを空け、手早く雑草をちぎる。付加術エンチャントを施し、右腕を左から右へ振りぬいた。

「シッ!」
「くそっ――――あ?」

 腕は振ったが投げていない。フェイクだ。今度は右から左へ、さっきの軌道をなぞるように。

「うぜぇ! 『円盾ラウンドシールド!』」

 反応早く鉄の盾を生成し、エーデウスは上半身を隠す。だが、それこそがカインの思う壺。投げナイフはこれまで散々狙った上半身ではなく左足を狙って放たれ、膝と太ももの境目、丁度装甲の薄い関節部分に突き立った。

「っ、この野郎……!」

 怒り心頭のエーデウスが盾を投げつける。だが痛みのせいかコントロールが利かない。結果、ただ盾を捨てただけになってしまう。

「逞しき神樹よ!その雄大なる枝で、我が技を昇華させたまえ――――『樫剣(オークソード)』!」

 好機を逃さず、木剣を手にしてカインが攻め込む。もう相手に詠唱の時間は与えない。
 木剣を振りかぶって陽動、負傷した相手の膝をつま先で蹴りつける。思わず足を抑えたその左手に向けて、渾身の力を込めて木剣を振り下ろした。

「ぐあぁ!」

 エーデウスが悲鳴を上げる。手の甲を砕く感触が確かにあった。カインはさらに動きの鈍った相手の横へ横へと回り込む。得物に付加術エンチャントを施し、鎧の上から滅多打ちにする。薄手の鎧がベコベコになるまで打ち据え、トドメとばかり腹に一閃をくれてやると、ゴロゴロと地面を転がったエーデウスは涙ながらに許しを請い始めた。

「も、もう降参だ!やめてくれ!」
「……やめる?」
「もう密猟から足は洗う、今までのことも謝る! だから、だから勘弁してくれ!」

 カインはエーデウスを見やり、静かに木剣を下ろした。

「そうだね……。別に、君を殴りたくて来たんじゃない。密猟をやめるのなら、構わないよ」
「そ、そうだろ?」

 エーデウスは内心でほくそ笑んだ。まだ右手が無事だ。自分の一撃が入れば倒せる。ここまでカインが強いのは想定外だったが、所詮は綺麗な世界しか知らないアマちゃんだ。
 あとは近くまでおびき寄せれば、逆転勝利だ。

「じゃあ悪いけど……立たせてくれ。左足が完全にダメみてぇだ」

 これは嘘ではない。左足は全体に、鎧がきつく感じるほど腫れあがっている。散々叩きやがって、楽には死なせねえぞ……。

「……その前に、良いかな」
「あん? 何だよ」
「君は何で、密猟に手を染めようと思ったんだい?」

 ……そんなことか、とエーデウスは拍子抜けする。愚問だ。

「金が良いからに決まってんだろ。しょぼいギルドからの報酬金より、よっぽど稼げる」
「発案者は? エイヴィーさんなのかい?」

 何を聞いている? 早く近くまで来い……。

「俺が話を貰ったのは、あの……顔に傷のあるオッサンからだ。けど取り仕切ってるのはお前の言う通り、エイヴィーさんだぜ」
「そうかい……あ、お願いします」
「オッケー」
「ガッ……!?」

 いつの間にか背後に忍び寄っていたテレザが、エーデウスの後頭部を殴りつけた。倒れたエーデウス、そしてその辺で伸びていたルベドも縛り上げ、これで全員を捕縛できたことになる。

「一旦、村に戻ろう。……グラシェス、ピジムの様子は?」
「は、はい。止血と消毒はしました。い、命に別状はないかと」
「そうか、良かった。ありがとう」

 カインは安堵のため息をつく。シェラを回収し、五人は密猟者を村へと連行していった。村人は驚いたが、事情を話すとすぐにギルドへ使いを送ってくれた。

 これで、ギルドの密猟事件は解決へ向かうだろう。







 密猟者を村に運び込んだ頃には既に陽も昇り切り、ここから金煌雄鹿ブロンドバックを探し出して仕留めるのは難しいと思われた。今日は罠を、予定通りの場所に仕掛けるだけにする。再び森に入ったものの罠の設置は予想以上に重労働で、森を出る頃には日没間際となっていた。
 テレザが一応怪我人ということで見張り役などの裏方に回ったこと、肉体労働の得意なピジムが、負傷により村に残ったのが大きな理由だ。

「脇腹は、大丈夫ですか?」
「ほんっと心配性ねあなた。大丈夫よ、ありがと」

 心配するシェラの頭を撫で、テレザが笑う。思い返せばこの間は痛まずとも何となく違和感があったような気がするのだが、今はそれもない。数日ベッドの上で寝ていたこともあって、体力面では本当に万全であった。

「あ、おかえり!」
「ただいま。……大丈夫かい?」

 ピジムが四人を明るく迎えてくれた。腕に巻かれた包帯は痛々しく、カインが真っ先に気遣う。

「傷口も化膿していないし軽傷だよ、センパイ。密猟者は全員まだ気絶してる、特に変わった様子はないよ」
「そっか。まあ目覚めたとして重傷だし、幻素エレメントは使えないだろう。僕たちも休もうか。明日も明け方から動くんだからね」

 シェラとグラシェスはもちろんだが、カインも密猟事件のために普段やらないことをし続けてヘトヘトになっていた。軽く晩ご飯を食べて村人が用意してくれた寝床に潜ると、すぐに寝息を立ててしまう。
 それを確認すると、テレザは一人寝床を抜け出し、厩舎で転がっている密猟者どもの元へと向かった。

「……何とか抜けられねえか」
「ダメだ、結び方がちゃんとしてる」

 そんな会話が聞こえてきた。まあ大人しく寝ている者ばかりとは思えなかったが、やはり彼らの一部は脱走を試みているらしい。そんな希望を打ち砕くため、テレザは厩舎の中にあえて足音を立てて入った。
 馬が「うるさいなあ」と言いたげに鼻を鳴らす。それについてはすまないと思いつつ、とびっきりの笑顔で気遣ってやる。

「具合はどう? 何か不自由はない?」
「チッ……何の用だ」

 傷の男が憎々し気に吐き捨てる。まあテレザも、特にこれと言って用は無いのだが……。

「一応見張りにね。灰色騎士クルセイドが来るまでに逃げられちゃ、私の立場ないから」
「手足を潰して、さらに見張りかい。熱心なことだね」
「悪いことした報いよ、報い」

 女の恨み言も聞き流す。そもそも彼らが密猟なんかに手を染めなければ、そんな怪我をすることもなかったのだから。

「起きてるのは、あんた達三人だけ?」

 声は傷の男と、女。そして闇商人のものしか聞こえなかった。傷の男がテレザの耳を肯定する。

「一人はお前に殴り倒されて、未だに起きねえ。あとの二人は若い奴らだ、慣れない環境で疲れてんだろ」
「あんた達も寝た方が良いわよ、これから夜通し尋問されるんだから」
「生憎と、眠れるような精神状態じゃねえんだよ。この上なくムカつくやつが目の前にいるからな」
「そりゃ悪かったわね。じゃあ、えいっ!」

 テレザはおもむろに近づき、傷の男の鳩尾につま先をめり込ませる。闇商人と女も同様の目に遭わせ、厩舎の中で身じろぐ人間はいなくなった。

「……えいっ」

 念のため全員の頭と腹を一度ずつ蹴り飛ばし、意識を彼岸へ向けてキックオフ。決して逃げられないよう、念のためだ。蹴っても罪にならない人間を痛めつけてやろうとか、断じて思っていない。

「それじゃ、ごゆっくり♪」

 これでお互いにゆっくり寝られる。あとは金煌雄鹿ブロンドバックを仕留め、ギルドへと帰るだけだ。
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