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第六章 酣、そして
6-4 迫る決戦、冴えつ滾りつ
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「おめでと、すごい試合だったわね」
「お、お疲れ様です……!」
オーガスタスが退場して控室に戻ると、そこにはテレザとシェラが勝利を祝いに来ていた。
「おう。わざわざありがとな」
「何か喋ってたけど、因縁でもあったの?」
「ああ、ちょっと……ってわけじゃねえが。でも、良い方に向かうと思うぜ」
「そう、良かった。変なモヤモヤを抱えたまま決勝に来るんじゃないかって、心配だったの。で、こっちが本題なんだけど……その怪我、治すあては?」
オーガスタスの皮膚は全身いたるところで破け、血まみれと言って良い状態だった。普通に喋れている辺り命に別状はないのだろうが、このままでは明日の決勝に影響が残りそうに見える。
「……まあ、特にねえな」
「だと思った。じゃ、よろしく」
「はいっ」
シェラがテレザの言葉を受けて進み出る。オーガスタスの傷を治療してくれるらしい。オーガスタスは思わずストップをかけてしまった。
「おいおい。一応敵同士だろ、良いのか?」
「怪我をした人に、敵も味方もありません。オーガスタスさんも逆の立場だったら、きっとこうしてくれるはずです」
「勘違いしないでよ、私はそんな殊勝じゃないから。決勝に万全で上がってきてほしい、それだけよ」
「そうかい……じゃ、お言葉に甘えよう」
そう言って、オーガスタスは鎧を脱ぐ。かなり重量があるのだろう、最初に外された肩当が床に落ちるとくぐもった音が部屋を駆け巡った。
インナーを残して大半が露わになった彼の肉体は、それだけで鎧と表現できるほどに鍛えこまれいる。あちこちに見られる大小様々の傷――真新しい切り傷もあれば、過去に負った重傷の痕まで。その全てが彼の幻導士としてのキャリアを雄弁に物語っていた。
「わぁ~……」
「鎧の上からでも分かってたけど、やっぱすごいわね」
まじまじと観察して感嘆する二人を、オーガスタスが巨体を縮めるようにして咎める。
「いやいやいや、何で俺の方が恥ずかしがってんだ。何でお前らは羞恥の欠片もないんだ」
「そりゃ、逆の立場ならあんたは色んな意味で死んだだろうけど……」
「見る分には平気ですよっ」
平気ですよっ、じゃないが。オーガスタスはそう胸の内でツッコんだ。妙な方向に逞しくなりすぎだろう。
「何て言うか……彫像を見ているような感覚なんです。現実感がないっていうか」
喜んで良いのか分からないシェラの評価だった。
まあ不惑も近いオーガスタスと十四歳のシェラ、親子ほども年が離れているわけで。彼女にとっては逆に羞恥を感じない状況なのかもしれない。テレザは……もう普通の少女として扱ってはいけないのだろう。
何にせよ、治療に支障がないならいい。オーガスタスはそう思い直し、シェラに右腕を差し出した。何せ全身傷だらけ、彼女一人でどこまで治療できるか分からない。一番傷が酷い箇所から治療してもうことにする。
「じゃあ早速。貴き光よ。甘やかなる癒しを我らに与えたまえ──『治癒』」
シェラが集中を高めると、傷口に幻素が作用して燐光を発する。細胞の分裂が活性化され、目に見える速度で傷が修復されていく。
「見事なもんだな、本当に……」
しばらく後、シェラが大きく息をついて治療が終わった。鎧をつけ直したオーガスタスは手足を曲げ伸ばしたり、軽く跳ねてみてどこにも異常がないことを確認し、しみじみと呟いた。前線での戦闘に特化した彼は、こういった治療用の術式は一切扱えない。
それに触れれば壊れてしまいそうな可憐な少女一人で、自分の巨体を治しきったことも驚きであった。もちろん医療術者による治療は受けたことがあるが、その時は複数人で術をかけていた記憶がある。
それに対し、シェラは額に浮いた汗をぬぐいながら答える。
「あんまり連発はできないですけど……。今は、他の事に幻素を回す必要もないですから。頑張っちゃいました」
そういうことか、とオーガスタスは納得する。本職の医療術者は常に複数の患者を想定するが、彼女はオーガスタス一人に全力を尽くせたということらしい。
「ありがとさん。痛みも残ってねえよ。今から休めば、疲れも取れる。明日もうひと暴れできそうだ」
改めて、二人に礼を言う。特にシェラには足を向けて寝られない。
「そりゃ良かった。これで、怪我したから負けたって言い訳はナシよ」
「ハナっからそんなつもりはねえ。お前こそ、明日負けて後悔しても遅いからな?」
テレザの言葉に笑顔を返す。傷を治してもらえたのは大変ありがたいが、明日の試合はまた別だ。つい先ほど戦いを終えたばかりなのに、頭には既に、明日繰り広げるであろう死闘を思い描いてしまっている。
高揚を抑えきれないのはお互い様のようで、テレザも同種の笑みを浮かべていた。
「それじゃ、また明日」
「お大事にしてください」
「おう。楽しみにしてるぜ」
テレザは手を振って、シェラは頭を下げて控室から出て行った。一気に静かになった室内で、オーガスタスは一人、壁に背を預けて物思いに耽る。
「……若い力ってのはすげえなぁ」
考えるのは、たった今別れた二人のこと。
テレザの実力は驚異的だ。オーガスタスも若い頃から将来を嘱望されてきたが、彼女の才覚に比べたら有象無象と言って良い。その怪物には及ばないが、シェラも数か月で随分と成長した。初めて会ったときには鎮痛の術式しか使えなかったはずだが、今はもう、駆け出しと言っては失礼にあたるかもしれない。
対してオーガスタスはここ数年、肉体を維持するので精一杯だ。三十半ばを過ぎてから食事の量は減少傾向に入り、長らく無縁だった筋肉痛なんてものも出始めた。無論こんなこと誰にも漏らしてはいないが、肉体が緩やかに、だが抗いがたく衰え始めていることは事実らしい。
実感した衰えを払拭せんと参加したこの血剣宴に、よもや知り合いが参戦していようとは。
「……強く、なってたな」
今度は先ほど戦ったクラレンスに思考が及ぶ。勝った後偉そうに説教を垂れたが、決着は紙一枚すら差し込めないほど際どかった。四つ年下の彼は、唐突に現れた天才ではない。十年と少し前には軽く捻れていた相手だ。だが新たな技術を身に付けて自身に肉薄して来ているのを、身を以て感じた。
切り札である『流転神器』は苦労の末に三三歳で完成させた、会心の術式だ。以来、新しい術式は習得していない。大抵は自慢の武技で圧倒できたし、いざとなれば変幻自在の『流転神器』との合わせ技があったから。
が、クラレンスは『流転神器』を解放したオーガスタスとも打ち合う技量を見せた。逆にオーガスタスは、クラレンスの『暴嵐怒涛』を不格好に耐え凌ぐことしかできなかった。
「──負けたくねえなあ」
誰にも。老いにも。そんな子供じみた願いが呟きになる。
誰が一番強いのか、どうしたら強くなれるか。いい歳をして、そんなことばかり考えている。テレザをはじめ色々な奴から鉄血都市がお似合いだと言われたが、強ち間違いでもないのかもしれない。が、それは決して悪いことではないのだと思う。武器を持った時からずっと胸に抱き続けているこの思いが消えた時。それはきっと、自分が武器を置くときだろう。
それには、いくら何でも若すぎる。
血剣宴に参加して良かった。まだまだ強くなれる、と思いを新たにしてオーガスタスは控室を引き上げた。
決戦の前夜。
「……」
竜の巣に拵えた寝室で、テレザはベッド代わりのソファにインナー一枚で転がり、天井をぼんやりと見るでもなく見上げていた。その表情は何の感情も浮かべることなく、半開きの目はガラス玉のように白い天井をただ映している。時折瞬きが挟まれなければ、精巧な人形と言われても納得してしまいそうだ。
明日の決勝に向けてどんな風に気合いを入れるのかと思っていたシェラの目には、全く逆の光景が広がっている。
「大丈夫ですか?」
「え? あー……うん、心配ありがと」
思わず声をかける。それに対するテレザの反応は、普段より鈍い。だが喋りだすといつものテレザが顔を出した。
「明日は、大一番だからね。今は無理矢理でも気持ちを抑え込んで、ここぞで思いっきり燃えられるようにしたいの」
本番で緊張感を持てないのは論外だが、ずっと緊張しっぱなしでは疲れてしまう。大事なのはメリハリ、と彼女は主張する。決勝は明日の昼。だから今はあえて何もせず、何も考えず過ごす。緊張の糸を極限まで緩め、心をリセットすると言えば良いか。
今の姿は決して不調のせいではなく、決戦に最高の精神状態で臨むためらしい。
「そ、そうだったんですね。ごめんなさい、邪魔しちゃって」
「気にしないで。何も言わずにこうなったらびっくりするわよね。でも、私は大丈夫。明日も勝って、良い気分でギルドへ帰ってやるわ」
「はい、安心しました。良い試合……とは言いません。どうかご無事で」
「ほんっと、優しいわね。まあ無傷は厳しいだろうけど……」
みるみる曇るシェラの表情を見て、テレザは苦笑いを浮かべる。傷を負ってほしくない、その優しさは理解できるし有難いのだが、今回ばかりは相手が相手だ。できないことは約束しない。
「もー、分かってよ。あいつを相手にして無傷だなんて、絶対に無理だもの」
そう言うとシェラは少し逡巡した後、真剣な表情でテレザに問う。
「今までも薄々感じてはいたんですけど……皆さんの戦いを見て改めて思ったんです。命も落としかねない無茶をして、それでも勝ちたい理由って、何ですか?」
本質的な問いだった。テレザに限らず、血剣宴の参加者は皆、勝つために命を投げ出せるような人間ばかりだ。優しさと慈悲が服を着たようなシェラからしてみれば、およそ理解できない感覚。
その疑問に即答はできない。そもそも正解があるかどうかすら、定かではない。ただあえて言葉にするのなら──と、テレザはたっぷり十秒ほど考え、口を開いた。
「やっぱり、私たちは最強になりたいの」
「へっ?」
最強になりたいから。それは要するに『勝ちたいから勝ちたいのだ』と言っているに等しいわけで。テレザも出した答えの馬鹿さ加減に自覚はあるらしく、頬を掻いて曖昧な笑みを浮かべていた。
「少なくとも私は、最強に目指すのに理由はない。もう、そういう生き物なのよ」
「い、生き物って……」
「そりゃ、心配してくれるあなたには悪いと思うこともあるわ」
この言葉に嘘はない。シェラが治療してくれるから怪我をしても良い、と思って戦ったことなど一度もない。だがもしも、彼女に悪いから勝つことを諦め、怪我をしない選択をするか? と聞かれたとき、ノーと即答する自信がテレザにはあった。
で、シェラの反応はと言うと……困惑と悲しみ、そしてちょっぴりの怒りを群青色の瞳の中で混ぜ合わせていた。自嘲気味に聞いてみる。
「救いようがないなコイツ、って思った?」
「思いました。こんなに心配してるのにーって」
「……ごめんなさい。でも私は、誰に何と言われても止まらないと思う」
丁寧に謝る。真剣に心配してくれているのは分かっている。それでも自分は勝利を、最強を求めて、傷だらけになっても突き進もうとするだろう。止まったら、きっと自分が自分でなくなる。そう伝えると、シェラは短くきっぱりと言った。
「分かりました」
愛想をつかされたかと思ったが、言葉には続きがあった。
「テレザさんは私の理解できない感性を持っているということが。そして、それでも私はあなたから離れたいとは思わない……ということが分かりました」
「──」
「初めて会ったときにテレザさんのこと、カッコいいなって思ったんです。私は強くも、カッコよくもなれないかもしれません。でも私、あなたと一緒にいたから今こうして生きてられるんです」
もしも出会っていなければ、最初に受けた依頼で交雑熊に喰い殺されていたかもしれない。ゴブリンどもに匂いで察知され、慰み者にされたかもしれない。常に最前線に立ち続けるテレザを少しでもサポートしようと、今必死に頑張っている治療術式の鍛錬も怠っていたかもしれない。
もちろん全てが全てというわけではないが、シェラが最も影響を受けているのは間違いなくテレザなのだ。これまでの日々、楽しいことばかりだったわけではない。嫌だったことも辛いこともあった。怖い目にも遭った。
だがテレザと一緒にいて、退屈だと感じた日は一日たりともない。彼女と過ごす日々は、これからもきっと自分の糧となる。シェラはそう確信していた。
「今更、理解できないことの一つや二つで離れたりしませんよ。誤魔化さずにきちんと伝えてくださって、ありがとうございます」
「……」
「きゃっ」
礼を言えば良いのか、もう一度謝れば良いのか。言葉が見つからないテレザは、代わりにその華奢な体を抱きしめる。わたわたするシェラに、とりあえず浮かんだ一言を告げた。
「大好きよ」
「へぁっ!? え、えーと……」
「そのままの意味よ。これからもよろしく」
「は、はいっ。あ……でも、怪我してもいいとは、言いませんからね?」
「……善処するわ」
勝っても負けても、明日は小言を貰うことになりそうだ。
「お、お疲れ様です……!」
オーガスタスが退場して控室に戻ると、そこにはテレザとシェラが勝利を祝いに来ていた。
「おう。わざわざありがとな」
「何か喋ってたけど、因縁でもあったの?」
「ああ、ちょっと……ってわけじゃねえが。でも、良い方に向かうと思うぜ」
「そう、良かった。変なモヤモヤを抱えたまま決勝に来るんじゃないかって、心配だったの。で、こっちが本題なんだけど……その怪我、治すあては?」
オーガスタスの皮膚は全身いたるところで破け、血まみれと言って良い状態だった。普通に喋れている辺り命に別状はないのだろうが、このままでは明日の決勝に影響が残りそうに見える。
「……まあ、特にねえな」
「だと思った。じゃ、よろしく」
「はいっ」
シェラがテレザの言葉を受けて進み出る。オーガスタスの傷を治療してくれるらしい。オーガスタスは思わずストップをかけてしまった。
「おいおい。一応敵同士だろ、良いのか?」
「怪我をした人に、敵も味方もありません。オーガスタスさんも逆の立場だったら、きっとこうしてくれるはずです」
「勘違いしないでよ、私はそんな殊勝じゃないから。決勝に万全で上がってきてほしい、それだけよ」
「そうかい……じゃ、お言葉に甘えよう」
そう言って、オーガスタスは鎧を脱ぐ。かなり重量があるのだろう、最初に外された肩当が床に落ちるとくぐもった音が部屋を駆け巡った。
インナーを残して大半が露わになった彼の肉体は、それだけで鎧と表現できるほどに鍛えこまれいる。あちこちに見られる大小様々の傷――真新しい切り傷もあれば、過去に負った重傷の痕まで。その全てが彼の幻導士としてのキャリアを雄弁に物語っていた。
「わぁ~……」
「鎧の上からでも分かってたけど、やっぱすごいわね」
まじまじと観察して感嘆する二人を、オーガスタスが巨体を縮めるようにして咎める。
「いやいやいや、何で俺の方が恥ずかしがってんだ。何でお前らは羞恥の欠片もないんだ」
「そりゃ、逆の立場ならあんたは色んな意味で死んだだろうけど……」
「見る分には平気ですよっ」
平気ですよっ、じゃないが。オーガスタスはそう胸の内でツッコんだ。妙な方向に逞しくなりすぎだろう。
「何て言うか……彫像を見ているような感覚なんです。現実感がないっていうか」
喜んで良いのか分からないシェラの評価だった。
まあ不惑も近いオーガスタスと十四歳のシェラ、親子ほども年が離れているわけで。彼女にとっては逆に羞恥を感じない状況なのかもしれない。テレザは……もう普通の少女として扱ってはいけないのだろう。
何にせよ、治療に支障がないならいい。オーガスタスはそう思い直し、シェラに右腕を差し出した。何せ全身傷だらけ、彼女一人でどこまで治療できるか分からない。一番傷が酷い箇所から治療してもうことにする。
「じゃあ早速。貴き光よ。甘やかなる癒しを我らに与えたまえ──『治癒』」
シェラが集中を高めると、傷口に幻素が作用して燐光を発する。細胞の分裂が活性化され、目に見える速度で傷が修復されていく。
「見事なもんだな、本当に……」
しばらく後、シェラが大きく息をついて治療が終わった。鎧をつけ直したオーガスタスは手足を曲げ伸ばしたり、軽く跳ねてみてどこにも異常がないことを確認し、しみじみと呟いた。前線での戦闘に特化した彼は、こういった治療用の術式は一切扱えない。
それに触れれば壊れてしまいそうな可憐な少女一人で、自分の巨体を治しきったことも驚きであった。もちろん医療術者による治療は受けたことがあるが、その時は複数人で術をかけていた記憶がある。
それに対し、シェラは額に浮いた汗をぬぐいながら答える。
「あんまり連発はできないですけど……。今は、他の事に幻素を回す必要もないですから。頑張っちゃいました」
そういうことか、とオーガスタスは納得する。本職の医療術者は常に複数の患者を想定するが、彼女はオーガスタス一人に全力を尽くせたということらしい。
「ありがとさん。痛みも残ってねえよ。今から休めば、疲れも取れる。明日もうひと暴れできそうだ」
改めて、二人に礼を言う。特にシェラには足を向けて寝られない。
「そりゃ良かった。これで、怪我したから負けたって言い訳はナシよ」
「ハナっからそんなつもりはねえ。お前こそ、明日負けて後悔しても遅いからな?」
テレザの言葉に笑顔を返す。傷を治してもらえたのは大変ありがたいが、明日の試合はまた別だ。つい先ほど戦いを終えたばかりなのに、頭には既に、明日繰り広げるであろう死闘を思い描いてしまっている。
高揚を抑えきれないのはお互い様のようで、テレザも同種の笑みを浮かべていた。
「それじゃ、また明日」
「お大事にしてください」
「おう。楽しみにしてるぜ」
テレザは手を振って、シェラは頭を下げて控室から出て行った。一気に静かになった室内で、オーガスタスは一人、壁に背を預けて物思いに耽る。
「……若い力ってのはすげえなぁ」
考えるのは、たった今別れた二人のこと。
テレザの実力は驚異的だ。オーガスタスも若い頃から将来を嘱望されてきたが、彼女の才覚に比べたら有象無象と言って良い。その怪物には及ばないが、シェラも数か月で随分と成長した。初めて会ったときには鎮痛の術式しか使えなかったはずだが、今はもう、駆け出しと言っては失礼にあたるかもしれない。
対してオーガスタスはここ数年、肉体を維持するので精一杯だ。三十半ばを過ぎてから食事の量は減少傾向に入り、長らく無縁だった筋肉痛なんてものも出始めた。無論こんなこと誰にも漏らしてはいないが、肉体が緩やかに、だが抗いがたく衰え始めていることは事実らしい。
実感した衰えを払拭せんと参加したこの血剣宴に、よもや知り合いが参戦していようとは。
「……強く、なってたな」
今度は先ほど戦ったクラレンスに思考が及ぶ。勝った後偉そうに説教を垂れたが、決着は紙一枚すら差し込めないほど際どかった。四つ年下の彼は、唐突に現れた天才ではない。十年と少し前には軽く捻れていた相手だ。だが新たな技術を身に付けて自身に肉薄して来ているのを、身を以て感じた。
切り札である『流転神器』は苦労の末に三三歳で完成させた、会心の術式だ。以来、新しい術式は習得していない。大抵は自慢の武技で圧倒できたし、いざとなれば変幻自在の『流転神器』との合わせ技があったから。
が、クラレンスは『流転神器』を解放したオーガスタスとも打ち合う技量を見せた。逆にオーガスタスは、クラレンスの『暴嵐怒涛』を不格好に耐え凌ぐことしかできなかった。
「──負けたくねえなあ」
誰にも。老いにも。そんな子供じみた願いが呟きになる。
誰が一番強いのか、どうしたら強くなれるか。いい歳をして、そんなことばかり考えている。テレザをはじめ色々な奴から鉄血都市がお似合いだと言われたが、強ち間違いでもないのかもしれない。が、それは決して悪いことではないのだと思う。武器を持った時からずっと胸に抱き続けているこの思いが消えた時。それはきっと、自分が武器を置くときだろう。
それには、いくら何でも若すぎる。
血剣宴に参加して良かった。まだまだ強くなれる、と思いを新たにしてオーガスタスは控室を引き上げた。
決戦の前夜。
「……」
竜の巣に拵えた寝室で、テレザはベッド代わりのソファにインナー一枚で転がり、天井をぼんやりと見るでもなく見上げていた。その表情は何の感情も浮かべることなく、半開きの目はガラス玉のように白い天井をただ映している。時折瞬きが挟まれなければ、精巧な人形と言われても納得してしまいそうだ。
明日の決勝に向けてどんな風に気合いを入れるのかと思っていたシェラの目には、全く逆の光景が広がっている。
「大丈夫ですか?」
「え? あー……うん、心配ありがと」
思わず声をかける。それに対するテレザの反応は、普段より鈍い。だが喋りだすといつものテレザが顔を出した。
「明日は、大一番だからね。今は無理矢理でも気持ちを抑え込んで、ここぞで思いっきり燃えられるようにしたいの」
本番で緊張感を持てないのは論外だが、ずっと緊張しっぱなしでは疲れてしまう。大事なのはメリハリ、と彼女は主張する。決勝は明日の昼。だから今はあえて何もせず、何も考えず過ごす。緊張の糸を極限まで緩め、心をリセットすると言えば良いか。
今の姿は決して不調のせいではなく、決戦に最高の精神状態で臨むためらしい。
「そ、そうだったんですね。ごめんなさい、邪魔しちゃって」
「気にしないで。何も言わずにこうなったらびっくりするわよね。でも、私は大丈夫。明日も勝って、良い気分でギルドへ帰ってやるわ」
「はい、安心しました。良い試合……とは言いません。どうかご無事で」
「ほんっと、優しいわね。まあ無傷は厳しいだろうけど……」
みるみる曇るシェラの表情を見て、テレザは苦笑いを浮かべる。傷を負ってほしくない、その優しさは理解できるし有難いのだが、今回ばかりは相手が相手だ。できないことは約束しない。
「もー、分かってよ。あいつを相手にして無傷だなんて、絶対に無理だもの」
そう言うとシェラは少し逡巡した後、真剣な表情でテレザに問う。
「今までも薄々感じてはいたんですけど……皆さんの戦いを見て改めて思ったんです。命も落としかねない無茶をして、それでも勝ちたい理由って、何ですか?」
本質的な問いだった。テレザに限らず、血剣宴の参加者は皆、勝つために命を投げ出せるような人間ばかりだ。優しさと慈悲が服を着たようなシェラからしてみれば、およそ理解できない感覚。
その疑問に即答はできない。そもそも正解があるかどうかすら、定かではない。ただあえて言葉にするのなら──と、テレザはたっぷり十秒ほど考え、口を開いた。
「やっぱり、私たちは最強になりたいの」
「へっ?」
最強になりたいから。それは要するに『勝ちたいから勝ちたいのだ』と言っているに等しいわけで。テレザも出した答えの馬鹿さ加減に自覚はあるらしく、頬を掻いて曖昧な笑みを浮かべていた。
「少なくとも私は、最強に目指すのに理由はない。もう、そういう生き物なのよ」
「い、生き物って……」
「そりゃ、心配してくれるあなたには悪いと思うこともあるわ」
この言葉に嘘はない。シェラが治療してくれるから怪我をしても良い、と思って戦ったことなど一度もない。だがもしも、彼女に悪いから勝つことを諦め、怪我をしない選択をするか? と聞かれたとき、ノーと即答する自信がテレザにはあった。
で、シェラの反応はと言うと……困惑と悲しみ、そしてちょっぴりの怒りを群青色の瞳の中で混ぜ合わせていた。自嘲気味に聞いてみる。
「救いようがないなコイツ、って思った?」
「思いました。こんなに心配してるのにーって」
「……ごめんなさい。でも私は、誰に何と言われても止まらないと思う」
丁寧に謝る。真剣に心配してくれているのは分かっている。それでも自分は勝利を、最強を求めて、傷だらけになっても突き進もうとするだろう。止まったら、きっと自分が自分でなくなる。そう伝えると、シェラは短くきっぱりと言った。
「分かりました」
愛想をつかされたかと思ったが、言葉には続きがあった。
「テレザさんは私の理解できない感性を持っているということが。そして、それでも私はあなたから離れたいとは思わない……ということが分かりました」
「──」
「初めて会ったときにテレザさんのこと、カッコいいなって思ったんです。私は強くも、カッコよくもなれないかもしれません。でも私、あなたと一緒にいたから今こうして生きてられるんです」
もしも出会っていなければ、最初に受けた依頼で交雑熊に喰い殺されていたかもしれない。ゴブリンどもに匂いで察知され、慰み者にされたかもしれない。常に最前線に立ち続けるテレザを少しでもサポートしようと、今必死に頑張っている治療術式の鍛錬も怠っていたかもしれない。
もちろん全てが全てというわけではないが、シェラが最も影響を受けているのは間違いなくテレザなのだ。これまでの日々、楽しいことばかりだったわけではない。嫌だったことも辛いこともあった。怖い目にも遭った。
だがテレザと一緒にいて、退屈だと感じた日は一日たりともない。彼女と過ごす日々は、これからもきっと自分の糧となる。シェラはそう確信していた。
「今更、理解できないことの一つや二つで離れたりしませんよ。誤魔化さずにきちんと伝えてくださって、ありがとうございます」
「……」
「きゃっ」
礼を言えば良いのか、もう一度謝れば良いのか。言葉が見つからないテレザは、代わりにその華奢な体を抱きしめる。わたわたするシェラに、とりあえず浮かんだ一言を告げた。
「大好きよ」
「へぁっ!? え、えーと……」
「そのままの意味よ。これからもよろしく」
「は、はいっ。あ……でも、怪我してもいいとは、言いませんからね?」
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王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
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朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
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ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
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