魔王から学ぶ魔王の倒し方

唯野bitter

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第三百八十七話 諦めないで

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「今回は裁縫の練習だ!」
「待たんかい」


 わしは裁縫針を掲げているミエルの腕を掴む。


「なんだ?」
「なんだではない。これはどういう状況じゃ」


 わしらはメイド服を着ておる。スカートが短いタイプではなく、クラシカルな長いタイプじゃ。


「まずは何でメイド服を着せられているのかを聞かせてくれ」
「家事をする時の正装だからだ」
「その常識はクラン家でしか通用せんからな?」


 なんでわしまでメイド服を着んといけんのじゃ。折角ならノエルとお揃いにしたかったが、ノエルは学校じゃし諦めるしかない。それに、ノエルはまだ許してくれんからのう。早く口を利いてくれんかのう。


「次に何でラビがおるか聞かせてくれ」
「そうですよ。なんで私が呼ばれたんですか?」


 わしらと同じようにメイド服を着たラビがおった。朝起きてリビングに行くと、メイド服姿のラビがおったのを見た時はビックリしたものじゃ。
 訳が分からんわしとラビを前に、ミエルはそのたわわな胸を張る。


「前に掃除と洗濯の特訓をしたときにラビもいただろう?仲間外れは良くないじゃないか」
「折角の休みに呼び出されたラビのことも考えよ」
「私は大丈夫ですよ。急に呼びされて驚きましたけど」
「いつの間に呼んだんじゃ」
「朝一番に呼んできた」
「寝てたらいきなりノックで叩き起こされました」
「迷惑以外の何物でもないな」


 朝一番に出かける気配があると思ったらミエルじゃったか。こやつの行動力はなんなんじゃろうな。


「最後に聞きたいことがある」
「なんだ?」


 わしはミエルの目の下についているどす黒い隈を指さす。


「その隈はなんじゃい」
「無理せずにお休みした方が良いんじゃないですか?」


 この1カ月の間で、ミエルは文字通り死ぬほど働いていた。この休みも、本来は体を休めるための日の筈じゃ。
 というか、ラビを早朝に呼んできたと言っておったな?なんで疲れておるのに、いつもより早く起きるんじゃ?頭がおかしいのか?


「私なら大丈夫だ。そんな事よりも早く特訓しよう」
「疲れすぎて変なテンションになっておるな?」
「深夜テンションって感じですね」


 ミエルの疲れ切った笑顔を見て、わしとラビでヒソヒソと話す。


「どうします?こんなミエルさん見てると心が苦しいんですけど?」
「仕方あるまい。ある程度は付き合って、頃合いを見て気絶させよう。わしとラビなら楽勝な筈じゃ」
「そうですね、分かりました」
「何を話しているんだ?」


 わしらが話しているのを不審に思ったのか、ミエルが首を傾げる。


「別に何でもない」
「早く始めましょうか」
「そうだな」
「裁縫をするって言ってましたけど、何か作りたい物でもあるんですか?」
「特に決めてないが?」
「そんな調子でよく裁縫をすると言ったのう?」
「何も決まっていないのなら、巾着袋とかどうです?」
「簡単に作れるのか?」
「はい。難易度も低いので初心者にもおすすめです」


 滞りなく説明するラビを見てわしは意外に思う。


「ラビは裁縫が得意なのか?」
「得意ではないですけど、母から何度か手ほどきを受けました」
「そういえば、裁縫道具を持ち歩いておったのう?」
「服が破れた時に縫えるように、いつも持ち歩くようにしているんです」


 ラビが手のひらサイズのケースに入った裁縫道具を取り出す。


「最近まではステータスが高すぎて、針を折ってしまって大変でしたよ」
「今は問題無いのか?」
「ええ。この腕輪を付けていれば普通に生活できるようになりました」


 ラビが両腕に嵌っている翡翠色の腕輪を見せて来る。


「ふむ?腕輪が無ければ力を制御できんと?」
「ですね」
「えい」
「へ?」


 次の瞬間、わしの手に二つの翡翠色の腕輪が現れる。
 何が起こったのか分からない様子のラビは自身の両腕を見る。そこにはいつも嵌っている腕輪は無かった。


「……ええええ!?何してるんですか!?」
「ホウリと腕輪無くても生活できるように特訓しておるんじゃろ?なら、別に良いじゃろ」
「腕輪が無い時はホウリさんが十分に安全を確保してくれてるんですよ!?今はホウリさんいませんよね!?」
「わしが居れば、そこが一番安全じゃ」
「それはそうですけど……」


 ラビが腕をプルプルと震えさせている。下手に力を込めると壁などが壊れるから、必死に動きをとめておるのじゃろう。


「これじゃ針を持ったら折れちゃいますよ」
「それもまた修行じゃ。そうじゃ、ラビとミエルでどちらが上手く巾着を作れるかを競ってみるか?」
「ほう?面白そうだな?」
「面白くないですよ。針を何本折るか、布を何枚破るか、誰かを傷つけないか、今から胃が痛いです……」
「壊れたものはわしが全て直す。幸いにもわしとミエルはダメージで死ぬことは早々ないしのう」
「ならば憂いは無いな!勝負だラビ!」
「テンション高いですね」


 ミエルが思った以上に乗り気じゃ。普段は誰かと競うみたいな感じではないがのう?


「私だって誰かと競いたくなることがある。いつもは部下を管理していて、競う相手がいないからな」
「そうかな。そういう事なら受けてやったらどうじゃラビ?」
「……分かりましたよ。どうせ、受けるまで話が終わらないんでしょうし」
「勘が良いのう。話が早くて助かるわい」


 わしは布と糸をアイテムボックスから取り出す。


「布の断裁まではわしがやる。お主らにさせたら1週間はかかる」
「それは否定できないな」
「私もです。数ミリ切るまでに1時間くらいは掛かりますよ」
「待っておれ。すぐに用意する」


 布を巾着が展開された状態で切断する。


「ほれ、出来たぞ」
「あの、今手を触れずに布が切れたように見えたんですけど?どうやって切りました?」
「スキルでじゃが?」
「手を触れずに物を切断できるスキルなんてあったのか」
「ミエルも知らんのか」


 スキルは何万もある。騎士団長でも知らんスキルがあるのも不思議ではないか。


「細かいことは良い。そんなことよりホレ」


 わしは2人に切断した布を渡す。


「これを巾着に縫ってくれ。出来上がりを判定する」
「フランさんが判定するんですか?」
「ふむ、そうじゃな……」


 わしが判定しても良いが、それでは面白くない。ならばどうするか……。


「あ、そうじゃ」
「何か思いついたみたいじゃな?」
「まあのう」


☆   ☆   ☆   ☆


 夕方、玄関の扉が開きロワが帰って来た。


「ただいま戻りました───」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「お、おかえりなさいませ、ご主人様……」


 わしとミエルがロワに向かって丁寧にお辞儀する。
 わしらを見て、ロワがビックリしたように目を見開く。


「えっと……何かありました?」
「ミエルが家事の練習をしたいと言っておってな。形から入ると言われて、わしも着させられたんじゃ」
「だ、だけど、ロワをこの姿で出迎える予定は無かったんだぞ?」
「そうでしたか。お二人とも良く似合ってますよ」
「そ、そうか……」
「わしは良いからミエルを褒めよ」
「改めて褒めるように言われると照れますね……」


 ミエルとロワは照れくさそうに見つめ合う。


「ラブコメしておらんで、ちょっと来い」
「え?あ、はい」


 わしはロワの手を引いてリビングまで連行する。
 すると、リビングの席に疲弊したラビが座っておった。ラビの両手にはいつもの翡翠色の腕輪が嵌っておる。
 そして、リビングのテーブルには青と緑の巾着袋が二つ置いてあった。
 巾着は右下が大きくなっていたり、縫い目が荒かったりしており、お世辞にも綺麗な仕上がりとはいえない。


「ロワさん、お疲れ様です……」
「ラビさんも来ていたんですね。かなり疲れてますね?」
「まあ、色々とありまして」
「色々?」
「細かい事は後で説明する。まずは座ってくれ」
「分かりました」


 ロワが言われるがまま席に座る。素直なのは良い事じゃ。


「この二つはミエルとラビが作った巾着じゃ。お主にはどちらの巾着を使いたいかを選んでもらう」
「どちらを使いたいかですか?」


 ロワは二つの巾着を手に取って見比べる。その様子をミエルは手を合わせて祈りながら見ている。


「どちらも作りが荒いですね。正直、仕上がりとしては大差ないです」
「ふむ、強いていうならどっちを使いたい?」


 ロワは少しだけ迷った後、緑色の巾着を上げる。


「こっちですかね。何となく暖かい気持ちになります」
「そうか」


 わしは祈り続けているミエルの肩を叩く。


「良かったのうミエル」
「……ああ」


 ミエルが手のひらで手を覆う。そして、手の隙間から涙が流れ落ちて来た。


「良かった……本当に良かった……ぐすっ……」
「え?あ!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ……ただ嬉しくてな……」
「泣くほどですか!?」
「家事が苦手な者が認められたんだぞ?嬉しいに決まっておろう」
「そうなんですか」
「ぼーっとせんで、ミエルの背中でも擦ってやってはどうじゃ」
「あ、そうですね」


 ロワがミエルの隣で背中を擦る。ミエルは泣いていたが、指の突き間から頬が赤くなっているのが見えた。
 ミエルの家事の腕も磨きつつ、恋の応援もする。我ながら完璧な計画じゃ。


「あー、疲れた……」


 ラブコメ特有の甘い雰囲気の中、ラビの疲弊した声がリビングに溶けていった。
 ちなみに、針を折った回数はミエルが60回、ラビが75回じゃった。
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