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第九話 『闇の領域』

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 昆虫種のギルド兵士……つまり、昆虫系の魔物のことだが。

 これらは、一体一体はさほどの性能ではない。

 だが、陸海空の適正を網羅できる多種多様な形態が用意されている上に。
 戦闘用から、掘削、偵察、生産補助用まで。
 活躍できる幅がとても広い。

 そして生産速度が早い。

 知能こそ低いが。
 命令を忠実であり。
 機械のように正確に仕事をこなし。 
 生産完了時ロールアウトから、士気モラルが常に一定であるというのは、バカにならない利点だ。

 それはつまり、性能が気分テンションで左右しないという事であり。
 死を恐れないという事であり。

 
 

 ――空中を猛スピードで飛行するローリエは、結果的に早い段階で、それらしき昆虫兵の群れに出くわした。

  
 そんな追撃するローリエに。

 殿の、飛行型昆虫兵が、猛然と襲い掛かる。

 それを、飛行速度のままに、空中を踏みしめるスキルも使って、作り出した木葉短剣で、切り刻む。
 

「……じゃましないで! ください!」

  
 けど。
 その数は、予想以上で。
 
 ユナを捕縛している昆虫の魔物1匹を識別するのは困難だ。

 ローリエの索敵パッシブスキルでは、個々の選別までは行えないし。
 すべての飛行型昆虫が、地上型の昆虫を抱きかかえて運搬しているため。
 似たような運搬方法をされているであろうユナの姿が、殆どカモフラージュされてしまっている。

 
 

 だから。




 リアルでは考えられないくらい。
 ほぼ無意識に。
 ローリエは最大限、声を張って。
 
 叫ぶ。

「どこですか、ユナちゃん! 返事をできるならしてください!」

 手当たり次第に魔物を殲滅しながら、目視のみでローリエは探す。


 幸いなのは、ローリエの風の影響を止めるスキルのお陰で、猛吹雪の中でもスムーズに移動ができ。 
 視界を遮る降雪も、低温も、影響がない事だ。


 そんな中。


 その声。

 そして、蹴散らされている軍勢の後方の異変に。

 
 昆虫軍の指揮官が気付いた。

「……!?」

 しかし、降雪の影響をモロに受ける昆虫種族達では、ローリエの姿をすぐに捉えることはできない。
 軍勢の後方で何が起こっているのか。


 魔物の群れの中に混じっていた人型の甲殻人種インセクティア――ヴィルトールは。

 ただ一人、空中で静止したちどまり

 猛吹雪の視界に目を凝らす。


 依然北東へ向けて空を進む群れの中。
 ヴィルトールだけが立ち止まったため、みるみると相対的に殿しんがりへ向かう純白の甲冑姿。

 そんな中。

 透明な翅を、高速で羽ばたかせ。
 マントをはためかせ。
 肩に背負った鞘から剣を引き抜かんとする構えで。
 輝く鱗粉をアフターバーナーのようにしてホバリングしながら。


 そうして。


 暫くして。

 やがて……ヴィルトールの周囲の風が止み、雪が止む。

「……雪が……?」


 止んだ?


「!?」



 それに、気づいた時。

 同時に。

 超高速で飛来する、緑色のシルエットが、迫って来るのが、ヴィルトールの視界に入る。

 咄嗟に、背の鞘から剣を引っこ抜く。

 その時には既に、その影は間近で。


 そのまま。


 がきぃいん。
    

 ――ぶつかり合う残響音。


 一直線に飛来した影が、木葉か花弁のようにくるくると空中を滑って、立ち止まった。



 その間も、甲殻人種インセクティア一人を残し、群れは遠ざかっていく。


妖精族フェアリア?……いや、小さいだけのエルフか?」


 ヴィルトールのそんな言葉にも、その姿にも。
 まるで興味がないかのように。
 エルフは、そんな間も距離を離す群れを注視していた。

 ヴィルトールを一目見る視線も。
 それが目当てと無関係だと確かめるためのもので。

 真剣な表情のまま。
 再び、群れを追おうとするエルフを。

 インターセプトする形で遮って。

 ヴィルトールが通せんぼする。


「黙って行かせると思うか? 貴様、『ブラッドフォート』のギルドメンバーだろう? おおかた助けに来たのだろうが、そうはさせん」


 エルフは、簡単に通れないと悟ると。
 その眼を、甲殻人種インセクティアのフルフェイスのヘルムに向ける。


「どうしてユナちゃんをさらうんですか……? 私たちはPVPやGVGなんて興味ないのに」
  

「どうして、と言われてもな? その方が早いと私が思ったからだ。 文句ならば、このゲームに、そのような要素を追加した運営にでもいうのだな。……我々は、我々の利益になる行動をとっているだけに過ぎないのだから」


 そんな問答の最中も。
 群れはどんどん遠ざかっていく。

 スフェリカはシームレスな世界ではあるモノの。
 闇の領域は、光の領域と処理が分かれているせいか。
 
 互いのスキル効果が及ばない領域となっている。

 つまり、ローリエの索敵用のパッシブスキルは闇の領域まで届かないのだ。
 闇の領域に踏み入れば、また動作はするだろう。

 しかし。

 遠く離れたまま一度群れを見失ってしまったら。


 また見つけ出すのは困難になりそうだった。


 だから。

 ――エルフに、このインセクティアとお話している時間は無く。

 ヴィルトールはそれこそが、目的だった。

 猛吹雪と冷気で少しづつHPを奪われ続ける昆虫の軍勢に、立ち止まっている暇はなく。
 余計な時間を使えば使うほど、自分の領地に戻る前に力尽きてしまう。

 つまり、ヴィルトールの目的は、時間稼ぎであり。
 チビエルフにとっては、邪魔者でしかない。


 そのヴィルトールは、今、利益になる行動をとっているだけだと言った。 

 

「そうですか。……それなら、私もそうします!」


 エルフは、さきほど激突した際にひび割れて耐久限界近くになっているボロボロの木葉短剣リーヴスエッジを放り捨て。
 新しい短剣を作り出す。



 そうして、ヴィルトールも剣を構える。


「良いだろう。果たして、私を超えてゆけるかな?」


 そんな空中での睨みあいから。



 互いに、踏み出す一歩でぶつかり合う一瞬。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 
 ――カイディスブルム城では、警報と共に滞在する全員にアナウンスが流れていた。 


 ※※※※敵対するギルド兵士により領地の侵犯を受けています※※※※
 ※※※※敵対するギルド兵士により領地の侵犯を受けています※※※※
 ※※※※敵対するギルド兵士により領地の侵犯を受けています※※※※
 ※※※※敵対するギルド兵士により領地の侵犯を受けています※※※※


 ユナのことで緊急会議をしよう、と思っていた『猫ミミ』のメンバーと、ジルシス、ウィスタリアの表情が強張る。


 たった今、会食室の席に付こうかと思っていたフェルマータは呆れたように言う。
「……まったく、一難去ってまた一難ってわけ?」

「それを言うなら、泣きっ面にハチよ、フェル」 

「そうか? そうね?」

 そしてジルシスは走って執務室に引っ込むと。
 暫くして、傭兵契約書をもって戻ってきた。

「堪忍なみんな。悪いんやけど、対応、手伝うてくれへんやろか?」

「そんなの言うまでも無いでしょ! どこ攻められてんの?」

「眷属が倒されたのは、北東の、山岳地帯の方やね……」

「眷属?」

「吸血鬼のスキルで作り出した蝙蝠とか狼とかを、領地の監視に回してるんよ。うちの兵士じゃアホすぎて間に合わんさかい」

「……了解! とりあえず傭兵契約するわ!」


 そうして、フェルマータがジルシスの契約書にサインする中。

 ゼナマは言う。

「それなら、ワシはユナとローリエ殿を追いかけるとしよう。あちらのほうも放ってはおけんだろう?」

 その提案に、フェルマータは快諾する。

「そうね。その通りだわ。頼めるかしら?」

「心得た。善は急げだ、先に行くぞ」

 ゼナマが走って出て行き。

 フェルマータ、マナ、ジルシス(クマのぬいぐるみ)、ウィスタリアが領地侵攻の対処に出る。




 
 各々が準備のために、会食室から出ていき。
 マナも出て行こうとする背中に。

 フェルマータが声をかける。

「先生」

「何、フェル?」

「あげる」

「?」

 ぴん。
 と指ではじいてマナの所に跳んできたのは。
 指輪型のアクセサリーだった。

 マナが振り返り、両の手でつかみ取る。

「これは?」

「つけたら解る」

 そう言って、フェルマータはマナとすれ違い、先に会食室を出て行った。



 その指輪は。

 MPの持続回復が付いたアクセサリーだった。
 しかも、その効力がかなり高く、相場もかなり高額の品だ。
 新品なので、きっと使い込めば、有用なオプションも閃くだろう。

 マナは、フェルマータが出て行った方を振り返る。

 その指輪の意味は。

 フェルマータが、マナが隠している計画の目的に気づいているという証であり。
 言葉で言わないという事は。

 言ってくれるのを待ってる。

 と言う意味であり。

 応援している、という無言のメッセージだった。


「……ありがとう、フェル。一段落したら、ちゃんと説明するわ」



 そうして、漆黒の魔女は、一番最後に、会食室を出て行くのだった。
  


 
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