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しおりを挟む夜の古城に、大残響が轟く。
荒れ果てた中庭の、ひび割れた女神像やオブジェが粉々に吹き飛び。
えぐられた地面は、石畳が剥がれ果てた。
暴君の仕業だ。
この古城の、主である――少女の。
必要ない筈の呼吸が、生前の動作を思い出したかのように荒く、吐き出される。
くりかえしくりかえし。
ぜぇ、はぁ、という息遣いと共に。
死人のように色白の、少女の口から。
少女は飢えていた。
数か月に一度の、飢餓期に入ったから、なおさらのことだ。
なぜなら、その少女は、吸血鬼だから――。
そう。
この世の中には、物の怪や、魔素に浸食された魔物という怪物が存在する。
大気に満ちる魔素が、長い時間を経て植物を変異させ、それを食す動物をも変貌させる。
それは、この星が生まれた時からの定めだった。
魔素の影響を何も受けない、そんな稀有な存在は『ニンゲン』だけ。
しかし、ニンゲンも、後天的に他種族に変化することがある。
――その一つが、吸血鬼。
古城に潜む、一人の少女がそうだった。
名は、キルシュトルテという。
500年ほど前は、黒髪に黒い瞳で素朴な出で立ちであった少女だが、現在はその頃の面影は微塵もない。
髪は白銀、肌は死人のように白く、瞳は黄金色。
そんなキルシュトルテは、今、渇望期に見舞われていた。
うぅぅ、と低い唸りを上げながら、吸血鬼の尋常ならざる膂力で、周囲に当たり散らす。
瓦礫が舞い、ただでさえ老朽化している城の壁に穴が開く。
キルシュトルテは今までに一度も、血を吸っていない。
だから、数か月に1回やってくる渇望期には、沸き上がる本能に思考を奪われる。
それを、ただ一つ残っている『血を吸ってはいけない、吸いたくない』という理性だけで、抗っているのだ。
癇癪を起して暴れまわる、そんな子供のような状態で、ここ数日キルシュトルテは城内をさ迷い続けている。
壁を壊し、柱を壊し。
ただ一人住むには広すぎる城を。
しかし、城内には多くの人影がある。
ただし、生きてはいない。
皆屍人だ。
度々、出会う人影は、皆アンデッドだった。
兵士も、給仕も。
かつて、この城に住んでいたであろう人々が、不死者となってさ迷っている。
それを、キルシュトルテは無慈悲に粉砕して回った。
こんな生活を、キルシュトルテは500年続けている。
キルシュトルテは、目覚めた時から、この古城に一人だった。
数百人の同居人は、皆、アンデッドで、血を吸えない。
誰も来ない。
だから、キルシュトルテはずっと一人だった。
そして、吸血鬼だ。
不死族の中でも、トップに君臨する幻想種に近い高位種族だから。
歳も取らなければ死にもしない。
例え、血に飢えても。
死ぬことは無い。
キルシュトルテは何度も試した。
太陽を浴び、流水を浴び、高所から飛び降り、城内のあらゆる蛇や、蜘蛛や、それこそ魔物の毒を食らい、刃物で自分を切り刻んでも。
死ななかった。
城内のあらゆる書物を読み、死ぬ方法を探ったり、呪いに手を出したりもした。
実際、キルシュトルテは呪われている。
常に生命を奪われ続けている。
そんな死の呪いを宿しながら。
既に死んでいて、決して滅びぬ心と身体で抗っている。
死にたい、死ねない。
吸いたい、吸えない。
誰もいない、出られない。
そう、この城は、吸血鬼を封じている城なのだった。
しかし今。
その吸血鬼を、滅ぼしに来たヤツがいる。
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