伯爵令嬢の家庭教師はじめました - 乙女ゲーム世界へ転生したと思ったけれどなにか違う気がする……?

大漁とろ

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第一章

第十七話 『戦いがはじまりました』

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 暖炉の傍らには、リンドールもあわせて四人。
 短剣を二本下げている男からは魔力を感じない。純粋な前衛の戦士だろう。
 もうひとりは腰に長剣下げているが、通常よりも魔力が強い。
 リンドールと最後のひとりは完全に魔法士だ。剣を持っている男たちに比べ、身体の構えが疎かに見える。
 タニアさんのような騎士たちは、武を有している人独特の隙のない構えや動きをする。魔法士たちにはそれが見られない。
 ならば、今狙うべきは長剣の男だ。

『我々は命を長らえるため日々食事をするだろう? 魔力も同じだ。身の内から湧き出るものだけでは、魔法を行使するだけの量をまかなえない。外部からの供給が必要になってくる』

 御師様に初めて魔法を教えてもらったときの言葉を思い出す。
 魔力には二種類ある。体内で生成されるものと、体外から吸収するもの。
 体内に魔力を持つ人間は割合多いのだが、扱うとなればまた別だ。その素質の有無が魔法士の条件となってくる。

『幸い王国と周辺諸国は、土地や大気中に含まれる魔力が豊富だ。周囲に溢れる魔力を古語では【マナ】と呼ぶ。それを取り込み扱えるものを【マグス】、複数形で【マギ】と呼んだ』

 外部から吸収できるならば、他人からも吸い取れるのではないか。そう考え、研究する魔法士も少なくない。
 だが大抵は、相性や魔力保持量などの問題が壁となり、実験は失敗に終わっている。
 吸い取った魔力を己のものとして変換できない、あるいは単純な容量不足、過多による制御の失敗などが原因だ。

『魔法士は、様々な魔力を吸収し行使できる素質があるもの、【マギ】の末裔さ。――今はもう失われた名だよ』

 でも、その問題を解決できる魔道具があるなら?
 ただ魔力を大量に溜めるだけの道具に、吸い取ったものを直接移動できたなら?

 実験なしの一発勝負。だがうまくいけば敵の戦力を削ぐ有効な策だ。
 わたしは左腕の金属の感触を確認し、長剣の男を見遣った。
 物理攻撃と魔法攻撃の両方を備えている男は、四人の中で中継役を担っているのだろう。長剣で間合いを取り、魔法を扱いながら後衛の防御と援護をする。
 一番厄介なのはこういった立ち回りができる者だ。真っ先に落とさなければならない。

「自分たちが有利であると考えている慢心が、命取りとなるのよ」

 男を見つめながら、わたしは精一杯悪く見えるよう口角を上げて微笑んだ。挑発なんてしたこともないけれど、下に見ているもの、しかも女に言われたら怒りも湧くだろう。

「はぁ? 有名な魔法士の弟子だかなんだか知らねぇが、むかつく女だな」

 案の定、長剣の男が食いついた。

「その女子ども相手に、男どもが寄ってたからないとダメなの? ひとりではなにもできないのね」
「本当に口の減らねぇ女だな……!」
「おい、構うな! どうせ口だけだ!」

 一歩前に出てきた長剣の男をリンドールが引き留めるが、男は耳を貸さない。掴まれた肩を荒っぽく振り払い、また一歩進み柄に手をかけた。

「うるせぇ! ちょいと痛い目みせてやりゃおとなしくなんだろ!」
「賊に負けるなどあってはならない! 己と師の名を汚すことはできないもの!」

 男が剣を抜くと同時に、風の盾を展開させる。

『風は往くもの、しかして流れ留まり盾よここに!』

 エセル様にはもう少し下がっていただきながら、風の盾を安定させた。振り下ろされた剣が、青白い火花を散らし途中で止まる。だが相手は魔法を使える剣士だ。盾を壊そうと、刃に魔力を集め始める。

 ――今だ!

 横へ飛び退くと同時に盾を解除する。勢い余って剣を床に叩きつけた男へ向かい、腕輪を露出させている左手を突き出した。向こうの反応が早く、僅かに刃先が袖と肌を切ったが、構わず掌を押し付ける。
 魔力の通路を男の身体へ穿ち繋げる光景を、強く頭に思い浮かべる。

 繋がった。後はこちらへ引き込むだけ……!

「うぁあぁああぁぁああぁぁ!!」

 男ががくがくと震えながら絶叫する。淡い光を放ち、男の魔力が腕輪へ大量に吸い込まれていった。
 獣の咆哮にも似た叫び声。突然の事態に動くことができない男たち。周囲に漂う魔力をも吸収し、それでも腕輪の勢いは止まらない。
 長いようで短い時間の終わり、長剣の男は白目を剥き仰向けに倒れた。口の端から泡を吹き、握り締めた剣を離すこともできないまま、ぴくりとも動かない。

「おい、てめぇ……、今、魔力を奪ったな……?」

 リンドールと魔法士の男が、驚愕とも怒りとも取れる表情を浮かべ、恐る恐るこちらを向いた。
 他人の魔力を奪うことの難しさを知っているのだろう。魔法士の男が小さく「信じられん……」と震えながら囁いた。
 この好機を逃してはならない。
 エセル様を抱き締め、床に手をつく。厚い絨毯の下、そして部屋の壁も石だ。

『石よ、結晶よ、我が与える形と成せ!』

 呪文を発した瞬間、壁と床から鋭く長い石槍が、針山の如く男たちの周囲を覆った。

「くそっ! 石まで変えたか!」

 わたしとエセル様は後退り、何層もの石槍の阻塞を重ねていった。室内の石は有限だ。そして魔法士がいる限り、破壊されることは間違いない。その間に逃げなければ。

「エセル様、少し驚くかもしれませんが、大丈夫ですからね」

 ぼんやりとした瞳で見上げてくるエセル様へ、できるだけ安心させられるような笑顔を浮かべた。細い身体をしっかりと抱き締める。
 阻塞として使用されていった室内の石は徐々に減り続け、私の目の前にぽっかりと穴が開いていた。木組はあるが、下階の部屋が丸見えとなっている。
 わたしは意を決して床を蹴った。
 階の境目を過ぎた辺りで、膜を破ったかのような感触があった。リンドールの結界だろう。
 風の抵抗をかけて、ふわりと三階の部屋へ降り立つ。そこは食器やリネンを収納しておく部屋だった。
 ところが、作りつけの棚の中は空で、開けられたままの引き出しの中も、木製や古い陶器の匙しか残っていない。
 ロナは豪華な食器が収められていると言っていたが、すでに奴らの手に渡った後なのだろう。悔しくて唇を噛んだ。
 食器室を出れば廊下、その先に重厚感のある両開きの扉が見えた。あそこが貴賓室だろうか。エセル様の手を引き、扉を僅かに開けて室内へ潜り込む。幸い内鍵はかかる。更に施錠の魔法を重ねがけしておいた。
 エセル様は変わらずぼんやりとした表情で立ち竦んでいる。このままではご自身の危険に反応できない。せめて呪いを解き、思考が正常に戻るようにしなければ。
 わたしはエセル様の前に跪き、両手を差し出した。

「エセル様、お手を。わたしが、その呪いを解いて差し上げますから」

 ぼんやりとした青い瞳がわたしを見つめる。恐る恐る伸ばされた小さな手を取った。
 鎖のように絡みつく呪いは、頭から爪先までエセル様の心身を縛りつけていた。魔力を込め、身体中に張り巡らされたものをひとつずつ解く。
 魔力が足りなくなってきたら腕輪からすぐに補給し、途切れさせないようにしなければならない。でなければ途中で絡まり、更に複雑化してしまう。
 エセル様の幼い肉体には負担になるかもしれない。それでも、このまま呪いを宿しているよりはましだ。

「――――は……ぁ!!」
「エセル様……!」

 負荷がかかっているのだろう。あと少し、あと少しだから、と小さな手を握り締めた。
 早くしなければ男たちが追ってくる。だが弱った身体に負担をかけられない。板挟みの状態。
 そのようなときこそ冷静であれ。
 歯を食いしばり、ただひたすらに呪いを解いていく。

「――――っ!!」

 最後の一本を引き剥がす。エセル様の声にならない叫びとともに、金属が爆ぜる音が聞こえた。絡みついていた鎖がすべて壊れたのだ。

「エセル様、ご気分は? 痛いところはありますか?」
「……い、いえ、ないわ……」

 そう答えたエセル様の瞳に、僅かな光が戻った。まだぼんやりとしているが、虚ろさは消えている。解呪に成功したのだ。

「よかった……」

 小さな手を包み、ほ、と息を吐く。
 だが、まだ終わったわけではない。扉の向こうから瓦礫が崩れる音や小さな爆発音が聞こえてくる。男たちがここを見つけるのも時間の問題だ。ここからどうやって逃げるべきか。

「……こっち」

 その時、エセル様が天蓋寝台の脇を指差した。

「エセル様?」
「ここに、かくし階段があるの。一階へおりられるわ」

 指し示された場所を見ると、天蓋の布に隠れた石壁に、ひとつだけ小さい石が埋め込まれていた。慎重に押してみる。すると、鈍い音を立てて壁が開き、石造りの下り階段が現れた。

「一階のどこへ繋がっているのですか?」
「舞台のうら、控え室があるの。みっつあるうちの、東のはしの部屋」

 頭の中で西棟の平面図を広げる。この下は確かに控え室だ。階段の上にほこりが溜まっている様子からして、長いこと人の行き来はなかったのだろう。リンドールたちも知らないはずだ。

「失礼いたしますエセル様。袖で口を覆ってください、ほこりを吸い込みませんよう」
「――――!?」

 わたしは小さな身体を抱き上げ、薄暗い階段を降りることにした。
 力がないわたしでも軽々と抱えてしまえるほど、エセル様の身体はやせ細っている。呪いに苛まれ続けたせいだろう。あまりの軽さに涙ぐみそうになった。
 なんとしても助け出さねば。
 この行為はただの偽善かもしれない。エセル様を救っても世界は変わらず、主人公を害する悪役令嬢は生まれるのかもしれない。
 それでも、惨い状況に置かれた少女を放っておけるはずがなかった。
 本邸へ行けば誰かがいる。もしかしたら、手紙出せない状態だと察してくれたリヴィ様が、なにか手を打ってくださっているかもしれない。
 だから今はなんとしても逃げるのだ。
 わたしは隠し扉を閉め、なるべく足音を立てないよう階段を下り始めた。
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