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第一章
第十九話 『魔法戦はじまりました』
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「いるのはわかってんだぜ? 小賢しく気配を散らしやがって。天井ぶっ壊しちまおうか。それならどこにいても下敷きになるだろ」
狂気と怒りに満ちた声でリンドールが叫ぶ。不自然に反響する音の出所を探れば、ホールから上がった二階部分の踊り場に三つの影が見えた。
「なに言ってんだ、そうすりゃ俺たちだって危ねぇだろ」
「冗談だよ。用済みの場所っつっても、あまり痕跡を残したくはねぇしな」
仲間の男に窘められ冗談ぶって答えはしたが、リンドールの怒りは収まってはいないようだ。
それにしても、何故こんなに音がおかしな響き方をしているのだろう。すぐ傍で聞こえると思えば、次の言葉はとても遠くで話している。形容しがたい不安が身体中に広がっていく。
「だがなぁ……、あの女は殺しておかなきゃならねぇ。見習いの使えねぇ女だと思っていたが、あいつ、魔力を吸収しやがった! しかもひとり分丸ごとだ!」
叫びと同時に凄まじい衝撃がホール内に落ちた。天井から床へ、更に横へも這うように雷が降りてくる。小さく悲鳴を上げたエセル様を抱き締め息を飲んだ。
「どうだ!? 魔法ごと吸収しちまえよ! できんだろ!!」
激情のまま高い笑い声を響かせ、リンドールは何度も雷を放った。広い床に黒く焦げた跡が無数に残っていく。
衝動で放つ魔法の割に威力が強い。通常ならば、精神が安定している方が制御しやすく威力も増すのだが、不自然なまでに強いのだ。
そのとき初めて、ホール内が湿気に満ちている理由に気づいた。
水は雷気を通しやすい。広いホール内で効率的に雷を落とすならば、降っている雨を元にして湿気て満たしてしまえばいい。
わたしはエセル様を抱え移動しながら、小さく唇を噛み締めた。やはりリンドールの方が戦闘経験が上だ。悔しいがそれは認めなければならない。
防戦だけではこの場から逃げられない。心配ではあるが、エセル様おひとりで逃げていただくしか――。
そのとき、エセル様の小さな手がわたしの肩を掴んだ。
「にげて」
「エセル様?」
抱えているエセル様を見遣ると、澄んだ瞳が真っ直ぐ見つめていた。
「あなただけでも、にげて、――生きて」
「そんなことはできません!」
「わたくしは、被用者であるあなたを守る義務があるわ」
青く輝く瞳がわたしを見上げる。先ほどまで茫洋としていたものではない。力強さを宿した瞳だ。
「わたくしはエセルバート・ノードリー。マティアス伯爵家の娘。お父様とお母様がいらっしゃらない今、わたくしが責任者よ」
凛と言い切るその姿に、思わず言葉に詰まった。
なんという気高さだろう。先ほどまで呪いで心身を蝕まれていたというのに、誇りだけは失っていない。貴族令嬢に相応しい、いや、それ以上に高潔な魂。わたしはその瞳の強さに一瞬気圧された。
「これ以上ふたりで逃げるのは無理だわ。ひとりならば可能性はある。あなたが逃げて」
「できません、エセル様を置いてなど……!」
「わたくしは足手まといだもの。リンドールはわたくしを殺しはしないでしょう。あなたの方が危ないのよ」
抑えた声で早口に言い切るエセル様の瞳は、聡明さに輝いていた。
轟音とともに数歩先に雷が落ち、思わず互いを抱き締め合う。焦げた臭いが漂ってきた。
「わたくしがリンドールを引きつけているうちに逃げるのよ。ダストンたちに助けを求めてちょうだい」
「エセル様……!」
「魔法を解いて。時間がないわ、早く!」
エセル様の言葉は、有無を言わせない力が込められていた。
わかっている。エセル様のおっしゃるとおりにした方が、ふたりとも生き残る確率は上がるだろうと。
でも、ここでエセル様を置いていくことは見捨てることと同義だ。祖父に虐げられ、両親に向き合ってもらえない少女を、悪党の前に置き去りにするなんて――!
葛藤するわたしに焦れたのか、エセル様は手を振り切り、よろけながらも走り出した。
「リンドール! わたくしがいれば十分でしょう!? あの方は逃がしてさしあげて!」
最小限に展開していた魔法の範囲から外れたエセル様を、リンドールたちが目敏く見つけた。にやりと卑しい笑みを浮かべる。
「そうはいかねぇんだよお嬢様。あの女は殺らなきゃならねぇ」
「わたくしの目の前でそのような蛮行は見過ごせないわ。わたくしを人質にすればいい! その代わり彼女は無傷で逃がして!」
「アンタは確かにご令嬢だがなぁ、親にも見捨てられたガキじゃ人質にもならねぇんだよ」
「――――っ!!」
粘つくような声でリンドールが言った瞬間、エセル様の肩が大きく跳ねた。
「やつらがこの棟に来たことなんかねぇだろ? アンタのことなんざどうでもいいのさ。かわいそうなお嬢様、おっ死んだジジイの人形としてこれからも生きていきな!」
「……わた、わたくしは……っ」
エセル様の唇がみるみるうちに青ざめていく。細い身体が震え、呼吸が浅くなっているようだ。
もしかして。
もしかして、こんなひどいことを何度も言われていたの?
動けなくなって身体が震えるくらい、何度も何度も言われていたの?
「オイ、ガキを捕らえとけ」
リンドールが命じると、魔法士の男が宙から鎖を出現させ、その先端をこちらへ向けた。同時に短剣の男が手摺から飛び降り、軽々と床へ着地する。
わたしは咄嗟に、やつらの侵入を止めるためエセル様の周囲に風の壁を作った。
「女ァ……、そこにいたのかよ!」
「訂正しなさい! マティアス卿はエセル様を愛していらっしゃるわ!」
怒りのまま叫んだわたしを見て、リンドールは顔を醜悪に歪めて腹を抱えた。
「アッハハハハハ! 笑わせんな! 俺を雇ったのは血が繋がった実のジジイだ! 必要なのは伯爵家の令嬢、お嬢様じゃなくてもいいんだよ!」
「今すぐその口を閉じなさい! 水よ集い姿を表せ!」
リンドールと、素早く近づいてくる短剣の男へ向かって水球を飛ばす。
周囲に水気が溢れているなら利用するまで。特に短剣の男は魔法の耐性がないだろうから、リンドールたちより窒息させるのは容易いだろう。
「ガボァッ!」
予想どおり、頭部より一回り大きいほどの水球でも、短剣の男はもがき苦しみだした。勝手に息を吐き出し溺れそうになっている。
リンドールも同様に手足を振り回し苦悶の表情を浮かべている。
魔法士の男が鎖を収め、ふたりを助けるべく風魔法を唱えた。
「貴方たち、正規の魔法士でも剣士でもないのでしょう? 研究所や騎士団に収まらない強さだったのかしら。あら、でも不思議ね、こんな魔法士見習いの娘を仕留め損ねているんですもの」
「小娘が……!!」
肩で息をしつつ挑発するわたしの言葉に、魔法士の男は憎々しげに唇を歪めた。
「このガキども! 殺してやる!!」
魔法を中断した男の背に、再び大量の鎖が現れた。頭上を覆うほどの束は、擦れ合いながらわたしたちを狙い襲いかかってくる。鈍い金属音が不吉な響きを奏でた。
「エセル様、お下がりください!」
エセル様を庇い、わたしは風の盾を展開した。空気の層の外周が鎖で覆われ、盾ごと雁字搦めにされていく。腕輪の中から魔力を補給しつつ耐えるが、こちらが不利な状況は変わらない。
魔法士としての経験は男たちの方が遥かに上。人を害することに躊躇もない悪党。そんな相手にどう戦えばいいか。わたしが選択できる手段は限られている。
だけど、だからこそ、できることがある――!
視界の端で、短剣の男が水球の中で意識を失っていることを確認した。リンドールは未だもがいている。短剣の男へ割いていた魔力を解放すれば、力無く床へ倒れ伏した。
怒りに燃える魔法士の男を見据え、外側へわざと左腕を突き出す。絡まった鎖を掴み、流れを探り、その先にある男の魔力を捉えた。
今だ、腕輪に流れを繋ぐ……!
「オイやめろ罠だ――――!!」
「うああぁああぁぁあぁあぁぁあああぁぁぁあ!!」
ようやく水球を崩したリンドールの静止よりも早く、男の魔力を一気に腕輪へと吸収する。絶叫とともに男の身体が硬直し、目が見開かれた。
先ほどの比ではないくらい、大量の魔力が腕輪の中へ吸い込まれていく。その流れを制御するだけでも精一杯だ。だが男を魔力切れにさせれば、残るはリンドールだけになる。わたしは暴れ出しそうな左腕を掴み、魔力の濁流に耐えた。
常に冷静に己を律し、魔力の流れを制御する。それが魔法士の初歩的な心構え。
御師様の声を思い出し、わたしは男の魔力すべてを腕輪の中へと流し込んだ。
ゆらりと傾いだ男が、どう、と音と立てて階段の上へ転がる。
美しい磨き石の段の中ほどまで落ちた男の身体は、頭を下に向け不自然な格好で止まった。
僅かな間、静寂がホール内を支配した。
一場面を切り取った絵画のように、誰も動かない、動けない。
不気味で奇妙で、この世界とはまったく違う場所で起こっている出来事に思える。
しかしそれを破ったのは、リンドールの指先から滴った一粒の水音だった。
ぽたり、と小さな音がやけに大きく響く。
瞬間、リンドールの身体から膨大な魔力が溢れだした。肌に突き刺さるほど殺気に満ちた力。
「……女ァ! 殺してやる殺してやる殺してやるァァアァ!!」
水滴とともにだらしなく垂れる涎も気にすることなく、目を血走らせながらリンドールが叫んだ。
手負いの獣。むしろ蛇。初めて会ったときの取り繕った姿など欠片もない、どこまでも執拗に狙う獰猛さだ。
その狂気から庇うよう、わたしは息が整わぬままエセル様の前へ進み出た。
怯んでたまるものかと、視線だけは逸らさずに。
狂気と怒りに満ちた声でリンドールが叫ぶ。不自然に反響する音の出所を探れば、ホールから上がった二階部分の踊り場に三つの影が見えた。
「なに言ってんだ、そうすりゃ俺たちだって危ねぇだろ」
「冗談だよ。用済みの場所っつっても、あまり痕跡を残したくはねぇしな」
仲間の男に窘められ冗談ぶって答えはしたが、リンドールの怒りは収まってはいないようだ。
それにしても、何故こんなに音がおかしな響き方をしているのだろう。すぐ傍で聞こえると思えば、次の言葉はとても遠くで話している。形容しがたい不安が身体中に広がっていく。
「だがなぁ……、あの女は殺しておかなきゃならねぇ。見習いの使えねぇ女だと思っていたが、あいつ、魔力を吸収しやがった! しかもひとり分丸ごとだ!」
叫びと同時に凄まじい衝撃がホール内に落ちた。天井から床へ、更に横へも這うように雷が降りてくる。小さく悲鳴を上げたエセル様を抱き締め息を飲んだ。
「どうだ!? 魔法ごと吸収しちまえよ! できんだろ!!」
激情のまま高い笑い声を響かせ、リンドールは何度も雷を放った。広い床に黒く焦げた跡が無数に残っていく。
衝動で放つ魔法の割に威力が強い。通常ならば、精神が安定している方が制御しやすく威力も増すのだが、不自然なまでに強いのだ。
そのとき初めて、ホール内が湿気に満ちている理由に気づいた。
水は雷気を通しやすい。広いホール内で効率的に雷を落とすならば、降っている雨を元にして湿気て満たしてしまえばいい。
わたしはエセル様を抱え移動しながら、小さく唇を噛み締めた。やはりリンドールの方が戦闘経験が上だ。悔しいがそれは認めなければならない。
防戦だけではこの場から逃げられない。心配ではあるが、エセル様おひとりで逃げていただくしか――。
そのとき、エセル様の小さな手がわたしの肩を掴んだ。
「にげて」
「エセル様?」
抱えているエセル様を見遣ると、澄んだ瞳が真っ直ぐ見つめていた。
「あなただけでも、にげて、――生きて」
「そんなことはできません!」
「わたくしは、被用者であるあなたを守る義務があるわ」
青く輝く瞳がわたしを見上げる。先ほどまで茫洋としていたものではない。力強さを宿した瞳だ。
「わたくしはエセルバート・ノードリー。マティアス伯爵家の娘。お父様とお母様がいらっしゃらない今、わたくしが責任者よ」
凛と言い切るその姿に、思わず言葉に詰まった。
なんという気高さだろう。先ほどまで呪いで心身を蝕まれていたというのに、誇りだけは失っていない。貴族令嬢に相応しい、いや、それ以上に高潔な魂。わたしはその瞳の強さに一瞬気圧された。
「これ以上ふたりで逃げるのは無理だわ。ひとりならば可能性はある。あなたが逃げて」
「できません、エセル様を置いてなど……!」
「わたくしは足手まといだもの。リンドールはわたくしを殺しはしないでしょう。あなたの方が危ないのよ」
抑えた声で早口に言い切るエセル様の瞳は、聡明さに輝いていた。
轟音とともに数歩先に雷が落ち、思わず互いを抱き締め合う。焦げた臭いが漂ってきた。
「わたくしがリンドールを引きつけているうちに逃げるのよ。ダストンたちに助けを求めてちょうだい」
「エセル様……!」
「魔法を解いて。時間がないわ、早く!」
エセル様の言葉は、有無を言わせない力が込められていた。
わかっている。エセル様のおっしゃるとおりにした方が、ふたりとも生き残る確率は上がるだろうと。
でも、ここでエセル様を置いていくことは見捨てることと同義だ。祖父に虐げられ、両親に向き合ってもらえない少女を、悪党の前に置き去りにするなんて――!
葛藤するわたしに焦れたのか、エセル様は手を振り切り、よろけながらも走り出した。
「リンドール! わたくしがいれば十分でしょう!? あの方は逃がしてさしあげて!」
最小限に展開していた魔法の範囲から外れたエセル様を、リンドールたちが目敏く見つけた。にやりと卑しい笑みを浮かべる。
「そうはいかねぇんだよお嬢様。あの女は殺らなきゃならねぇ」
「わたくしの目の前でそのような蛮行は見過ごせないわ。わたくしを人質にすればいい! その代わり彼女は無傷で逃がして!」
「アンタは確かにご令嬢だがなぁ、親にも見捨てられたガキじゃ人質にもならねぇんだよ」
「――――っ!!」
粘つくような声でリンドールが言った瞬間、エセル様の肩が大きく跳ねた。
「やつらがこの棟に来たことなんかねぇだろ? アンタのことなんざどうでもいいのさ。かわいそうなお嬢様、おっ死んだジジイの人形としてこれからも生きていきな!」
「……わた、わたくしは……っ」
エセル様の唇がみるみるうちに青ざめていく。細い身体が震え、呼吸が浅くなっているようだ。
もしかして。
もしかして、こんなひどいことを何度も言われていたの?
動けなくなって身体が震えるくらい、何度も何度も言われていたの?
「オイ、ガキを捕らえとけ」
リンドールが命じると、魔法士の男が宙から鎖を出現させ、その先端をこちらへ向けた。同時に短剣の男が手摺から飛び降り、軽々と床へ着地する。
わたしは咄嗟に、やつらの侵入を止めるためエセル様の周囲に風の壁を作った。
「女ァ……、そこにいたのかよ!」
「訂正しなさい! マティアス卿はエセル様を愛していらっしゃるわ!」
怒りのまま叫んだわたしを見て、リンドールは顔を醜悪に歪めて腹を抱えた。
「アッハハハハハ! 笑わせんな! 俺を雇ったのは血が繋がった実のジジイだ! 必要なのは伯爵家の令嬢、お嬢様じゃなくてもいいんだよ!」
「今すぐその口を閉じなさい! 水よ集い姿を表せ!」
リンドールと、素早く近づいてくる短剣の男へ向かって水球を飛ばす。
周囲に水気が溢れているなら利用するまで。特に短剣の男は魔法の耐性がないだろうから、リンドールたちより窒息させるのは容易いだろう。
「ガボァッ!」
予想どおり、頭部より一回り大きいほどの水球でも、短剣の男はもがき苦しみだした。勝手に息を吐き出し溺れそうになっている。
リンドールも同様に手足を振り回し苦悶の表情を浮かべている。
魔法士の男が鎖を収め、ふたりを助けるべく風魔法を唱えた。
「貴方たち、正規の魔法士でも剣士でもないのでしょう? 研究所や騎士団に収まらない強さだったのかしら。あら、でも不思議ね、こんな魔法士見習いの娘を仕留め損ねているんですもの」
「小娘が……!!」
肩で息をしつつ挑発するわたしの言葉に、魔法士の男は憎々しげに唇を歪めた。
「このガキども! 殺してやる!!」
魔法を中断した男の背に、再び大量の鎖が現れた。頭上を覆うほどの束は、擦れ合いながらわたしたちを狙い襲いかかってくる。鈍い金属音が不吉な響きを奏でた。
「エセル様、お下がりください!」
エセル様を庇い、わたしは風の盾を展開した。空気の層の外周が鎖で覆われ、盾ごと雁字搦めにされていく。腕輪の中から魔力を補給しつつ耐えるが、こちらが不利な状況は変わらない。
魔法士としての経験は男たちの方が遥かに上。人を害することに躊躇もない悪党。そんな相手にどう戦えばいいか。わたしが選択できる手段は限られている。
だけど、だからこそ、できることがある――!
視界の端で、短剣の男が水球の中で意識を失っていることを確認した。リンドールは未だもがいている。短剣の男へ割いていた魔力を解放すれば、力無く床へ倒れ伏した。
怒りに燃える魔法士の男を見据え、外側へわざと左腕を突き出す。絡まった鎖を掴み、流れを探り、その先にある男の魔力を捉えた。
今だ、腕輪に流れを繋ぐ……!
「オイやめろ罠だ――――!!」
「うああぁああぁぁあぁあぁぁあああぁぁぁあ!!」
ようやく水球を崩したリンドールの静止よりも早く、男の魔力を一気に腕輪へと吸収する。絶叫とともに男の身体が硬直し、目が見開かれた。
先ほどの比ではないくらい、大量の魔力が腕輪の中へ吸い込まれていく。その流れを制御するだけでも精一杯だ。だが男を魔力切れにさせれば、残るはリンドールだけになる。わたしは暴れ出しそうな左腕を掴み、魔力の濁流に耐えた。
常に冷静に己を律し、魔力の流れを制御する。それが魔法士の初歩的な心構え。
御師様の声を思い出し、わたしは男の魔力すべてを腕輪の中へと流し込んだ。
ゆらりと傾いだ男が、どう、と音と立てて階段の上へ転がる。
美しい磨き石の段の中ほどまで落ちた男の身体は、頭を下に向け不自然な格好で止まった。
僅かな間、静寂がホール内を支配した。
一場面を切り取った絵画のように、誰も動かない、動けない。
不気味で奇妙で、この世界とはまったく違う場所で起こっている出来事に思える。
しかしそれを破ったのは、リンドールの指先から滴った一粒の水音だった。
ぽたり、と小さな音がやけに大きく響く。
瞬間、リンドールの身体から膨大な魔力が溢れだした。肌に突き刺さるほど殺気に満ちた力。
「……女ァ! 殺してやる殺してやる殺してやるァァアァ!!」
水滴とともにだらしなく垂れる涎も気にすることなく、目を血走らせながらリンドールが叫んだ。
手負いの獣。むしろ蛇。初めて会ったときの取り繕った姿など欠片もない、どこまでも執拗に狙う獰猛さだ。
その狂気から庇うよう、わたしは息が整わぬままエセル様の前へ進み出た。
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