19 / 24
第一章
第十九話 『魔法戦はじまりました』
しおりを挟む
「いるのはわかってんだぜ? 小賢しく気配を散らしやがって。天井ぶっ壊しちまおうか。それならどこにいても下敷きになるだろ」
狂気と怒りに満ちた声でリンドールが叫ぶ。不自然に反響する音の出所を探れば、ホールから上がった二階部分の踊り場に三つの影が見えた。
「なに言ってんだ、そうすりゃ俺たちだって危ねぇだろ」
「冗談だよ。用済みの場所っつっても、あまり痕跡を残したくはねぇしな」
仲間の男に窘められ冗談ぶって答えはしたが、リンドールの怒りは収まってはいないようだ。
それにしても、何故こんなに音がおかしな響き方をしているのだろう。すぐ傍で聞こえると思えば、次の言葉はとても遠くで話している。形容しがたい不安が身体中に広がっていく。
「だがなぁ……、あの女は殺しておかなきゃならねぇ。見習いの使えねぇ女だと思っていたが、あいつ、魔力を吸収しやがった! しかもひとり分丸ごとだ!」
叫びと同時に凄まじい衝撃がホール内に落ちた。天井から床へ、更に横へも這うように雷が降りてくる。小さく悲鳴を上げたエセル様を抱き締め息を飲んだ。
「どうだ!? 魔法ごと吸収しちまえよ! できんだろ!!」
激情のまま高い笑い声を響かせ、リンドールは何度も雷を放った。広い床に黒く焦げた跡が無数に残っていく。
衝動で放つ魔法の割に威力が強い。通常ならば、精神が安定している方が制御しやすく威力も増すのだが、不自然なまでに強いのだ。
そのとき初めて、ホール内が湿気に満ちている理由に気づいた。
水は雷気を通しやすい。広いホール内で効率的に雷を落とすならば、降っている雨を元にして湿気て満たしてしまえばいい。
わたしはエセル様を抱え移動しながら、小さく唇を噛み締めた。やはりリンドールの方が戦闘経験が上だ。悔しいがそれは認めなければならない。
防戦だけではこの場から逃げられない。心配ではあるが、エセル様おひとりで逃げていただくしか――。
そのとき、エセル様の小さな手がわたしの肩を掴んだ。
「にげて」
「エセル様?」
抱えているエセル様を見遣ると、澄んだ瞳が真っ直ぐ見つめていた。
「あなただけでも、にげて、――生きて」
「そんなことはできません!」
「わたくしは、被用者であるあなたを守る義務があるわ」
青く輝く瞳がわたしを見上げる。先ほどまで茫洋としていたものではない。力強さを宿した瞳だ。
「わたくしはエセルバート・ノードリー。マティアス伯爵家の娘。お父様とお母様がいらっしゃらない今、わたくしが責任者よ」
凛と言い切るその姿に、思わず言葉に詰まった。
なんという気高さだろう。先ほどまで呪いで心身を蝕まれていたというのに、誇りだけは失っていない。貴族令嬢に相応しい、いや、それ以上に高潔な魂。わたしはその瞳の強さに一瞬気圧された。
「これ以上ふたりで逃げるのは無理だわ。ひとりならば可能性はある。あなたが逃げて」
「できません、エセル様を置いてなど……!」
「わたくしは足手まといだもの。リンドールはわたくしを殺しはしないでしょう。あなたの方が危ないのよ」
抑えた声で早口に言い切るエセル様の瞳は、聡明さに輝いていた。
轟音とともに数歩先に雷が落ち、思わず互いを抱き締め合う。焦げた臭いが漂ってきた。
「わたくしがリンドールを引きつけているうちに逃げるのよ。ダストンたちに助けを求めてちょうだい」
「エセル様……!」
「魔法を解いて。時間がないわ、早く!」
エセル様の言葉は、有無を言わせない力が込められていた。
わかっている。エセル様のおっしゃるとおりにした方が、ふたりとも生き残る確率は上がるだろうと。
でも、ここでエセル様を置いていくことは見捨てることと同義だ。祖父に虐げられ、両親に向き合ってもらえない少女を、悪党の前に置き去りにするなんて――!
葛藤するわたしに焦れたのか、エセル様は手を振り切り、よろけながらも走り出した。
「リンドール! わたくしがいれば十分でしょう!? あの方は逃がしてさしあげて!」
最小限に展開していた魔法の範囲から外れたエセル様を、リンドールたちが目敏く見つけた。にやりと卑しい笑みを浮かべる。
「そうはいかねぇんだよお嬢様。あの女は殺らなきゃならねぇ」
「わたくしの目の前でそのような蛮行は見過ごせないわ。わたくしを人質にすればいい! その代わり彼女は無傷で逃がして!」
「アンタは確かにご令嬢だがなぁ、親にも見捨てられたガキじゃ人質にもならねぇんだよ」
「――――っ!!」
粘つくような声でリンドールが言った瞬間、エセル様の肩が大きく跳ねた。
「やつらがこの棟に来たことなんかねぇだろ? アンタのことなんざどうでもいいのさ。かわいそうなお嬢様、おっ死んだジジイの人形としてこれからも生きていきな!」
「……わた、わたくしは……っ」
エセル様の唇がみるみるうちに青ざめていく。細い身体が震え、呼吸が浅くなっているようだ。
もしかして。
もしかして、こんなひどいことを何度も言われていたの?
動けなくなって身体が震えるくらい、何度も何度も言われていたの?
「オイ、ガキを捕らえとけ」
リンドールが命じると、魔法士の男が宙から鎖を出現させ、その先端をこちらへ向けた。同時に短剣の男が手摺から飛び降り、軽々と床へ着地する。
わたしは咄嗟に、やつらの侵入を止めるためエセル様の周囲に風の壁を作った。
「女ァ……、そこにいたのかよ!」
「訂正しなさい! マティアス卿はエセル様を愛していらっしゃるわ!」
怒りのまま叫んだわたしを見て、リンドールは顔を醜悪に歪めて腹を抱えた。
「アッハハハハハ! 笑わせんな! 俺を雇ったのは血が繋がった実のジジイだ! 必要なのは伯爵家の令嬢、お嬢様じゃなくてもいいんだよ!」
「今すぐその口を閉じなさい! 水よ集い姿を表せ!」
リンドールと、素早く近づいてくる短剣の男へ向かって水球を飛ばす。
周囲に水気が溢れているなら利用するまで。特に短剣の男は魔法の耐性がないだろうから、リンドールたちより窒息させるのは容易いだろう。
「ガボァッ!」
予想どおり、頭部より一回り大きいほどの水球でも、短剣の男はもがき苦しみだした。勝手に息を吐き出し溺れそうになっている。
リンドールも同様に手足を振り回し苦悶の表情を浮かべている。
魔法士の男が鎖を収め、ふたりを助けるべく風魔法を唱えた。
「貴方たち、正規の魔法士でも剣士でもないのでしょう? 研究所や騎士団に収まらない強さだったのかしら。あら、でも不思議ね、こんな魔法士見習いの娘を仕留め損ねているんですもの」
「小娘が……!!」
肩で息をしつつ挑発するわたしの言葉に、魔法士の男は憎々しげに唇を歪めた。
「このガキども! 殺してやる!!」
魔法を中断した男の背に、再び大量の鎖が現れた。頭上を覆うほどの束は、擦れ合いながらわたしたちを狙い襲いかかってくる。鈍い金属音が不吉な響きを奏でた。
「エセル様、お下がりください!」
エセル様を庇い、わたしは風の盾を展開した。空気の層の外周が鎖で覆われ、盾ごと雁字搦めにされていく。腕輪の中から魔力を補給しつつ耐えるが、こちらが不利な状況は変わらない。
魔法士としての経験は男たちの方が遥かに上。人を害することに躊躇もない悪党。そんな相手にどう戦えばいいか。わたしが選択できる手段は限られている。
だけど、だからこそ、できることがある――!
視界の端で、短剣の男が水球の中で意識を失っていることを確認した。リンドールは未だもがいている。短剣の男へ割いていた魔力を解放すれば、力無く床へ倒れ伏した。
怒りに燃える魔法士の男を見据え、外側へわざと左腕を突き出す。絡まった鎖を掴み、流れを探り、その先にある男の魔力を捉えた。
今だ、腕輪に流れを繋ぐ……!
「オイやめろ罠だ――――!!」
「うああぁああぁぁあぁあぁぁあああぁぁぁあ!!」
ようやく水球を崩したリンドールの静止よりも早く、男の魔力を一気に腕輪へと吸収する。絶叫とともに男の身体が硬直し、目が見開かれた。
先ほどの比ではないくらい、大量の魔力が腕輪の中へ吸い込まれていく。その流れを制御するだけでも精一杯だ。だが男を魔力切れにさせれば、残るはリンドールだけになる。わたしは暴れ出しそうな左腕を掴み、魔力の濁流に耐えた。
常に冷静に己を律し、魔力の流れを制御する。それが魔法士の初歩的な心構え。
御師様の声を思い出し、わたしは男の魔力すべてを腕輪の中へと流し込んだ。
ゆらりと傾いだ男が、どう、と音と立てて階段の上へ転がる。
美しい磨き石の段の中ほどまで落ちた男の身体は、頭を下に向け不自然な格好で止まった。
僅かな間、静寂がホール内を支配した。
一場面を切り取った絵画のように、誰も動かない、動けない。
不気味で奇妙で、この世界とはまったく違う場所で起こっている出来事に思える。
しかしそれを破ったのは、リンドールの指先から滴った一粒の水音だった。
ぽたり、と小さな音がやけに大きく響く。
瞬間、リンドールの身体から膨大な魔力が溢れだした。肌に突き刺さるほど殺気に満ちた力。
「……女ァ! 殺してやる殺してやる殺してやるァァアァ!!」
水滴とともにだらしなく垂れる涎も気にすることなく、目を血走らせながらリンドールが叫んだ。
手負いの獣。むしろ蛇。初めて会ったときの取り繕った姿など欠片もない、どこまでも執拗に狙う獰猛さだ。
その狂気から庇うよう、わたしは息が整わぬままエセル様の前へ進み出た。
怯んでたまるものかと、視線だけは逸らさずに。
狂気と怒りに満ちた声でリンドールが叫ぶ。不自然に反響する音の出所を探れば、ホールから上がった二階部分の踊り場に三つの影が見えた。
「なに言ってんだ、そうすりゃ俺たちだって危ねぇだろ」
「冗談だよ。用済みの場所っつっても、あまり痕跡を残したくはねぇしな」
仲間の男に窘められ冗談ぶって答えはしたが、リンドールの怒りは収まってはいないようだ。
それにしても、何故こんなに音がおかしな響き方をしているのだろう。すぐ傍で聞こえると思えば、次の言葉はとても遠くで話している。形容しがたい不安が身体中に広がっていく。
「だがなぁ……、あの女は殺しておかなきゃならねぇ。見習いの使えねぇ女だと思っていたが、あいつ、魔力を吸収しやがった! しかもひとり分丸ごとだ!」
叫びと同時に凄まじい衝撃がホール内に落ちた。天井から床へ、更に横へも這うように雷が降りてくる。小さく悲鳴を上げたエセル様を抱き締め息を飲んだ。
「どうだ!? 魔法ごと吸収しちまえよ! できんだろ!!」
激情のまま高い笑い声を響かせ、リンドールは何度も雷を放った。広い床に黒く焦げた跡が無数に残っていく。
衝動で放つ魔法の割に威力が強い。通常ならば、精神が安定している方が制御しやすく威力も増すのだが、不自然なまでに強いのだ。
そのとき初めて、ホール内が湿気に満ちている理由に気づいた。
水は雷気を通しやすい。広いホール内で効率的に雷を落とすならば、降っている雨を元にして湿気て満たしてしまえばいい。
わたしはエセル様を抱え移動しながら、小さく唇を噛み締めた。やはりリンドールの方が戦闘経験が上だ。悔しいがそれは認めなければならない。
防戦だけではこの場から逃げられない。心配ではあるが、エセル様おひとりで逃げていただくしか――。
そのとき、エセル様の小さな手がわたしの肩を掴んだ。
「にげて」
「エセル様?」
抱えているエセル様を見遣ると、澄んだ瞳が真っ直ぐ見つめていた。
「あなただけでも、にげて、――生きて」
「そんなことはできません!」
「わたくしは、被用者であるあなたを守る義務があるわ」
青く輝く瞳がわたしを見上げる。先ほどまで茫洋としていたものではない。力強さを宿した瞳だ。
「わたくしはエセルバート・ノードリー。マティアス伯爵家の娘。お父様とお母様がいらっしゃらない今、わたくしが責任者よ」
凛と言い切るその姿に、思わず言葉に詰まった。
なんという気高さだろう。先ほどまで呪いで心身を蝕まれていたというのに、誇りだけは失っていない。貴族令嬢に相応しい、いや、それ以上に高潔な魂。わたしはその瞳の強さに一瞬気圧された。
「これ以上ふたりで逃げるのは無理だわ。ひとりならば可能性はある。あなたが逃げて」
「できません、エセル様を置いてなど……!」
「わたくしは足手まといだもの。リンドールはわたくしを殺しはしないでしょう。あなたの方が危ないのよ」
抑えた声で早口に言い切るエセル様の瞳は、聡明さに輝いていた。
轟音とともに数歩先に雷が落ち、思わず互いを抱き締め合う。焦げた臭いが漂ってきた。
「わたくしがリンドールを引きつけているうちに逃げるのよ。ダストンたちに助けを求めてちょうだい」
「エセル様……!」
「魔法を解いて。時間がないわ、早く!」
エセル様の言葉は、有無を言わせない力が込められていた。
わかっている。エセル様のおっしゃるとおりにした方が、ふたりとも生き残る確率は上がるだろうと。
でも、ここでエセル様を置いていくことは見捨てることと同義だ。祖父に虐げられ、両親に向き合ってもらえない少女を、悪党の前に置き去りにするなんて――!
葛藤するわたしに焦れたのか、エセル様は手を振り切り、よろけながらも走り出した。
「リンドール! わたくしがいれば十分でしょう!? あの方は逃がしてさしあげて!」
最小限に展開していた魔法の範囲から外れたエセル様を、リンドールたちが目敏く見つけた。にやりと卑しい笑みを浮かべる。
「そうはいかねぇんだよお嬢様。あの女は殺らなきゃならねぇ」
「わたくしの目の前でそのような蛮行は見過ごせないわ。わたくしを人質にすればいい! その代わり彼女は無傷で逃がして!」
「アンタは確かにご令嬢だがなぁ、親にも見捨てられたガキじゃ人質にもならねぇんだよ」
「――――っ!!」
粘つくような声でリンドールが言った瞬間、エセル様の肩が大きく跳ねた。
「やつらがこの棟に来たことなんかねぇだろ? アンタのことなんざどうでもいいのさ。かわいそうなお嬢様、おっ死んだジジイの人形としてこれからも生きていきな!」
「……わた、わたくしは……っ」
エセル様の唇がみるみるうちに青ざめていく。細い身体が震え、呼吸が浅くなっているようだ。
もしかして。
もしかして、こんなひどいことを何度も言われていたの?
動けなくなって身体が震えるくらい、何度も何度も言われていたの?
「オイ、ガキを捕らえとけ」
リンドールが命じると、魔法士の男が宙から鎖を出現させ、その先端をこちらへ向けた。同時に短剣の男が手摺から飛び降り、軽々と床へ着地する。
わたしは咄嗟に、やつらの侵入を止めるためエセル様の周囲に風の壁を作った。
「女ァ……、そこにいたのかよ!」
「訂正しなさい! マティアス卿はエセル様を愛していらっしゃるわ!」
怒りのまま叫んだわたしを見て、リンドールは顔を醜悪に歪めて腹を抱えた。
「アッハハハハハ! 笑わせんな! 俺を雇ったのは血が繋がった実のジジイだ! 必要なのは伯爵家の令嬢、お嬢様じゃなくてもいいんだよ!」
「今すぐその口を閉じなさい! 水よ集い姿を表せ!」
リンドールと、素早く近づいてくる短剣の男へ向かって水球を飛ばす。
周囲に水気が溢れているなら利用するまで。特に短剣の男は魔法の耐性がないだろうから、リンドールたちより窒息させるのは容易いだろう。
「ガボァッ!」
予想どおり、頭部より一回り大きいほどの水球でも、短剣の男はもがき苦しみだした。勝手に息を吐き出し溺れそうになっている。
リンドールも同様に手足を振り回し苦悶の表情を浮かべている。
魔法士の男が鎖を収め、ふたりを助けるべく風魔法を唱えた。
「貴方たち、正規の魔法士でも剣士でもないのでしょう? 研究所や騎士団に収まらない強さだったのかしら。あら、でも不思議ね、こんな魔法士見習いの娘を仕留め損ねているんですもの」
「小娘が……!!」
肩で息をしつつ挑発するわたしの言葉に、魔法士の男は憎々しげに唇を歪めた。
「このガキども! 殺してやる!!」
魔法を中断した男の背に、再び大量の鎖が現れた。頭上を覆うほどの束は、擦れ合いながらわたしたちを狙い襲いかかってくる。鈍い金属音が不吉な響きを奏でた。
「エセル様、お下がりください!」
エセル様を庇い、わたしは風の盾を展開した。空気の層の外周が鎖で覆われ、盾ごと雁字搦めにされていく。腕輪の中から魔力を補給しつつ耐えるが、こちらが不利な状況は変わらない。
魔法士としての経験は男たちの方が遥かに上。人を害することに躊躇もない悪党。そんな相手にどう戦えばいいか。わたしが選択できる手段は限られている。
だけど、だからこそ、できることがある――!
視界の端で、短剣の男が水球の中で意識を失っていることを確認した。リンドールは未だもがいている。短剣の男へ割いていた魔力を解放すれば、力無く床へ倒れ伏した。
怒りに燃える魔法士の男を見据え、外側へわざと左腕を突き出す。絡まった鎖を掴み、流れを探り、その先にある男の魔力を捉えた。
今だ、腕輪に流れを繋ぐ……!
「オイやめろ罠だ――――!!」
「うああぁああぁぁあぁあぁぁあああぁぁぁあ!!」
ようやく水球を崩したリンドールの静止よりも早く、男の魔力を一気に腕輪へと吸収する。絶叫とともに男の身体が硬直し、目が見開かれた。
先ほどの比ではないくらい、大量の魔力が腕輪の中へ吸い込まれていく。その流れを制御するだけでも精一杯だ。だが男を魔力切れにさせれば、残るはリンドールだけになる。わたしは暴れ出しそうな左腕を掴み、魔力の濁流に耐えた。
常に冷静に己を律し、魔力の流れを制御する。それが魔法士の初歩的な心構え。
御師様の声を思い出し、わたしは男の魔力すべてを腕輪の中へと流し込んだ。
ゆらりと傾いだ男が、どう、と音と立てて階段の上へ転がる。
美しい磨き石の段の中ほどまで落ちた男の身体は、頭を下に向け不自然な格好で止まった。
僅かな間、静寂がホール内を支配した。
一場面を切り取った絵画のように、誰も動かない、動けない。
不気味で奇妙で、この世界とはまったく違う場所で起こっている出来事に思える。
しかしそれを破ったのは、リンドールの指先から滴った一粒の水音だった。
ぽたり、と小さな音がやけに大きく響く。
瞬間、リンドールの身体から膨大な魔力が溢れだした。肌に突き刺さるほど殺気に満ちた力。
「……女ァ! 殺してやる殺してやる殺してやるァァアァ!!」
水滴とともにだらしなく垂れる涎も気にすることなく、目を血走らせながらリンドールが叫んだ。
手負いの獣。むしろ蛇。初めて会ったときの取り繕った姿など欠片もない、どこまでも執拗に狙う獰猛さだ。
その狂気から庇うよう、わたしは息が整わぬままエセル様の前へ進み出た。
怯んでたまるものかと、視線だけは逸らさずに。
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる