【完結】私たちの今

MIA

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素直になれない私が見る夢

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そのまま寝てしまったのか。

コンコンとドアを叩く音で目が覚める。

「美久、ちょっと良いか?飯持ってきた。」

お父さんの声が届く。
私は重たくなった目をこすり、そっとドアを開ける。

「お母さんから聞いたよ。水泳、辞めるんだって?」

食事をテーブルに置きながら、お父さんが私に尋ねる。

なんだ。お母さんに言われて来たのか。

そう思うと途端に気が重くなった。

でも、お父さんの口からは予想外の言葉が出る。

「お父さんはさ、良いと思うよ。美久、ずっと辛そうだったし。」

「え?」

思わず顔を上げると、はい。と、渡された一冊のノート。

「これ、内緒な。お母さんの水泳ノート。」

パラパラとページをめくる。
そこには。
水泳についての知識が手書きでびっしりと書き込まれていた。

基礎知識。
正しいフォーム。
速く泳げるコツ。
モチベーションの上げ方。
体を作る食事。
大人ができるサポート。
試合後のフォローの仕方。

古いページから新しいページまで、文字は年季を感じさせながら絶えることなく続く。

最後の部分には赤ペンで。

ー子どもが壁にぶち当たった時はー

と、書かれていた。

「これ…」

「お母さん、美久が選手コースに行きたい。そう言った時から今でもずっと、独学で勉強してるんだ。色んな人に聞いたり、ネットで調べたり。自分には教えられる事がないから。って、とにかく必死だったよ。」

私の目はノートから離せないまま。
お父さんは続ける。

「嬉しかったってさ。美久が自分で『やりたい』って決めたことが。少しだけお姉さんになっちゃって、寂しいけどね。って。でも、美久が頑張るならお母さんも頑張らなきゃ。そう言っていっぱい勉強してたよ。」

お父さんは私の頭に手を乗せると、ポンポンと軽く触れる。

「美久が大会で負けるたびに、お母さん。夜、お父さんの前で泣くんだよ。悔しい。って。あんなに頑張ってるのに。そう言って子どもみたいに。」

お母さんが、泣いていた?
私の前ではあんなに冷たかったのに。

「どうしたら美久の努力が報われるのか。そんなことばっか考えててさ。戦ってるのは美久なのにな。だから美久が初めて入賞したあの日、お母さん凄く凄く喜んでた。美久が勝ちたい。オリンピック選手になりたい。そう言った時も、私が美久の一番のファンだって大騒ぎしてたよ。」

私は頭が混乱する。

「美久。水着のゼッケン、大会の時いつもピシっと付けられてるだろ?お父さん、そんなの美久にやらせればって言ったことあるんだ。そしたら、これは自分の仕事。頑張ってる美久の努力にケチがつかないように、丁寧に丁寧につけてあげたいんだ。ってさ。過保護だよな。だけど、そこに沢山の願いをこめるんだって。」

ゼッケン。
何も気にすることなく、当たり前のように着ていた。

「ケガしないように。無事にゴールできるように。努力が実りますように。頑張れ、頑張れ。って。今しか出来ないから、段々と手伝えることはなくなっていくから。もうちょっと、一緒に頑張りたい。少し寂しそうに、そう言いながらさ。」

曲がることなくキレイに付けられたゼッケンには、お母さんの思いが沢山詰まっていたんだ。

「お母さんはうるさいよな?いつだって、あーだこーだ口出してきて、選手でもないくせに。そう思うのは当然だと思うよ。お父さんも、もうほっといてやれって思う。本当はお母さんもわかってるんだけどな。美久はいつまでも小さな子どもじゃないってさ。」

お父さんが私の手からノートを抜き取る。

「でも。誰よりも美久の可能性を信じてるのは。美久の頑張りを知ってるのは。お母さんだ。きっと世界中が美久の夢を無理だって笑ったとしても、お母さんだけは絶対に美久を笑ったりしないよ。それだけは、美久もわかってやって。」

そう言うと、早く食って寝ろー。と、笑って父は部屋から出ていった。

私は。
私は、お母さんに。

なんて言ってしまった?

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