【完結】親

MIA

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〈娘side・2〉

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「お父さん、こっち!こっち!」

愛奈ははしゃいでいた。
久しぶりの父とのおでかけ。
こうしてゆっくりとどこかへ行ったのは三ヶ月前だろうか。

「ちょっと待ってくれよ。お父さんだって、もう若くないんだから。」

両手に荷物を抱えながら父が弱音を吐く。

「なぁに言ってるの。若くて有名なんだから。あと、カッコいいってさー。」

「…最後のは嘘だろ?」

「さぁ、どうでしょう?あ!アイス食べたい!」

父と来ているショッピングモールはお年頃の女の子には最高の遊び場だ。

来月、フリースクールの卒業式が控えている。
愛奈は中学でも引き続き今のスクールに通う予定だ。
それでも、一つの大きな区切り。
別れてしまう友達もいる。

今日はその準備の為の買い物だったが、愛奈は先程から目移りして仕方がない。

「やっぱりさ、フリフリのワンピースにしようかな?」

アイスを頬張りながら父に問いかける。

「やめとけ、やめとけ。お前はズボンだな。半ズボン。あと蝶ネクタイ。」

「…そんなの男の子じゃん!卒業式だよ?可愛くしたいのが乙女心だよ。」

「何が乙女だ。大いびきかいて大の字になって寝てるやつが。」

同じくアイスを頬張りながら父が悪態をつく。
愛奈が睨むと、おぉ怖い。と笑う。

ふと、頭の中を美咲の笑顔がよぎる。

「…美咲も、出たかったよね。」

父の手が止まる。

「…そうだな。」

美咲の話をすると、父の顔は決まって悲しげになる。
それをわかっていても、愛奈は話せずにはいられなかった。
月日はどんなにたっても、親友を失った悲しみは癒えない。
わずか12歳の少女に抱えきれる喪失感ではなかった。

親が子を殺す。
父が…自分を?

想像なんてつかない。
だって、こんなにも愛されている。

母がいなくて、父は一人で自分を育ててくれている。
休みなんかほとんどない。
それでも、貴重な休みをこうして愛奈に使ってくれる。
もちろん怒られる事だってある。
でも、父なら。
きっと何があっても自分を全力で守ってくれるだろう。
そんな安心感が常にある。

美咲は。
美咲はどうだったのだろう。

その答えは、もう永遠にわからない。

父が前を見つめたまま話し出す。

「美咲ちゃんの分まで、おめかししないとな。」

「…じゃあ、やっぱりフリフリだ。美咲はお人形さんみたいに可愛かったもん。」

そう言って笑うと、残りのアイスを食べきった。

父は、どんな話もこうやって聞いてくれる。
そして最後には愛奈を笑わせてくれる。



ショッピングを一通り楽しんだ後、父がたまには美味しいものを。と連れてきてくれたのは、少し古めのオシャレなレストランだった。

「えー。お家帰ってからで良いよー。私お父さんのご飯が食べたい。」

愛奈は何となく、自分の家が常にギリギリな生活であることに気付いている。
それでも、愛奈が我慢しなくて良いようにと父が働いていることも知っていた。
だからこれまで食べ物や着る物に困ったことはなかったし、こうして必要な物は惜しみなく買ってくれるのだ。
それが父の忙しさに比例しているのもわかっている。

「子どもが変な気使うなよ。お父さんだってたまには美味いもんが食べたいってこと。自分で言うのも悲しいけど、あんま料理は得意じゃないしな。」

「それは…、うん。確かにね。もう。私が早く作れるようにならないとなぁ。」

「愛奈はきっと料理上手になるよ。こないだ作ってくれた習ったばかりの味噌汁だって凄い美味かったからな。」

「もっと色々な物も作れるようになるからさ。」

「そりゃ楽しみだ。ってことで今日はリッチにいきますか!」

レストランで食べたオムライスはとても綺麗だった。
父は確かに料理が下手だ。
見た目はいつも、何これ?と言いたくなる。

でも。
今日食べたオムライスよりも。
自分で作った味噌汁よりも。
父の料理は美味しかった。

毎日必ず朝食があり、弁当があり、夕食がある。
全て済ませてから仕事に行くのだ。
一体いくつの仕事をしているのか。
だから、愛奈は早く料理を覚えたかった。

父のご飯は何よりも美味しい。
それでも何か助けたくて焦れる気持ちもある。
本当はいつまでも、父のご飯を食べていたいけれど。
甘えてばかりいられない。
せめて、少しでも休めるように。

不意にレストランの外から鐘の音が響く。
窓から覗くと、隣の建物からドレス姿の女の人が出てきた。
愛奈は思わず声をあげる。

「わぁ。きれい…。」

声につられて父も窓の外を見やる。

「おぉ。チャペルか。結婚式だったんだな。」

「結婚式?お嫁さんってこと?」

「そうそう。あっちにお婿さんが待ってるだろ?」

「え?じゃあ隣の人は?」

「お父さんじゃないか?花嫁が歩く道をバージンロードっていってな。大切な人と歩くんだよ。」

「バージンロード…。」

「幸せのリレーみたいなもんかな。今まで大切に育ててきた娘を、今度はあなたがよろしくね。って儀式みたいなさ。お父さんはそうだと思ってる。」

幸せのリレー。
凄く素敵な話だと思った。
大事に、大切にされてきた証拠。

沢山の人に祝われ、その笑顔があまりに美しくて。
愛奈は自分の心まで暖かくなるのを感じた。
ちらっと父の顔を覗く。
眩しく目を細めるその表情はとても優しい。

「お父さんも、お母さんを頼まれたの?」

そう聞くと、少し目を伏せて笑った。
その答えはわからないまま。



フリースクールでは卒業式ムード加速していた。
中学からは出ていく友達もいる。

愛奈は6歳からここに通っている。
今までに新しく来た子もいれば、小学校へと戻っていく子もいた。
その度に寂しい気持ちになったが、美咲との別れに比べたら悲しくはなかった。

先生は言う。
生きているだけで良い。と。

ここに来る子は、学校で、社会で、大きな何かを抱えている子が多い。
6年もいれば色々な子と話すし、父からも小学校との違いを聞いていたからだ。

だから。
卒業式を迎えられることは特別なんだ。と。
ここから去ってしまうとしても、それは嬉しいことなんだ。と。
そう、大人たちは言う。

それでも卒業式が近付くにつれ、愛奈は何だか感傷的になってしまう。

卒業式に流すから考えておくように、と言われた『将来の夢』。

愛奈はすぐに決まった。
みんなも思い思いに決めだす。
そうやって、先を考える。

いつも一緒にいた子が別の道に進むこと。
夢に向かって自分たちが少しずつ大人へと近付くということ。

『生きているだけで良い。』

ふと、先生がポツリと呟いたあの言葉が頭をよぎる。

(そうか。生きていれば、いくらでも前に進めるんだ。)

例え辛くても、苦しくても、道がある。
そんなふうに思えるのは、自分が恵まれている証拠だ。
そう育ててくれた父に。
愛奈は改めて、感謝の気持ちが湧き上がる。

卒業式は、ありがとう。頑張るね。を伝える日。
そして、これからもよろしくね。と。



迎えた卒業式。
おめかしした愛奈を見て涙ぐむ父。

「大きくなったな。」

そう言って、愛奈を抱きかかえる。

式では、誰よりも泣きじゃくる父の姿があった。
その涙はとても悲しくて。
つられて愛奈も泣けてきた。

その意味を、まだ知らないままに。
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