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運命の再会はそれから程なくして訪れる。
清水寺で奴の姿を捉えると、俺はすぐさま後を追う。
その手には経本が握られていて思わず顔をしかめる。
ーこいつ、僧だったのか?ー
瞬間的にそう思いはしたが、先日の身のこなし。更には身なりを見てもどうにも結び付けがたい。
ならば。
こいつに恥でもかかせてやろうか。
「おい。」
声をかけられた青年は、振り向くとその顔を破顔させる。そこにあるのは、明るい空の下で見てもあの夜と変わらない美しさ。
「あぁ。お前か。」
まるで友人に会ったかのような受け答えに、俺は思わず苦笑してしまう。
「貴様、経が読めるのか?」
俺の目線を辿り、自分の手元を見てあぁ。と。
「うーん。まぁ。そこそこね。」
俺はニヤリと笑うと、青年は、訝しげな顔をする。
「何だよ。不気味だな。」
「貴様に勝負を申し込む。経の読み比べだ!」
瞬間あっけにとられた青年だったが、面白い。と一言呟くと、手に持っていた経本を俺に手渡す。
「答え合わせして良いよ。」
そういうや否や。
青年が唱えだす。
その経はあまりに素晴らしく、行く人行く人が立ち止まり聞き入る。
中には涙を流して手を合わせる者までいた。
ー完璧だ。ー
俺はその場でガクリと膝が落ちる。
俺が唱えるまでもない、これは敗北だ。
経が一通り終わると青年は、涼しい顔をして言う。
「次はお前だろう?」
俺は頭を振り、負けを認める。
「なんだよ。張り合いないなー。」
「今宵この清水寺の舞台にて真剣勝負を挑む。そこで決着をつけよう。名は、その時に聞く。」
それだけ言い放つと、俺は背を向けてその場を去った。
傷付けられた自尊心は、力でねじ伏せる。
俺は今までそうやって生きてきた。
ー今宵こそ。完膚なきまでに叩きのめしてやるわ。ー
そして迎えた宵の時刻。
俺は。
また負けた。
「この俺が地に膝を着くとは。」
「いや、昼間も着いてたから。がくっと。」
なるほど。確かに。と。
俺は思わず笑いが込み上げる。
それに釣られるように青年も笑う。
しんと静まり返った夜の清水寺で、ひとしきり二人で笑い合う。
屈辱を何度も味合わされたはずなのに。
今となっては何も感じない。
いや。
それどころか、今まで俺の心を黒く覆い尽くしていた霧は嘘のようにすっきりと晴れていた。
この男は強い。
恨みも辛みもなく、素直にその事実だけが浸透していく。
すると、青年は何やら考えた仕草ののちに、こちらに手を伸ばす。
「俺は、源義経〈ミナモトノヨシツネ〉だ。お前。俺と一緒に来ないか?」
ー源。ー
情勢には疎いが、その名は巷で耳にすることがあった。
続く言葉に、心臓が跳ね上がる。
「俺は平家を討伐するために、挙兵する。」
「平家。だと?」
そう問い返す俺の目をじっと見つめ返し、深く頷く。
「俺には兄者がいる。まずはそこに合流し、平清盛を討つ。源はあいつによって散々に辛酸をなめさせられたからな。挙げ句の果てには、誰が言ったか。平家にあらずんば人にあらず。とまで吹聴してるそうじゃないか。」
ごくり、と喉がなる。
何という巡り合わせだろうか。
平清盛。
俺が憎くてたまらない男。
「奇遇だな。その話のった。平清盛には俺も遺恨がある。あいつには俺がいた寺の奴等が揃って殺されてな。貴様と俺が組めば平家打倒は朝飯前だろう。兄者とやらは…やはり強いのか?」
「へぇ。まさか因縁があったとはな。お前ほどの力を持つやつが味方に付いてくれれば心強いよ。兄者とは幼い頃に別れてるからなぁ。」
そう言って遠くを見つめるその瞳は、明るく色を織りなし輝いている。
失われた過去の記憶を呼び起こすように、ぽつりと語りだす。
「俺は単に嬉しいんだよ。俺の兄弟が生きてこの世にいることが。ただ再会できることが楽しみなんだ。兄者が助けてくれ、そう言うなら。俺は何だってやろうと思う。今残った源の血筋は、力を合わせこの血を守るべきなんだ。」
その声はとても優しく、その表情は柔らかい。
こんな顔を持つとは。
「仏はいるだろう?俺が民に大安を。源には架け橋を。世の地獄は終いだ。そのために、俺は生きている。今まで命を奪われずにいたのは、まさしく仏のおかげだ。」
ーなるほど。立派な青年だ。付いていくのに相応しい男。ー
俺は立膝を着き、頭を垂れる。
「私は今より義経様の配下に。何があろうとも、この命をかけて共に戦い、義経様をお守りいたします。」
月だけが見守る中。
主従の絆が生まれたのだ。
俺が。
この青年のために生きることを選んだ瞬間だった。
清水寺で奴の姿を捉えると、俺はすぐさま後を追う。
その手には経本が握られていて思わず顔をしかめる。
ーこいつ、僧だったのか?ー
瞬間的にそう思いはしたが、先日の身のこなし。更には身なりを見てもどうにも結び付けがたい。
ならば。
こいつに恥でもかかせてやろうか。
「おい。」
声をかけられた青年は、振り向くとその顔を破顔させる。そこにあるのは、明るい空の下で見てもあの夜と変わらない美しさ。
「あぁ。お前か。」
まるで友人に会ったかのような受け答えに、俺は思わず苦笑してしまう。
「貴様、経が読めるのか?」
俺の目線を辿り、自分の手元を見てあぁ。と。
「うーん。まぁ。そこそこね。」
俺はニヤリと笑うと、青年は、訝しげな顔をする。
「何だよ。不気味だな。」
「貴様に勝負を申し込む。経の読み比べだ!」
瞬間あっけにとられた青年だったが、面白い。と一言呟くと、手に持っていた経本を俺に手渡す。
「答え合わせして良いよ。」
そういうや否や。
青年が唱えだす。
その経はあまりに素晴らしく、行く人行く人が立ち止まり聞き入る。
中には涙を流して手を合わせる者までいた。
ー完璧だ。ー
俺はその場でガクリと膝が落ちる。
俺が唱えるまでもない、これは敗北だ。
経が一通り終わると青年は、涼しい顔をして言う。
「次はお前だろう?」
俺は頭を振り、負けを認める。
「なんだよ。張り合いないなー。」
「今宵この清水寺の舞台にて真剣勝負を挑む。そこで決着をつけよう。名は、その時に聞く。」
それだけ言い放つと、俺は背を向けてその場を去った。
傷付けられた自尊心は、力でねじ伏せる。
俺は今までそうやって生きてきた。
ー今宵こそ。完膚なきまでに叩きのめしてやるわ。ー
そして迎えた宵の時刻。
俺は。
また負けた。
「この俺が地に膝を着くとは。」
「いや、昼間も着いてたから。がくっと。」
なるほど。確かに。と。
俺は思わず笑いが込み上げる。
それに釣られるように青年も笑う。
しんと静まり返った夜の清水寺で、ひとしきり二人で笑い合う。
屈辱を何度も味合わされたはずなのに。
今となっては何も感じない。
いや。
それどころか、今まで俺の心を黒く覆い尽くしていた霧は嘘のようにすっきりと晴れていた。
この男は強い。
恨みも辛みもなく、素直にその事実だけが浸透していく。
すると、青年は何やら考えた仕草ののちに、こちらに手を伸ばす。
「俺は、源義経〈ミナモトノヨシツネ〉だ。お前。俺と一緒に来ないか?」
ー源。ー
情勢には疎いが、その名は巷で耳にすることがあった。
続く言葉に、心臓が跳ね上がる。
「俺は平家を討伐するために、挙兵する。」
「平家。だと?」
そう問い返す俺の目をじっと見つめ返し、深く頷く。
「俺には兄者がいる。まずはそこに合流し、平清盛を討つ。源はあいつによって散々に辛酸をなめさせられたからな。挙げ句の果てには、誰が言ったか。平家にあらずんば人にあらず。とまで吹聴してるそうじゃないか。」
ごくり、と喉がなる。
何という巡り合わせだろうか。
平清盛。
俺が憎くてたまらない男。
「奇遇だな。その話のった。平清盛には俺も遺恨がある。あいつには俺がいた寺の奴等が揃って殺されてな。貴様と俺が組めば平家打倒は朝飯前だろう。兄者とやらは…やはり強いのか?」
「へぇ。まさか因縁があったとはな。お前ほどの力を持つやつが味方に付いてくれれば心強いよ。兄者とは幼い頃に別れてるからなぁ。」
そう言って遠くを見つめるその瞳は、明るく色を織りなし輝いている。
失われた過去の記憶を呼び起こすように、ぽつりと語りだす。
「俺は単に嬉しいんだよ。俺の兄弟が生きてこの世にいることが。ただ再会できることが楽しみなんだ。兄者が助けてくれ、そう言うなら。俺は何だってやろうと思う。今残った源の血筋は、力を合わせこの血を守るべきなんだ。」
その声はとても優しく、その表情は柔らかい。
こんな顔を持つとは。
「仏はいるだろう?俺が民に大安を。源には架け橋を。世の地獄は終いだ。そのために、俺は生きている。今まで命を奪われずにいたのは、まさしく仏のおかげだ。」
ーなるほど。立派な青年だ。付いていくのに相応しい男。ー
俺は立膝を着き、頭を垂れる。
「私は今より義経様の配下に。何があろうとも、この命をかけて共に戦い、義経様をお守りいたします。」
月だけが見守る中。
主従の絆が生まれたのだ。
俺が。
この青年のために生きることを選んだ瞬間だった。
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