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playback 8years ago
⑫少女の時間が止まる
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シラサカを呼んだのを最後に、零の声が途切れた。
「安岡君!?」
優衣は身を乗り出して叫んだ。どうにもならないことだとわかっていても、零が心配でたまらなかったから。
「おそらく携帯を壊されたのだろう」
安岡は冷静な判断を下し、優衣の側にやってきた。
「大丈夫、シラサカ君なら、零を助け出してくれるよ」
「すみません、私のせいで、安岡君を危険な目に遭わせてしまって」
零を学校に送り出すとき、優衣は和美のことを口にした。
(もし和美ちゃんに会ったら、私が心配してたって言っといてね)
何も返事をしてくれなかったから、聞こえていないのかと思っていたが、零は考えていてくれたのだ。そしてミズカミ達に捕まってしまったのだろう。
「確かに、普段のあの子らしくない行動だね。何があったか、教えてくれるかな?」
優衣は昨晩からこの携帯で和美に連絡を取り続けていたこと、そして今朝零を送り出すときに言ってしまったことを、安岡に伝えた。
「なるほど。あの子がシラサカ君をわざわざ呼んだのは、そのためか」
安岡は腕組みをして、神妙な顔つきになる。すぐさま、パソコンのキーボードを叩き、こう呼びかけた。
「到着までどれぐらいかかりそうかな?」
『五分、いや、三分で着きます!』
返ってきた声はシラサカだった。いつになく緊張した声色だった。
「君が出て行ってすぐ通信が切られたよ。携帯を壊されたのだろうね。もう位置情報は辿れない」
すぐさまシラサカの舌打ちが聞こえた。
『間に合うかどうか、微妙なところか』
「君はそのまま向かってくれ。零と会えなくても、蓮見さんの友人が残っている可能性がある」
『優衣ちゃんの友達が?』
「レイが君に助けてもらいたいのは蓮見さんの友人の方だ。わざわざGPSを壊して、連絡してきたのはそのせいだよ」
『……ふざけんなよ、クソガキが!』
シラサカは苛立ち、そのまま通信を切った。
ふたりのやり取りを緊張した面持ちで見つめていた優衣は、よりいっそう不安になった。零に何かあったらと思うと、胸が張り裂けそうになる。
お願い、安岡君、どうか無事でいて。
「責任を感じる必要はないよ、蓮見さん」
優衣の心中を察してか、安岡は穏やかに語りかけてきた。
「これは零が勝手にやったこと。君に良く思われたくてやったことだよ。男のプライドを貫こうとしているだけだからね」
「男のプライド?」
「君のことを、とても大事に思っているってことだよ」
安岡に慰められても、状況が最悪なことに変わりはない。
「零は必ず助ける。約束するよ」
「安岡君の居場所がわからないのに、どうやって助けに行くんですか?」
「ある程度の検討はついているんだ。ひとりにして悪いが、これからすぐに出掛ける。誰が訪ねてきても、決して顔を出さないように。約束してくれるかな?」
安岡の問いかけに、優衣は頷いた。それでも不安は消えなかった。
***
遠くでインターホンの音が聞こえてきて、優衣はいつのまにか寝ていたことに気づいた。時計を見れば、夜の十一時を過ぎている。
こんな時間に誰だろうと思ったが、インターホンはずっと鳴り続けていた。優衣は怖くなって、リビングのソファーのクッションで耳を塞いだ。
やだ、怖いよ。
助けを求めたくとも、零は勿論、シラサカも安岡もいない。優衣はひとりで恐怖と戦った。
そうこうするうちに、インターホンが鳴り止んだ。諦めてくれたのだろうかとクッションを外せば、今度は携帯が鳴った。画面を見れば、和美の番号からだった。
本当に和美ちゃん、なの?
助けに行ったシラサカからは、何の連絡もない。さすがにこの電話を取る勇気はなかった。やがて電話は鳴り止み、そのまま留守電にメッセージが入った。内容を聞くぐらいなら問題ないだろうと思い、優衣は残されたメッセージを再生した。
『蓮見君、私だ。赤崎だ。君がそこにいることはわかっている。伝えておきたいことがあってきた。和美も安岡零も死んだ。君を庇ってくれる人間はもういない。今すぐ出て来なさい』
和美ちゃんと安岡君が死んだ?
「そんなの、嘘に決まってる!?」
思わず言葉にして叫んだ。またクッションで耳を塞いだ。
違う、死んでなんかいない。和美ちゃんも安岡君も絶対生きてる!
また携帯が鳴った。和美の番号からだった。再びメッセージが録音される。
怖くてたまらなかったけれど、優衣はメッセージを再生した。
『君まで殺したくないのだよ。それに和美も言っていた。優衣だけは助けてくれとね。どうか私を信じてほしい』
また赤崎だった。怖くなって、優衣は携帯を放り投げる。
するとまた着信が入る。優衣が出るまで続けるつもりだろうか。
メッセージを聞くことも、電話を取ることも怖くなり、優衣は電源を切ろうとしたが、どういうわけか落ちない。
やだ、怖いよ、安岡君!?
後にわかることだが、このとき携帯の電源が切れなかったのは、零が入れたウイルスのせいであった。そしてまた電話が鳴り、メッセージが録音される。
『ハナムラの人間を待っているのだろう。無駄だよ、彼らも死んだ。こんな時間になっても帰ってこないのはそのせいだよ。私は君を助けたいんだ、信じてくれ、蓮見君』
恐怖という感情に支配され、優衣は何を信じればいいのかわからなくなっていた。
繰り返される着信とメッセージの録音。いつしか優衣は、赤崎の言葉に縋るようになっていた。
『蓮見君、ひとりで怖くないかい? 私が助けてあげよう。さあ、玄関を開けるんだ』
もしも零の声が聞けたなら、きっと耐えられた。孤独と不安と恐怖でいっぱいだった優衣は、ついに限界に達してしまった。
ゆっくりと玄関に近づく。センサーが察知して照明がつく。のぞき窓を確認すれば、確かにそこに赤崎がいた。
「赤崎、先生……?」
鍵を開ける前に、優衣は問いかけた。
「そうだよ、私だ。ひとりで怖かっただろう。もう大丈夫だよ」
教壇に立っているときと同じ優しい声がした。
ほっと胸をなで下ろして鍵を開けようとしたが、安岡に絶対に開けるなと言われていたことを思い出し、優衣は躊躇った。
「蓮見君、私を信じてほしい。君を助けにきただけだ」
優衣はその言葉を信じた。赤崎の声が悪魔の囁きだったとは気づかずに。
玄関を開けた途端、押し入ってきた赤崎は、優衣の腹部をナイフで刺した。えぐるように何度も奥まで押しつけてきた。
「おまえが和美を殺したようなものだ。いい女だったのに、ミズカミに取られる羽目になったのも、全部おまえのせいだ!」
強烈な痛みと苦しみが襲って、優衣はその場に倒れ込んだ。体はガタガタと震え、声は出なかった。
「これでおまえも和美の側に行けるんだ。あの世でふたりで仲良くしろ、じゃあな」
そう言い放って、赤崎は出て行った。扉は閉められ、動かなくなった優衣をセンサーが認識しなくなり、暗くて冷たい玄関にひとり残された。
やだ、どうして、なんで?
優衣はその場から一歩も動けず、携帯を手に取ることも出来なかった。激しい痛みと苦しみに、涙を流すことしか出来なかった。
こんな形で終わるなんて嫌だ。もう一度、安岡君の顔が見たい。
優衣が懇願したとき、脳裏に放課後の補習授業で見た零の笑顔が蘇ってきた。
あのときのデジャヴ、これだったんだ。
胸が痛くて涙が止まらなくなったのは、あれが零の最初で最後の笑顔だったから。
もう二度と見ることの出来ない、大好きな人の笑顔だったから。
神様、どうか安岡君が無事でいますように。
「安岡君!?」
優衣は身を乗り出して叫んだ。どうにもならないことだとわかっていても、零が心配でたまらなかったから。
「おそらく携帯を壊されたのだろう」
安岡は冷静な判断を下し、優衣の側にやってきた。
「大丈夫、シラサカ君なら、零を助け出してくれるよ」
「すみません、私のせいで、安岡君を危険な目に遭わせてしまって」
零を学校に送り出すとき、優衣は和美のことを口にした。
(もし和美ちゃんに会ったら、私が心配してたって言っといてね)
何も返事をしてくれなかったから、聞こえていないのかと思っていたが、零は考えていてくれたのだ。そしてミズカミ達に捕まってしまったのだろう。
「確かに、普段のあの子らしくない行動だね。何があったか、教えてくれるかな?」
優衣は昨晩からこの携帯で和美に連絡を取り続けていたこと、そして今朝零を送り出すときに言ってしまったことを、安岡に伝えた。
「なるほど。あの子がシラサカ君をわざわざ呼んだのは、そのためか」
安岡は腕組みをして、神妙な顔つきになる。すぐさま、パソコンのキーボードを叩き、こう呼びかけた。
「到着までどれぐらいかかりそうかな?」
『五分、いや、三分で着きます!』
返ってきた声はシラサカだった。いつになく緊張した声色だった。
「君が出て行ってすぐ通信が切られたよ。携帯を壊されたのだろうね。もう位置情報は辿れない」
すぐさまシラサカの舌打ちが聞こえた。
『間に合うかどうか、微妙なところか』
「君はそのまま向かってくれ。零と会えなくても、蓮見さんの友人が残っている可能性がある」
『優衣ちゃんの友達が?』
「レイが君に助けてもらいたいのは蓮見さんの友人の方だ。わざわざGPSを壊して、連絡してきたのはそのせいだよ」
『……ふざけんなよ、クソガキが!』
シラサカは苛立ち、そのまま通信を切った。
ふたりのやり取りを緊張した面持ちで見つめていた優衣は、よりいっそう不安になった。零に何かあったらと思うと、胸が張り裂けそうになる。
お願い、安岡君、どうか無事でいて。
「責任を感じる必要はないよ、蓮見さん」
優衣の心中を察してか、安岡は穏やかに語りかけてきた。
「これは零が勝手にやったこと。君に良く思われたくてやったことだよ。男のプライドを貫こうとしているだけだからね」
「男のプライド?」
「君のことを、とても大事に思っているってことだよ」
安岡に慰められても、状況が最悪なことに変わりはない。
「零は必ず助ける。約束するよ」
「安岡君の居場所がわからないのに、どうやって助けに行くんですか?」
「ある程度の検討はついているんだ。ひとりにして悪いが、これからすぐに出掛ける。誰が訪ねてきても、決して顔を出さないように。約束してくれるかな?」
安岡の問いかけに、優衣は頷いた。それでも不安は消えなかった。
***
遠くでインターホンの音が聞こえてきて、優衣はいつのまにか寝ていたことに気づいた。時計を見れば、夜の十一時を過ぎている。
こんな時間に誰だろうと思ったが、インターホンはずっと鳴り続けていた。優衣は怖くなって、リビングのソファーのクッションで耳を塞いだ。
やだ、怖いよ。
助けを求めたくとも、零は勿論、シラサカも安岡もいない。優衣はひとりで恐怖と戦った。
そうこうするうちに、インターホンが鳴り止んだ。諦めてくれたのだろうかとクッションを外せば、今度は携帯が鳴った。画面を見れば、和美の番号からだった。
本当に和美ちゃん、なの?
助けに行ったシラサカからは、何の連絡もない。さすがにこの電話を取る勇気はなかった。やがて電話は鳴り止み、そのまま留守電にメッセージが入った。内容を聞くぐらいなら問題ないだろうと思い、優衣は残されたメッセージを再生した。
『蓮見君、私だ。赤崎だ。君がそこにいることはわかっている。伝えておきたいことがあってきた。和美も安岡零も死んだ。君を庇ってくれる人間はもういない。今すぐ出て来なさい』
和美ちゃんと安岡君が死んだ?
「そんなの、嘘に決まってる!?」
思わず言葉にして叫んだ。またクッションで耳を塞いだ。
違う、死んでなんかいない。和美ちゃんも安岡君も絶対生きてる!
また携帯が鳴った。和美の番号からだった。再びメッセージが録音される。
怖くてたまらなかったけれど、優衣はメッセージを再生した。
『君まで殺したくないのだよ。それに和美も言っていた。優衣だけは助けてくれとね。どうか私を信じてほしい』
また赤崎だった。怖くなって、優衣は携帯を放り投げる。
するとまた着信が入る。優衣が出るまで続けるつもりだろうか。
メッセージを聞くことも、電話を取ることも怖くなり、優衣は電源を切ろうとしたが、どういうわけか落ちない。
やだ、怖いよ、安岡君!?
後にわかることだが、このとき携帯の電源が切れなかったのは、零が入れたウイルスのせいであった。そしてまた電話が鳴り、メッセージが録音される。
『ハナムラの人間を待っているのだろう。無駄だよ、彼らも死んだ。こんな時間になっても帰ってこないのはそのせいだよ。私は君を助けたいんだ、信じてくれ、蓮見君』
恐怖という感情に支配され、優衣は何を信じればいいのかわからなくなっていた。
繰り返される着信とメッセージの録音。いつしか優衣は、赤崎の言葉に縋るようになっていた。
『蓮見君、ひとりで怖くないかい? 私が助けてあげよう。さあ、玄関を開けるんだ』
もしも零の声が聞けたなら、きっと耐えられた。孤独と不安と恐怖でいっぱいだった優衣は、ついに限界に達してしまった。
ゆっくりと玄関に近づく。センサーが察知して照明がつく。のぞき窓を確認すれば、確かにそこに赤崎がいた。
「赤崎、先生……?」
鍵を開ける前に、優衣は問いかけた。
「そうだよ、私だ。ひとりで怖かっただろう。もう大丈夫だよ」
教壇に立っているときと同じ優しい声がした。
ほっと胸をなで下ろして鍵を開けようとしたが、安岡に絶対に開けるなと言われていたことを思い出し、優衣は躊躇った。
「蓮見君、私を信じてほしい。君を助けにきただけだ」
優衣はその言葉を信じた。赤崎の声が悪魔の囁きだったとは気づかずに。
玄関を開けた途端、押し入ってきた赤崎は、優衣の腹部をナイフで刺した。えぐるように何度も奥まで押しつけてきた。
「おまえが和美を殺したようなものだ。いい女だったのに、ミズカミに取られる羽目になったのも、全部おまえのせいだ!」
強烈な痛みと苦しみが襲って、優衣はその場に倒れ込んだ。体はガタガタと震え、声は出なかった。
「これでおまえも和美の側に行けるんだ。あの世でふたりで仲良くしろ、じゃあな」
そう言い放って、赤崎は出て行った。扉は閉められ、動かなくなった優衣をセンサーが認識しなくなり、暗くて冷たい玄関にひとり残された。
やだ、どうして、なんで?
優衣はその場から一歩も動けず、携帯を手に取ることも出来なかった。激しい痛みと苦しみに、涙を流すことしか出来なかった。
こんな形で終わるなんて嫌だ。もう一度、安岡君の顔が見たい。
優衣が懇願したとき、脳裏に放課後の補習授業で見た零の笑顔が蘇ってきた。
あのときのデジャヴ、これだったんだ。
胸が痛くて涙が止まらなくなったのは、あれが零の最初で最後の笑顔だったから。
もう二度と見ることの出来ない、大好きな人の笑顔だったから。
神様、どうか安岡君が無事でいますように。
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