RED〜キズナノイロ〜(世界をとめて特別番外編)

makikasuga

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⑮少年は戦う(前編)

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 誰かに頬を叩かれて、深い眠りの中にいたことに気づく。
「レイ、朝だぞ」
 体はまだ眠りを求めていたが、気持ちが先に覚醒した。ぼんやりとした頭を抱えながら、必死に目を開け放てば、青い目をした男がいた。

 誰だ、こいつ?

 記憶が混乱していた。自分の名前すらわからなくなった。
 それほど大きなダメージを受けたということなのか。

 ダメージ? いったい何があった? 俺は誰なんだ?

 自分で自分に問いかけていくうちに、記憶が蘇っていく。

 俺の名前はレイ、カネモトレイ。だけど今は……

「ヤスオカさんから伝言だ。掃除は無事に完了したそうだ」
 ヤスオカという名前でレイは全てを思い出し、覚醒した。
「シラサカ、今何時だ?」
 ゆっくりと起き上がってみれば、頭の芯はぼやけていたが、気分は悪くなかった。熱は下がったようだし、左腕の痛みも引いている。
「朝の九時だよ。水上組長宅の襲撃事件がニュースになってるぜ。史上最悪の抗争事件だって警察もマスコミも大騒ぎさ」
「ニュースになってるって、まさか後始末をしなかったのかよ」
 数えたわけではないが、水上邸にはかなりの数の死体が転がっていた。片づける掃除屋は大変だろうと思っていたが、そのまま放置するとは思いもしなかった。
「派手にやってこいというボスの命令に従ったまでだよ」
「派手すぎるだろ。警察に目をつけられるかもしれねえのに」
「逃げたミズカミには、次はおまえだという無言の圧力になるし、ハナムラが本気を出せばこうなるという見せしめにもなる。これで誰もミズカミに手を貸さない。関わりになれば、同じ目に遭うことになるんだからな」
 普段ヘラヘラしているシラサカだが、このときばかりは凄みが増した。あれだけの人数をひとりで片づけ、平然としているのだから、やはり始末屋のリーダーを名乗るだけのことはある。
「さて、ここから先はおまえの出番だ。まずは腹ごしらえな」
 そこから先は普段通りのシラサカだった。
 用意されていたらしい食事(おかゆと卵焼きとほうれん草の和え物、味噌汁)をベッドの上に運んできた。
「食いたくねえんだけど」
 食欲は全くない。食べ物のにおいで、気分が悪くなるくらいである。
「食べなきゃ外には出さないって先生言ってたぜ。ここの患者である限り、命令には従えってさ」
「患者って、俺はどこも悪くねえよ」
 まるで話を聞いていたかのように扉が開き、白衣を着た松田が入ってきた。
「患者じゃねえとかふざけたこと言うんじゃねえぞ、少年」
 松田は朝から強面全開である。繰り返しになるが、どう見てもただの医者には見えない。
「そこの兄ちゃんに頼み込まれたから、キツい薬を打って、処置もやり直してやったんだ。急ぎの仕事とやらが終われば、俺が許可するまでここで療養しろ。ヤスオカにも話は通してある」
 ヤスオカが承知したということは、ボスの花村にも話が伝わっているということなのか。レイは不安に思い、思わずシラサカを見た。
「心配すんな、ボスにも了解を得てある。もっと信用しろよ、俺もヤスオカさんも仲間だろ」
 今回ばかりはふたりの優しさが身に染みた。レイはこくりと頷き、嫌々ながらも食事を口にした。
「どうだ、少年、食えるか?」
「食えないことはないけど、何の味もしねえ」
 一瞬松田の表情が曇る。大きく息をついた後、諦めたようにレイの髪をくしゃくしゃとかき回す。
「それでも食え。動けねえぞ」
 ここでもまたレイはこくりと頷いて、食事を口の中へと押し込んでいった。


 食事を終えて、身支度を整える。ここでの療養は決定事項らしく、レイの部屋にあった服などが揃えてあった。引っ越しの際、掃除屋の連中に運ばせたようである。これでは、着替えや必要なものを取りに帰るといって逃げることも出来やしない。
「じゃあ、そろそろ行くか」
 シラサカが運転席、レイが助手席に乗り込んで、車は走り出した。
 明るい時間だというのに、誰ひとり歩いている人がいない。かなり人里離れた場所のようである。
「あの医者、よくこんなところに住んでんな」
「昔は大きな病院の凄腕の救急医だったって話だ。なんでこんな山奥にこもってんのかは知らねえが、腕は確かだからな。それで、これからどこへ行けばいい?」
 レイはノートパソコンを広げた。画面には地図が表示されてあった。ある場所に印がついて赤い点滅を繰り返している。
「蓮見の携帯のデータは全て移しておいた。電話をかけた相手は、携帯の内部データに自動的に記録されるようになっていて、位置情報を辿ることが出来るんだ。この赤い点滅の場所に、加藤和美の携帯があるはずだ」
「ここに赤崎がいるってことだな」
 運転中のため、ちらりと見ただけだが、シラサカは満足そうに頷いた。
「だがこの情報は午前三時過ぎから全く動いていない。携帯を放り投げたか、あるいは」
「既にバラされている可能性があるってことか」
 シラサカの答えにレイは頷いた。
「行ってみないことにはわからねえ。赤崎の生死を確認してから、ミズカミを当たろうと思ってる」
「ミズカミについては、ヤスオカさんから立ち寄りそうな場所をいくつか聞いてあるぜ」
 ヤクザのことはヤクザに聞くのが一番。こういったことは、豊富な人脈を持つヤスオカの方が早い。
 束の間、片手ハンドルにして、ポケットの中からくしゃくしゃになった紙を取り出すシラサカ。渡された紙を広げた途端、レイは思わず呟いた。
「字がきたねえ」
 かろうじて読めるが、お世辞にもきれいだとは言えなかった。
「走り書きなんだから文句言うな!」
「だったら清書しろ。そういや、赤崎も」
 字がきたなかったと言おうとして今更ながら気づいた。赤崎はレイが通う高校の教師だったということに。
 携帯の位置情報が止まっているのは学校ではなく、むしろかなり離れた場所である。
「シラサカ、俺の通ってる高校に行ってみてくれないか?」
「学校? 今から行っても授業中だぜ」
「どうにも嫌な予感がするから」
 その予感が的中したことを示すように、車に備えつけられた通信装置が音を鳴らす。運転中のシラサカに変わってレイがスイッチを押せば、緊張したヤスオカの声が聞こえてきた。
『シラサカ君、すぐレイの通ってる高校へ向かってくれ!』
 レイは思わずシラサカと顔を見合わせた。
「そこにミズカミがいるのかよ、ヤッサン」
『そうだ。生徒を人質にして、教室に立てこもった。要求はレイを連れてくることだよ』
 まさかの展開に、レイもシラサカも二の句が出なかった。
『警察無線によれば、ミズカミはレイのクラスに押し入り、刃物を振り回して何人かの女子生徒を人質にしようとした。だが、ひとりの男子生徒がそれを遮ったせいで、その子ひとりが人質になった。ミズカミの要求は、三十分以内にヤスオカレイを連れてくることらしい。引っ越しを完了させておいてよかったよ。警察はレイと保護者の私の行方を追っている。何度も電話がかかってきているが、折り返すとレイを連れて行かなくてはならないから放置している。このままだと嘘が全てバレることになる』
 高校入学の際に記した書類の現住所はデタラメなもので、電話はヤスオカの携帯に転送されるようになっていた。
「ヤッサン、人質になってる生徒の情報はわかるか?」
『たしか、柳君とか言ったな。レイとはクラスが違うようだが、知っているのか?』
 まさかここで柳の名前が出てくるとは思いもしなかった。
「そいつの父親、交番勤務の警察官だぞ!?」
『なるほど、SIT(警視庁特殊犯捜査係)の出動要請が早々に決まったのは、そういう経緯があってのことか』
 レイ達にとって、これは最悪の事態である。ミズカミが警察に捕まれば、間違いなくハナムラの情報を流すはず。
 いや、むしろ捕まろうとしている。無茶な要求を突きつけたのはそのためだ。
「ミズカミは俺の名前を晒して、ハナムラの存在を表に出そうとしているんだよ!」
「組を潰された復讐にハナムラを世間に晒すってことかよ。最初にバラすべき相手は、あいつだったようだな」
 思わず舌打ちするシラサカ。
 レイは死んだ人間だから晒されてもなんとかなる。問題はヤスオカだ。彼には戸籍があるし、息子もいるのだから。
「シラサカ、車を飛ばせ!」
「飛ばしたところで一時間はかかる。どう考えても、間に合わねえよ」

『ならば、こちらでヘリを用意しよう』
 通信機から落ち着いた凄みのある声が聞こえてきた。ボスの花村の声だった。
『シラサカ、松田の診療所に戻れ。あそこにはドクターヘリが止められる場外離着陸場がある。すぐに向かわせる』
「確かにヘリで向かえば間に合いますが、どこに着陸させるんですか!?」
『おまえともあろう者が、そんなこともわからないのか』
「学校のグラウンドを着陸場所にするつもりなんですね。でも、そこには既に警察が」
『SITの出動はこちらで止める。無論、秘密裏にな。代わりにおまえ達が特殊捜査官となり、ミズカミをバラしてこい』
 ミズカミの行動はぶっ飛んでいると思ったが、花村の作戦は、それをはるかに超え、もはや振り切れているとしか思えなかった。

 ボスのこういうところ、嫌いじゃないんだよな。

 花村は厳しく非情であるが、やるときはとことんやるし、自分の発した言葉に責任を持つ。人の上に立つだけの引力を持っているのだ。
『こういうときのために、いくつか貸しは作ってある。おまえ達は何を言われても堂々としていろ。但し、警察と一般人には絶対に手を出すなよ』
「なるほど、正義の味方ゴッコですか。それは面白そうだ」
 シラサカは嬉しそうに口笛を吹いた後、車を方向転換し、来た道を戻り始める。
『レイ、怪我をしたと聞いているが、具合はどうだ?』
 花村に問われ、レイはなるべく平静を保って答えた。
「問題ありません。ご迷惑をおかけしました」
『おまえが裏切らない限り、私はおまえを手離さない。これからもハナムラのためだけに、その頭脳を使ってくれ。そのための出資は惜しまないよ』
 背中がぞくりと震えた。これから先、レイは死ぬまでハナムラの人間であり続けなくてはならないということだ。
「ありがとうございます」
 レイが返事をしたと同時に、通信が切れる。張り詰めていた車内の空気が緩んだ。
「レイ、すぐに服を着替えろよって……おまえ、また顔色悪いぞ」
 楽しげなシラサカとは対照的に、レイは窓の外を眺めながら、唇を噛みしめていた。

 いっそバラしてくれた方が、楽になれるんだよ。

 心の奥に降り積もった苦い思いに蓋をして、レイは気持ちを切り替えた。
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