22 / 27
playback 8years ago
⑮少年は戦う(中編)
しおりを挟む
松田の診療所に戻ったレイとシラサカ。花村が手配したヘリコプターが来るまでの間、各々準備を整えることになった。
シラサカ曰わく、正義の味方ゴッコことSIT(警視庁特殊捜査犯捜査係)になりきるため、レイは黒いスーツに着替えたものの、左腕の怪我のせいでうまくネクタイが結べない。どうしたものかと考えているうちに、松田がふらりとやってきた。
「そういう格好していると、高校生には見えないな、少年」
状況を察して歩み寄り、松田が結んでくれた。礼を言うべきか迷っていると、徐にこんな風にぼやきはじめた。
「しかしまあ、花村はとんでもないことを思いつくよな。急患がきたらどうするつもりだよ。こっちはヒヤヒヤもんなんだぜ」
「あんた、ボスのことも知ってんのかよ」
「じゃなきゃ、おまえ達を特別扱いするわけねえだろ」
レイを助けたり、療養がすんなり許されたのは、そういう事情があってのことらしい。
「レイ、準備出来たか? そろそろ到着するってよ」
そこへ、黒いコートに黒のサングラス、全身黒ずくめシラサカがやってきた。
「おまえのそれ、どう見ても、SITじゃねえだろ」
上から下まで悪人全開である。実際、シラサカは水上邸事件の犯人でもあるのだから、間違ってはいないのだが。
「弾丸のストックはコートのポケットじゃないと入らねえし、コンタクトを入れたいところだけど、取りに行く暇がねえから、こうするしかないんだよ」
クォーターだというシラサカの目の色は青だ。余程のことがない限り隠すことはしないが、今回ばかりはそうもいかない。
「警察と一般人には手出すなって言われてんのに、弾丸のストック持ちすぎだろうが」
「向こうはミズカミひとりとは限らねえし、万が一にも正体バレしたら、おまえだけは逃がさなきゃなんねえだろ」
「つーか、おまえはどうするんだよ」
「俺は捕まらねえから、絶対に」
なぜか自信たっぷりに言い切るシラサカ。
「とりあえずコートは脱げ。ストックなら俺が持っててやる。それから、あん時の銃、寄越せ」
松田がいる手前、言葉を濁したが、レイが蓮見を撃った拳銃のことである。それを察したのか、シラサカは戸惑った。
「お守り代わりに持つだけだ。あんなこと、もうしねえよ」
「俺に拳銃一丁で戦えっていうのかよ」
「出来ねえのかよ、おまえともあろう者が」
ボスの言い方を真似てやれば、途端にシラサカは機嫌を害した。
「本当にクソ生意気なガキだよな、おまえは」
シラサカは笑い、レイの髪をくしゃくしゃと撫で回す。あからさまな子供扱いであったが、今は逆らうのも面倒だった。
そうこうするうちに、ヘリコプターの音が近づいてきた。
「さあ、正義の味方ゴッコの始まりだ」
「やけに嬉しそうじゃねえか。そっち方面に興味あるのか?」
シラサカが昔何をしていたのか、レイは全く知らない。
「興味はあるね。いつも反対側にしかいなかったから。先生、後のことは知らぬ存ぜぬでシラを切り通してくださいね」
結局シラサカはコートを脱ぐことはせず、鼻歌混じりに歩き出した。レイもその後に続こうとすれば、松田に声をかけられた。
「無茶はするなよ。認めてなかろうが、おまえは患者なんだからな」
松田は強面で口も悪い。でもレイを本気で心配してくれていることは、嘘じゃない。
「ありがと、先生」
右手を上げて応え、レイは歩き出した。
ヘリに乗るのは初めてだった。騒音がひどいと聞いてはいたが、予想をはるかに超えるものだった。ローターの風切り音やエンジン音は凄まじいもので、機内で渡されたヘッドセットを装着しないと、まともに話すことも出来やしない。
「これ、渡しとく」
ようやく乗り心地に慣れてきた頃、シラサカが拳銃を差し出してきた。おそらくレイが蓮見を撃った拳銃だろう。
「あのまま、なのか」
「まだ終わってねえからな。弾丸は三発残っている。絶対撃つなよ」
「わかってる」
拳銃を受け取り、グリップを握りしめれば、最期の蓮見の顔が目に浮かぶ。
(レイ、くん、だ、いすき、あり、がと)
蓮見の言葉を思い出しても、レイは昨夜のように乱れることはなかった。むしろ、心が落ち着いていく。
蓮見、もう少しだけ、待っててくれよな。
受け取った拳銃をスーツの内ポケットに入れていると、シラサカはコートのポケットから新しい拳銃を出し、中味を確認し始める。
「なんだよ、もう一丁持ってんじゃねえか」
「予備くらい持ってるよ。さすがに先生んとこに置いとけねえだろ。只でさえ、危ない橋を渡らせてんのに」
シラサカは一丁をスーツの内ポケットに、もう一丁はヒップホルスターに装着した後、コートを脱ぎ、ポケットの中から弾丸のストックをレイに差し出した。
「じゃあ、これもよろしく」
「多すぎだろ。何人バラすつもりだよ」
「車の中まで調べないとは思うが、念のためにな」
ヘリコプターの発着場所になったのだから、事情を聞きに警察が行くかもしれない。松田にあらぬ疑いをかけられないようにと、シラサカなりに配慮したらしい。
「さあ、帰ってきたぜ、ホームグラウンドに」
シラサカの言葉で、着陸場所が近づいていることを知る。
眼下には住み慣れた街の景色が、そして着陸場所であるレイの通う高校のグラウンドが見えてきた。
【まもなく着陸です。プロペラが完全に止まるまでは、降りないでくださいよ】
パイロットの声が聞こえた。管制官と交信しているはずだが、レイ達には聞こえないようにしてくれていた。花村がチャーターしたヘリなのだから、パイロットも当然その筋の人間のはず。
「機内のイヤーマフ、ひとつもらっていきますよ」
レイ達がつけているヘッドセットは会話が出来るものだが、機内の騒音から耳を守るためのイヤーマフも常備してあった。
「どうするんだ、それ?」
「人質に、俺らの話を聞かれるわけにはいかねえだろ」
学校一の不良と呼ばれた柳のことだから、簡単に囚われたりはしないだろう。何らかのダメージを受けて人質になったはず。ミズカミの目的はハナムラを表に出すことだから、なるべく柳を痛めつけないようにするはずだ。
気絶してくれていると、有り難いんだけどな。
警察はごまかせても、柳はレイを知っているから気づかれる。
手荒な真似はしたくないが、最終的には目と耳を塞ぐしかないだろう。目隠しになりそうなタオルは、診療所から持ってきてあった。
そうこうするうちに、ヘリは校庭へと降り立った。
花村が話を通してあったらしく、誰に止められることもなかった。
シラサカがいち早くヘッドセットを外し、運んでくれたパイロットに向け、サムズアップ(親指を立てるジェスチャー、goodの意味)をして降りる。パイロットも同じジェスチャーを返してきた。レイはヘッドセットを外した後、頭を下げて降りた。
「誰も寄ってこないな。さすがはボス。でも、ちょっと拍子抜けだな」
シラサカが言うように、校内は非常線が張られ、警官や刑事達が大勢配備されていたが、誰ひとりレイ達に近付く者はいなかった。遠くから、好奇と畏怖が混じったような視線を向けられた。
「無駄な争いをしなくてよかったじゃねえか、ほら、行くぞ」
レイとシラサカが校内に足を踏み入れる頃には、ヘリコプターが上昇する音が聞こえた。
「ヘリが帰ったってことは、帰りはどうなるんだ?」
肝心なことを聞いていなかったことに、今更ながらレイは気づいた。
「別の迎えが来るんじゃねえの」
なんでもないようにシラサカは言った。
「別の迎えって、来れるわけねえだろ、これだけ警察がいるのに」
「まあ、なるようになるって。教室までの案内を頼むぜ、レイ」
右手に拳銃を持ち、すぐさま安全装置を外すシラサカ。その瞬間、纏う空気が変わる。始末屋モードになったシラサカは、無駄な話をしない。敵の気配に神経を集中させているからだ。
レイは階段を上がり、三階へとやってきた。上がってすぐの教室がレイの所属するクラスである。
本来なら授業中の時間だが、教師も生徒もいない。この教室だけでなく、職員室に至るまでの校内全てに人の気配がなかった。
さあ、行くか。
心の中で一呼吸置いてから、レイは教室の扉を開け放った。
シラサカ曰わく、正義の味方ゴッコことSIT(警視庁特殊捜査犯捜査係)になりきるため、レイは黒いスーツに着替えたものの、左腕の怪我のせいでうまくネクタイが結べない。どうしたものかと考えているうちに、松田がふらりとやってきた。
「そういう格好していると、高校生には見えないな、少年」
状況を察して歩み寄り、松田が結んでくれた。礼を言うべきか迷っていると、徐にこんな風にぼやきはじめた。
「しかしまあ、花村はとんでもないことを思いつくよな。急患がきたらどうするつもりだよ。こっちはヒヤヒヤもんなんだぜ」
「あんた、ボスのことも知ってんのかよ」
「じゃなきゃ、おまえ達を特別扱いするわけねえだろ」
レイを助けたり、療養がすんなり許されたのは、そういう事情があってのことらしい。
「レイ、準備出来たか? そろそろ到着するってよ」
そこへ、黒いコートに黒のサングラス、全身黒ずくめシラサカがやってきた。
「おまえのそれ、どう見ても、SITじゃねえだろ」
上から下まで悪人全開である。実際、シラサカは水上邸事件の犯人でもあるのだから、間違ってはいないのだが。
「弾丸のストックはコートのポケットじゃないと入らねえし、コンタクトを入れたいところだけど、取りに行く暇がねえから、こうするしかないんだよ」
クォーターだというシラサカの目の色は青だ。余程のことがない限り隠すことはしないが、今回ばかりはそうもいかない。
「警察と一般人には手出すなって言われてんのに、弾丸のストック持ちすぎだろうが」
「向こうはミズカミひとりとは限らねえし、万が一にも正体バレしたら、おまえだけは逃がさなきゃなんねえだろ」
「つーか、おまえはどうするんだよ」
「俺は捕まらねえから、絶対に」
なぜか自信たっぷりに言い切るシラサカ。
「とりあえずコートは脱げ。ストックなら俺が持っててやる。それから、あん時の銃、寄越せ」
松田がいる手前、言葉を濁したが、レイが蓮見を撃った拳銃のことである。それを察したのか、シラサカは戸惑った。
「お守り代わりに持つだけだ。あんなこと、もうしねえよ」
「俺に拳銃一丁で戦えっていうのかよ」
「出来ねえのかよ、おまえともあろう者が」
ボスの言い方を真似てやれば、途端にシラサカは機嫌を害した。
「本当にクソ生意気なガキだよな、おまえは」
シラサカは笑い、レイの髪をくしゃくしゃと撫で回す。あからさまな子供扱いであったが、今は逆らうのも面倒だった。
そうこうするうちに、ヘリコプターの音が近づいてきた。
「さあ、正義の味方ゴッコの始まりだ」
「やけに嬉しそうじゃねえか。そっち方面に興味あるのか?」
シラサカが昔何をしていたのか、レイは全く知らない。
「興味はあるね。いつも反対側にしかいなかったから。先生、後のことは知らぬ存ぜぬでシラを切り通してくださいね」
結局シラサカはコートを脱ぐことはせず、鼻歌混じりに歩き出した。レイもその後に続こうとすれば、松田に声をかけられた。
「無茶はするなよ。認めてなかろうが、おまえは患者なんだからな」
松田は強面で口も悪い。でもレイを本気で心配してくれていることは、嘘じゃない。
「ありがと、先生」
右手を上げて応え、レイは歩き出した。
ヘリに乗るのは初めてだった。騒音がひどいと聞いてはいたが、予想をはるかに超えるものだった。ローターの風切り音やエンジン音は凄まじいもので、機内で渡されたヘッドセットを装着しないと、まともに話すことも出来やしない。
「これ、渡しとく」
ようやく乗り心地に慣れてきた頃、シラサカが拳銃を差し出してきた。おそらくレイが蓮見を撃った拳銃だろう。
「あのまま、なのか」
「まだ終わってねえからな。弾丸は三発残っている。絶対撃つなよ」
「わかってる」
拳銃を受け取り、グリップを握りしめれば、最期の蓮見の顔が目に浮かぶ。
(レイ、くん、だ、いすき、あり、がと)
蓮見の言葉を思い出しても、レイは昨夜のように乱れることはなかった。むしろ、心が落ち着いていく。
蓮見、もう少しだけ、待っててくれよな。
受け取った拳銃をスーツの内ポケットに入れていると、シラサカはコートのポケットから新しい拳銃を出し、中味を確認し始める。
「なんだよ、もう一丁持ってんじゃねえか」
「予備くらい持ってるよ。さすがに先生んとこに置いとけねえだろ。只でさえ、危ない橋を渡らせてんのに」
シラサカは一丁をスーツの内ポケットに、もう一丁はヒップホルスターに装着した後、コートを脱ぎ、ポケットの中から弾丸のストックをレイに差し出した。
「じゃあ、これもよろしく」
「多すぎだろ。何人バラすつもりだよ」
「車の中まで調べないとは思うが、念のためにな」
ヘリコプターの発着場所になったのだから、事情を聞きに警察が行くかもしれない。松田にあらぬ疑いをかけられないようにと、シラサカなりに配慮したらしい。
「さあ、帰ってきたぜ、ホームグラウンドに」
シラサカの言葉で、着陸場所が近づいていることを知る。
眼下には住み慣れた街の景色が、そして着陸場所であるレイの通う高校のグラウンドが見えてきた。
【まもなく着陸です。プロペラが完全に止まるまでは、降りないでくださいよ】
パイロットの声が聞こえた。管制官と交信しているはずだが、レイ達には聞こえないようにしてくれていた。花村がチャーターしたヘリなのだから、パイロットも当然その筋の人間のはず。
「機内のイヤーマフ、ひとつもらっていきますよ」
レイ達がつけているヘッドセットは会話が出来るものだが、機内の騒音から耳を守るためのイヤーマフも常備してあった。
「どうするんだ、それ?」
「人質に、俺らの話を聞かれるわけにはいかねえだろ」
学校一の不良と呼ばれた柳のことだから、簡単に囚われたりはしないだろう。何らかのダメージを受けて人質になったはず。ミズカミの目的はハナムラを表に出すことだから、なるべく柳を痛めつけないようにするはずだ。
気絶してくれていると、有り難いんだけどな。
警察はごまかせても、柳はレイを知っているから気づかれる。
手荒な真似はしたくないが、最終的には目と耳を塞ぐしかないだろう。目隠しになりそうなタオルは、診療所から持ってきてあった。
そうこうするうちに、ヘリは校庭へと降り立った。
花村が話を通してあったらしく、誰に止められることもなかった。
シラサカがいち早くヘッドセットを外し、運んでくれたパイロットに向け、サムズアップ(親指を立てるジェスチャー、goodの意味)をして降りる。パイロットも同じジェスチャーを返してきた。レイはヘッドセットを外した後、頭を下げて降りた。
「誰も寄ってこないな。さすがはボス。でも、ちょっと拍子抜けだな」
シラサカが言うように、校内は非常線が張られ、警官や刑事達が大勢配備されていたが、誰ひとりレイ達に近付く者はいなかった。遠くから、好奇と畏怖が混じったような視線を向けられた。
「無駄な争いをしなくてよかったじゃねえか、ほら、行くぞ」
レイとシラサカが校内に足を踏み入れる頃には、ヘリコプターが上昇する音が聞こえた。
「ヘリが帰ったってことは、帰りはどうなるんだ?」
肝心なことを聞いていなかったことに、今更ながらレイは気づいた。
「別の迎えが来るんじゃねえの」
なんでもないようにシラサカは言った。
「別の迎えって、来れるわけねえだろ、これだけ警察がいるのに」
「まあ、なるようになるって。教室までの案内を頼むぜ、レイ」
右手に拳銃を持ち、すぐさま安全装置を外すシラサカ。その瞬間、纏う空気が変わる。始末屋モードになったシラサカは、無駄な話をしない。敵の気配に神経を集中させているからだ。
レイは階段を上がり、三階へとやってきた。上がってすぐの教室がレイの所属するクラスである。
本来なら授業中の時間だが、教師も生徒もいない。この教室だけでなく、職員室に至るまでの校内全てに人の気配がなかった。
さあ、行くか。
心の中で一呼吸置いてから、レイは教室の扉を開け放った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる