22 / 34
第20話
しおりを挟む
「そうか、あいつがドラゴンだったのか」
「なに、それ?」
奏は一瞬だけ迷ったものの、慎ちゃんならいいかといって話し始めた。
「母親がさ、俺がいないときに事故に遭った。即死と思われたけど、通りがかった男の処置で持ち直したんだよ。運ばれた病院で容態急変して亡くなったけどね。現場で応急処置をした男は医師だと思うけど、東洋人で連れにドラゴンと呼ばれていたことしかわからなかった」
「池田先生ってたしかリュウヘイって名前だったっけ。そっか、リュウ=ドラゴンってことか」
池田は奏のことを知っていた。だからこその上から目線だったのかもしれない。
「的確な処置だったらしいぜ。有名な医師じゃないかって噂になったくらいだ。こんなところで小児科医をやっているのは役不足だな」
池田の腕が良いということだけは、奏も認めているようだった。
「最期に、お母さんに会えた?」
慎平は気になっていたことを口にする。
「最期まで意識は戻らなかったけど、看取ることは出来たよ」
奏は淡々と話した。
「お母さん、きっと嬉しかったと思うよ。奏が側にいてくれてさ」
奏は驚いたように目を見開いた後、切なげに笑った。
「慎ちゃんって、本当すごいね……」
慎平の右肩に頭をこつんと乗せ、奏は沈黙する。
もしや泣いているのか。身体はもう震えていないし、ふざけているわけでもないが。
大丈夫なのかと声をかけようとしたとき、すぐ側で車が急停止した。派手な停まり方だったので、慎平は思わず目を向けた。黒塗りの高級車だった。
奏も顔を上げてみやる。いつもの彼に戻っていた。まもなく運転席から女性が降りてきた。きょろきょろと周りを見渡し、こちらに視線を向けると英語でなにか叫んだ。
「シェリー? なんでここに?」
奏は日本語で呟くと、シェリーと呼ばれた女性の表情が和らぐ。ほっとしたようにみえた。
「奏、よかった、無事だったのね」
まもなく彼女はこちらにやってきて、流暢な日本語で奏に話しかけた。
「俺が迎え頼んだの、おまえじゃないんだけど」
やがて助手席の扉が開き、金髪の男がふらふらになりながら出てきた。男の顔はひどく青ざめていた。
「し、死ぬかと思ったわ!?」
こちらもまた流暢な日本語だが、なぜか関西訛りだった。
***
「そういう運転出来るんやったら、あんな無茶せんでも」
金髪の男の名はガウディというらしい。奏は大学(おそらくハーバード)で同じ研究室の仲間だったそうだ。慎平には「変なオッサン」だからとわざわざ付け加えた。
「早く奏を迎えにいけって、あなたがいったのよ」
シェリーは黒髪だが、瞳は青い。ジーンズにシャツ、スニーカーというラフな格好であるが、慎平や奏より年上であることは間違いないだろう。彼女も同じ研究室仲間らしい。
「それで、これからどこにいくんだよ」
黒塗りの高級車から、奏所有の赤いコンパクトカーに乗り込み、車は走り出した。運転手はシェリー、助手席にガウディ、後部座席に慎平と奏という席順である。
「本条勇作の研究室」
事前にカーナビに住所を打ち込んだのは奏だった。車が走り出すと池田から貰った鎮痛剤の注射を自分で打ってから、佐藤から受け取ったスマホを慎平に差し出す。SMS画面が開かれており「Yはこちらの手にある。そちらのSもいただく」と書いてあった。電話番号だけなのでどこの誰かはわからない。
「さっき確認したけど、お嬢さん、出掛けたみたいなんだよね」
「ひとりでユリカを捜しに行くつもりだったのか?」
「それが俺の仕事だから」
佐藤の言葉を思い出したのか、奏は窓の外をみやる。
「必要なのは俺だろ。奏ひとりが突っ走ったところで、どうにもならないよ」
「第一秘書は今夜じいさまの会食に同行していたから、作戦がパーになったこと知らないんだよ」
作戦とはなんだと慎平が問いかけようとしたとき、奏のスマートフォンが着信を知らせた。
「あ、秀ちゃん、さっきはごめんね」
電話の相手は沢木のようだ。奏はうんうんと何度も相槌を打った。
「貴重な情報ありがとね。慎ちゃんに変わるね。はい」
奏はスマホを慎平に手渡すと、運転手のシェリーになにか告げた。
『沢木です。奏君は大丈夫そうですね』
「うん、なんとかね」
奏に気づかれないように、慎平は当たり障りのない答え方をする。
『奏君にも申し上げましたけど、警察に話をして、そちらに何人か配置する手筈にしましたので、到着を先延ばしにしてもらいます』
これから研究室に向かうことは沢木もわかっているらしい。まもなく車は路肩に停められ、奏はガウディが持参したらしいノートパソコンを手にすると、キーボードを叩き始める。こちらの様子は全く気にしていない。
「佐藤さんはどうなってますか?」
『まだ手術中です。先生の話では腹部をナイフで刺されたようで緊急手術を要請したとのことでした。本当は黙っているようにいわれていたのですが、実は佐藤さん、奏君の父親なのですよ』
「うん……」
奏から聞いていないこともあって、慎平は曖昧な返事をした。
『やはり気づかれましたか。奏君、お母さんも事故で亡くされているようなので、今辛いと思います。支えてあげてくださいね』
「わかった。無茶させないから」
通話を終えて、慎平はスマホを奏に返した。
「秀ちゃん、余計なこと話したな」
奏は笑っていた。ノートパソコンを閉じると、ガウディに返却する。
「余計なことじゃないよ。さっきの話の続きだけど、作戦ってなに?」
「なに、それ?」
奏は一瞬だけ迷ったものの、慎ちゃんならいいかといって話し始めた。
「母親がさ、俺がいないときに事故に遭った。即死と思われたけど、通りがかった男の処置で持ち直したんだよ。運ばれた病院で容態急変して亡くなったけどね。現場で応急処置をした男は医師だと思うけど、東洋人で連れにドラゴンと呼ばれていたことしかわからなかった」
「池田先生ってたしかリュウヘイって名前だったっけ。そっか、リュウ=ドラゴンってことか」
池田は奏のことを知っていた。だからこその上から目線だったのかもしれない。
「的確な処置だったらしいぜ。有名な医師じゃないかって噂になったくらいだ。こんなところで小児科医をやっているのは役不足だな」
池田の腕が良いということだけは、奏も認めているようだった。
「最期に、お母さんに会えた?」
慎平は気になっていたことを口にする。
「最期まで意識は戻らなかったけど、看取ることは出来たよ」
奏は淡々と話した。
「お母さん、きっと嬉しかったと思うよ。奏が側にいてくれてさ」
奏は驚いたように目を見開いた後、切なげに笑った。
「慎ちゃんって、本当すごいね……」
慎平の右肩に頭をこつんと乗せ、奏は沈黙する。
もしや泣いているのか。身体はもう震えていないし、ふざけているわけでもないが。
大丈夫なのかと声をかけようとしたとき、すぐ側で車が急停止した。派手な停まり方だったので、慎平は思わず目を向けた。黒塗りの高級車だった。
奏も顔を上げてみやる。いつもの彼に戻っていた。まもなく運転席から女性が降りてきた。きょろきょろと周りを見渡し、こちらに視線を向けると英語でなにか叫んだ。
「シェリー? なんでここに?」
奏は日本語で呟くと、シェリーと呼ばれた女性の表情が和らぐ。ほっとしたようにみえた。
「奏、よかった、無事だったのね」
まもなく彼女はこちらにやってきて、流暢な日本語で奏に話しかけた。
「俺が迎え頼んだの、おまえじゃないんだけど」
やがて助手席の扉が開き、金髪の男がふらふらになりながら出てきた。男の顔はひどく青ざめていた。
「し、死ぬかと思ったわ!?」
こちらもまた流暢な日本語だが、なぜか関西訛りだった。
***
「そういう運転出来るんやったら、あんな無茶せんでも」
金髪の男の名はガウディというらしい。奏は大学(おそらくハーバード)で同じ研究室の仲間だったそうだ。慎平には「変なオッサン」だからとわざわざ付け加えた。
「早く奏を迎えにいけって、あなたがいったのよ」
シェリーは黒髪だが、瞳は青い。ジーンズにシャツ、スニーカーというラフな格好であるが、慎平や奏より年上であることは間違いないだろう。彼女も同じ研究室仲間らしい。
「それで、これからどこにいくんだよ」
黒塗りの高級車から、奏所有の赤いコンパクトカーに乗り込み、車は走り出した。運転手はシェリー、助手席にガウディ、後部座席に慎平と奏という席順である。
「本条勇作の研究室」
事前にカーナビに住所を打ち込んだのは奏だった。車が走り出すと池田から貰った鎮痛剤の注射を自分で打ってから、佐藤から受け取ったスマホを慎平に差し出す。SMS画面が開かれており「Yはこちらの手にある。そちらのSもいただく」と書いてあった。電話番号だけなのでどこの誰かはわからない。
「さっき確認したけど、お嬢さん、出掛けたみたいなんだよね」
「ひとりでユリカを捜しに行くつもりだったのか?」
「それが俺の仕事だから」
佐藤の言葉を思い出したのか、奏は窓の外をみやる。
「必要なのは俺だろ。奏ひとりが突っ走ったところで、どうにもならないよ」
「第一秘書は今夜じいさまの会食に同行していたから、作戦がパーになったこと知らないんだよ」
作戦とはなんだと慎平が問いかけようとしたとき、奏のスマートフォンが着信を知らせた。
「あ、秀ちゃん、さっきはごめんね」
電話の相手は沢木のようだ。奏はうんうんと何度も相槌を打った。
「貴重な情報ありがとね。慎ちゃんに変わるね。はい」
奏はスマホを慎平に手渡すと、運転手のシェリーになにか告げた。
『沢木です。奏君は大丈夫そうですね』
「うん、なんとかね」
奏に気づかれないように、慎平は当たり障りのない答え方をする。
『奏君にも申し上げましたけど、警察に話をして、そちらに何人か配置する手筈にしましたので、到着を先延ばしにしてもらいます』
これから研究室に向かうことは沢木もわかっているらしい。まもなく車は路肩に停められ、奏はガウディが持参したらしいノートパソコンを手にすると、キーボードを叩き始める。こちらの様子は全く気にしていない。
「佐藤さんはどうなってますか?」
『まだ手術中です。先生の話では腹部をナイフで刺されたようで緊急手術を要請したとのことでした。本当は黙っているようにいわれていたのですが、実は佐藤さん、奏君の父親なのですよ』
「うん……」
奏から聞いていないこともあって、慎平は曖昧な返事をした。
『やはり気づかれましたか。奏君、お母さんも事故で亡くされているようなので、今辛いと思います。支えてあげてくださいね』
「わかった。無茶させないから」
通話を終えて、慎平はスマホを奏に返した。
「秀ちゃん、余計なこと話したな」
奏は笑っていた。ノートパソコンを閉じると、ガウディに返却する。
「余計なことじゃないよ。さっきの話の続きだけど、作戦ってなに?」
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる