世界をとめて

makikasuga

文字の大きさ
31 / 69
さよなら全回転

しおりを挟む
「突然、呼び出してごめん、ね」
 酸素マスクをしたまま、起き上がることもなく、花梨は顔をこちらに向けて言った。機械に繋がれ、点滴でしか栄養も取れず、衰弱は日に日に酷くなっていた。
「気にしないで。それより、話って何?」
 側の椅子に座り、花梨と向き合う。長話はよくないので、すぐ本題に入ることにした。
「テーブルの上、ファイル、置いてある。それ、見て」
 テーブルの上に透明なファイルが置いてあった。タイトルには「柳広哲に関する身上書」と記載されていた。高橋の言うとおり、花梨は柳について話をしてくれるようだ。
「私が、コウちゃんを拾ったの。しばらく、何も話してくれなかったから、高橋が調べたの。読んで、みて」
 麻百合は言われるがまま、ファイルを開き、目を通す。
 柳の両親は既に亡く、柳蓮司という警察官の養子になっていた。蓮司の結婚により、母佳乃、弟和人が家族となっている。大学卒業後、警察官になった柳は、とある所轄署の刑事になっていた。添えられた警察官時代の写真の柳は黒髪で、今より柔らかい表情をしていた。
「本当に、警察官だったんだ」
「想像つかないよね、今のコウちゃん、からは」
 思わず呟いてしまった麻百合に同意するように、花梨も言葉を返してきた。
「さっき、言ったよね、私がコウちゃんを拾ったって。月に一度の、病院の日に、偶然見つけたの。道の真ん中で、ずぶ濡れになってた」
 資料によれば、柳蓮司、佳乃、和人の三人の殺害と警察庁の情報流出事件がほぼ同時期に発生している。後者の事件が殺害犯の特定に結びつくことになるも、被疑者死亡で不起訴となっていた。また、後者の容疑者は柳とされているが、本人は否定も肯定もせずに警察官を辞めている。
「私の一目惚れ。恋人になってって、お願いした。だから本当は、コウちゃん、私を好きじゃないと思うの」
「そんなことない。どう見たって、柳は花梨を」
「コウちゃん、辛いのに、私の前では、いつも笑ってる」
「でも、それは……!?」
 いつのまにか、花梨は声を震わせ、涙を流していた。
「私が、死んだら、一緒に死ぬって、だから心配するなって……」
 いつも笑っていた花梨が初めて見せた弱さだった。先日見た柳を思い起こさせる。ふたりが惹かれ合ったのは、根底がよく似ているからなのかもしれない。
「それは、本当の、愛情じゃない。コウちゃんは、死にたがってるだけ。だって、私なら、コウちゃんを、連れていったり、しないもの」
 柳への強い想いが感じられた。花梨は誰よりも柳を、心から愛しているのだ。
「私は、コウちゃんを生かす。絶対、死なせたりしない。だから、麻百合、コウちゃんを好きになって」
 発せられた衝撃的な問いかけに、麻百合は面食らった。
「ちょっと待って、なんなの、それ!?」
 花梨は柳を好きで、柳も花梨を好きなのだ。この事実は変わらないし、変わることなど有り得ない。
「麻百合を呼んだのは、私のわがままだって、言ったでしょ。麻百合には、私と同じ血が流れている。だから、麻百合なら、かまわない」
 花梨は自分がいなくなった後のことを考えているのだろうか。だとしても、そんな話を受け入れられるわけがない。
「でも、柳が好きなのは花梨であって、私じゃないよ」
「本当にそう、言い切れる?」
 花梨に問われ、麻百合は返事に詰まった。柳に抱きしめられ、キスをしたことを思い起こしてしまったからだ。
「うらやましいなって、いつも思ってた。コウちゃんが、あんな話し方するところ、初めてみたもの」 
「花梨、誤解させたのなら、謝るよ、ごめんなさい。柳はね、本当に本当に花梨のことが好きなんだよ。側で見ているからこそ、わかるから!」
 心配でも、気にはなっても、麻百合は柳の側にいてはいけない。柳は花梨の恋人で、ふたりは想い合っている。高橋の頼みも断ろう。花梨をこれ以上、不安にさせてはいけない。
「やっぱり、麻百合はお姉ちゃん、だね」
 花梨がそっと手を伸ばしてきた。その手を麻百合は両手で握りしめる。いつしか涙は止まり、花梨はいつもの笑顔になっていた。
「変なこと言ってごめんなさい。でもね、さっきの話、嘘じゃないから。麻百合がコウちゃんを好きになっても、コウちゃんが麻百合を好きになっても、私はかまわないから」
「だから、それは」
「むしろ、麻百合じゃなきゃ、やだ。コウちゃんを、他の人に取られたくない」
 最後の言葉が花梨の本心だろう。強い眼差しで言い切られ、麻百合は何も言えなくなってしまった。
「私がいなくなったら、コウちゃんのこと、お願いね」
「怒るよ、花梨。柳は花梨のことしか見えてない。確かに一緒に死ぬとか、ちょっとおかしいかもだけど。それぐらい、花梨のことを大切に思ってるってことなんだから!」
「そうだね。ごめんね、麻百合。でも、聞いてもらえてよかった」
 そのまま花梨は眠ってしまった、とても満足そうな表情で。
「柳を好きになることなんてないよ、絶対にないから……」
 自分に言い聞かせるように、麻百合は言葉にして呟いた。だが言葉とは裏腹に、脳裏には柳の笑顔が浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

処理中です...