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さよなら全回転
③
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「突然、呼び出してごめん、ね」
酸素マスクをしたまま、起き上がることもなく、花梨は顔をこちらに向けて言った。機械に繋がれ、点滴でしか栄養も取れず、衰弱は日に日に酷くなっていた。
「気にしないで。それより、話って何?」
側の椅子に座り、花梨と向き合う。長話はよくないので、すぐ本題に入ることにした。
「テーブルの上、ファイル、置いてある。それ、見て」
テーブルの上に透明なファイルが置いてあった。タイトルには「柳広哲に関する身上書」と記載されていた。高橋の言うとおり、花梨は柳について話をしてくれるようだ。
「私が、コウちゃんを拾ったの。しばらく、何も話してくれなかったから、高橋が調べたの。読んで、みて」
麻百合は言われるがまま、ファイルを開き、目を通す。
柳の両親は既に亡く、柳蓮司という警察官の養子になっていた。蓮司の結婚により、母佳乃、弟和人が家族となっている。大学卒業後、警察官になった柳は、とある所轄署の刑事になっていた。添えられた警察官時代の写真の柳は黒髪で、今より柔らかい表情をしていた。
「本当に、警察官だったんだ」
「想像つかないよね、今のコウちゃん、からは」
思わず呟いてしまった麻百合に同意するように、花梨も言葉を返してきた。
「さっき、言ったよね、私がコウちゃんを拾ったって。月に一度の、病院の日に、偶然見つけたの。道の真ん中で、ずぶ濡れになってた」
資料によれば、柳蓮司、佳乃、和人の三人の殺害と警察庁の情報流出事件がほぼ同時期に発生している。後者の事件が殺害犯の特定に結びつくことになるも、被疑者死亡で不起訴となっていた。また、後者の容疑者は柳とされているが、本人は否定も肯定もせずに警察官を辞めている。
「私の一目惚れ。恋人になってって、お願いした。だから本当は、コウちゃん、私を好きじゃないと思うの」
「そんなことない。どう見たって、柳は花梨を」
「コウちゃん、辛いのに、私の前では、いつも笑ってる」
「でも、それは……!?」
いつのまにか、花梨は声を震わせ、涙を流していた。
「私が、死んだら、一緒に死ぬって、だから心配するなって……」
いつも笑っていた花梨が初めて見せた弱さだった。先日見た柳を思い起こさせる。ふたりが惹かれ合ったのは、根底がよく似ているからなのかもしれない。
「それは、本当の、愛情じゃない。コウちゃんは、死にたがってるだけ。だって、私なら、コウちゃんを、連れていったり、しないもの」
柳への強い想いが感じられた。花梨は誰よりも柳を、心から愛しているのだ。
「私は、コウちゃんを生かす。絶対、死なせたりしない。だから、麻百合、コウちゃんを好きになって」
発せられた衝撃的な問いかけに、麻百合は面食らった。
「ちょっと待って、なんなの、それ!?」
花梨は柳を好きで、柳も花梨を好きなのだ。この事実は変わらないし、変わることなど有り得ない。
「麻百合を呼んだのは、私のわがままだって、言ったでしょ。麻百合には、私と同じ血が流れている。だから、麻百合なら、かまわない」
花梨は自分がいなくなった後のことを考えているのだろうか。だとしても、そんな話を受け入れられるわけがない。
「でも、柳が好きなのは花梨であって、私じゃないよ」
「本当にそう、言い切れる?」
花梨に問われ、麻百合は返事に詰まった。柳に抱きしめられ、キスをしたことを思い起こしてしまったからだ。
「うらやましいなって、いつも思ってた。コウちゃんが、あんな話し方するところ、初めてみたもの」
「花梨、誤解させたのなら、謝るよ、ごめんなさい。柳はね、本当に本当に花梨のことが好きなんだよ。側で見ているからこそ、わかるから!」
心配でも、気にはなっても、麻百合は柳の側にいてはいけない。柳は花梨の恋人で、ふたりは想い合っている。高橋の頼みも断ろう。花梨をこれ以上、不安にさせてはいけない。
「やっぱり、麻百合はお姉ちゃん、だね」
花梨がそっと手を伸ばしてきた。その手を麻百合は両手で握りしめる。いつしか涙は止まり、花梨はいつもの笑顔になっていた。
「変なこと言ってごめんなさい。でもね、さっきの話、嘘じゃないから。麻百合がコウちゃんを好きになっても、コウちゃんが麻百合を好きになっても、私はかまわないから」
「だから、それは」
「むしろ、麻百合じゃなきゃ、やだ。コウちゃんを、他の人に取られたくない」
最後の言葉が花梨の本心だろう。強い眼差しで言い切られ、麻百合は何も言えなくなってしまった。
「私がいなくなったら、コウちゃんのこと、お願いね」
「怒るよ、花梨。柳は花梨のことしか見えてない。確かに一緒に死ぬとか、ちょっとおかしいかもだけど。それぐらい、花梨のことを大切に思ってるってことなんだから!」
「そうだね。ごめんね、麻百合。でも、聞いてもらえてよかった」
そのまま花梨は眠ってしまった、とても満足そうな表情で。
「柳を好きになることなんてないよ、絶対にないから……」
自分に言い聞かせるように、麻百合は言葉にして呟いた。だが言葉とは裏腹に、脳裏には柳の笑顔が浮かんでいた。
酸素マスクをしたまま、起き上がることもなく、花梨は顔をこちらに向けて言った。機械に繋がれ、点滴でしか栄養も取れず、衰弱は日に日に酷くなっていた。
「気にしないで。それより、話って何?」
側の椅子に座り、花梨と向き合う。長話はよくないので、すぐ本題に入ることにした。
「テーブルの上、ファイル、置いてある。それ、見て」
テーブルの上に透明なファイルが置いてあった。タイトルには「柳広哲に関する身上書」と記載されていた。高橋の言うとおり、花梨は柳について話をしてくれるようだ。
「私が、コウちゃんを拾ったの。しばらく、何も話してくれなかったから、高橋が調べたの。読んで、みて」
麻百合は言われるがまま、ファイルを開き、目を通す。
柳の両親は既に亡く、柳蓮司という警察官の養子になっていた。蓮司の結婚により、母佳乃、弟和人が家族となっている。大学卒業後、警察官になった柳は、とある所轄署の刑事になっていた。添えられた警察官時代の写真の柳は黒髪で、今より柔らかい表情をしていた。
「本当に、警察官だったんだ」
「想像つかないよね、今のコウちゃん、からは」
思わず呟いてしまった麻百合に同意するように、花梨も言葉を返してきた。
「さっき、言ったよね、私がコウちゃんを拾ったって。月に一度の、病院の日に、偶然見つけたの。道の真ん中で、ずぶ濡れになってた」
資料によれば、柳蓮司、佳乃、和人の三人の殺害と警察庁の情報流出事件がほぼ同時期に発生している。後者の事件が殺害犯の特定に結びつくことになるも、被疑者死亡で不起訴となっていた。また、後者の容疑者は柳とされているが、本人は否定も肯定もせずに警察官を辞めている。
「私の一目惚れ。恋人になってって、お願いした。だから本当は、コウちゃん、私を好きじゃないと思うの」
「そんなことない。どう見たって、柳は花梨を」
「コウちゃん、辛いのに、私の前では、いつも笑ってる」
「でも、それは……!?」
いつのまにか、花梨は声を震わせ、涙を流していた。
「私が、死んだら、一緒に死ぬって、だから心配するなって……」
いつも笑っていた花梨が初めて見せた弱さだった。先日見た柳を思い起こさせる。ふたりが惹かれ合ったのは、根底がよく似ているからなのかもしれない。
「それは、本当の、愛情じゃない。コウちゃんは、死にたがってるだけ。だって、私なら、コウちゃんを、連れていったり、しないもの」
柳への強い想いが感じられた。花梨は誰よりも柳を、心から愛しているのだ。
「私は、コウちゃんを生かす。絶対、死なせたりしない。だから、麻百合、コウちゃんを好きになって」
発せられた衝撃的な問いかけに、麻百合は面食らった。
「ちょっと待って、なんなの、それ!?」
花梨は柳を好きで、柳も花梨を好きなのだ。この事実は変わらないし、変わることなど有り得ない。
「麻百合を呼んだのは、私のわがままだって、言ったでしょ。麻百合には、私と同じ血が流れている。だから、麻百合なら、かまわない」
花梨は自分がいなくなった後のことを考えているのだろうか。だとしても、そんな話を受け入れられるわけがない。
「でも、柳が好きなのは花梨であって、私じゃないよ」
「本当にそう、言い切れる?」
花梨に問われ、麻百合は返事に詰まった。柳に抱きしめられ、キスをしたことを思い起こしてしまったからだ。
「うらやましいなって、いつも思ってた。コウちゃんが、あんな話し方するところ、初めてみたもの」
「花梨、誤解させたのなら、謝るよ、ごめんなさい。柳はね、本当に本当に花梨のことが好きなんだよ。側で見ているからこそ、わかるから!」
心配でも、気にはなっても、麻百合は柳の側にいてはいけない。柳は花梨の恋人で、ふたりは想い合っている。高橋の頼みも断ろう。花梨をこれ以上、不安にさせてはいけない。
「やっぱり、麻百合はお姉ちゃん、だね」
花梨がそっと手を伸ばしてきた。その手を麻百合は両手で握りしめる。いつしか涙は止まり、花梨はいつもの笑顔になっていた。
「変なこと言ってごめんなさい。でもね、さっきの話、嘘じゃないから。麻百合がコウちゃんを好きになっても、コウちゃんが麻百合を好きになっても、私はかまわないから」
「だから、それは」
「むしろ、麻百合じゃなきゃ、やだ。コウちゃんを、他の人に取られたくない」
最後の言葉が花梨の本心だろう。強い眼差しで言い切られ、麻百合は何も言えなくなってしまった。
「私がいなくなったら、コウちゃんのこと、お願いね」
「怒るよ、花梨。柳は花梨のことしか見えてない。確かに一緒に死ぬとか、ちょっとおかしいかもだけど。それぐらい、花梨のことを大切に思ってるってことなんだから!」
「そうだね。ごめんね、麻百合。でも、聞いてもらえてよかった」
そのまま花梨は眠ってしまった、とても満足そうな表情で。
「柳を好きになることなんてないよ、絶対にないから……」
自分に言い聞かせるように、麻百合は言葉にして呟いた。だが言葉とは裏腹に、脳裏には柳の笑顔が浮かんでいた。
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