世界をとめて

makikasuga

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次回予告「再会」

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 しばらく談笑した後、麻百合は高橋と別れた。家まで送ると言われたが、買物に行きたいからといって断った。浅田家に行くなら、少しはマシな格好をしなくてはならない。どんな服にすべきか、どこで購入すべきかと考えながら歩いているうちに、ふとある場所にたどり着いた。

 そういや、柳とはここで出会ったんだっけ。

 駅前にある大型パチンコ店、クリスタルキング。浅田の家に住むようになってからは、全く行かなくなっていた。
 服を買いに行くはずだったのに、麻百合は店内に足を踏み入れていた。派手な機械音と光の洪水。この中に麻百合もいたのだ。何もかも忘れてしまいたくて。

「へー、ここに来てんだ」
 男の声で我に返る。すぐさま振り返って背後にいた人物と目が合った。
「松岡さん!?」
「連れないなあ、前みたいに名前で呼んでくれよ、まゆ」
 就職した会社で出会った先輩の松岡由樹まつおかよしき。麻百合の初めての恋人であったが、既婚者であることが発覚して破局。社内で噂が広まり、麻百合は逃げるように会社を辞めた。
「あれから大変だったんだぜ。会社には居づらなくなって、俺も辞める羽目になった。挙げ句の果てにカミサンとは離婚」
 そう言って、松岡は麻百合の腕を掴んだ。その目に狂気が宿っていた。
「聞いたぜ、双子の妹がいたんだってな。しかも、かなりのお嬢様だったらしいじゃねえか」
 なぜ松岡は花梨のことを知っているのか。別れて以来、一度も連絡取っていないというのに。
「結構な財産が手に入るんだろ。少しぐらい寄越せよ」
 耳元で囁かれ、更なる恐怖が襲う。平日だというのに、松岡はくたびれたパーカーにジーンズ姿である。会社を辞めたと言っていたが、仕事はどうしているのだろうか。
「責任取れよ。おまえのせいで、人生狂っちまったんだから」
 人生が狂ったのは麻百合の方である。あの頃は本気で松岡を好きだったし、信じていた。この人といれば、幸せになれるのかもしれないと思っていた。
「離して、離してください!」
 目の前の松岡は、麻百合が知ってる彼とは違っていた。それとも、これが本性だろうか。どちらにせよ、関わりにならない方がいい。麻百合は松岡を振り解こうと必死にもがいた。

「痴話喧嘩なら、外でやってくれないかな?」
 背後から声をかけられ、はっとした。振り返れば、黒いパーカーを着た若い男が、フードを頭から被っていた。長い前髪のせいで目元が隠れており、顔がよく見えない。
 男の出現により、松岡の力が緩んだ。その隙に、麻百合は駆け出した。
「待て、話は終わってねえぞ!」
 背後から松岡に怒鳴られたが、無視した。立ち止まるのも、振り返るのも怖かったから。

 早く逃げなきゃ……!

 走って、走って、何度か人にぶつかりながら息が切れるまで走って、ようやく立ち止まる。呼吸を落ち着かせ、恐る恐る振り返ってみれば……
「ごめんね、ついてきちゃって」
 松岡の姿はなかったが、先程のフードを被った若い男がいた。全く気配を感じなかっただけに、更なる恐怖を感じた。再び麻百合が駆け出そうとすれば、すぐにその手を掴まれる。
「おっと、どこへ行くのかな?」
「離してください!」
「落とし物を届けに来たの。これ、君のでしょ?」
 そう言って左手で差し出したのは、麻百合の財布だった。鞄を開けたつもりはなかったのに、いつ落としたのだろう。
「すみません、ありがとうございます」
 受け取ろうとすれば、寸前でその手を引っ込める。わざわざ届けに来てくれたことには感謝したが、男の不気味さは増すばかりだった。
「鞄を開けたわけじゃないのに、どうして僕の手元にこれがあると思う?」
 男は唇を歪め、クスクスと笑う。右手はパーカーのポケットに入ったままだが、やけに膨らんでいるように見えた。
「これ、君のじゃないんだ、同じなだけで」
 騙されたと思った瞬間、膨らんだ右側のポケットが、麻百合の体に吸いつく。固いものを押しつけられ、男の醸し出す空気がピンと張り詰めた。
「金田麻百合さん、僕と一緒に来てもらえるかな」
 名乗ったわけでもないのに、男は麻百合の名前を知っていた。
「どうして私の名前を?」
「色々あってね。それにしても元彼、人が変わっちゃったね。お金は人を変えるよね、本当怖いや」
 しかも松岡のことまで知り得ている。いったい何者なのか。
「あなたは、松岡さんの仲間なんですか?」
「僕があんな奴の仲間? 冗談でも嬉しくないよ。けどまあ、今はイエスって言わなきゃなんないんだよねえ。あいつの卒業試験じゃなきゃ、こんな役、絶対引き受けないのに」
 麻百合の問いかけに、男はブツブツと文句を言っている。仲間なのか、仲間ではないのかわからないが、同じとは思われたくないらしい。
「とりあえず、僕の言うとおりにしてくれるかな。素直に従ってくれたら、危害は加えないよ」
 男の素性がどうであれ、これ以上逃げられそうもないことだけは、麻百合にもわかる。
「わかりました。あなたの言う通りにします」
「聞き分けがよくて助かるよ。じゃあ、早速始めるかな」
 麻百合の対応に気を良くした男は、唇を歪めた後、一歩後退する。
 麻百合の体に押しつけられたものは外れたが、手は右側のポケットに突っ込まれたまま。その場に偽の財布をぽいっと投げ捨てると、左手をポケットに突っ込み、中からスマートフォンを取り出した。すぐさま耳に当てると、徐にこんな言葉を放った。
「君のご主人様は、僕が預かった」
 男はクスクスと笑いながら、右側のポケットから手を出し、フードを取った。そのまま、長い前髪をくしゃくしゃといじって、目元を露わにする。
 男の左目は黒色だが、右目は灰色をしていた。左右で目の色が違う人を見たのは初めてだった。
「早く見つけないと、僕が彼女をバラす。てゆーか、僕がどうこうする前に、彼が手を出しちゃうかもだけどね」
 彼という言葉を受け、麻百合は振り返る。ニヤニヤと笑いながら、松岡が姿を見せた。反射的に逃げようとすれば、すぐさま男に腕を掴まれた。途端に男の表情が激変する。
「彼女がどうなるかは、おまえにかかっている。迷ってる暇なんかないぜ、元刑事さん」
 電話の相手に、男は突然牙を向いた。その鋭さが誰かに似ていると思ううちに、ふとレイのことを思い出した。

 この人、カネモトさんの知り合いなの?

 直感だった。松岡がこっちに向かってきているので、この場でたずねることはやめたが、男が言った「元刑事」という言葉も気になった。麻百合が知る限り、元刑事という肩書きを持つ人間はひとりしかいない。

 元刑事って、まさか!?

「これが出来なきゃ不合格だ。死ぬ気でやれよ、コウ」
 男はそう言った後、電話を切った。
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