【AI小説】VRMMOでボクのトロッコスキルは問題があるスキルでした。

鳥山正人

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2話

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「……さて、と」

 山脈の向こうに沈みかけた太陽を見上げながら、ボクはスマホ型デバイスを握り直した。薄暗くなり始めた鉱山の空気の中で、さっき手に入れたアイテムのアイコンだけが、やけに目立つ。

 青い八角形の結晶──オクトパスブルー。

[オクトパスブルーはスキル強化に使用できます]
[使用後はトレード不可となります。選択は慎重にお願いします]

 システムメッセージが、少しだけ大げさな警告文を添えている。

「トレード不可って言われてもなぁ」

 ボクはため息というより、苦笑に近い息を漏らした。

「どうせ初心者にこんな高級品、渡すはずないよな。チュートリアルのご褒美みたいなもんだろ」

 隣でロコットが首を傾げる。茶色の毛並みが、夕暮れの残光を小さく反射する。ボクがスマホをいじるとき、ロコットはいつもそうやって見上げてくる。昔、家でスマホを構えると「散歩か?」と勘違いして尻尾を振っていた癖が、そのまま残っているみたいだ。

(価値なんて、実際に触ってみるまでわからない)

 仕事でも、数字だけを見ていては何も始まらない。そうやって失敗もしてきたし、何度かそれで救われたこともある。

「よし、とりあえず中身を見てみるか」

 ボクは鉱山の脇に腰を下ろし、スキル強化の画面を開いた。

 そこには、呆れるほどの項目が並んでいた。攻撃スキル強化、防御、魔法、採掘、料理、調合、生活、鍛冶。スクロールバーが上下に小さく縮んでいる。

「……こんなにあるのか。説明文だけで晩酌できそうだな」

 ひとつ開くごとに、細かい数値やら成功率やら注意書きやらがびっしり詰まっている。読む前から、目が疲れてくる。

(昔のゲームは、ここまで親切じゃなかったな)

 あの頃は、攻略サイトを印刷して机の横に置いていたっけ。仕事の資料に紛れて、スキル表が混ざって出てきたこともある。アキに見つかって、苦笑されたこともあった。

「攻撃系は……いらないな。戦うのが目的じゃないし」

 ボクは物理攻撃のタブをすぐに閉じた。魔法も同様。派手な火球や雷撃は、見ている分には楽しいけれど、自分で撃ちたいとはあまり思わない。

「採掘効率アップ……これも悪くないけど」

 クズ鉱石しか出ない廃鉱山で効率を上げても、あまり意味はない。今後もっといい採掘場に行くなら考えたいが、今はそこまで先のことを見通せてはいない。

 スクロールを続けるうちに、画面のいちばん下に、地味なタブが見えた。

【生産スキル強化】

 その中の一項目が、青く縁取られている。

【鍛冶スキル強化】  
→ MP消費軽減付与

「……ああ、こういうの、あったな」

 思わず、独り言が漏れる。

 二十代の頃、仕事帰りに夜な夜なログインしていたオンラインゲーム。その世界では、魔法使いは総じて燃費が悪くて、魔法一発撃つごとに息切れしているみたいな職だった。

 だから、当時の常識はひとつだった。

(まずはMP軽減装備を揃える。そこからが本番)

 ギルドの掲示板には、MP消費何%カットと名前のついた装備の募集がずらりと並んでいた。ボクもその流れに乗って、生産職のレベルを上げては、コツコツ素材を集めて装備を作っていた。特別な名匠でもなんでもなかった。ただ、数値が減るのを眺めるのが好きで、いつの間にか周りの人から頼まれるようになっていた。

「軽減装備が揃ったら、やっとスタートラインって感じだったよな……」

 ボクは、画面の小さな文字を眺めながら呟く。

 ロコットが足元で鼻を鳴らした。砂利が少しだけ動く。視線を落とすと、黄金色の瞳がこちらを見上げている。

「ボクがこういうの好きなの、わかってるのか」

 返事代わりのように、ロコットは短く吠えた。ワン、と澄んだ音が夕空に響く。

 現実では、もう散歩に行くこともできない。ボクの仕事机の下で丸くなっていた背中も、もうない。それでも、この世界でロコットはボクの隣にいる。

(また、何かを作ってもいいのかもしれないな)

 仕事では作る側から管理する側へ回って久しい。報告書のチェックや部下のフォローがほとんどで、手を動かして形を作る時間はめっきり減った。

 娘も独り立ちして、ロコットもいなくなって。家の中でボクの手を待っているものはもう多くない。

「……よし」

 ボクはスクロールバーを戻し、生産スキルの一覧から鍛冶の項目を選んだ。

【第2職業を選択してください】  
【鍛冶師/錬金術師/料理人/裁縫師……】

「ボクは鍛冶でいくか」

 迷いは思ったよりも少なかった。魔法薬を作るより、鍋を振るより、ハンマーを振るうほうが性に合っている気がする。

 選択ボタンに触れた瞬間、スマホの画面がふわりと光に包まれた。

[第2職業:鍛冶師を習得しました]

 頭の中に澄んだ声が響く。同時にボクの胸元の辺りに小さな紋章が浮かんでは消えた。歯車と槌を組み合わせた小さな模様。

「おお、なんかそれっぽいな」

 ロコットがボクの膝に前脚を乗せてくる。撫でてくれと言わんばかりの仕草だ。ボクは片手でスマホを持ったまま、もう一方の手でその頭を撫でた。

「よし、ロコット。ボク、鍛冶屋もやることにしたからな。いっぱい装備作るぞ」

「ワンッ」

 返事が少しだけ弾んで聞こえる。気のせいかもしれない。でも、それでいい。

 ふと、画面の隅に青く光るアイコンが目に入った。オクトパスブルーの結晶だ。

[オクトパスブルーを使用して、スキル強化を行いますか?]  
[使用するとトレード不可となります。取り消しはできません]

 警告文は、先ほどよりも一段階強調されている。赤い下線まで引かれている。

「念押ししすぎじゃない?」

 ボクは肩をすくめて笑った。

「本当に最上位のアイテムだったら、こんなあっさり初心者に渡さないって。たぶん、みんなが通るチュートリアル用のアイテムなんでしょ」

 ゲームに詳しいというより、長年のサラリーマン感覚だった。そう簡単に“本物”は配られない。もっと厳しい条件がつくはずだ。だからこそ、目の前のこれは、まだ序章なのだと決めつける。

(それに、ロコットが拾ってきた宝物だ。ボクが使ってやらないと)

 ボクは迷わず「はい」のボタンをタップした。

 次の瞬間、画面いっぱいに青い光が弾けた。薄暗くなり始めた鉱山の空間そのものが、スマホから逆流した光で染まるような感覚がある。

「おお……ずいぶん派手だな」

 光の粒が、画面内のスキルツリーを走り回る。いくつもの枝をかすめながら、一直線にひとつの項目へ集まっていった。

【MP消費軽減付与】

 その文字だけが、他とは違う濃さで輝いていた。青白い輪郭が脈打つように点滅し、周囲に細い光の線が幾重にも浮かんでは消える。まるで鍛冶場の鉄が、火花を散らしているみたいだった。

「演出、凝ってるなぁ……」

 ボクは半ば感心しながら、光の揺らぎを見つめる。そのとき、澄んだ電子音が耳に届いた。

[鍛冶スキル強化:MP消費軽減付与]

 表示された文字は、他のスキル説明よりも一回り大きく、アイコンには青い炎のようなエフェクトがついていた。

「これでスキルが強くなったってことだよな。なんだか大袈裟な気もするけどな」

 細かいことはわからない。けれど、強くなったのならそれで十分だ。ボクはあまり深く考えないようにして、画面を閉じた。

「ロコット、明日から鍛冶ギルドに通うことになりそうだ」

 声をかけると、ロコットは嬉しそうに跳ねた。足元で砂利が飛び散る。

「ボクが装備作って、お前がそれを身につけて……って、ロコットが鎧着るのかどうかは知らないけどな」

 自分で言いながら少しだけ笑ってしまう。ロコットは意味がわからないまま笑い声に反応して尻尾を振った。

 ふと、視界の端に小さなマップが表示される。街の西側に斧とハンマーのマークが灯っていた。

(あそこが鍛冶ギルドか)

 現在位置から線を引いてみると、正面の大通りを行くより、一本脇の坂道を使ったほうが、ほんの少しだけ遠回りになるらしい。

「……遠回りか」

 ボクは立ち上がり、ロコットを見下ろした。

(あの頃も、よく遠回りしたな)

 散歩の途中でわざと一本裏道に入って、公園を経由したり、川沿いの遊歩道を歩いたり。リナが「まだ帰らないの?」と笑いながら文句を言って、ロコットが先頭で尻尾を振っていた。そういう何でもない日々の記憶は、不思議と細部まで鮮やかだ。

「行くぞ、ロコット。鍛冶ギルドまで、少しだけ遠回りしてみよう」

「ワンッ」

 夕闇の気配を帯び始めた山道に返事が響いた。ボクはマップのラインをなぞるように、少し迂回した道を選んで歩き出す。

 足元ではロコットの爪が石を弾く音がリズムを刻んでいる。画面の中の世界なのに、その音は確かな重さを持って、ボクの足取りと呼吸に絡んでくる。

(昔のボクが覚えている“楽しいゲーム”は、きっとこういう時間だった)

 誰かのために何かを作って、少しだけ世界が軽くなる瞬間。  
 自分の足で遠回りを選んで、そこにだけ見える景色を拾っていく散歩。

 ロコットが先を行き、ボクがその背中を追う。  
 光の街へ向かう坂道の途中で、現実とゲームの境界線は、少しだけ溶けていく。

 鍛冶ギルドのマークが、夕焼け色の空に、小さく灯っていた。
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