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45話:対決③
しおりを挟むロイヤルダークソサエティの儀式の本質は、世界法則の破壊の一助だ。
世界の物理法則といったルール破壊と言ってもよい。
上位存在──おそらく自己狂愛の性質を生命体に強制させるものを呼び出し、その血を受領することで『既存のルール』を超越する。
輪廻転生というルールを、『自分という素晴らしい存在以外は死ね』という殺し合いを促進させて、輪廻転生なよって生命が生まれる速度より、死亡する速度を上回ることで、既存ルールを破壊する
それが目的なら、儀式そのものを潰さないと、生命体が消え失せる。
『輪廻とか次の生とか知るか、今すぐ全部終わらせてやる』
そのための触媒がエアリスの王族の血。それを使った儀式で、上位者を呼び出して、生命体を全滅させて、物理法則をぶち抜く。
シャルトルーズは、静かに、しかし確実に微笑んだ。その笑みは、かつて聖女だった頃の慈悲と、今の狂信が完全に溶け合った、恐ろしく美しいものだった。
「容易。儀式の完全破壊。できなければみんな死ぬ。シンプルです」
エクシアの組み立てた作戦は、ミッドガル帝国首都に存在する全てのロイヤルダークソサエティの拠点に同時に強襲を仕掛けて、動揺を起こす。
そこに、世界法則の掌握を目指す儀式をラスティが破壊する目算だった。しかし、それは失敗に終わっていた。
作戦が漏れていたわけでも、ロイヤルダークソサエティ側が一枚上手だったわけでもない。
単純にロイヤルダークソサエティの最高戦力であるナイトオブラウンズの『トリスタン』と『モルドレット』が遊びに来ていたのだ。
ついさっき到着した。
その流れで、アーキバスの迎撃作戦に参加し、甚大な被害を与えていた。
(意味が分からない。何が起きているの?)
モルドレットの能力は難解だ。それを理解するには固有異能の概念や、平行世界の概念を理解する必要がある。
現時点でエクシアに分かるのは『見えない存在』と
『無限に復活するモルドレット』という結果のみだった。
「ある人間に憧れて、それに似た人生を生きてみて感じたことがある。彼は難解な男だ。祖国を愛し、祖国に殉じた男。私には『愛するべき祖国』がない。こうして薄っぺらい真似事しかできない。非常に悔やまれる。君も、そう思うだろう?」
「何の話?」
「憧れの話さ。尊敬する人になりたいと思っても、どうしてもオリジナリティが入ってしまう。そんなのは違うと解釈違いを起こす。憧れに完璧を求めるが故に」
「……」
「だから人は自分と他者を切り分けて、憧れを持ちつつ自分なりの答えを探す。それが人生だ……しかしこの世界にはルールがある。世界の法則、人格属性、そういったシステムが。それはナプキンと同じだ。最初にナプキンを取った者がいれば、他の者はそれに習うしかない」
「…………」
「それこそ、私の憧れた大統領の姿。ならばこそ私は彼のように最初のナプキンを取る者になろう。この世界で言えば、世界法則の座につく」
「今を犠牲にして?」
「私の祖国が最優先だ。といいつつ、その祖国がない私が言っても滑稽なだけだろうが。後で良い。そういうのは後で作る。世界とはそういうものだ。では死ね。金髪のエルフ」
「……っ」
エクシアはモルドレットに追い詰められていた。見えない攻撃に対して、飽和攻撃をする。しかし殺したと思っても、何度でも蘇る。
終わらない持久戦。
エクシアの体力と魔力が削られていく。
同時攻撃の失敗による焦りもあった。
(駄目、勝てないわね)
エクシアは距離を保ちながら、考える。そして撤退を選んだ。その瞬間を、モルドレットは見逃さない。
見えない存在によって、唐突にエクシアの腕が吹き飛ばされる。続いて強烈な衝撃が連続して、吹き飛ばされる。
「ぐはっ」
「生きているのか。やはり精神に依存するスタンド能力だからこそ、私ではオリジナルに遠く及ばないようだ」
モルドレットはゆっくりと近づく。
エクシアは死が近づくのを感じた。体はボロボロで、力が入らない。魔力量も大きく削られていた。
「終わりだ」
その言葉に、エクシアは睨みつけることで抵抗した。その瞬間、紫電が舞った。魔力で生み出した剣を携えた闇の王が、立ち塞がった。
モルドレットは言う。
「何者だ?」
「偽善者」
「なるほど。元ネタがあるタイプではなく、自らの理想こそに憧れたタイプか。そういうのは厄介だった。今まで殺してきたやつらの中で、そういう求道タイプは面倒だ。だから私は、これを贈ろう」
モルドレットは懐から巨大な布を取り出して、布と地面で自分を挟んだ。瞬間、モルドレットは消失し、同時に巨大なモンスターが現れた。
「これは……!?」
「立て、エクシア。傷はもう無いはずだ」
「いつの間に」
ラスティはエクシアの傷を修復して、目の前のモンスターに備える。
「音響轟竜ティーレックス……面白い相手だ」
ティーレックスの叫ぶ。轟音が響いて、周囲を破壊した。
◆
ミッドガル総合学園の近く、中央広場は夜の最も賑やかな時間帯だった。
祭りの日だった。
漆黒に色に染まる空の下、石畳の道には露店がびっしりと並び、焼き肉の香ばしい匂い、果物の甘い香り、パン屋の焼きたての匂いが混じり合っている。
子供たちがを追いかけ、恋人たちが手を繋いで歩き、衛兵たちがのんびりと巡回している。馬車の車輪が石畳を叩く軽快な音、商人たちの呼び声、噴水の水音。
すべてが平和な日常だった。
それが、一瞬で崩れ去った。
ドオオオオオオオン。
地底から響く重低音。最初は誰も気づかなかった。だが振動は次第に強くなり、地面が波打つように揺れ始めた。
露店の鍋がガタガタと鳴り、馬が嘶いて暴れ出す。
「地震か!?」
「何だ、これは……?」
広場の中央、ロイヤルダークソサエティの隠し拠点である古い石碑が、まるで生き物のように脈動し始めた。石碑の表面に無数のひび割れが走り、黒い霧が噴き出す。次の瞬間、石碑が内側から爆発した。
「うわあああ!!」
瓦礫が四方に飛び散り、石畳が円形に吹き飛ぶ。煙と土埃の中から、ゆっくりと姿を現したのは——ティーレックス。
音響轟竜。全長二十メートルを優に超える、青と黒の縞模様が鮮烈な古代飛竜の絶滅種。
月の光を浴びて金属的に輝く青い縞は、生きているような躍動感を放っている。発達しすぎた顎は岩を一噛みで砕けそうなほど巨大で、鋭い牙が無数に並ぶ。
強靭な後脚は地面を抉り、筋肉が波打つたびに鱗が擦れ合う乾いた音が響く。
市民たちは最初、息を飲んで立ち尽くした。誰もが信じられない光景に目を奪われ、動けない。そして、ティーレックスがゆっくりと首を振り、黄金の縦長の瞳で広場を見渡した瞬間。
ゴオオオオオオオオオオオオン!!! 大鳴き袋が膨張し、丈夫な声帯が震える。放たれた咆哮は目に見える衝撃波となって広場全体を薙ぎ払った。石畳が一メートル以上持ち上がり、粉々に砕け散る。噴水の水柱が逆方向に吹き飛び、近くの建物の窓ガラスがすべて内側へ割れる。
露店の屋台が根こそぎひっくり返り、果物やパン、鍋が宙を舞う。逃げ遅れた市民十数人が、紙のように吹き飛ばされ、壁や柱に激突して血を吐いた。
子供の泣き声、母親の絶叫、馬の嘶きが重なり合い、広場は一瞬で地獄絵図と化した。その惨劇のまさに中心に、黒い影が静かに降り立つ。
黒いロングコートが風を切り、ラスティ。
ヴェスパー。その左隣に、プラチナブロンドの長髪が靡くエルフの美女が、音もなく着地する。
黒い魔力ボディスーツが完璧な曲線を浮き彫りにし、銀の装飾が夕陽を浴びて妖しく輝く。
「音が武器……音も武器、か」
エクシアだ。彼女のサファイアブルーの瞳は冷静さを保ちつつ、わずかに興奮を帯びていた。エクシアが静かに、しかしはっきりと告げた。
「この大きさと破壊力……かなり被害が出るわ。迅速に処理しないと」
ラスティは言う。黄金の瞳がティーレックスを真正面から捉え、芸術作品を鑑賞するように細部まで眺めやる。
「見事だな。青い縞の輝き、発達した顎、咆哮の威力……完璧だ。エクシア、全力でやる。芸術を刻む時だ」
ティーレックスが二人を明確に敵と認識した。青い縞の外殻がわずかに震え、怒りで血管が浮き上がり始める。
首を低く下げ、後脚で地面を強く蹴る。時速五十キロを超える突進。石畳が次々と跳ね上がり、地面が深い溝を描いて抉れていく。
巨大な顎が大きく開き、鋭い牙が夕陽に赤く濡れて光る。風を切り裂く音、地面を震わせる足音、すべてが死の予告だった。
「前へ出るわ」
エクシアが一歩前に出る。金色の髪が優雅に揺れ、魔力の剣が紫電のように抜かれた。
「はっ!」
剣が弧を描き、ティーレックスの突進路を横から正確に捉える。刃が青い外殻を切り裂き、鱗が無数に飛び散る。
鮮血が弧を描いて噴き出し、地面に赤い花を咲かせる。切断された筋肉がぴくりと痙攣し、血の匂いが一気に広がった。だがティーレックスは怯まない。
前脚の爪を地面に深く突き立て、巨体を軋ませながら急停止。爪を軸に身体を百八十度翻し、エクシアに向き直る。その動きは異常なまでに速く、普通の人間なら残像すら捉えられない。
エクシアのサファイアブルーの瞳がわずかに細まる。
「速いな。しかし想定内だ」
ラスティの声が静かに、しかし確実に重なる。彼の魔力の剣が黒い鞭のように伸びる。剣身が自在に変形し、ティーレックスの側面を連続で薙ぎ払う。
黒い剣閃が五度、六度、七度と閃き、青い縞が次々と削ぎ落とされる。肉が裂け、骨が覗き、血が雨のように降り注ぐ。
ティーレックスが苦痛の咆哮を上げ、尾を振り回して反撃を試みるが、ラスティは軽やかにそれを避ける。興奮が頂点に達し、ティーレックスの身体が変化する。
頭部、四肢、尾の末端を中心に血管が拡張し、赤い模様が波打つように浮かび上がる。
「本気になったか」
暴走状態。外殻がわずかに軟化し、代わりに動きがさらに加速する。再び咆哮。今度の衝撃波はより強烈で、広場の外縁にある建物の屋根瓦が一斉に吹き飛び、逃げ惑う市民たちが地面に這いつくばる。
「守るべきものが多くあり、敵は単純明快に暴れている。全く、厳しい状況だ」
血の匂いと瓦礫の粉塵が混じり合い、空気が重くなる。しかしラスティとエクシアは微動だにしない。二人の周囲に紫とプラチナの魔力が渦巻き、衝撃波を完全に相殺する。エクシアの長髪がわずかに揺れるだけだ。
ラスティが静かに告げる。
「エクシア、連携だ。市民を傷つける前に終わらせる。合わせろ」
「了解」
二人が同時に動いた。エクシアが軽やかに高く跳躍する。魔力ボディスーツが魔力を纏って輝き、金色の髪が舞う。彼女はティーレックスの背後へ、完全な死角へ回り込む。着地の音すら立てない。
一方、ラスティは正面から真正面に立つ。ティーレックスが最大加速の突進を仕掛けてくる。
地面が震え、石畳が波打つほどの威力だ。巨大な顎が開き、最後の噛みつきを狙う。ラスティは剣を構えず、ただ右手を前に差し出す。
「はあぁっ!!」
その手から紫の魔力が爆発的に放出される。ティーレックスの巨体を正面から受け止め、押し返す。轟竜の爪が石畳を深く抉り、火花が散り、地面が放射状にひび割れる。だがラスティは一ミリも退かない。
瞳が静かに、確実に輝いている。コートが風を切り、まるで闇そのものが実体化したようだ。同時、背後からエクシアの攻撃が炸裂する。
「切り裂け!!」
黒曜色の魔力剣がティーレックスの首筋を正確に貫く。刃が外殻を突き破り、筋肉を裂き、頸椎にまで達する。
血が噴水のように噴き出し、ティーレックスが苦悶の咆哮を上げて暴れ回る。尾が鞭のように振るわれ、近くの建物の柱が折れ、瓦礫が降り注ぐ。
ティーレックスが最後の力を振り絞り、強靭な後脚で高く跳躍。
飛膜を広げて滑空し、上空から二人を避けようとする。青い縞の巨体が広場の上空を覆い、巨大な影が落ちる。血が雨のように降り注ぎ、地面を赤く染める。だがラスティはそれを許さない。
「逃がすか……無駄だ」
魔力の剣が無数に分裂し、黒い槍の雨となって四方八方から襲いかかる。空中でティーレックスの翼膜が引き裂かれ、側腹が貫かれ、尾が千切れ、血がさらに激しく降り注ぐ。
ティーレックスが咆哮を上げながら広場に着地。傷だらけの身体で、なおもラスティに突進する。顎が大きく開き、最後の噛みつきを狙う。赤い血管が脈打ち、目は完全に狂気に染まっている。
ラスティの瞳が黄金に最大限に輝き、両手をゆっくりと広げた。
ラスティの魔力が凝縮し、広場全体を覆うほどの光が爆発する。空気が歪み、地面が震え、市民たちが息を飲む。瓦礫が浮き上がり、血の匂いが一瞬で消し飛ぶほどの圧倒的な魔力の奔流。
「魔力変形・高圧圧縮指向性斬撃」
一瞬の静寂。そして轟音。ティーレックスの巨体が内側から砕け散った。外殻が粉々に飛び散り、骨が折れ、筋肉が千切れ、血肉が四方に飛び散る。青い縞の残骸が広場に崩れ落ち、赤黒い血溜まりが広がる。
無残な屍は、巨大な肉塊のように地面に沈み、ぴくりとも動かなくなった。静寂が訪れた。風だけが吹き抜け、血の匂いが広がる。
夕陽が赤く染まった広場に、ティーレックスの残骸が不気味に映える。逃げ遅れた市民たちが、遠くから息を飲んで見つめた。
倒れていた人々がゆっくりと起き上がり、信じられないという顔で二人を見上げた。子供が母親の服を握りしめ、衛兵たちが呆然と立ち尽くす。
エクシアがラスティの隣に立ち、静かに、誇らしげに微笑んだ。金色の髪がわずかに揺れ、魔力ボディスーツに血が一滴ついている。
「完璧ね、ラスティ。負傷者はいるけど、死亡者は出ていない」
「ああ、そういう風に戦った」
ラスティはコートを優雅に翻し、闇に溶けていく。
瞳が最後に満足げに細まる。
「まだまだ理想には程遠いが……悪くない結末だ」
二人の姿が完全に消える頃、広場にはただ、ティーレックスの残虐な遺骸と、救われた市民たちの驚愕と感謝、そして畏怖の視線だけが残っていた。やがて、誰かが小さく呟いた。
「英雄」
その言葉は、風に乗って首都中に広がっていった。
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