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22:母の愛

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その日は大層に騒がしく、慌ただしい時間となった。

プロンベルト侯をもてなすパーティーの裏で、ジョレアン公爵が反逆罪で捕まり、王太子が断罪劇を繰り広げ、そして王妃が倒れたのだ。

報告を受けた国王は、それを表には出さずに何事もないようにパーティーを続けさせた。

国王が退場してもほどほどの時間までパーティーは続いた。


「ディア、気がついたか」

クラウディアが目をさますと、なぜか自分の寝室のベッドの上にいた。

側にはアルフレッドと宮廷医がいた。先程まで、クロードの部屋にいたはずなのにと痛む頭を持ち上げる。

「王妃陛下、おめでとうございます。ご懐妊です」

宮廷医の言葉に喜ぶこともなく、クラウディアは気になっていたことを口にする。

「パーティーはどうなりましたか? 私は王太子の部屋にいたはずですが」

「覚えていないのか? クロードの前で倒れたのだ」

宮廷医が一歩後ろから診断し、その結果を述べた。

「心労がたたったのでしょう。過度なストレスは流産の恐れもあります。また王妃陛下のお体は度重なる出産と流産で大変脆くなっておいでですので、かならず安静になさってください」

宮廷医は言いたいことだけ言うとアルフレッドによってさがらされた。

「パーティーはつつがなく終わった。目下の急務であるジョレアン公爵の問題も迅速に処理されている」

「それはよかったです」

彼女が心血を注ぎ準備したパーティーを潰すわけにもいかず、アルフレッドは駆けつけたい衝動を堪えたのだ。

「まずは体を休めてくれ。その後でゆっくりと話し合おう。王と王妃とではなく、家族として。クロードの件は任せてほしい」

アルフレッドが見つめてくる瞳はかつてに戻ったようだった。初めてこの国に降り立ったクラウディアを見つめたあの瞳だ。

いや、もしかしたら昔から変わらなかったのかも知れない。静かに熱を帯びたもの。

「わかりました」

クラウディアは国王としてのアルフレッドを信頼していた。だから一つ返事をした。

そしてちゃんと産まれてくるかもわからない子どもを宿した自分の腹部を撫でた。



「父上、母上の容態は」

クラウディアの部屋から出てきたアルフレッドをむかえたのはクロードであった。

目の前で母親が血を流して倒れたのだから、いくら憎く思っていても心配するだろう。彼は心根の優しい子だから。

「心配ない。それより話がある。場所を写そうか」

クロードは何を言われるか覚悟をしてアルフレッドの後に続いた。

パーティーも終わった夜更けに、執務室ではなく王の私室へと通された。

言われるがままにソファに腰をかけると、ブランデーの入ったグラスを差し出された。

「ディアに散々叱られただろう。自分の犯した過ちは理解しているな」

アルフレッドは諭すような優しい口調でそう言った。

もっと烈火の如く叱られるのだと覚悟をしていたクロードにとって少し衝撃だった。

「はい。国を代表する者として欠いた行動をしました。いかなる処罰でも甘んじて受けるつもりです」

クラウディアが倒れてから、頭が冷えたように自分の幼稚な行動を自省した。

プロンベルト侯の歓待という国の重大な場で、私的な欲にくらみ断罪だと正義感に浸った行動をした。

「ジョレアン公爵の捕縛もセリーヌ嬢との婚約破棄も王妃とともに話は進めていたのだ。そう競らずとも願いは叶っただろう」

アルフレッドに公爵の不正の証拠を提示した時に婚約破棄は認められていた。だが、何故かあの時でなければならないと思ってしまったのだ。

「アンナ嬢の件に関しては、立場を考えなければならない。彼女を否定するつもりはないが、彼女を王太子妃にむかえることはゆるされない」

「……」

「なにも側に置くなと言っているわけではない。アンナ嬢と関係をもっていてもディアは黙って見過ごしている。お前の想いは否定していない。融通をきかせなさい」

クロードも頭ではわかっているのだ。

政略結婚とはそういうものだということも、それを受け入れなければいけない立場であることも。

「継承権を破棄してまで添い遂げたいと願うならば、それでもかまわない。本来は一つしかない選択肢を二つに増やしたのだ。冷静になって後悔のないほうを選びなさい」

本来ならば有無を言わさずに、アンナと引き離し王太子として政略結婚をするところを、クラウディアによって自由となる選択肢を与えられたのだ。

「お咎めはないのですか?」

「罰がほしいなら暫く謹慎としなさい。とは言ってもこの宮殿は広いな」

アルフレッドは苦笑した。

常によりそってくれる優しい父親の顔がそこにはあった。

「母上は……俺を愛していないのでしょうか」

クロードは思っていることを口にした。

「その頬、ディアがやったのか?」

赤くなった頬をさしてきかれて、頷いた。

誰かに叩かれたことなど初めてで、しかも母親であったことからとても混乱した。

「誰かに手をあげる彼女など見たこともない。きっと後にも先にもこれだけだろう」

アルフレッドが何を言いたいのかわからずに乾く瞳で見つめる。

「愛情の反対は無関心だ。愛していない、ましてや嫌っている相手にディアはそのようなことをしない。オートゥイユ夫人がよい例だ」

クラウディアがオートゥイユ夫人を嫌っているということを初めて知った。何もないように振る舞っていたから相手にもしていないのだと思っていた。

「嫌いな相手に感情を割くことをせず、いかに利用して切り捨てるかを考えている。チェスの駒のように。彼女は存外冷酷な人だ。それこそ純然たる王族として。だがクロード、お前は駒である前に息子だ。だからこそ、感情を向ける」

「ですが、母上はいつも俺のすることに無関心でした」

「それは俺のせいだろう。無関心であろうとしたのだろう、憎しみをむけないように」

ますます言葉の意味が理解できなくなった。なぜ、父のせいで憎まれているのか。

「お前が産まれた時の話だよ」

アルフレッドはブランデーで口を潤してから昔話を始めた。

それは、クロードを産んだ時は酷く難産であったこと。その時に愚かしい策略にはまり、オートゥイユ夫人と関係をもったこと。産褥で病床に臥せっていたクラウディアからクロードを取り上げたこと。すべてが起因したのだろう。クラウディアは産後に精神病を患った。

嫌悪感や憎しみは身近なアルフレッドとクロードに向いた。だが理性が彼女を踏みとどまらせ、子どもによくないことをしないようにと、距離をとったのだ。

「愛していないわけではない。そうでなければ叱ったりもしなかっただろう」

きっと何も言わずに、廃嫡して王宮から追い出されていただろう。

「期待していたのだろう。お前はディアに似ている」

アルフレッドは部屋にある一枚の肖像画をさして言った。

絵には楽しげに犬と戯れる愛らしいブロンドに青い瞳の少女がいた。この場を飾るには少し不釣り合いではあった。

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