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23:アルフレッドの回顧

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アルフレッドが初めて自分の婚約者を見たときから一目で惹かれた。

楽しげに笑っている姿が天使のように愛らしかった。ただの絵に描かれた少女に恋をしたのだ。

時間が経つにつれて募る想いを抱きながら、やっとクラウディアの輿入れとなった。

絵ではない本物のクラウディアはさらに美しく成長をして馬車からおりたった。

「初めまして、クラウディア王女殿下」

噛まないように、カッコ悪くないように、情けないことを考えながら挨拶をした。

「ごきげんうるわしゅう、アルフレッド王太子殿下」

流暢にフレシミアの言葉で挨拶をした。

その毅然とした姿がまた違う美しさを感じさせた。だが同時に、どこか不安げに揺れる瞳もあった。

祖国を去り見知らぬ土地に嫁いできたのだから当然だろう。

その不安を取り除き、肖像画のような楽しげな笑みを引き出せるように様々な会話をした。

好きな食べ物、音楽の話、得意なこと、彼女のことを知ろうとしたし、自分のことも知ってほしいと思った。

彼女の祖国の言葉を学び、拙い言葉で話したりもした。「シャッツ」と呼べば照れたような表情をした。

「モンソレイユ、遠乗りに行きましょう」

好きなことは乗馬だと教えれば、クラウディアはともに乗馬を楽しんでくれた。

「君の誘いなら喜んで」

ともに馬を走らせ、草原で型にはまらないダンスを踊り、青い草の上で寝転がって互いに笑いあった。

故郷をおもって寂しくないようにと、彼女の祖国であるルミランダの様式ガゼボを用意し、よく二人で時間を過ごした。

クラウディアは子どもができないことに不安を抱えていたが、二人の時間はまだ長いのだからと慰めた。

三年がたってようやくクラウディアは懐妊した。

それは天に登るほど嬉しかった。

「ディア! よくやった。ありがとう」

「アル。私たちの子です。ここに私たちの子がいるのです」

まだ大きくなっていないお腹をさして言ったクラウディアは嬉しそうに言った姿は少女のようで愛らしかった。

幸せの絶頂期だった。まさに有頂天だ。

だからこそ不穏な動きに気づけなかったのかもしれない。

「名前はクロードにしよう。きっと君に似た愛らしい子だ」

「まだ男の子だと決まったわけでもないのに気がはやいですわ。女の子ならアデライドにしましょう。貴方に似た優しい子になりますわ」

クラウディアの大きなお腹に触れながら話した内容を今でも覚えている。

その言葉が今では彼女を苦しめる呪いになってしまった。

もし、産まれてきたクロードがアルフレッドに似ていたならば、愛していたのだろうか。


クラウディアが産気づいたときき駆けつけた。だが難産であり、見ていることが辛くなるほどであった。

付きっきりで側にいた当時の王妃である母が休むようにと、一杯の茶を渡して寝室へと誘った。

その茶を飲むのではなかった。いや、あの部屋に行くべきではなかった。

立ち込める煙と甘い匂いと薄暗い空間に一人の女がいた。

鈍くなったアルフレッドの頭は情報を処理せず、女にされるまま用意されたベッドへと登った。

その後の記憶は曖昧だった。

ただ用意されたかのようにタイミングよく人がやってきて目撃者となり、噂は瞬く間に広がった。

「ディアと子どもは!」

意識がはっきりすると、抱いた女の顔も見ずに飛び出した。

最後にみた彼女の姿は苦しそうなものだった。

「殿下、おめでとうございます。男の子でございます」

ナニーの手に抱かれた小さな命は愛らしく真っ白なものであった。

そんな子に自分が触れてもいいものなのかと罪悪感がひしめく。

「あー」

アルフレッドに手を伸ばして笑った。その姿が肖像画でみたクラウディアに重なって、どこかゆるされた気になった。

恐る恐る抱き上げるとこちらを認識するように楽しげな声をあげた。

「お前の名はクロードだ。お前の母と同じ意をもつ、由緒ある氏族の名だ」

意味は理解していないだろうが、知的な顔で「あーう」と答えた。

「クラウディアは、王太子妃はどうしている」

ナニーにクロードを預けると、侍従は重々しく口を開いた。

「妃殿下は難産のため未だに意識を取り戻しておりません」

「何だと! 医師はどこだ。必ずディアを助けろ」

クラウディアの部屋と向かい、入ろうとするとリゼットがその扉をふさいだ。

「殿下、そのような格好で入ろうというのですか」

敵意に満ちた視線に、自分の姿が乱れていることに気づいた。

あの部屋から慌てて出たのだ。情事の名残が微かに残る姿をクラウディアにさらすわけにはいかなかった。

そうして体を清め着替えを済ませて、再びクラウディアのもとへと急ぐ。

リゼットの刺すような視線を受けながらもクラウディアを見舞うことがゆるされた。

そこには熱にうなされ苦しそうなクラウディアの姿があった。

「妃殿下は生死を彷徨いながらも懸命に王子殿下をお産みになったのですよ」

恨みがましくリゼットが言ったが、彼女の気持ちがわからないわけがない。

こんなに苦しむクラウディアをおいて自分は何をしていたのだろうか。なんと愚かな裏切りだ。

「シャルモン伯爵、あの女と目撃した男を捕らえろ。それと部屋にある香や母上がくれた飲み物も調査してくれ」

リゼットの夫であるシャルモン伯爵に命じた。

「明らかにあの時は正常ではなかった。すべてが何者かの手によって用意されたようだった。名も知らない女に、都合よく現れた使用人は何かを知っているはずだ」

「殿下は薬を盛られたと」

「そうだ。考えたくはないが母上がな」

リゼットは疑うような視線を未だにおくるが、夫のシャルモン伯爵はアルフレッドの命令にしたがった。


調査の結果は予想した通りのものであった。

「母上! なぜこのようなことをなさったよですか!!」

優雅にティータイムをすごす王妃に向かって怒声をあげた。

「なんのことです?」

「とぼけないでください。あの卑しい女を仕掛けたのも俺に薬を盛ったのも貴女だということはわかっているんです。なぜそのようなことを。ディアとの関係は国同士の関係に関わるのですよ!」

王妃はそんなことかとあきれたように嗤った。

「彼女は純然たる王族です。愛妾ぐらい許容するでしょう。自分の役割をいやというほど理解している女なのですから」

王妃はどこか忌々しげに言った。

「なぜと聞きましたね。単に気に入らないからですよ。政略結婚でこの国に嫁いできたのに、幸せそうで。陛下のおぼえもよい」

あれほど愛想よく嫁を可愛がっていたように見えたのに、それはただのみせかけでしかなかったのだ。

王妃は国王の三番目の妃だった。

一人目の王妃は病気で死に、二人目は出産の時に亡くなった。

母は年の離れた王の妃として嫁ぎ、ただ後継者を産む者として扱われた。そこに愛情はなく、王は多くの公妾や愛妾を囲んでいた。

「たんなる逆恨みじゃないか」

自分が得られなかった理想を得たクラウディアが憎かったのだろう。

「そうかもしれませんね。ですが、これだけは言えますよ。彼女はカトリーヌのことを愛妾にするよう言うでしょう。貴方がどう取り繕おうと。そういう運命なのですから」

王妃は不気味に嗤った。

そんなはずはないと思ったのに、クラウディアは王妃が言ったように愛妾にむかえるようにと言った。

そして明らかに一線をひいた。

オートゥイユ夫人が懐妊すると他人行儀に祝辞を述べた。

「王太子殿下、お祝い申し上げます」

敬称でしか呼ばなくなり、笑みも仮面を張り付けたようなものになった。

あの一目惚れした、くしゃりと崩れた愛らしい笑みを見なくなった。

「どうなさったのですか? 慶事ではありませんか」

「そうではない。君が言うからオートゥイユ夫人を宮殿にむかえたのだ。関係をもったのも一度だけだ」

情けなく言い訳を述べてすがり付くかのようだ。それでも誤解がとけるならばと言葉をつむいだ。

「どうか、そのまま関係を続けてください。未だに私の身体は回復しておらず、殿下の夜のお相手には不十分です。必要なら他の愛妾をお迎えになるのでもかまいません」

返ってきた言葉は拒絶を表すようだった。

もはや、彼女は王族としての義務感だけでアルフレッドの側にいた。

結局は王妃のおもい望んだ歪な政略結婚の形になった。

これで満足かと実母を恨んだ。

全てを滅茶苦茶にした母とオートゥイユ夫人、そして産まれてきた自分にそっくりな男の子を憎んだ。

父王が死に、王位が回ってくると早々に母を追い出した。それに対して母はどこか憑き物が落ちたような顔をして王宮を出て行った。

そして問題はオートゥイユ夫人とその子どもだった。

あろうことか、クラウディアは二人目をお腹に抱えながら、テオドールと名付けられた子どもに手をさしのべたのだ。憎くて仕方がない女の子どもを養育すると言ったのだ。

だがテオドールは悪魔の子であった。


二人目の子どもは女の子だった。

約束したように名前をアデライドと名付けた。

だが幼い命はわずか数年でこの世を去った。その時のクラウディアの悲し様は目も当てられなかった。

三人目は流産となり、四人目も夭逝した。

すべてテオドールがクラウディアの側にいた時だった。それに彼女のを見つめるテオドールの瞳が気に入らなかった。

はやくそいつを追い出したくて、爵位と役職をやって王宮から出した。

そうして無事にレティシアを出産し、元気に育ち、ジルベールも産まれたのだ。

そして今、あらたな命が宿ったと教えられた。

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