3 / 13
3 : 羊飼いの少年
しおりを挟む
アメデアは片田舎の羊飼いの息子として生まれた。
誇れるものは豊かで美しい自然と悠々とした時間ぐらいのものだったのが、そこに美しい羊飼いの少年が加わった。
アメデアは信仰心が強かったわけではないが、まわりと変わらず神話を読み聞かされ、時おり片田舎にある小さな神殿へと祈りを捧げた。
アメデアが生まれた地域の守護神はリュアオス神である。豊穣や医術などの様々な権能を持ち、原初の神であるユピタとアーテルの子供であり、暁の明星を司る。宵の明星を司るヘリコルス神の双子の兄弟だ。
信仰は広い地域におよび、多くの人気がある。
アメデアは片田舎の凡庸な羊飼いとして生きることを当然だと思い過ごしていた。
しかし運命的な出会いによって、凡庸な人生は終わったのだ。
ある日、散歩を終えた羊たちを小屋に戻すと、牧羊犬が森に向かって吠え始めた。
「父さん、ルディが森に何かあるって。羊が取り残されたかもしれないから、数を確認してて。僕はルディを追いかけるから」
普段はおとなしい牧羊犬のルディが急に吠えて走り出したので何かあったのかもしれないと思い追いかけた。
「ルディ、どこだい?」
もうすぐ日が暮れるのか、森のなかは少し暗く昼間のものと雰囲気が異なっていた。
ルディをはやくみつけて帰ろうと、少し怯えていると、近くで鳴き声が聞こえた。
「ルディ、こんなところにいたんだね」
黒と白の毛を見つけてかけよると、ルディの側には見たこともない青年が座っていた。
まぶしい金髪に少し憂いをおびた瞳はこんな田舎じゃそうそうみない。身なりからも、ただようオーラからもただ者ではないのがわかる。
「あの、どうしたんですか?」
すこし屈み、青年を見た。
不思議な青年は、その整った顔の片側に殴られたあとがあった。気になって思わず声をかけてしまった。
すると青年は、顔をあげてアメデアを見たあと目を大きく見開いた。そして幸せそうに笑った。
「ああ、会いたかった。そなたはなんと美しい」
突然そのようなことを言われ、抱きつかれてアメデアは困惑した。
アメデアはその整った容赦から、男女問わずから言い寄られることはよくあった。本人は恋愛というものがよくわからず、その全てを断っていた。
青年の言葉は聞きなれたはずの言葉であったはずなのに、その流麗な声音と優しい体温に心臓がはねた。
「あ、あの」
「すまない、嬉しくてな。俺はリュアオス」
青年はアメデアを腕の中から解放して、おそれおおくも神の名をなのった。
本来ならば咎められてもおかしくはない。
しかし、その堂々とした振る舞いとその存在感は神だといわれても信じてしまいそうだ。
アメデアは、そんなことよりも先程まで俯いて憂鬱げな表情をしていたのに、表情を一変させたことがおもしろかった。
「ふふふ。それで、リュアオスさまはこんなところでうずくまってどうされたのですか?」
「兄弟喧嘩というやつをした。この頬はヘリコルスに殴られたのだ」
本当に神さまのように話す姿がなんだか愉快でアメデアは、もうすこしリュアオスと話をしたいと思った。
「それは大変でしたね。僕には兄弟がいないのでよくわかりませんが」
「知っておる。だが、もうじきできるだろう」
村でも見たこともないない人がなぜ知っているのか不審におもうが、彼ならば何でも知っていそうだとも漠然とおもってしまう。
なんだか予言のようなことも言われて、不思議な人だとおもしろく思った。
「その頬、痛むでしょう。ちょっと待っててください、近くに川があるんです」
リュアオスの肩頬にある打撲傷は、兄弟喧嘩の結果なのだろう。
そのような傷をおったことがないので、どれほど痛いのかはわからない。ころんだだけでも痛いのだから、きっと痛いにちがいない。
近くの川で持っていた布を濡らして患部にあてれば幾ばくかはましになるだろう。
「……?」
立ち去ろうとしたとき、リュアオスはアメデアを腕を掴んだ。
「一緒に行きますか? 森も薄暗くなってきて心細いでしょうし」
「そうしよう」
アメデアが、リュアオスの浮かない表情を一人で残される不安だと解釈した。
リュアオスはただアメデアと離れがたいだけだったのだが、都合のいい解釈を正す必要性もなく手をつないで森を歩いた。
アメデアはお人好しであった。
それは見ず知らずのリュアオスを助けたことにはじまらない。
誰にでも愛想よく笑いかけ、彼の慈愛は道端の花にまでそそがれる。それによって彼をめぐる色恋沙汰が絶えないのだが、当の本人は知らない。
少し歩いたところに小川がある。
澄んで美しい川沿いには小さな黄色い花が咲いている。
リュアオスの手をはなして川辺にしゃがむ。
森に流れる水は綺麗で冷たい。
ハンカチを浸すとひんやりとした心地よさと穏やかな水流が指をからめる。
「これで少しはましになるといいんですが」
少し腫れた頬にハンカチをあてる。
リュアオスはハンカチを自分でおさえようとはせず、じっとアメデアを見つめてくる。目があってもそらすこともしないので、なんとなく気まずい。
「あ、あの、もうじき日も暮れて森はもっと暗くなるので危ないですよ。この道をまっすぐ行けば村にでますよ。帰れますか?」
道がわかるかとか、一人で大丈夫かという心配ではなく、家に帰っても大丈夫かという心配だ。
話によれば兄弟喧嘩をしているらしい。それなら家に帰りづらいので、ここにいたのではないだろうか。
「問題ない」
「それならよかった。はやくお兄さんと仲直りできるといいですね」
そういうとリュアオスは少し驚いたような嬉しそうな顔をした。
宵の明星神ヘリコルスが兄で、暁の明星神リュアオスが弟だ。兄弟はとても仲がよく、互いを鏡のような存在と思っている。それは誰もが知る常識だ。
この時はまだ、リュアオスが本物のリュアオス神であることをあまり信じていなかった。ただ、彼の面白い冗談をうけて、そう返したのだ。
「また、会えるか?」
「ええ、もちろん。僕はあそこで羊を飼っているんです。森にもよく来ますよ」
「知っている。すぐ会いに行く、忘れずに待っていろ、アメデア」
リュアオスはそういうと、やっと自分で頬にあてたハンカチをおさえて去っていった。
なんだか不思議な出会いに恍惚とさえしたが、ルディがとなりでクゥーンと鳴いたので我にかえる。
「僕、あの人に名前を教えたっけ?」
ルディに話しかけたが、後ろからアメデアを押してはやく帰ろうと催促しかしない。
家に戻ると、羊の数は問題ないと父にいわれた。森に人がいたからそれを知らせてくれたんだろうと、先程あった不思議な人の話を父母にした。
誇れるものは豊かで美しい自然と悠々とした時間ぐらいのものだったのが、そこに美しい羊飼いの少年が加わった。
アメデアは信仰心が強かったわけではないが、まわりと変わらず神話を読み聞かされ、時おり片田舎にある小さな神殿へと祈りを捧げた。
アメデアが生まれた地域の守護神はリュアオス神である。豊穣や医術などの様々な権能を持ち、原初の神であるユピタとアーテルの子供であり、暁の明星を司る。宵の明星を司るヘリコルス神の双子の兄弟だ。
信仰は広い地域におよび、多くの人気がある。
アメデアは片田舎の凡庸な羊飼いとして生きることを当然だと思い過ごしていた。
しかし運命的な出会いによって、凡庸な人生は終わったのだ。
ある日、散歩を終えた羊たちを小屋に戻すと、牧羊犬が森に向かって吠え始めた。
「父さん、ルディが森に何かあるって。羊が取り残されたかもしれないから、数を確認してて。僕はルディを追いかけるから」
普段はおとなしい牧羊犬のルディが急に吠えて走り出したので何かあったのかもしれないと思い追いかけた。
「ルディ、どこだい?」
もうすぐ日が暮れるのか、森のなかは少し暗く昼間のものと雰囲気が異なっていた。
ルディをはやくみつけて帰ろうと、少し怯えていると、近くで鳴き声が聞こえた。
「ルディ、こんなところにいたんだね」
黒と白の毛を見つけてかけよると、ルディの側には見たこともない青年が座っていた。
まぶしい金髪に少し憂いをおびた瞳はこんな田舎じゃそうそうみない。身なりからも、ただようオーラからもただ者ではないのがわかる。
「あの、どうしたんですか?」
すこし屈み、青年を見た。
不思議な青年は、その整った顔の片側に殴られたあとがあった。気になって思わず声をかけてしまった。
すると青年は、顔をあげてアメデアを見たあと目を大きく見開いた。そして幸せそうに笑った。
「ああ、会いたかった。そなたはなんと美しい」
突然そのようなことを言われ、抱きつかれてアメデアは困惑した。
アメデアはその整った容赦から、男女問わずから言い寄られることはよくあった。本人は恋愛というものがよくわからず、その全てを断っていた。
青年の言葉は聞きなれたはずの言葉であったはずなのに、その流麗な声音と優しい体温に心臓がはねた。
「あ、あの」
「すまない、嬉しくてな。俺はリュアオス」
青年はアメデアを腕の中から解放して、おそれおおくも神の名をなのった。
本来ならば咎められてもおかしくはない。
しかし、その堂々とした振る舞いとその存在感は神だといわれても信じてしまいそうだ。
アメデアは、そんなことよりも先程まで俯いて憂鬱げな表情をしていたのに、表情を一変させたことがおもしろかった。
「ふふふ。それで、リュアオスさまはこんなところでうずくまってどうされたのですか?」
「兄弟喧嘩というやつをした。この頬はヘリコルスに殴られたのだ」
本当に神さまのように話す姿がなんだか愉快でアメデアは、もうすこしリュアオスと話をしたいと思った。
「それは大変でしたね。僕には兄弟がいないのでよくわかりませんが」
「知っておる。だが、もうじきできるだろう」
村でも見たこともないない人がなぜ知っているのか不審におもうが、彼ならば何でも知っていそうだとも漠然とおもってしまう。
なんだか予言のようなことも言われて、不思議な人だとおもしろく思った。
「その頬、痛むでしょう。ちょっと待っててください、近くに川があるんです」
リュアオスの肩頬にある打撲傷は、兄弟喧嘩の結果なのだろう。
そのような傷をおったことがないので、どれほど痛いのかはわからない。ころんだだけでも痛いのだから、きっと痛いにちがいない。
近くの川で持っていた布を濡らして患部にあてれば幾ばくかはましになるだろう。
「……?」
立ち去ろうとしたとき、リュアオスはアメデアを腕を掴んだ。
「一緒に行きますか? 森も薄暗くなってきて心細いでしょうし」
「そうしよう」
アメデアが、リュアオスの浮かない表情を一人で残される不安だと解釈した。
リュアオスはただアメデアと離れがたいだけだったのだが、都合のいい解釈を正す必要性もなく手をつないで森を歩いた。
アメデアはお人好しであった。
それは見ず知らずのリュアオスを助けたことにはじまらない。
誰にでも愛想よく笑いかけ、彼の慈愛は道端の花にまでそそがれる。それによって彼をめぐる色恋沙汰が絶えないのだが、当の本人は知らない。
少し歩いたところに小川がある。
澄んで美しい川沿いには小さな黄色い花が咲いている。
リュアオスの手をはなして川辺にしゃがむ。
森に流れる水は綺麗で冷たい。
ハンカチを浸すとひんやりとした心地よさと穏やかな水流が指をからめる。
「これで少しはましになるといいんですが」
少し腫れた頬にハンカチをあてる。
リュアオスはハンカチを自分でおさえようとはせず、じっとアメデアを見つめてくる。目があってもそらすこともしないので、なんとなく気まずい。
「あ、あの、もうじき日も暮れて森はもっと暗くなるので危ないですよ。この道をまっすぐ行けば村にでますよ。帰れますか?」
道がわかるかとか、一人で大丈夫かという心配ではなく、家に帰っても大丈夫かという心配だ。
話によれば兄弟喧嘩をしているらしい。それなら家に帰りづらいので、ここにいたのではないだろうか。
「問題ない」
「それならよかった。はやくお兄さんと仲直りできるといいですね」
そういうとリュアオスは少し驚いたような嬉しそうな顔をした。
宵の明星神ヘリコルスが兄で、暁の明星神リュアオスが弟だ。兄弟はとても仲がよく、互いを鏡のような存在と思っている。それは誰もが知る常識だ。
この時はまだ、リュアオスが本物のリュアオス神であることをあまり信じていなかった。ただ、彼の面白い冗談をうけて、そう返したのだ。
「また、会えるか?」
「ええ、もちろん。僕はあそこで羊を飼っているんです。森にもよく来ますよ」
「知っている。すぐ会いに行く、忘れずに待っていろ、アメデア」
リュアオスはそういうと、やっと自分で頬にあてたハンカチをおさえて去っていった。
なんだか不思議な出会いに恍惚とさえしたが、ルディがとなりでクゥーンと鳴いたので我にかえる。
「僕、あの人に名前を教えたっけ?」
ルディに話しかけたが、後ろからアメデアを押してはやく帰ろうと催促しかしない。
家に戻ると、羊の数は問題ないと父にいわれた。森に人がいたからそれを知らせてくれたんだろうと、先程あった不思議な人の話を父母にした。
51
あなたにおすすめの小説
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
愛人少年は王に寵愛される
時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。
僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。
初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。
そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。
僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。
そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。
被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。
かとらり。
BL
セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。
オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。
それは……重度の被虐趣味だ。
虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。
だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?
そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。
ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…
神官、触手育成の神託を受ける
彩月野生
BL
神官ルネリクスはある時、神託を受け、密かに触手と交わり快楽を貪るようになるが、傭兵上がりの屈強な将軍アロルフに見つかり、弱味を握られてしまい、彼と肉体関係を持つようになり、苦悩と悦楽の日々を過ごすようになる。
(誤字脱字報告不要)
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる