悪女の騎士

土岐ゆうば(金湯叶)

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24:婚約発表

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エカテ公爵令嬢のオリヴィアと王太子アルフレッドの婚約が発表されたが、その後数ヶ月もせずに破綻となった。奇しくも、レティシアが言ったジュリアという女によって。

「『王家と地方貴族との掛橋、パルモス伯のジュリア嬢』ですって。この女のどこがいいのかしら。うちの姫さまの方が、何百倍も美しくて有能なのに」

新聞の記事に文句をつけているのはアンだ。公爵が留守にしており、人も減った寂しい屋敷に少し騒がしい彼女の存在は少しありがたかった。

一ヶ月ほど前から公爵は隣国に所領しているタリロト領に出向いており不在だ。なんでも、彼らの母親が隣国の伯爵令嬢で、領土を継承できるのは彼女しかいなかったらしい。公爵夫人の死後は公爵が継承して、定期的にその領土に出向いている。公爵の身辺護衛をしている同僚によれば、そこで甘い話があったりなかったり。

「姫さまは何も思わないのですか! こんな記事を書かれて!」

新聞の一面にはジュリアと王太子の婚約と王家と地方貴族の和解が進んでいることが書かれている。一方で、二面にはヨーセアン公爵のこれまでの悪事と銘打って有ること無いこと書かれていた。

「うーん。アンが元気でいいなぁーって思ってたよ」

レティシアはどれほど騒がれようとも、穏やかな水面のようにゆったりとしていた。

それが解せないアンとは違い、俺は知っている。レティシアが俺に自分を殺させようとしていることを。

「ギル! あなたは私と一緒よね!」

「アンの気持ちはわかるが…なんというか、悪い意味でなれてしまった。事実ではないのだからいずれ静かになるさ」

いくらレティシアが死にたいと思っても俺がそうはさせない。何がなんでも守り抜いてやる。死にたいなんて言わせない。

全てが仕組まれたことであろうとも、俺の気持ちは誰の思惑も関係ないものだ。そして彼女から受けた恩恵も、俺が抱く気持ちも全てが事実で本物だ。

「そんなことより、私はダニーとどうなったか気になるわ。婚約するの?」

レティシアは年相応の少女のような無邪気さでアンに詰めよった。

「バティが……ええっと、アルバートが認めたんでしょ」

「かなりボコボコにされてましたけどね。情けないったらありゃしない」

そういいつつも、アンは少し嬉しそうだった。

先日、アンはジニーにプロポーズをされたらしい。勿論、そこには最大の壁であるアルバートが立ちはだかった。死闘の末に、父親としてジニーを認めたらしい。

俺の知っている男の保護者とはどうにもこうにも嫁に出すことを嫌がる傾向にあるらしい。それもかなり過激に。

「それじゃあ、アンはジニーと幸せにならなきゃね」

レティシアは自分のことのように嬉しそうに、少し羨ましそうに言った。

彼女にもこういった恋愛や大きな壁が立ちはだかっても乗り越える一途な愛といったロマンチックなものに憧れを抱いているようだ。

外はあいかわらず騒がしいが、彼女のまわりはそれを表に出さずに、この小さな空間だけでも平穏にいられるようにつとめた。

だが、小さな世界で守られていた安寧は慌てて現れた執事の言葉で崩れ去った。

「大変です! 王太子殿下の婚約者であるパルモス伯のジュリア嬢が何者かに毒を盛られたとのことで、その容疑者に姫さまがあげられています」

俺とアンは思わず立ち上がり、執事の方を見た。

顔を青くしている執事は嘘を言っているようには見えず、ことの深刻さにどう対処したらよいのかわからず、急いで報告に来たようだ。

「そう。ジュリアが、ね。あの子はまたその選択をしたのね」

レティシアも驚いた様子をみせたが、すでに予期していたのかすぐに落ち着きを取り戻した。

「アンは一先ず帰って。他の皆は、皇室騎士団が来ても抵抗せずに従って」

レティシアはすっと立ち上がると、チェストから小箱を取り出し、何やら準備を始めた。

「嫌です。姫さまを置いて帰りません」

アンは承服しかねるといった顔をしてレティシアの前に立つ。

そんなアンに微笑む顔は困ったように歪んでいた。

「いい、アン。これは単なる毒殺未遂の容疑じゃないわ。これを契機にヨーセアン公爵家を反逆罪でつるし上げるのが目的なの」

「なっ!? だって、姫さまは陛下の姪じゃないですか。反逆だなんて、おかしいです」アンの言葉は俺の思っていることを全て反映していた。

王家と公爵家の関係は良好であり、今まで王家は公爵家の力を頼りにしていた。一番の功臣であって逆臣ではなかった。

あの悪質な噂のせいなのだろうか。

「王家と地方領主の確執がジュリアという存在によって緩和された今、王家が最も煩わしく恐れているのは我が公爵家よ。王家よりも勝る財力と兵力そして発言力まであり、しかも継承権のある王族である。いつ自分と取て代わるかもしれない存在を野放しにはしないわ」

王家はヨーセアン公爵から受けた恩恵を仇でかえすというのか。

しかも、公爵が留守で屋敷も閑散としている時を狙う卑劣さだ。ここまでくると、ジュリアの毒殺というのも王家が謀ったのではないかと疑わしく思う。

「アンは子爵で貴族なのだから家のことを考えないと。飛び火しないように、目を閉じて、耳をふさぐのよ」

レティシアはこの理不尽な状況を受け入れている様子だった。

だが、俺もアンもここにいる使用人たちも到底受け入れられなかった。

「ガイ、屋敷にいるみんなに伝えて。もし尋問されるような事があれば、私の命令に従っただけで何も知らないと」

彼女が執事に向かって言った言葉を俺はゆるせず、レティシアの腕を取った。だが、彼女は俺の手に自分の手を重ねてそっと手をほどくだけで、ちらりともこちらを見なかった。

彼女は全てを背負って断頭台に立とうとしている。偽りの罪をかぶせられて。

「雇い主としてあなた達を守る責任があるの。下手に弁明なんてしないで、あちらが望むことを言うの。自身の、家族の安全を考えて」

レティシアは酷なことを言っている自覚はあるのだろうか。

今、彼女がいっているのは仕えている主人を裏切れと、主人自身がいっているのだ。そんな恐ろしいことをどうして表情を変えずにいえるのだろうか。

「もし、この国で困ったことがあれば、タリロト領に行けば、閣下が受け入れてくれるはずよ。大丈夫、閣下はあなた達を責めたりしないから」

言葉を託された執事は絶句していた。

誰も、自分が反逆の汚名を着ることや、主を売った不忠者と後ろ指をさされる事を危惧しているわけではない。

ただ、レティシア自身を心配しているのだ。世間でどんな評判であろうと、彼女のすぐ側にいる人たちは彼女を愛しているのだ。

「まだ時間はあるわ。さあ、動いて」

レティシアは両手をパチンとあわせると、まるで魔法のようにアンと執事は部屋から出ていった。

俺だけが残された部屋は妙に静かで、嵐の前の静けさといったようで、彼女から目が離せなかった。もし一度でも視線を目を離せば、一瞬にして消えてしまいそうな気がした。


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