余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。【改稿前/完結】

降矢菖蒲

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余命2年

29.企て

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 エレノアが目覚めてから一週間の時が過ぎようとしていた。

 日差しはあたたかだが吹き抜ける風はひんやりと冷たい。

 そんな爽やかな陽気の中、エレノアは鏡の前へ。ハウスメイドの協力のもと身支度を整えていた。

(皆、変わりないかしら?)

 今日これから彼女は旅立つのだ。遠く離れた地――王都に向かって。

 彼女が静養していたのは『古代樹の森』に程近いフォーサイス領・ウインドルという名の城塞都市。

 王都に戻るのには馬車で10日、はやてや風魔法を駆使しても5日はかかる辺境の地だった。

(極力皆に迷惑をかけないようにしなくては……)

「うわぁ~! とっても綺麗です!!!」

 不意にミラが現れた。今日の彼女もまた濃緑色の軍服姿だ。

「そう? ふふっ、ありがとう」

 今日のエレノアは着慣れた白のカソックではなく、ブルーグレーのドレスに身を包んでいた。

 裾はパニエによってふんわりと。ウエストはコルセットによって絞られて女性らしいボディーラインを見せている。

 首にはリボンのチョーカーを。ミルキーブロンドの髪はまとめ上げてつばの小さい帽子をかぶっている。

 いずれのアクセサリーもドレスと同系色でまとめており、華美さと上品さの塩梅が絶妙な仕上がりとなっていた。

「ええ、本当に。身に余る光栄ですわ」

 話しかけてきたのはミラの夫・ルイスの母であるマチルダ辺境伯夫人だ。

 瞳の色は黒。髪は紺青色。スレンダーな体型につり目、そして高く通った鼻筋と全体的にシャープで隙がない。エレノアとは対照的な印象の女性だ。

 そんな彼女が身に着けているのは濃紺のフロアドレスだ。デコルテの黒いレースの装飾が目を惹く。

(七児の母にして未だ現役。剣聖として日々防衛任務にあたっていらっしゃるなんて。ああ……本当に素敵ね。叶うことならわたくしもこんな女性でありたかったわ)

 とうに見切りをつけた夢だ。けれど、やはりどうにも憧れてしまう。エレノアは微苦笑を一つに頭を切り替える。

「マチルダ様。ご多用中のところお手数をおかけしました」

「とんでもございません。僭越せんえつながら私自身も大変愉しませていただきました」

「まぁ! ふふふっ」

 このドレスは夫人から譲り受けたもの。所謂『お古』だ。目的はサプライズ。ターゲットは言うまでもなくユーリだ。

 驚かせることを主目的としつつ、あわよくば喜んで貰いたい。そんな思いから秘密裏に計画を進めてきたというわけだ。

「お義母かあサマ! アタシもお義母サマのお古が欲しいです!」

 ミラのその物言いはとても無邪気だった。ミラと夫人の関係が良好なものであると期待するが。

「貴方ではドレスに着られるのがオチです」

 夫人はぴしゃりと言い放った。

(……どちらかしら?)

 悪意あってのことだろうか。それとも親しい間柄故だろうか。エレノアは忙しなく目を走らせる。

「きぃ~~!!! あー、はいはい!! どーせアタシには品も、ついでに背も、胸もないですよぉ~~だぁ!!」

「無いものではなく、在るものに目を向けなさい。貴方には貴方の伸ばすべき長所があるのですから――」

「っ!? それってつまり……ドレス選びに付き合ってくれるってことですか!?」

「…………………何を言っているの?」

「きゃー!!!! もう!! そういうことならそうとキッチリはっきり言ってくださいよ~♡♡♡」

「なっ!?」

 ミラが夫人の腕に抱き着いた。かと思えばそのままぴょんぴょんと跳ね出す。嬉しくて堪らない。そんなところだろうか。

「っ!? お止めなさい! この! ……~~っ、あぁ……もう……」

 言動とは裏腹に夫人の表情は緩む一方だ。

杞憂きゆうだったようね)

 ミラはこの家に――三大勇者一族の中でも最も厳格とされるフォーサイスに馴染んでいるようだ。

 彼女の『王国一の治癒術師』という肩書がプラスに働いたのは言うまでもないだろう。

 ただ、彼女もまたλラムダ。次世代にその才を継承させることは出来ない。

 長い目で見れば、彼女の妻としての価値はそれほど高いとは言えないだろう。

(決め手はおそらく人柄と熱意ね)

 交流や話し合いの末に、ルイスにはミラが必要であると、彼の妻に成り得るのはミラ意外にはないと思い至らせたのだろう。

(感心してばかりもいられないわね。わたくしも励まなければ)

 父・ガブリエルにユーリとの結婚を認めて貰えるように。

 エレノアは深く頷きつつ、出入口である白い扉に目を向けた。

「参りましょうか」

 温度差の激しい嫁姑の会話を背に受けつつ廊下に出る。

 大階段の下にはユーリとビルの姿が。共に軍服姿だった。

(あら? 何だかとっても楽しそう)

 内容までは聞き取れなかったが、ユーリがビルを笑わせているらしいことは分かった。

(そう。これもまた貴方のお陰なのね)

 魔王アイザックは言った。ビルは『修羅しゅら』を制した、と。

 修羅とは所謂『狂戦士』のことだ。理性を喪失することで潜在域に至るまで力を発揮することが出来る。

 アイザックの話ではその資質を持ち得るのは人族だけ。

 それもの割り合いでしか確認されていない非常に稀有な存在であるそうだ。

 ビルの一つ前、王国で修羅が確認されたのは1000年ほど前のこと。

 その人物はいくつもの偉業を打ち立てながらも狂人ぶりから畏怖され、最終的に同胞の手により処刑。歴史の闇に葬り去られてしまった――とのことだった。

『修羅の資質を持つ者は総じて不幸に見舞われやすい。の者もしかり。母、弟妹、親友、従者。力を持ちながらいずれも守れなんだ。……もしかすると、あの勇者とて例外ではないのやもしれぬ』

(……と、彼は言っていたけれど)

 エレノアは改めて階下にいる二人に目を向けた。

 変わらず楽し気だ。溢れんばかりの信頼と親しみが伝わってくる。

(一方通行なんかじゃない。互いが互いを守り合っている。守り守られる関係にあるのね)

 だからこその『信頼』、だからこその『親しみ』なのだろう。

(貴方で良かった)

 この出会いに改めて感謝する。何度も。何度も。

「なっ……!」

 ユーリと目が合う。彼の表情は驚きから照れへ。色白な頬が見る見るうちに赤く染まっていく。

「ふふっ」

 エレノアは礼をした。膨らんだ鼻孔を隠すように。

「成功ですね! エレノア様ッ!」

 エレノアは頭を下げたままミラにウインクを送った。

(……さて)

 ゆっくりと頭を上げる。ユーリは変わらず階下にいた。ビルから助言を受けているようだ。ユーリの表情が時を経るごとに硬くなっていく。

(意識してくれていると……そう思っていいのかしら?)

 エレノアの口元が緩んでいく。咳払いを一つ。誤魔化すようにして笑みを零した。

「ビルさんってば、ま~だ独身貫いてるんですよ」

 ミラが唐突に切り出した。彼女はビルに失恋をしている。お道化た調子で返すのは気が引けて無難に返すことにした。

「道を極めるためね」

「違うと思います」

「えっ?」

「痩せ我慢をしているような気がするんです。本当は欲しいのに、欲しくて堪らないのに要らないって言ってるみたいな……そんな気がして」

「……そう」

「単なる負け惜しみかもしれませんけど」

 エレノアは小さく首を左右に振りつつ、改めてビルの方に目を向けた。

 ビルは修羅の特性を理解していた。

(6年程前――アイザックがここウインドルに攻め込んできたのよね)

 ビルの親友アーサー・フォーサイスと、レイの師匠エルヴェ・ロベールの遺体を操り、ビルとレイの心を揺さぶりにかかった。

 レイは毅然とした態度で対処したようだが、ビルは怒りを抑えきれずオーラを真っ赤に染めてしまった。

(そうしてアイザックは修羅について語った。ただその宿命については……苦難の星の下に生まれているという点については触れなかった)

 エレノアも結局言い出すことが出来なかった。だが、ビル自身既に勘づいているのかもしれない。

(故に遠ざけているのだとしたら……これほど哀しいことはないわ)

 力になりたいと思う。せめてその一歩を踏み出せるように。

「お待たせしました」

 気付けばユーリが横に。足を前に出して身を低くしていた。王国における男性の礼法だ。

 エレノアは微笑みをたたえつつカーテシーで応える。


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