45 / 59
余命2年
45.舞踏
しおりを挟む
「……あの、ジュリオさん? 大丈夫ですか?」
見兼ねた様子のユーリが声を掛けた。それと同時にジュリオの背が大きく跳ねる。
「はっ、はぁ!? だだだだだだっ、大丈夫だっつの! つーか、何が大丈夫? 心配するようなことなんてな~~んもねーよっ! なぁ?」
自分でも何を言っているのか分からない。ジュリオの心情としては、そんなところなのだろう。
(ジュリオ様もまた、過去の失敗に囚われておいでなのかしら?)
彼もまた侯爵家の人間。貴族としてあるべき姿、素養を試される場面が多々あったのではないかと思う。
その一部、あるいはすべてで失態を演じ、萎縮するに至った。
そう考えるとこのジュリオの異常なまでの緊張にも説明がつくような気がした。
「ジュリオ様」
「っ!? はははっ、はい! 何でしょう?」
ジュリオがエレノアの方に顔を向ける。錆びついた機械のようにギシギシと音を立てて。
(凄い汗。笑顔も痛々しいまでに引き攣って……)
エレノアは彼を宥めるように、そっと微笑みかけて言葉を紡ぐ。
「ジュリオ様にはリリィがおりますわ」
「えっ……?」
「お二人の愛を以てすれば、きっと乗り越えられるはずです」
「エレノアさん……」
ジュリオの表情がほんの僅かだが緩んだ。涙腺も刺激されてか、アイスグリーンの瞳もじんわりと滲み出す。
「エラ」
呼びかけてきたのはリリィだった。黒のノースリーブタイプのロングドレスに身を包んだ彼女は、穏やかにそれでいて何処か照れ臭そうに笑う。
「ありがとう」
「いいえ。わたくしはただ事実を申し上げただけで」
「ははっ……まぁ何だ? 俺等はエレノアさん達みたいなその……純愛ラブラブな感じではないんっすけどね」
「貴方のせいよ」
「あ゛?」
「わたくしには疾うにその覚悟が。貴方と純愛ラブラブになる用意があるんですからね」
「なっ……!?」
ジュリオの顔がみるみる内に赤くなっていく。対するリリィはしてやったりといった顔つきで。
「リリィ、お前どうした……?」
ユーリはかなり戸惑っているようだ。目の前にいるのは本当にリリィなのか? そんな疑念すら聞こえてきそうなほどに。
「いい機会だから教えてあげるわ。わたくしがこうなってしまったのはね、貴方のせいなのよ、ジュリオ」
「……は?」
「当時14歳だったわたくしは、知識欲の赴くまま奔放に生きる貴方に魅かれてしまったの。それで……ふふっ、貴方の真似をし始めた」
「はっ!? まっ、マジ……?」
「本当よ。こんな奇抜なメガネまでかけて。我ながらとっても健気だと思うわ」
リリィは赤ふちの眼鏡を鼻先まで下げて、べっと舌を出した。
ジュリオは……酷く複雑な表情をしている。失望を買ってしまったと、そう捉えているのかもしれない。
「ようは根競べよ」
「……根競べ?」
「御覧の通りよ。図太く貫き通せば、いずれはそれが当たり前に。反論も意味をなさなくなるのです」
「っ!」
「胸を張りなさい。貴方が本当にわたくしを愛しているのならね」
――恥かくだろ! ~~っお前がっ!
ジュリオはリリィに対して並々ならぬ劣等感を抱いていた。
身長170センチのしなやかな体躯に、妖しげな美貌を持つリリィと、150センチ後半の低身長で、少年と見紛う程の幼い顔立ちをしている自分とではあまりにも不釣り合いである……と考えて。
(でも、もう心配要らないわね)
案の定、ジュリオの口角が持ち上がった。半ば呆れたように溜息をついて、やれやれと首を左右に振る。
「素面でよくもまぁ……」
「感心している場合ではなくってよ」
「はいはい」
ジュリオはぐんっと伸びをして、肩から全身の力を抜いた。先程まで彼を雁字搦めにしていた緊張も、恐怖も、今はもう跡形もない。
「行くぞ、リリアーナ」
「忘れたの? 貴方は女役。リードするのはわたくしよ」
「……わーってるよ」
その酷く不満げな声も今では堪らなく愛おしい。物理的には不可能と分かっていても、気持ちの上では彼女をリードしたくて仕方がないのだろう。
(純愛ラブラブとなられる日もそう遠くはなさそうね)
「では、お先にね。エラ、ユーリ」
「ええ。また後程」
リリィとジュリオがホールの中心へ。賛美の声が響く一方、くすくすと嘲るような声も聞こえてくる。
堪らずといった具合にジュリオの顔が下向いたが――直ぐに持ち直してリリィに目を向けた。
「まぁ、リリアーナ様がリードを……」
「教授はあのお体だからな。致し方あるまい」
「しかし……やはりどうにも背徳感がありますな」
「ええ、まぁ皆までは言いませんが」
「~~っ、言わせておけば」
ユーリが怒りをあらわにする。エレノアもまた同じ思いだ。
(けれど、わたくし達が出る幕ではないわ)
エレノアはその意図を伝えるべく、ユーリの背を撫でた。直後。
「「「「っ! おぉっ!」」」」
「綺麗……」
リリィがジュリオを持ち上げて、くるくると右方向に向かって回転し出した。リフトだ。彼女の動きに合わせて、ジュリオの燕尾服がひらりと舞う。
「おぉ……何と見事な……」
尾を縁取る真っ白な羽が観客達の目を優しく包み込み、表面にあしらわれた無数のダイヤモンドが人々の意識を呑み込んでいく。
その先にあるのは二人の笑顔だ。嘲笑など物ともせずに楽し気で。
「素敵……」
幸せを絵に描いたような二人の姿に、人々の心が洗われていく。
「圧勝ですね」
「ふふっ、そうね」
内緒話をするようにユーリと囁き合う。
リリィとジュリオも達成感を抱いてか、誇らしげな笑みを浮かべていた。
「完全に持っていかれてしまいましたね。今晩の主役は、間違いなくジュリオさんとリリィでしょう」
「お陰で気楽だわ」
「……左様で」
「ふふっ、いじけないで。人目を気にすることなく、貴方とのダンスを愉しめそうで嬉しいと、そう言いたかったの」
ユーリの表情がぱっと華やいだ。調子を良くしたエレノアは更に続ける。
「お願いです、ユーリ。どうかわたくしの苦い記憶を、貴方の手で甘美に塗り替えてください」
「喜んで」
食い気味に返事が返って来た。それがどうにも可笑しくて口元を押さえて笑う。
「参りましょう」
「ええ」
ユーリにリードされるままステップを踏んでホールの中央へ。
ミラのペア、リリィのペアと三角形を描くようにして立ち、ゆったりとしたペースで舞い始める。
(軽い。まるでわたくしの体ではないみたい)
風のやわらかなリフトがエレノアの足腰や手を運んでいく。練習通りだ。徒にスカートが捲れることも、転倒のリスクすら感じることもない。
「楽しい。ああ、……とっても幸せよ」
「まだまだこれからですよ」
ユーリは笑った。挑発的でもあり、悪戯っぽくもあるあの目で。
「……っ」
(胸が苦しい。困ったわ。惜しくて、惜しくて堪らない。もう2年も一緒にいられないなんて)
未練が、後悔が膨らんでいく。止まらない。
「エラ、上がります」
「……ええ」
返事をするとユーリの手が離れた。エレノアの左腕はユーリの肩の上へ。ユーリの右腕がエレノアの腰に回る。
「っ!」
エレノアの左脚がぴんっと伸びた。ユーリの左腕――斜め下に向かって伸ばされた彼の腕と並行するように。
右脚は軸の維持のためか、靴のヒールを後方に向けるような恰好になっている。
(ふふふっ、こんなわたくしでも柔軟性だけはそれなりにあるのよね)
これまでただの一度も活かされることはなかった。動きに付いていくので精一杯で。
(せめてここだけでも)
手足にぐっと力を籠めた。ほんの僅かでも美しく見えるように。
彼女が纏うシルクのブルーグレーのドレスが、回転に合わせてなめらかな曲線を描いていく。
「美しい……」
「聖女様はダンスが不得手ではなかったか?」
「それはもう熱心に練習されたのでしょう」
「この短期間で?」
「愛の力ね。流石ですわ」
(ごめんなさいね。少々の……いえ、大層なズルをしておりますのよ)
罪悪感から微苦笑を零すと、視界を何かが掠めた。羽だ。ジュリオの服の装飾が抜け落ちたのだろう。
(羽……翼……)
思うのは死後。肉体から魂が抜け落ちた後のことだ。
(わたくしも天使様のように翼を得られるのかしら?)
翼があれば或はユーリの元に飛んでいくことも出来るのかもしれない。そんな淡い期待が胸の中でむくむくと芽吹いていく。しかし――。
(……いやね、わたくしったら)
エレノアは微苦笑を浮かべながら、芽吹きかけた淡い夢の芽を摘んでしまった。この行為は聖教においては禁忌であるからだ。
エレノアが信仰している聖教では、死後は天使に導かれて『神の世界』に向かうとされている。
ただ、その世界が具体的にどういったものであるか、どういったことが出来るのかについては、想像することを固く禁じられているのだ。身の程を弁えない不敬な行為であるとして。
「エラ……?」
「いけませんね。貴方といるとつい欲張りになってしまう」
「望むところですよ」
ユーリはまた笑った。挑発的でもあり、悪戯っぽくもあるあの目で。
「何でも言ってください。俺は、一つでも多く貴方の望みを叶えたいんです」
「ユーリ……」
一変して願い乞うように求めてくる。残された時間を少しでも実りあるものに。互いの糧となるような時間となるように。そんな願いが込められているのだろう。
「わたくしは果報者ね」
「それで誤魔化すのはナシですからね」
「はいはい」
「『はい』は一回」
「ふふっ、は~い」
足が床についた。向かい合って、見つめ合う。
ユーリは聞き分けの悪い子供を相手にするように、エレノアは悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべた。
「素晴らしい!」
「この模様はぜひ舞台に!! 直ぐに手配致しましょう!!」
「勇者様ーー!! 聖女様ーー!!」
「お幸せそう。羨ましい限りだわ」
演奏が鳴り止んだかと思えば大歓声に包まれた。
(こんな日が来るなんて……夢にも思わなかったわ)
これから先も向けられるのは、嘲笑と侮蔑の言葉のみ。絶賛や祝福の言葉など、決して受け取ることはないのだろうと思っていた。
「ありがとう。また一つ大切な思い出が出来ました」
「俺もです。今晩のことは一生忘れません」
ユーリは語った。宝物をぎゅっと抱き締めるように。胸の奥が擽ったい。改めて幸せを実感していると――ふと視線を感じた。かなり強い視線だ。
「あっ……」
「どうしました? あっ……珍しい。来てたのか」
エレノアの視線の先――その場所に立っていたのは、彼女の元婚約者であるクリストフ。人目も憚らず、憎悪と嫌悪の眼差しを向けて来ていた。
見兼ねた様子のユーリが声を掛けた。それと同時にジュリオの背が大きく跳ねる。
「はっ、はぁ!? だだだだだだっ、大丈夫だっつの! つーか、何が大丈夫? 心配するようなことなんてな~~んもねーよっ! なぁ?」
自分でも何を言っているのか分からない。ジュリオの心情としては、そんなところなのだろう。
(ジュリオ様もまた、過去の失敗に囚われておいでなのかしら?)
彼もまた侯爵家の人間。貴族としてあるべき姿、素養を試される場面が多々あったのではないかと思う。
その一部、あるいはすべてで失態を演じ、萎縮するに至った。
そう考えるとこのジュリオの異常なまでの緊張にも説明がつくような気がした。
「ジュリオ様」
「っ!? はははっ、はい! 何でしょう?」
ジュリオがエレノアの方に顔を向ける。錆びついた機械のようにギシギシと音を立てて。
(凄い汗。笑顔も痛々しいまでに引き攣って……)
エレノアは彼を宥めるように、そっと微笑みかけて言葉を紡ぐ。
「ジュリオ様にはリリィがおりますわ」
「えっ……?」
「お二人の愛を以てすれば、きっと乗り越えられるはずです」
「エレノアさん……」
ジュリオの表情がほんの僅かだが緩んだ。涙腺も刺激されてか、アイスグリーンの瞳もじんわりと滲み出す。
「エラ」
呼びかけてきたのはリリィだった。黒のノースリーブタイプのロングドレスに身を包んだ彼女は、穏やかにそれでいて何処か照れ臭そうに笑う。
「ありがとう」
「いいえ。わたくしはただ事実を申し上げただけで」
「ははっ……まぁ何だ? 俺等はエレノアさん達みたいなその……純愛ラブラブな感じではないんっすけどね」
「貴方のせいよ」
「あ゛?」
「わたくしには疾うにその覚悟が。貴方と純愛ラブラブになる用意があるんですからね」
「なっ……!?」
ジュリオの顔がみるみる内に赤くなっていく。対するリリィはしてやったりといった顔つきで。
「リリィ、お前どうした……?」
ユーリはかなり戸惑っているようだ。目の前にいるのは本当にリリィなのか? そんな疑念すら聞こえてきそうなほどに。
「いい機会だから教えてあげるわ。わたくしがこうなってしまったのはね、貴方のせいなのよ、ジュリオ」
「……は?」
「当時14歳だったわたくしは、知識欲の赴くまま奔放に生きる貴方に魅かれてしまったの。それで……ふふっ、貴方の真似をし始めた」
「はっ!? まっ、マジ……?」
「本当よ。こんな奇抜なメガネまでかけて。我ながらとっても健気だと思うわ」
リリィは赤ふちの眼鏡を鼻先まで下げて、べっと舌を出した。
ジュリオは……酷く複雑な表情をしている。失望を買ってしまったと、そう捉えているのかもしれない。
「ようは根競べよ」
「……根競べ?」
「御覧の通りよ。図太く貫き通せば、いずれはそれが当たり前に。反論も意味をなさなくなるのです」
「っ!」
「胸を張りなさい。貴方が本当にわたくしを愛しているのならね」
――恥かくだろ! ~~っお前がっ!
ジュリオはリリィに対して並々ならぬ劣等感を抱いていた。
身長170センチのしなやかな体躯に、妖しげな美貌を持つリリィと、150センチ後半の低身長で、少年と見紛う程の幼い顔立ちをしている自分とではあまりにも不釣り合いである……と考えて。
(でも、もう心配要らないわね)
案の定、ジュリオの口角が持ち上がった。半ば呆れたように溜息をついて、やれやれと首を左右に振る。
「素面でよくもまぁ……」
「感心している場合ではなくってよ」
「はいはい」
ジュリオはぐんっと伸びをして、肩から全身の力を抜いた。先程まで彼を雁字搦めにしていた緊張も、恐怖も、今はもう跡形もない。
「行くぞ、リリアーナ」
「忘れたの? 貴方は女役。リードするのはわたくしよ」
「……わーってるよ」
その酷く不満げな声も今では堪らなく愛おしい。物理的には不可能と分かっていても、気持ちの上では彼女をリードしたくて仕方がないのだろう。
(純愛ラブラブとなられる日もそう遠くはなさそうね)
「では、お先にね。エラ、ユーリ」
「ええ。また後程」
リリィとジュリオがホールの中心へ。賛美の声が響く一方、くすくすと嘲るような声も聞こえてくる。
堪らずといった具合にジュリオの顔が下向いたが――直ぐに持ち直してリリィに目を向けた。
「まぁ、リリアーナ様がリードを……」
「教授はあのお体だからな。致し方あるまい」
「しかし……やはりどうにも背徳感がありますな」
「ええ、まぁ皆までは言いませんが」
「~~っ、言わせておけば」
ユーリが怒りをあらわにする。エレノアもまた同じ思いだ。
(けれど、わたくし達が出る幕ではないわ)
エレノアはその意図を伝えるべく、ユーリの背を撫でた。直後。
「「「「っ! おぉっ!」」」」
「綺麗……」
リリィがジュリオを持ち上げて、くるくると右方向に向かって回転し出した。リフトだ。彼女の動きに合わせて、ジュリオの燕尾服がひらりと舞う。
「おぉ……何と見事な……」
尾を縁取る真っ白な羽が観客達の目を優しく包み込み、表面にあしらわれた無数のダイヤモンドが人々の意識を呑み込んでいく。
その先にあるのは二人の笑顔だ。嘲笑など物ともせずに楽し気で。
「素敵……」
幸せを絵に描いたような二人の姿に、人々の心が洗われていく。
「圧勝ですね」
「ふふっ、そうね」
内緒話をするようにユーリと囁き合う。
リリィとジュリオも達成感を抱いてか、誇らしげな笑みを浮かべていた。
「完全に持っていかれてしまいましたね。今晩の主役は、間違いなくジュリオさんとリリィでしょう」
「お陰で気楽だわ」
「……左様で」
「ふふっ、いじけないで。人目を気にすることなく、貴方とのダンスを愉しめそうで嬉しいと、そう言いたかったの」
ユーリの表情がぱっと華やいだ。調子を良くしたエレノアは更に続ける。
「お願いです、ユーリ。どうかわたくしの苦い記憶を、貴方の手で甘美に塗り替えてください」
「喜んで」
食い気味に返事が返って来た。それがどうにも可笑しくて口元を押さえて笑う。
「参りましょう」
「ええ」
ユーリにリードされるままステップを踏んでホールの中央へ。
ミラのペア、リリィのペアと三角形を描くようにして立ち、ゆったりとしたペースで舞い始める。
(軽い。まるでわたくしの体ではないみたい)
風のやわらかなリフトがエレノアの足腰や手を運んでいく。練習通りだ。徒にスカートが捲れることも、転倒のリスクすら感じることもない。
「楽しい。ああ、……とっても幸せよ」
「まだまだこれからですよ」
ユーリは笑った。挑発的でもあり、悪戯っぽくもあるあの目で。
「……っ」
(胸が苦しい。困ったわ。惜しくて、惜しくて堪らない。もう2年も一緒にいられないなんて)
未練が、後悔が膨らんでいく。止まらない。
「エラ、上がります」
「……ええ」
返事をするとユーリの手が離れた。エレノアの左腕はユーリの肩の上へ。ユーリの右腕がエレノアの腰に回る。
「っ!」
エレノアの左脚がぴんっと伸びた。ユーリの左腕――斜め下に向かって伸ばされた彼の腕と並行するように。
右脚は軸の維持のためか、靴のヒールを後方に向けるような恰好になっている。
(ふふふっ、こんなわたくしでも柔軟性だけはそれなりにあるのよね)
これまでただの一度も活かされることはなかった。動きに付いていくので精一杯で。
(せめてここだけでも)
手足にぐっと力を籠めた。ほんの僅かでも美しく見えるように。
彼女が纏うシルクのブルーグレーのドレスが、回転に合わせてなめらかな曲線を描いていく。
「美しい……」
「聖女様はダンスが不得手ではなかったか?」
「それはもう熱心に練習されたのでしょう」
「この短期間で?」
「愛の力ね。流石ですわ」
(ごめんなさいね。少々の……いえ、大層なズルをしておりますのよ)
罪悪感から微苦笑を零すと、視界を何かが掠めた。羽だ。ジュリオの服の装飾が抜け落ちたのだろう。
(羽……翼……)
思うのは死後。肉体から魂が抜け落ちた後のことだ。
(わたくしも天使様のように翼を得られるのかしら?)
翼があれば或はユーリの元に飛んでいくことも出来るのかもしれない。そんな淡い期待が胸の中でむくむくと芽吹いていく。しかし――。
(……いやね、わたくしったら)
エレノアは微苦笑を浮かべながら、芽吹きかけた淡い夢の芽を摘んでしまった。この行為は聖教においては禁忌であるからだ。
エレノアが信仰している聖教では、死後は天使に導かれて『神の世界』に向かうとされている。
ただ、その世界が具体的にどういったものであるか、どういったことが出来るのかについては、想像することを固く禁じられているのだ。身の程を弁えない不敬な行為であるとして。
「エラ……?」
「いけませんね。貴方といるとつい欲張りになってしまう」
「望むところですよ」
ユーリはまた笑った。挑発的でもあり、悪戯っぽくもあるあの目で。
「何でも言ってください。俺は、一つでも多く貴方の望みを叶えたいんです」
「ユーリ……」
一変して願い乞うように求めてくる。残された時間を少しでも実りあるものに。互いの糧となるような時間となるように。そんな願いが込められているのだろう。
「わたくしは果報者ね」
「それで誤魔化すのはナシですからね」
「はいはい」
「『はい』は一回」
「ふふっ、は~い」
足が床についた。向かい合って、見つめ合う。
ユーリは聞き分けの悪い子供を相手にするように、エレノアは悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべた。
「素晴らしい!」
「この模様はぜひ舞台に!! 直ぐに手配致しましょう!!」
「勇者様ーー!! 聖女様ーー!!」
「お幸せそう。羨ましい限りだわ」
演奏が鳴り止んだかと思えば大歓声に包まれた。
(こんな日が来るなんて……夢にも思わなかったわ)
これから先も向けられるのは、嘲笑と侮蔑の言葉のみ。絶賛や祝福の言葉など、決して受け取ることはないのだろうと思っていた。
「ありがとう。また一つ大切な思い出が出来ました」
「俺もです。今晩のことは一生忘れません」
ユーリは語った。宝物をぎゅっと抱き締めるように。胸の奥が擽ったい。改めて幸せを実感していると――ふと視線を感じた。かなり強い視線だ。
「あっ……」
「どうしました? あっ……珍しい。来てたのか」
エレノアの視線の先――その場所に立っていたのは、彼女の元婚約者であるクリストフ。人目も憚らず、憎悪と嫌悪の眼差しを向けて来ていた。
0
あなたにおすすめの小説
追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる
湊一桜
恋愛
王宮薬師のアンは、国王に毒を盛った罪を着せられて王宮を追放された。幼少期に両親を亡くして王宮に引き取られたアンは、頼れる兄弟や親戚もいなかった。
森を彷徨って数日、倒れている男性を見つける。男性は高熱と怪我で、意識が朦朧としていた。
オオカミの襲撃にも遭いながら、必死で男性を看病すること二日後、とうとう男性が目を覚ました。ジョーという名のこの男性はとても強く、軽々とオオカミを撃退した。そんなジョーの姿に、不覚にもときめいてしまうアン。
行くあてもないアンは、ジョーと彼の故郷オストワル辺境伯領を目指すことになった。
そして辿り着いたオストワル辺境伯領で待っていたのは、ジョーとの甘い甘い時間だった。
※『小説家になろう』様、『ベリーズカフェ』様でも公開中です。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました
Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。
そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。
それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。
必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが…
正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。
崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜
束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。
家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。
「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。
皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。
今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。
ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……!
心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる