余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。【改稿前/完結】

降矢菖蒲

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余命2年

45.舞踏

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「……あの、ジュリオさん? 大丈夫ですか?」

 見兼ねた様子のユーリが声を掛けた。それと同時にジュリオの背が大きく跳ねる。

「はっ、はぁ!? だだだだだだっ、大丈夫だっつの! つーか、何が大丈夫? 心配するようなことなんてな~~んもねーよっ! なぁ?」

 自分でも何を言っているのか分からない。ジュリオの心情としては、そんなところなのだろう。

(ジュリオ様もまた、過去の失敗に囚われておいでなのかしら?)

 彼もまた侯爵家の人間。貴族としてあるべき姿、素養を試される場面が多々あったのではないかと思う。

 その一部、あるいはすべてで失態を演じ、萎縮するに至った。

 そう考えるとこのジュリオの異常なまでの緊張にも説明がつくような気がした。

「ジュリオ様」

「っ!? はははっ、はい! 何でしょう?」

 ジュリオがエレノアの方に顔を向ける。びついた機械のようにギシギシと音を立てて。

(凄い汗。笑顔も痛々しいまでに引きって……)

 エレノアは彼をなだめるように、そっと微笑みかけて言葉をつむぐ。

「ジュリオ様にはリリィがおりますわ」

「えっ……?」

「お二人の愛をもってすれば、きっと乗り越えられるはずです」

「エレノアさん……」

 ジュリオの表情がほんのわずかだが緩んだ。涙腺も刺激されてか、アイスグリーンの瞳もじんわりとにじみ出す。

「エラ」

 呼びかけてきたのはリリィだった。黒のノースリーブタイプのロングドレスに身を包んだ彼女は、穏やかにそれでいて何処か照れ臭そうに笑う。

「ありがとう」

「いいえ。わたくしはただ事実を申し上げただけで」

「ははっ……まぁ何だ? 俺等はエレノアさん達みたいなその……純愛ラブラブな感じではないんっすけどね」

「貴方のせいよ」

「あ゛?」

「わたくしにはうにその覚悟が。貴方と純愛ラブラブになる用意があるんですからね」

「なっ……!?」

 ジュリオの顔がみるみる内に赤くなっていく。対するリリィはしてやったりといった顔つきで。

「リリィ、お前どうした……?」

 ユーリはかなり戸惑っているようだ。目の前にいるのは本当にリリィなのか? そんな疑念すら聞こえてきそうなほどに。

「いい機会だから教えてあげるわ。わたくしがのはね、貴方のせいなのよ、ジュリオ」

「……は?」

「当時14歳だったわたくしは、知識欲の赴くまま奔放に生きる貴方に魅かれてしまったの。それで……ふふっ、貴方のをし始めた」

「はっ!? まっ、マジ……?」

「本当よ。こんな奇抜なメガネまでかけて。我ながらとっても健気だと思うわ」

 リリィは赤ふちの眼鏡を鼻先まで下げて、べっと舌を出した。

 ジュリオは……酷く複雑な表情をしている。失望を買ってしまったと、そう捉えているのかもしれない。

「ようはよ」

「……根競べ?」

よ。図太く貫き通せば、いずれはそれが当たり前に。反論も意味をなさなくなるのです」

「っ!」

「胸を張りなさい。貴方が本当にわたくしを愛しているのならね」

 ――恥かくだろ! ~~っお前がっ!

 ジュリオはリリィに対して並々ならぬ劣等感を抱いていた。

 身長170センチのしなやかな体躯に、妖しげな美貌を持つリリィと、150センチ後半の低身長で、少年と見紛う程の幼い顔立ちをしている自分とではあまりにも不釣り合いである……と考えて。

(でも、もう心配要らないわね)

 案の定、ジュリオの口角が持ち上がった。半ば呆れたように溜息をついて、やれやれと首を左右に振る。

素面しらふでよくもまぁ……」

「感心している場合ではなくってよ」

「はいはい」

 ジュリオはぐんっと伸びをして、肩から全身の力を抜いた。先程まで彼を雁字搦がんじがらめにしていた緊張も、恐怖も、今はもう跡形もない。

「行くぞ、リリアーナ」

「忘れたの? 貴方は女役。リードするのはわたくしよ」

「……わーってるよ」

 その酷く不満げな声も今では堪らなく愛おしい。物理的には不可能と分かっていても、気持ちの上では彼女をリードしたくて仕方がないのだろう。

となられる日もそう遠くはなさそうね)

「では、お先にね。エラ、ユーリ」

「ええ。また後程」

 リリィとジュリオがホールの中心へ。賛美の声が響く一方、くすくすとあざけるような声も聞こえてくる。

 堪らずといった具合にジュリオの顔が下向いたが――直ぐに持ち直してリリィに目を向けた。

「まぁ、リリアーナ様がリードを……」

はあのお体だからな。致し方あるまい」

「しかし……やはりどうにもがありますな」

「ええ、まぁ皆までは言いませんが」

「~~っ、言わせておけば」

 ユーリが怒りをあらわにする。エレノアもまた同じ思いだ。

(けれど、わたくし達が出る幕ではないわ)

 エレノアはその意図を伝えるべく、ユーリの背を撫でた。直後。

「「「「っ! おぉっ!」」」」

「綺麗……」

 リリィがジュリオを持ち上げて、くるくると右方向に向かって回転し出した。リフトだ。彼女の動きに合わせて、ジュリオの燕尾服がひらりと舞う。

「おぉ……何と見事な……」

 尾を縁取る真っ白な羽が観客達の目を優しく包み込み、表面にあしらわれた無数のダイヤモンドが人々の意識を呑み込んでいく。

 その先にあるのは二人の笑顔だ。嘲笑ちょうしょうなど物ともせずに楽し気で。

「素敵……」

 幸せを絵に描いたような二人の姿に、人々の心が洗われていく。

「圧勝ですね」

「ふふっ、そうね」

 内緒話をするようにユーリと囁き合う。

 リリィとジュリオも達成感を抱いてか、誇らしげな笑みを浮かべていた。

「完全に持っていかれてしまいましたね。今晩の主役は、間違いなくジュリオさんとリリィでしょう」

「お陰で気楽だわ」

「……左様で」

「ふふっ、いじけないで。人目を気にすることなく、貴方とのダンスを愉しめそうで嬉しいと、そう言いたかったの」

 ユーリの表情がぱっと華やいだ。調子を良くしたエレノアは更に続ける。

「お願いです、ユーリ。どうかわたくしの苦い記憶を、貴方の手で甘美に塗り替えてください」

「喜んで」

 食い気味に返事が返って来た。それがどうにも可笑しくて口元を押さえて笑う。

「参りましょう」

「ええ」

 ユーリにリードされるままステップを踏んでホールの中央へ。

 ミラのペア、リリィのペアと三角形を描くようにして立ち、ゆったりとしたペースで舞い始める。

(軽い。まるでわたくしの体ではないみたい)

 風のやわらかなリフトがエレノアの足腰や手を運んでいく。練習通りだ。いたずらにスカートがめくれることも、転倒のリスクすら感じることもない。

「楽しい。ああ、……とっても幸せよ」

「まだまだこれからですよ」

 ユーリは笑った。挑発的でもあり、悪戯っぽくもあるあの目で。

「……っ」

(胸が苦しい。困ったわ。惜しくて、惜しくて堪らない。もう2年も一緒にいられないなんて)

 未練が、後悔が膨らんでいく。止まらない。

「エラ、上がります」

「……ええ」

 返事をするとユーリの手が離れた。エレノアの左腕はユーリの肩の上へ。ユーリの右腕がエレノアの腰に回る。

「っ!」

 エレノアの左脚がぴんっと伸びた。ユーリの左腕――斜め下に向かって伸ばされた彼の腕と並行するように。

 右脚は軸の維持のためか、靴のヒールを後方に向けるような恰好になっている。

(ふふふっ、こんなわたくしでも柔軟性だけはそれなりにあるのよね)

 これまでただの一度も活かされることはなかった。動きに付いていくので精一杯で。

(せめてここだけでも)

 手足にぐっと力を籠めた。ほんの僅かでも美しく見えるように。

 彼女が纏うシルクのブルーグレーのドレスが、回転に合わせてなめらかな曲線を描いていく。

「美しい……」

「聖女様はダンスが不得手ではなかったか?」

「それはもう熱心に練習されたのでしょう」

「この短期間で?」

「愛の力ね。流石ですわ」

(ごめんなさいね。少々の……いえ、をしておりますのよ)

 罪悪感から微苦笑を零すと、視界を何かが掠めた。羽だ。ジュリオの服の装飾が抜け落ちたのだろう。

(羽……翼……)

 思うのは死後。肉体から魂が抜け落ちた後のことだ。

(わたくしも天使様のように翼を得られるのかしら?)

 翼があればあるいはユーリの元に飛んでいくことも出来るのかもしれない。そんな淡い期待が胸の中でむくむくと芽吹いていく。しかし――。

(……いやね、わたくしったら)

 エレノアは微苦笑を浮かべながら、芽吹きかけた淡い夢の芽を摘んでしまった。この行為は聖教においては禁忌であるからだ。

 エレノアが信仰している聖教では、死後は天使に導かれて『神の世界』に向かうとされている。

 ただ、その世界が具体的にどういったものであるか、どういったことが出来るのかについては、想像することを固く禁じられているのだ。身の程を弁えない不敬な行為であるとして。

「エラ……?」

「いけませんね。貴方といるとつい欲張りになってしまう」

「望むところですよ」

 ユーリはまた笑った。挑発的でもあり、悪戯っぽくもあるあの目で。

「何でも言ってください。俺は、一つでも多く貴方の望みを叶えたいんです」

「ユーリ……」

 一変して願い乞うように求めてくる。残された時間を少しでも実りあるものに。互いの糧となるような時間となるように。そんな願いが込められているのだろう。

「わたくしは果報者ね」

「それで誤魔化すのはナシですからね」

「はいはい」

「『はい』は一回」

「ふふっ、は~い」

 足が床についた。向かい合って、見つめ合う。

 ユーリは聞き分けの悪い子供を相手にするように、エレノアは悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべた。

「素晴らしい!」

「この模様はぜひ舞台に!! 直ぐに手配致しましょう!!」

「勇者様ーー!! 聖女様ーー!!」

「お幸せそう。羨ましい限りだわ」

 演奏が鳴り止んだかと思えば大歓声に包まれた。

(こんな日が来るなんて……夢にも思わなかったわ)

 これから先も向けられるのは、嘲笑と侮蔑の言葉のみ。絶賛や祝福の言葉など、決して受け取ることはないのだろうと思っていた。

「ありがとう。また一つ大切な思い出が出来ました」

「俺もです。今晩のことは一生忘れません」

 ユーリは語った。宝物をぎゅっと抱き締めるように。胸の奥がくすぐったい。改めて幸せを実感していると――ふと視線を感じた。かなり強い視線だ。

「あっ……」

「どうしました? あっ……珍しい。来てたのか」

 エレノアの視線の先――その場所に立っていたのは、彼女の元婚約者であるクリストフ。人目もはばからず、憎悪と嫌悪の眼差しを向けて来ていた。


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