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余命2年
44.装い
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「勇者ユーリ様、聖女エレノア様、お付き」
ユーリからのエスコートを受けながら舞踏場に足を踏み入れていく。
見上げれば、ドーム型の天井には澄んだ青空が描かれている。中央と四隅には六段から成る大きなシャンデリアが吊り下げられ、華やかな装いの招待客達を淡く照らしていた。
「ったく……ブレね~な、お前は」
半ば呆れ顔で声をかけてきたのは、ユーリの仲間・付与術師のジュリオだった。彼の隣には婚約者のリリィ。それに仲間であるミラ、ルイスの姿が。いずれもきちんと礼服に身を包んでいた。
リリィは黒のノースリーブタイプのロングドレス。ミラは若葉色のオフショルダーのドレス。ルイスは黒のタキシード……といった具合だ。
(あら? リリィは今日もメガネを……)
リリィの目元には、変わらず馴染みの赤ぶちメガネが乗っていた。ミラの話しでは伊達であるらしく、必ずしもかける必要はないとのことだったが。
(きっと強いこだわりがあるのでしょうね)
美貌を隠してでも優先させたい何か。それは一体何なのか?
(ジュリオ様の劣等感を慮ってのことではないのよね?)
リリィ自身、ジュリオの劣等感に触れたのは今日が初めてのことであるようだった。
(どんな理由を秘めておいでなのやら)
エレノアの口元からは自然と笑みが零れた。何となくではあるのだが、微笑まし気な理由であるような気がするのだ。
(こちらもまたいつか折を見て)
胸に芽生えた小さな企みを胸に、再びジュリオとユーリに目を向ける。
「今日ぐらいめかし込んだっていいだろうがよ」
「そういうジュリオさんはどうしたんですか? 柄にもなく思い切った格好をしてるじゃないですか」
「おい、止めろ。それ以上は何も言うな! 何も思うな!! ツッコんだら負けだからな!!!」
ジュリオはくわっと目力を強めてユーリを睨みつけた。が、その迫力はいまいち。言わずもがな少年と見紛うほどのあどけない容姿が災いしてのことだ。
彼は燕尾服に袖を通していた。色はリリィと揃いの黒。長い裾は美しい白羽で縁取られ、裏地には細かなダイヤモンドが散りばめられている。
「ふふん♪ わたくしが用意したのよ。まぁ、悪くはないでしょ?」
リリィはご満悦だ。すんっと鼻を鳴らして豊かな胸を張る。
(ふふっ、一体いつからご用意されていたのやら)
一日二日で用意出来るような代物ではない。言わずもがな、ジュリオと舞踏会に立つ日をずっと夢見ていたのだろう。
「いいか、リリアーナ。一曲だ。一曲踊り終えたらマジで着替えるからな」
「ええ、構わないわよ。着替えられるものならね」
「は……? そりゃ一体どういう――」
「第一王子・デーヴィド殿下、エリザベート妃殿下のお出ましでございます」
第一王子を筆頭に王族が入場してくる。いずれもパートナーを連れているが。
「王太子・エドワード殿下のお出ましでございます」
エドワードは一人だった。会場中の人々がどよめき出すが、当のエドワードはまるで意に介さずに周囲を見回している。
(誰か……探していらっしゃるの?)
「っ! ユーリ!」
「でっ、殿下! お待ちください」
エドワードはユーリの姿を捉えるなり破顔した。止めにかかる従者達を他所に駆け寄ってくる。
今晩のエドワードは金色の刺繍が眩しい上下黒の正装に、大綬と呼ばれる青い飾り帯を装着していた。
「やぁ、よく来てくれたね」
「お心遣い痛み入ります」
ユーリに続いて挨拶をしようと構えるが……一向に声がかからない。またしても無視だ。だが。
(わたくしに限った話ではない……?)
他の仲間達はおろか、従妹にあたるリリィにも目もくれない。ユーリしか眼中に入っていないようだ。
「…………」
リリィは何か言いたげではあったが、ぐっと堪えているようだ。
年下の従弟と言えど、相手は王太子。気安い態度を取るのは勿論のこと、苦言を呈するのも難しいということなのだろう。
「相変わらずの寵愛ぶりだな」
「まったく嘆かわしいことだ。国王夫妻が不憫でならん」
控えめな声量で話す男性達の声。それとなく斜め後方に目を向けてみると、二人組の男性貴族の姿があった。
「あのまま野放しにしていては、先王の二の舞いになるぞ」
「例の噂は本当なのか? 殿下がユーリ殿を――」
「エド」
見兼ねた様子の第一王子・デーヴィドが声を掛けてきた。エドワードの兄にあたる人物だ。上下白の正装に身を包み、赤色の大綬を締めている。
エドワード同様に父親似で柔和な顔立ちをしており、ゴールデンブロンドの長い髪は、藍色の紐で結んで横に流していた。
「場を弁えるんだ」
「うるさいな。邪魔しないでくださいよ」
「お前達のためを思って言っているんだ。頼むから今は控えてくれ」
デーヴィドは深々と頭を下げた。途端に周囲の貴族達がざわめき出す。
「デーヴィド様! なななっ、何ということを……っ」
「賢明だな」
「まぁまぁ、何もあそこまでされずとも……。ねえ?」
顔面蒼白になる者、気色ばむ者、色めき立つ者など、その反応はそれぞれでいて大きく異なっている。
(……デーヴィド様……)
一方のエレノアは尊敬と同情の眼差しでデーヴィドを見ていた。
(お立場からすれば王太子であらせられるエドワード様の方が上。それでも、デーヴィド様はエドワード様の実のお兄様でもあるわけで……。場を収めるためとはいえ、こんな大衆の面前で10近く年の離れた弟君に頭を下げるなど、きっと容易なことではないでしょう)
「……っ、止してください」
エドワードもまた同じ思いでいるのだろう。困惑した様子で兄に頭を上げるように求めている。
「頼む、エド」
しかし、それでもデーヴィドが頭を上げることはなかった。
「っ、兄上……」
観念してか、エドワードはぐっと押し黙った。悔し気に見えたその表情は、徐々に切なげなものに変化していく。
「まったく兄上には敵いませんね」
「すまない。ありがとう」
エドワードは名残惜し気にユーリを一瞥した後で、ふいっと背を向けてぐんっと伸びをした。
「……『運命の悪戯』にはほとほと困ったものですね」
「またお前はそのような」
「本心ですよ」
エドワードは笑い混じりに返した。表情は見て取れない。ただ、その背は妙に小さく、儚げに映る。
「それじゃあ、またねユーリ」
エドワードは背を向けたまま、ひらひらと手を振って去って行く。
「……っ、……」
ユーリは何か言いかけたが――止めてしまった。そんなユーリの姿を目の当たりにしてか、デーヴィドの表情が重たく沈む。
「殿下、お急ぎください」
「ああ、分かった」
デーヴィドは従者に応えるなり、もう一度ユーリ、エレノア達へと目を向ける。
「……ユーリ、他の皆もすまなかった。王太子のことは私に任せて、どうか愉しんでいってほしい」
「有難き幸せ」
「ええ、存分に」
エレノアも皆に続いて礼をする。皆から好意的な反応を得たデーヴィドは、ほっとしてか表情を和らげて妃の元へと戻っていった。
「やはりデーヴィド様が王位を継ぐべきよ」
「っ! リリィ、いくら何でも言葉が過ぎるよ……」
「本当のことでしょ」
リリィとルイスが意見をぶつけ合っていく。
ルイスはリリィを始めとした仲間を思って。リリィはこの国を思ってのことだろう。平行線を辿る二人の議論に、ジュリオが静かに加わる。
「リリアーナ、気持ちは分かるが王国は今も昔も『慧眼至上主義』。王室は勿論、協議会の連中でさえも慧眼持ちでなければ君主は務まらないってお考えだ。……残念だけど持たざる者が王位につくことはない。エドワード様が辞退したら、次はローレンス様だ」
「ん? ローレンスって先王の嫡子の!? あんなボンクラ……っ、先王派の傀儡みたいなヤツ、絶対にダメでしょ!」
「みっ、ミラ! 声、抑えて」
「そう。だから、エドワード様には何が何でも王になってもらわないと困るってなわけだ」
(つまりは……エドワード様も、ご自身よりもデーヴィド様の方が王にふさわしいとお考えになっている。けれど、しきたりにより殿下に王位を譲ることは出来ない。雁字搦めになっているということね)
エドワードの姿を目で追うと、ちょうど紅色のロングドレス姿の令嬢に声を掛けているところだった。王太子妃候補の一人であるルイスの妹・アデルだ。
母親のマチルダ似のつり目の美女。年齢は18。エドワードから見て3つ年下だ。彼と言葉を交わすごとに、彼女の涼やかな美貌が熱を帯びていく。
「ふふふっ、アデル様は王太子様のことを心から慕っていらっしゃるのね」
「ええ! バッチリどっぷり惚れこんじゃってますよ♡」
透かさずミラが食いついてきた。彼女は今やアデルの義姉の立場だ。信ぴょう性は高いと見ていいだろう。
「10歳の時に『君の剣技はとても綺麗だね』って褒められて、それでノックアウトしちゃったらしいですよ♡ どっかの誰かさんと似てますね♡♡♡」
ユーリは煩わし気に目を逸らした。その表情は否定とも肯定とも取れて。
(あの自警団のお稽古場でのやり取りがきっかけなの……?)
思えば知らない。ユーリのその想いのルーツが何処にあるのかを。
(折を見て伺ってみたいわ。野暮だけど……ユーリ、許してくれるわよね?)
ユーリは頑なに目を合わせない。それが何だか堪らなく愛おしくてつい頬を緩めてしまう。
「アーデならきっと大丈夫ですよ。いい奥さんになれます。誰よりもずっとずっとエドワード様のことが大好きなんですから!」
アデルの実の兄であるルイスも深く頷いて応えた。少々不安げではあるが、それもまた妹を思ってのこと。彼女の苦難を案じてのことなのだろう。
「おっ! 始まりますよ~」
演奏家達の前にエドワードとアデルのペアが立った。オーボエがラの音を響かせ、他の楽器達もそれに続いていく。
舞踏会の始まりだ。ゆったりとした彩り豊かなメロディに合わせてエドワードとアデルが踊り出す。
「素晴らしい」
「お似合いね~……」
美しく、それでいて華麗だった。淀み一つない息の合った舞踏は人々の意識を没入させ、魅了していく。
まさに、星夜に咲き誇る紅薔薇。
エドワードの黒と金の礼服が夜空を、アデルの紅色のドレスが紅薔薇を彷彿とさせた。
「王太子妃まで一歩も二歩もリードですね! さっすがアーデ!」
アデルは失態を恐れてか、やや表情が固かったがそれでも時折見せる笑顔には多幸感が満ち満ちていた。
(王太子様も微笑んでいらっしゃる。アデル様の想いが通じてのことかしら)
第一王子、第二王子、第一王女、第二王女の順でダンスに加わっていく。そして、最後には国王夫妻が加わり王室が揃い踏みとなった。
王は今年で56、王妃は50ということもあり他のペアに比べると足取りが少々覚束ないが、それでも王はしっかりと王妃の体を支え、王妃は不安がることなく王に身を委ねていた。
(……不毛であると分かっていても、やはりどうにも羨んでしまう)
あんなふうにユーリと共に年を重ねていきたかった。とうに捨てたはずの叶わぬ夢を一人胸の奥で転がす。
「っ!」
拍手喝采が巻き起こる。王室の舞踏が終了したようだ。
「きゃー! やったー!」
ミラの視線を辿ると、エドワードがアデルに自身の腕を取るよう促しているのが見えた。この後も彼女と共に過ごすということなのだろう。
(アデル様の純真さに、ユーリの純真さを重ねていらっしゃるのかもしれないわね)
孤独な立場故に『真』を求めてしまうのだろう。
幸いにもアデルにはその気構えが十二分にあるように思う。時間はかかるだろうが、彼女ならきっと良妻に。エドワードの安らぎとなり得るだろう。
「さっ! 次はアタシ達よ! 気張ってくよ~、ルイス」
「うん。お手柔らかにね、ミラ」
「はっはっは! な~に弱気になってんのよ」
ルイスとミラは軽口を交わしながらホールの中央へ。エドワードとアデルのペアにも負けず劣らずの息の合った舞踊を披露し始める。
次はリリィとジュリオのペアが向かい、その次にエレノアとユーリのペアが合流する手筈だ。
(胸がバクバクする……)
思い起こされるのは失敗の記憶。嘲笑の嵐だ。エレノアは緩く唇を噛んでそれとなく顔を俯かせる。
「おっ、おぐ……」
「……?」
不意に異音が耳を掠めた。ユーリではない。ジュリオから発せられたものであるようだ。
彼の背はカッチンコッチンに固まり、突けば崩れ落ちてしまいそうな程の重たい緊張を湛えていた。
ユーリからのエスコートを受けながら舞踏場に足を踏み入れていく。
見上げれば、ドーム型の天井には澄んだ青空が描かれている。中央と四隅には六段から成る大きなシャンデリアが吊り下げられ、華やかな装いの招待客達を淡く照らしていた。
「ったく……ブレね~な、お前は」
半ば呆れ顔で声をかけてきたのは、ユーリの仲間・付与術師のジュリオだった。彼の隣には婚約者のリリィ。それに仲間であるミラ、ルイスの姿が。いずれもきちんと礼服に身を包んでいた。
リリィは黒のノースリーブタイプのロングドレス。ミラは若葉色のオフショルダーのドレス。ルイスは黒のタキシード……といった具合だ。
(あら? リリィは今日もメガネを……)
リリィの目元には、変わらず馴染みの赤ぶちメガネが乗っていた。ミラの話しでは伊達であるらしく、必ずしもかける必要はないとのことだったが。
(きっと強いこだわりがあるのでしょうね)
美貌を隠してでも優先させたい何か。それは一体何なのか?
(ジュリオ様の劣等感を慮ってのことではないのよね?)
リリィ自身、ジュリオの劣等感に触れたのは今日が初めてのことであるようだった。
(どんな理由を秘めておいでなのやら)
エレノアの口元からは自然と笑みが零れた。何となくではあるのだが、微笑まし気な理由であるような気がするのだ。
(こちらもまたいつか折を見て)
胸に芽生えた小さな企みを胸に、再びジュリオとユーリに目を向ける。
「今日ぐらいめかし込んだっていいだろうがよ」
「そういうジュリオさんはどうしたんですか? 柄にもなく思い切った格好をしてるじゃないですか」
「おい、止めろ。それ以上は何も言うな! 何も思うな!! ツッコんだら負けだからな!!!」
ジュリオはくわっと目力を強めてユーリを睨みつけた。が、その迫力はいまいち。言わずもがな少年と見紛うほどのあどけない容姿が災いしてのことだ。
彼は燕尾服に袖を通していた。色はリリィと揃いの黒。長い裾は美しい白羽で縁取られ、裏地には細かなダイヤモンドが散りばめられている。
「ふふん♪ わたくしが用意したのよ。まぁ、悪くはないでしょ?」
リリィはご満悦だ。すんっと鼻を鳴らして豊かな胸を張る。
(ふふっ、一体いつからご用意されていたのやら)
一日二日で用意出来るような代物ではない。言わずもがな、ジュリオと舞踏会に立つ日をずっと夢見ていたのだろう。
「いいか、リリアーナ。一曲だ。一曲踊り終えたらマジで着替えるからな」
「ええ、構わないわよ。着替えられるものならね」
「は……? そりゃ一体どういう――」
「第一王子・デーヴィド殿下、エリザベート妃殿下のお出ましでございます」
第一王子を筆頭に王族が入場してくる。いずれもパートナーを連れているが。
「王太子・エドワード殿下のお出ましでございます」
エドワードは一人だった。会場中の人々がどよめき出すが、当のエドワードはまるで意に介さずに周囲を見回している。
(誰か……探していらっしゃるの?)
「っ! ユーリ!」
「でっ、殿下! お待ちください」
エドワードはユーリの姿を捉えるなり破顔した。止めにかかる従者達を他所に駆け寄ってくる。
今晩のエドワードは金色の刺繍が眩しい上下黒の正装に、大綬と呼ばれる青い飾り帯を装着していた。
「やぁ、よく来てくれたね」
「お心遣い痛み入ります」
ユーリに続いて挨拶をしようと構えるが……一向に声がかからない。またしても無視だ。だが。
(わたくしに限った話ではない……?)
他の仲間達はおろか、従妹にあたるリリィにも目もくれない。ユーリしか眼中に入っていないようだ。
「…………」
リリィは何か言いたげではあったが、ぐっと堪えているようだ。
年下の従弟と言えど、相手は王太子。気安い態度を取るのは勿論のこと、苦言を呈するのも難しいということなのだろう。
「相変わらずの寵愛ぶりだな」
「まったく嘆かわしいことだ。国王夫妻が不憫でならん」
控えめな声量で話す男性達の声。それとなく斜め後方に目を向けてみると、二人組の男性貴族の姿があった。
「あのまま野放しにしていては、先王の二の舞いになるぞ」
「例の噂は本当なのか? 殿下がユーリ殿を――」
「エド」
見兼ねた様子の第一王子・デーヴィドが声を掛けてきた。エドワードの兄にあたる人物だ。上下白の正装に身を包み、赤色の大綬を締めている。
エドワード同様に父親似で柔和な顔立ちをしており、ゴールデンブロンドの長い髪は、藍色の紐で結んで横に流していた。
「場を弁えるんだ」
「うるさいな。邪魔しないでくださいよ」
「お前達のためを思って言っているんだ。頼むから今は控えてくれ」
デーヴィドは深々と頭を下げた。途端に周囲の貴族達がざわめき出す。
「デーヴィド様! なななっ、何ということを……っ」
「賢明だな」
「まぁまぁ、何もあそこまでされずとも……。ねえ?」
顔面蒼白になる者、気色ばむ者、色めき立つ者など、その反応はそれぞれでいて大きく異なっている。
(……デーヴィド様……)
一方のエレノアは尊敬と同情の眼差しでデーヴィドを見ていた。
(お立場からすれば王太子であらせられるエドワード様の方が上。それでも、デーヴィド様はエドワード様の実のお兄様でもあるわけで……。場を収めるためとはいえ、こんな大衆の面前で10近く年の離れた弟君に頭を下げるなど、きっと容易なことではないでしょう)
「……っ、止してください」
エドワードもまた同じ思いでいるのだろう。困惑した様子で兄に頭を上げるように求めている。
「頼む、エド」
しかし、それでもデーヴィドが頭を上げることはなかった。
「っ、兄上……」
観念してか、エドワードはぐっと押し黙った。悔し気に見えたその表情は、徐々に切なげなものに変化していく。
「まったく兄上には敵いませんね」
「すまない。ありがとう」
エドワードは名残惜し気にユーリを一瞥した後で、ふいっと背を向けてぐんっと伸びをした。
「……『運命の悪戯』にはほとほと困ったものですね」
「またお前はそのような」
「本心ですよ」
エドワードは笑い混じりに返した。表情は見て取れない。ただ、その背は妙に小さく、儚げに映る。
「それじゃあ、またねユーリ」
エドワードは背を向けたまま、ひらひらと手を振って去って行く。
「……っ、……」
ユーリは何か言いかけたが――止めてしまった。そんなユーリの姿を目の当たりにしてか、デーヴィドの表情が重たく沈む。
「殿下、お急ぎください」
「ああ、分かった」
デーヴィドは従者に応えるなり、もう一度ユーリ、エレノア達へと目を向ける。
「……ユーリ、他の皆もすまなかった。王太子のことは私に任せて、どうか愉しんでいってほしい」
「有難き幸せ」
「ええ、存分に」
エレノアも皆に続いて礼をする。皆から好意的な反応を得たデーヴィドは、ほっとしてか表情を和らげて妃の元へと戻っていった。
「やはりデーヴィド様が王位を継ぐべきよ」
「っ! リリィ、いくら何でも言葉が過ぎるよ……」
「本当のことでしょ」
リリィとルイスが意見をぶつけ合っていく。
ルイスはリリィを始めとした仲間を思って。リリィはこの国を思ってのことだろう。平行線を辿る二人の議論に、ジュリオが静かに加わる。
「リリアーナ、気持ちは分かるが王国は今も昔も『慧眼至上主義』。王室は勿論、協議会の連中でさえも慧眼持ちでなければ君主は務まらないってお考えだ。……残念だけど持たざる者が王位につくことはない。エドワード様が辞退したら、次はローレンス様だ」
「ん? ローレンスって先王の嫡子の!? あんなボンクラ……っ、先王派の傀儡みたいなヤツ、絶対にダメでしょ!」
「みっ、ミラ! 声、抑えて」
「そう。だから、エドワード様には何が何でも王になってもらわないと困るってなわけだ」
(つまりは……エドワード様も、ご自身よりもデーヴィド様の方が王にふさわしいとお考えになっている。けれど、しきたりにより殿下に王位を譲ることは出来ない。雁字搦めになっているということね)
エドワードの姿を目で追うと、ちょうど紅色のロングドレス姿の令嬢に声を掛けているところだった。王太子妃候補の一人であるルイスの妹・アデルだ。
母親のマチルダ似のつり目の美女。年齢は18。エドワードから見て3つ年下だ。彼と言葉を交わすごとに、彼女の涼やかな美貌が熱を帯びていく。
「ふふふっ、アデル様は王太子様のことを心から慕っていらっしゃるのね」
「ええ! バッチリどっぷり惚れこんじゃってますよ♡」
透かさずミラが食いついてきた。彼女は今やアデルの義姉の立場だ。信ぴょう性は高いと見ていいだろう。
「10歳の時に『君の剣技はとても綺麗だね』って褒められて、それでノックアウトしちゃったらしいですよ♡ どっかの誰かさんと似てますね♡♡♡」
ユーリは煩わし気に目を逸らした。その表情は否定とも肯定とも取れて。
(あの自警団のお稽古場でのやり取りがきっかけなの……?)
思えば知らない。ユーリのその想いのルーツが何処にあるのかを。
(折を見て伺ってみたいわ。野暮だけど……ユーリ、許してくれるわよね?)
ユーリは頑なに目を合わせない。それが何だか堪らなく愛おしくてつい頬を緩めてしまう。
「アーデならきっと大丈夫ですよ。いい奥さんになれます。誰よりもずっとずっとエドワード様のことが大好きなんですから!」
アデルの実の兄であるルイスも深く頷いて応えた。少々不安げではあるが、それもまた妹を思ってのこと。彼女の苦難を案じてのことなのだろう。
「おっ! 始まりますよ~」
演奏家達の前にエドワードとアデルのペアが立った。オーボエがラの音を響かせ、他の楽器達もそれに続いていく。
舞踏会の始まりだ。ゆったりとした彩り豊かなメロディに合わせてエドワードとアデルが踊り出す。
「素晴らしい」
「お似合いね~……」
美しく、それでいて華麗だった。淀み一つない息の合った舞踏は人々の意識を没入させ、魅了していく。
まさに、星夜に咲き誇る紅薔薇。
エドワードの黒と金の礼服が夜空を、アデルの紅色のドレスが紅薔薇を彷彿とさせた。
「王太子妃まで一歩も二歩もリードですね! さっすがアーデ!」
アデルは失態を恐れてか、やや表情が固かったがそれでも時折見せる笑顔には多幸感が満ち満ちていた。
(王太子様も微笑んでいらっしゃる。アデル様の想いが通じてのことかしら)
第一王子、第二王子、第一王女、第二王女の順でダンスに加わっていく。そして、最後には国王夫妻が加わり王室が揃い踏みとなった。
王は今年で56、王妃は50ということもあり他のペアに比べると足取りが少々覚束ないが、それでも王はしっかりと王妃の体を支え、王妃は不安がることなく王に身を委ねていた。
(……不毛であると分かっていても、やはりどうにも羨んでしまう)
あんなふうにユーリと共に年を重ねていきたかった。とうに捨てたはずの叶わぬ夢を一人胸の奥で転がす。
「っ!」
拍手喝采が巻き起こる。王室の舞踏が終了したようだ。
「きゃー! やったー!」
ミラの視線を辿ると、エドワードがアデルに自身の腕を取るよう促しているのが見えた。この後も彼女と共に過ごすということなのだろう。
(アデル様の純真さに、ユーリの純真さを重ねていらっしゃるのかもしれないわね)
孤独な立場故に『真』を求めてしまうのだろう。
幸いにもアデルにはその気構えが十二分にあるように思う。時間はかかるだろうが、彼女ならきっと良妻に。エドワードの安らぎとなり得るだろう。
「さっ! 次はアタシ達よ! 気張ってくよ~、ルイス」
「うん。お手柔らかにね、ミラ」
「はっはっは! な~に弱気になってんのよ」
ルイスとミラは軽口を交わしながらホールの中央へ。エドワードとアデルのペアにも負けず劣らずの息の合った舞踊を披露し始める。
次はリリィとジュリオのペアが向かい、その次にエレノアとユーリのペアが合流する手筈だ。
(胸がバクバクする……)
思い起こされるのは失敗の記憶。嘲笑の嵐だ。エレノアは緩く唇を噛んでそれとなく顔を俯かせる。
「おっ、おぐ……」
「……?」
不意に異音が耳を掠めた。ユーリではない。ジュリオから発せられたものであるようだ。
彼の背はカッチンコッチンに固まり、突けば崩れ落ちてしまいそうな程の重たい緊張を湛えていた。
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