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出会い編
07.囚われの聖女
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あれからどのぐらいの時間が経っただろう。
ユーリの自宅はおろか村自体がなくなってしまった。
あの魔物が爆破したからだ。
周囲には瓦礫やへし折れたポプラの木々、村人、騎士、家畜の亡骸が転がっている。
今戦っているのはビルただ一人。
彼は鍔迫り合いをしている。
小柄でふくよかな非戦闘員であるはずの伯爵と。
「ロナルド! しっかりして!」
わたくしはミラに守られながら、隊長ロナルドの治療にあたっていた。
彼はわたくしとミラを庇って負傷した。
村を消し飛ばすほどの爆風から、わたくし達を守ってくれたのだ。
何としても助けたい。何としても……っ。
「あっ……」
命が消える。
また一人、取りこぼしてしまった。
「わたくしは……なんて無力なのでしょう」
「エレノア様……」
神よ。この場にいたのが、わたくしではなく天賦の才を持つセオドアお兄様であったなら、ロナルドを、皆を救うことが出来たのでしょうか。
「ぐおぉおぉぉぉおぉ!!!??」
「「「っ!?」」」
突如、天から光が降り注いだ。
雷だ。巨大な柱のような落雷が地を、魔物の命を抉っていく。
わたくしは胸を熱くしながらレイに目を向ける。
彼はうつ伏せの状態で倒れていた。
意識こそ失っているものの息はしている。
刺された右脇腹もご自分で止血を。
抜かりがない。流石ね。
「すっげ……」
ユーリが目を覚ました。
彼は全身に打撲を負っていて、立ち上がることが出来ない。
上体を持ち上げては沈んで、もどかしげな声を上げている。
「ユーリ、動いてはダメよ――」
「くっくっくっく……素晴らしいぞ、賢者レイモンドよ。想像以上だ。しかし、今一歩足らん。貴様の師、大賢者エルヴェ・ロベールを超えるのには」
聞き慣れない男性の声。
まさか――。
恐る恐る空を見上げる。
あれは……何?
若い青年のような見た目をしたそれは、背中に黒い翼を生やしていた。
黒髪に赤い瞳。
着ている軍服は焼け焦げて、白い肌からは紫色の血を滴らせている。
「……悪魔……?」
「さあな」
凄まじい威圧感。
白い布にぽとぽととインクを垂らすように恐怖が広がっていく。
呼吸すらまともに出来なくなった。
敵わない。本能的に理解した。
ユーリ、ミラ、ビル、レイの命を守るのには、もうこれしかない。
「降伏、致しますわ」
「っ!? 止せ! エレノア!!」
「そうですよ!! バカなこと言わないで――」
「賢明だな」
「きゃっ!??」
ミラの体が吹き飛ばされる。
悪魔の仕業であるようだ。
彼女の華奢な体が地を滑って、土煙を上げる。
「ミラ――っ!」
不意に悪寒が走った。
誰かが……うしろに立っている。
吐息がわたくしの首筋にかかった。
酷く冷たい。生き物のものとは思えないぐらい。
「案ずるな。手荒な真似はしない」
「っ!!!??」
「エレノアーーーーー!!!!!!」
視界が透明なガラス板で覆われる。
周囲は薄暗い。足元には黒い靄が立ち込めて。
『くっ……!』
魔除けの結界を張ると、靄は恐れ慄くようにして散っていった。
良かった。有効みたいね。
「見事だ」
眼前に悪魔の顔が迫る。
異様に大きい。視界いっぱいに赤い瞳が広がって。
まさか……小さくなった?
「せいぜい抗うことだ。オスカーのような『傀儡』になりたくなくばな」
やはり、この瘴気はその類の。
なら……限界がきたその時には――。
白いポシェットに手を伸ばす。
中には短剣が入っている。
勿論、出来れば避けたい。
でも、皆に……国に迷惑をかけるぐらいなら……。
「貴様っ!!!!!」
ビルが悪魔に斬り掛かる。
凄まじい剣幕だ。見ているこちらが臆するほどの。
けれど、悪魔は僅かも怯むことなく攻撃を躱して、ビルの腹を蹴り飛ばした。
「ぐはっ……!!!」
『ビル!!!!』
「見込みはある。だが、まだまだだな。剣聖ウィリアム・キャボットよ」
「っ! どうして僕の名前を――」
「励め。期待しているぞ」
高度が上がっていく。撤退する気ね。
虹色の結界に手をついて、皆の姿に目を向ける。
地面に倒れ込んだままのユーリが、こちらに向かって手を伸ばしていた。
声が枯れるのも厭わずに、何度も何度もわたくしの名前を呼んで。
『……っ』
『助けて』、叫びたい衝動をぐっと抑え込む。
「賢者ガッファー――いや、レイモンドに伝えよ。『常闇の森』の我が城にて待つ。聖女エレノアを取り戻したくば、辿り着いてみせろ……とな」
「お前の目的は一体――っ!?」
『ビル!?』
ビルの姿が消えた。
いえ、ビルだけじゃないわ。ユーリ、ミラ、レイの姿もない。
「どうということはない。フォーサイスと言ったか? 貴様らの仲間の邸宅に飛ばしたまでのこと」
『なぜ……?』
「決まっておろう。手当てを受けさせるためだ。こんなところで死なれては困る」
『貴方は一体何を――っ!?』
不意に景色が切り替わった。
ここは……室内? 石造りだ。
壁に取り付けられた燭台には、紫色の炎が灯されている。
かなり広い。少なく見積もっても五百人は収容出来そう。
もしかして、ここが先ほど言っていたお城の……?
――「『常闇の森』の我が城にて待つ」
……っ! ちょっと待って。
心臓が早鐘を打つ。
城を持つ高位なる存在。今更になって思い至る。
この悪魔の正体は――。
『まっ、魔王……? 貴方は魔物の王、なの……?』
「……まぁ、そういうことにしておいてくれ」
推定魔王は大あくびをしながら、最奥にある玉座に腰掛けた。
わたくしは腸が煮えくりかえる思いだ。
あれだけの数の命を奪っておいてこの態度。
罪悪感は欠けらもない。
取るに足らない命だと? 彼らが何をしたというの……?
怒りは収まりそうにない。
だけど、怒っていても仕方がない。
情報を集めるのよ。何か……手を打つために。
『お前の目的は何? 彼らに何を期待しているの?』
「刺激だ。魔族の寿命は果てしなく長いのでな」
魔王は薄ら笑いを浮かべている。
本心だとは思えなかった。
はぐらかされた。そんな印象を抱く。
「吾輩は少し休む。……ああ、ただ早まるなよ。自死したところで、吾輩が得するだけのこと。貴様の望む結果にはならん」
『……体を乗っ取るから?』
魔王は気だるげに頷くと、そのまま目を閉じた。
疲労困憊といった様子だ。
けろっとしているようでいて、割と堪えているのかもしれない。
『っ!』
瘴気が迫ってくる。
魔王が就寝しても、術の効力は変わらないのね。
――耐えなければ。
この体を奪われたら、少なからず皆に迷惑をかけることになる。
自死の選択が失われた今、耐えるしか……っ。
――いつまで?
途方もない不安が押し寄せてくる。
わたくしは堪らず『よすが』を求めた。
ウェストポーチから取り出したのは、ユーリから貰ったあの野花だ。
ミラから聞いた話によると、『ハルジオン』というらしい。
別名『貧乏草』ともいうそうだけど。
ふふっ、十歳の少年らしい何とも甘酸っぱい失態ね。
だけど、きっと……貴方はこう言うのでしょうね。
『大事なのは心だ!』って。
『……ユーリ』
成長したユーリが……勇者の証である白い軍服を身に纏ったユーリが手を差し伸べてくる。
そんな稚拙なビジョンが思い浮かんだ。
バカね。けれど、今のわたくしには欠かせない夢だから。
みっともなく言い訳をして花を抱く。
昼も夜も分からない暗闇の中、今日は、明日は、今年こそは……と、そうやって何年も待ち続けた。
気付けば十年。
わたくしは変わらず、野花を抱いている。
残された時間は残り僅か。
二日……いえ、一日もてばいい方ね。
最期に一度だけ。
幻でもいいから、貴方に――ユーリに会いたい。
命を焚べながら切に願う。
暗く澱んだ闇の中で、独り佇みながら。
ユーリの自宅はおろか村自体がなくなってしまった。
あの魔物が爆破したからだ。
周囲には瓦礫やへし折れたポプラの木々、村人、騎士、家畜の亡骸が転がっている。
今戦っているのはビルただ一人。
彼は鍔迫り合いをしている。
小柄でふくよかな非戦闘員であるはずの伯爵と。
「ロナルド! しっかりして!」
わたくしはミラに守られながら、隊長ロナルドの治療にあたっていた。
彼はわたくしとミラを庇って負傷した。
村を消し飛ばすほどの爆風から、わたくし達を守ってくれたのだ。
何としても助けたい。何としても……っ。
「あっ……」
命が消える。
また一人、取りこぼしてしまった。
「わたくしは……なんて無力なのでしょう」
「エレノア様……」
神よ。この場にいたのが、わたくしではなく天賦の才を持つセオドアお兄様であったなら、ロナルドを、皆を救うことが出来たのでしょうか。
「ぐおぉおぉぉぉおぉ!!!??」
「「「っ!?」」」
突如、天から光が降り注いだ。
雷だ。巨大な柱のような落雷が地を、魔物の命を抉っていく。
わたくしは胸を熱くしながらレイに目を向ける。
彼はうつ伏せの状態で倒れていた。
意識こそ失っているものの息はしている。
刺された右脇腹もご自分で止血を。
抜かりがない。流石ね。
「すっげ……」
ユーリが目を覚ました。
彼は全身に打撲を負っていて、立ち上がることが出来ない。
上体を持ち上げては沈んで、もどかしげな声を上げている。
「ユーリ、動いてはダメよ――」
「くっくっくっく……素晴らしいぞ、賢者レイモンドよ。想像以上だ。しかし、今一歩足らん。貴様の師、大賢者エルヴェ・ロベールを超えるのには」
聞き慣れない男性の声。
まさか――。
恐る恐る空を見上げる。
あれは……何?
若い青年のような見た目をしたそれは、背中に黒い翼を生やしていた。
黒髪に赤い瞳。
着ている軍服は焼け焦げて、白い肌からは紫色の血を滴らせている。
「……悪魔……?」
「さあな」
凄まじい威圧感。
白い布にぽとぽととインクを垂らすように恐怖が広がっていく。
呼吸すらまともに出来なくなった。
敵わない。本能的に理解した。
ユーリ、ミラ、ビル、レイの命を守るのには、もうこれしかない。
「降伏、致しますわ」
「っ!? 止せ! エレノア!!」
「そうですよ!! バカなこと言わないで――」
「賢明だな」
「きゃっ!??」
ミラの体が吹き飛ばされる。
悪魔の仕業であるようだ。
彼女の華奢な体が地を滑って、土煙を上げる。
「ミラ――っ!」
不意に悪寒が走った。
誰かが……うしろに立っている。
吐息がわたくしの首筋にかかった。
酷く冷たい。生き物のものとは思えないぐらい。
「案ずるな。手荒な真似はしない」
「っ!!!??」
「エレノアーーーーー!!!!!!」
視界が透明なガラス板で覆われる。
周囲は薄暗い。足元には黒い靄が立ち込めて。
『くっ……!』
魔除けの結界を張ると、靄は恐れ慄くようにして散っていった。
良かった。有効みたいね。
「見事だ」
眼前に悪魔の顔が迫る。
異様に大きい。視界いっぱいに赤い瞳が広がって。
まさか……小さくなった?
「せいぜい抗うことだ。オスカーのような『傀儡』になりたくなくばな」
やはり、この瘴気はその類の。
なら……限界がきたその時には――。
白いポシェットに手を伸ばす。
中には短剣が入っている。
勿論、出来れば避けたい。
でも、皆に……国に迷惑をかけるぐらいなら……。
「貴様っ!!!!!」
ビルが悪魔に斬り掛かる。
凄まじい剣幕だ。見ているこちらが臆するほどの。
けれど、悪魔は僅かも怯むことなく攻撃を躱して、ビルの腹を蹴り飛ばした。
「ぐはっ……!!!」
『ビル!!!!』
「見込みはある。だが、まだまだだな。剣聖ウィリアム・キャボットよ」
「っ! どうして僕の名前を――」
「励め。期待しているぞ」
高度が上がっていく。撤退する気ね。
虹色の結界に手をついて、皆の姿に目を向ける。
地面に倒れ込んだままのユーリが、こちらに向かって手を伸ばしていた。
声が枯れるのも厭わずに、何度も何度もわたくしの名前を呼んで。
『……っ』
『助けて』、叫びたい衝動をぐっと抑え込む。
「賢者ガッファー――いや、レイモンドに伝えよ。『常闇の森』の我が城にて待つ。聖女エレノアを取り戻したくば、辿り着いてみせろ……とな」
「お前の目的は一体――っ!?」
『ビル!?』
ビルの姿が消えた。
いえ、ビルだけじゃないわ。ユーリ、ミラ、レイの姿もない。
「どうということはない。フォーサイスと言ったか? 貴様らの仲間の邸宅に飛ばしたまでのこと」
『なぜ……?』
「決まっておろう。手当てを受けさせるためだ。こんなところで死なれては困る」
『貴方は一体何を――っ!?』
不意に景色が切り替わった。
ここは……室内? 石造りだ。
壁に取り付けられた燭台には、紫色の炎が灯されている。
かなり広い。少なく見積もっても五百人は収容出来そう。
もしかして、ここが先ほど言っていたお城の……?
――「『常闇の森』の我が城にて待つ」
……っ! ちょっと待って。
心臓が早鐘を打つ。
城を持つ高位なる存在。今更になって思い至る。
この悪魔の正体は――。
『まっ、魔王……? 貴方は魔物の王、なの……?』
「……まぁ、そういうことにしておいてくれ」
推定魔王は大あくびをしながら、最奥にある玉座に腰掛けた。
わたくしは腸が煮えくりかえる思いだ。
あれだけの数の命を奪っておいてこの態度。
罪悪感は欠けらもない。
取るに足らない命だと? 彼らが何をしたというの……?
怒りは収まりそうにない。
だけど、怒っていても仕方がない。
情報を集めるのよ。何か……手を打つために。
『お前の目的は何? 彼らに何を期待しているの?』
「刺激だ。魔族の寿命は果てしなく長いのでな」
魔王は薄ら笑いを浮かべている。
本心だとは思えなかった。
はぐらかされた。そんな印象を抱く。
「吾輩は少し休む。……ああ、ただ早まるなよ。自死したところで、吾輩が得するだけのこと。貴様の望む結果にはならん」
『……体を乗っ取るから?』
魔王は気だるげに頷くと、そのまま目を閉じた。
疲労困憊といった様子だ。
けろっとしているようでいて、割と堪えているのかもしれない。
『っ!』
瘴気が迫ってくる。
魔王が就寝しても、術の効力は変わらないのね。
――耐えなければ。
この体を奪われたら、少なからず皆に迷惑をかけることになる。
自死の選択が失われた今、耐えるしか……っ。
――いつまで?
途方もない不安が押し寄せてくる。
わたくしは堪らず『よすが』を求めた。
ウェストポーチから取り出したのは、ユーリから貰ったあの野花だ。
ミラから聞いた話によると、『ハルジオン』というらしい。
別名『貧乏草』ともいうそうだけど。
ふふっ、十歳の少年らしい何とも甘酸っぱい失態ね。
だけど、きっと……貴方はこう言うのでしょうね。
『大事なのは心だ!』って。
『……ユーリ』
成長したユーリが……勇者の証である白い軍服を身に纏ったユーリが手を差し伸べてくる。
そんな稚拙なビジョンが思い浮かんだ。
バカね。けれど、今のわたくしには欠かせない夢だから。
みっともなく言い訳をして花を抱く。
昼も夜も分からない暗闇の中、今日は、明日は、今年こそは……と、そうやって何年も待ち続けた。
気付けば十年。
わたくしは変わらず、野花を抱いている。
残された時間は残り僅か。
二日……いえ、一日もてばいい方ね。
最期に一度だけ。
幻でもいいから、貴方に――ユーリに会いたい。
命を焚べながら切に願う。
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