28 / 131
第四章
第三話
しおりを挟む
千鶴はどうして桐秋が不機嫌になっているのか分からず、困惑する。
すると桐秋は、千鶴に鰯の煮付けはまだ余っているかと問う。
千鶴がはい、と答えると、桐秋は新しい器にそれを持って来るよう指示する。
千鶴が言われたとおり煮付けを持ってきて、桐秋の膳に置こうとすると、桐秋がそれを止めた。そして、
「これは君が食べなさい」
と千鶴の方に皿を渡す。
千鶴は、桐秋のために作ったのだから、自分が食べるのはおかしい、と訴えるが、桐秋はいいから食べなさいと言う。
さらに続けざまに千鶴に告げる。
「これからは、三食一緒に取ろう。
君の食べるものは私と同じか、それ以上のものにすること。
君は患者のことに必死になるあまり、自分のことが疎かになっているように見える。
病人の私でさえ食べる食事を、朝から晩まで働く君は、私以上に食べる必要がある。
おかわりも遠慮せずにしなさい。
君が、私がおかわりをするとうれしい、といってくれるように、私も君がきちんと食べている姿を見ると安心する」
桐秋の言葉に、千鶴はなんとも形容しがたい気持ちになる。
看護婦の自分が、看護する人間に心配されたのは初めてだ。
普通、患者は自身のことに一杯一杯で他者のことなど気にもとめない。
自身の病が重いなら余計に、相手が自分の面倒を見てくれる者になるとなおさらだ。
特に千鶴は、患者には治療に専念して貰うため、看護婦の仕事中はできるだけそういう「私」の部分を見せないように、意識もしている。
けれども桐秋は気づいた。
自身こそ死病と呼ばれる病を患ってつらいはずなのに、他人の、千鶴の、細やかなところに心を配ってくれた。
この人は本来、心根が優しく、自分が苦しい立場にあっても人を思いやれる人なのだと千鶴は思う。
千鶴は桐秋の繊細な気づかいに、身体全体にゆっくりと染みわたる、出湯のような心地よい温かさを感じた。
千鶴は何かがこみあげそうになる顔をごまかしながら、桐秋の言葉どおり、自分のご飯をお櫃から普段よりも多めによそい、手を合わせて朝食を食べ始める。
鰯の煮付けは好物だが、今まで作ったものよりもずっとおいしく感じられる。
きっと桐秋が心を分けて渡してくれた物だから。
喜びと幸福をかみしめながら、満面の笑みでご飯を食べ進める千鶴の様子を見て、桐秋も自身の味噌汁に箸をつける。
先ほど安心するとはいったが、千鶴がおいしそうに笑み浮かべて食事を取っている姿をみると、桐秋も自然と笑顔になる。
わずかに弧を描く口元を椀で隠しながら、桐秋は少し冷めた、しかし、だしのしっかりときいたおいしい味噌汁を飲み干した。
すると桐秋は、千鶴に鰯の煮付けはまだ余っているかと問う。
千鶴がはい、と答えると、桐秋は新しい器にそれを持って来るよう指示する。
千鶴が言われたとおり煮付けを持ってきて、桐秋の膳に置こうとすると、桐秋がそれを止めた。そして、
「これは君が食べなさい」
と千鶴の方に皿を渡す。
千鶴は、桐秋のために作ったのだから、自分が食べるのはおかしい、と訴えるが、桐秋はいいから食べなさいと言う。
さらに続けざまに千鶴に告げる。
「これからは、三食一緒に取ろう。
君の食べるものは私と同じか、それ以上のものにすること。
君は患者のことに必死になるあまり、自分のことが疎かになっているように見える。
病人の私でさえ食べる食事を、朝から晩まで働く君は、私以上に食べる必要がある。
おかわりも遠慮せずにしなさい。
君が、私がおかわりをするとうれしい、といってくれるように、私も君がきちんと食べている姿を見ると安心する」
桐秋の言葉に、千鶴はなんとも形容しがたい気持ちになる。
看護婦の自分が、看護する人間に心配されたのは初めてだ。
普通、患者は自身のことに一杯一杯で他者のことなど気にもとめない。
自身の病が重いなら余計に、相手が自分の面倒を見てくれる者になるとなおさらだ。
特に千鶴は、患者には治療に専念して貰うため、看護婦の仕事中はできるだけそういう「私」の部分を見せないように、意識もしている。
けれども桐秋は気づいた。
自身こそ死病と呼ばれる病を患ってつらいはずなのに、他人の、千鶴の、細やかなところに心を配ってくれた。
この人は本来、心根が優しく、自分が苦しい立場にあっても人を思いやれる人なのだと千鶴は思う。
千鶴は桐秋の繊細な気づかいに、身体全体にゆっくりと染みわたる、出湯のような心地よい温かさを感じた。
千鶴は何かがこみあげそうになる顔をごまかしながら、桐秋の言葉どおり、自分のご飯をお櫃から普段よりも多めによそい、手を合わせて朝食を食べ始める。
鰯の煮付けは好物だが、今まで作ったものよりもずっとおいしく感じられる。
きっと桐秋が心を分けて渡してくれた物だから。
喜びと幸福をかみしめながら、満面の笑みでご飯を食べ進める千鶴の様子を見て、桐秋も自身の味噌汁に箸をつける。
先ほど安心するとはいったが、千鶴がおいしそうに笑み浮かべて食事を取っている姿をみると、桐秋も自然と笑顔になる。
わずかに弧を描く口元を椀で隠しながら、桐秋は少し冷めた、しかし、だしのしっかりときいたおいしい味噌汁を飲み干した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる