41 / 131
第五章
第五話
しおりを挟む
診察が終わり、千鶴は中路を玄関先まで見送ろうと後をついて行く。
すると、玄関の前で中路は振り返り、千鶴に話しかける。
「少し話ができないかな。桐秋様のことで聞きたいこともあるし、」
中路の申し出に桐秋のことならばと、千鶴は頷き、玄関横にある洋間に彼を案内した。
*
二人はテーブル越しに向かい合って座る。
千鶴は中路にここにきて記してきた桐秋の観察記録を見せた。
桐秋の一日の行動を基本に、客観的に見た桐秋の体の状態から、その日の献立、食べた量、桐秋のふとしたしぐさで気にかかったことまで、千鶴は事細かに記していた。
中路はそれを真剣に見ている。
ときおり、気になることがあると、千鶴に視線を合わせて訪ねてくる。千鶴もそれに真摯にこたえた。
中路と千鶴は四半刻ほど桐秋の現状に対する意見のすり合わせをして、今後の診療方針について話し合った。
千鶴は南山に伝えたとおり、このまま桐秋の桜病の研究と、彼自身の病の治療を両立させたい旨を必死になって伝える。
中路は、千鶴が南山に提出した看護計画を見ながら、千鶴の話を黙って聞いていた。そして、
「わかった。人には生きがいはあったほうがいいという君の意見には僕も同感だ。
それで、目覚ましい回復を見せた人を何人も僕自身もみてきた」
そういって、千鶴の意見を受け入れてくれた。
千鶴はあからさま、それにほっと一息つくと、中路は真剣な顔から一転、ふっと笑う。
それに千鶴は、首をかしげる。
「君は変わらないね」
そう言った中路の顔は優しい。
彼は人の心を和ませる表情をする人だ。千鶴も自然と笑顔になる。
それを機に、二人は力を抜いて、千鶴が入れた覚めたお茶を飲みながら、互いの近況についての話も始めた。
*
中路は現在、私立大学の講師をしながら、上条が経営する病院の訪問診療を担当しているらしい。
それを聞いて千鶴は彼らしいと思った。
以前、中路の実家は地方で開業医をやっていると言っていた。
いずれそこを継ぐために、いろいろな症例の患者と接し、多くの経験を重ねていきたいとも。
そうした思いもあって、中路は医師になってすぐ、地域住民とより密接に関わることのできる千鶴の父の診療所で働き、訪問診療にも精力的に出向いてくれていた。
そして今もそれを続けている。
千鶴は医師としての初志を貫く中路を看護婦として尊敬する。
千鶴もここにいる経緯をかいつまんで、中路に説明する。
中路からも笑いながら、西野先生に反対されても困っている人をほっとけないのが千鶴ちゃんらしいねと、返ってきた。
その笑顔にやはり千鶴はほっとする。
今の時世、女性が働ける職業が増えてきてはいるが、それが世間的に認められているかというとそうではない。
特に千鶴が高等女学校を卒業した当時、女子が資格を得るため、それより上の学校に行くことはとても珍しかった。
看護婦になる前から診療所を手伝っていた千鶴でさえ、父から看護婦の学校に行くことを反対された。
そんな折、新人医師として診療所を手伝ってくれていた中路に、看護婦になりたいのだということを相談したことがあった。
彼はそれを一も二もなく応援してくれた。
『これからは、女性が積極的に医学に関わっていくようになる。
女性ならではの気づきや細やかな心配りなんかは、男にはとても真似出来ない。
僕たち医者は看護婦の支えがなければ、なにもできないよ』
そう苦笑交じりに告げられた言葉は、千鶴の看護婦になりたいという気持ちを後押ししてくれた。
その出来事を思い出し、千鶴は温かい気持ちになった。
すると、玄関の前で中路は振り返り、千鶴に話しかける。
「少し話ができないかな。桐秋様のことで聞きたいこともあるし、」
中路の申し出に桐秋のことならばと、千鶴は頷き、玄関横にある洋間に彼を案内した。
*
二人はテーブル越しに向かい合って座る。
千鶴は中路にここにきて記してきた桐秋の観察記録を見せた。
桐秋の一日の行動を基本に、客観的に見た桐秋の体の状態から、その日の献立、食べた量、桐秋のふとしたしぐさで気にかかったことまで、千鶴は事細かに記していた。
中路はそれを真剣に見ている。
ときおり、気になることがあると、千鶴に視線を合わせて訪ねてくる。千鶴もそれに真摯にこたえた。
中路と千鶴は四半刻ほど桐秋の現状に対する意見のすり合わせをして、今後の診療方針について話し合った。
千鶴は南山に伝えたとおり、このまま桐秋の桜病の研究と、彼自身の病の治療を両立させたい旨を必死になって伝える。
中路は、千鶴が南山に提出した看護計画を見ながら、千鶴の話を黙って聞いていた。そして、
「わかった。人には生きがいはあったほうがいいという君の意見には僕も同感だ。
それで、目覚ましい回復を見せた人を何人も僕自身もみてきた」
そういって、千鶴の意見を受け入れてくれた。
千鶴はあからさま、それにほっと一息つくと、中路は真剣な顔から一転、ふっと笑う。
それに千鶴は、首をかしげる。
「君は変わらないね」
そう言った中路の顔は優しい。
彼は人の心を和ませる表情をする人だ。千鶴も自然と笑顔になる。
それを機に、二人は力を抜いて、千鶴が入れた覚めたお茶を飲みながら、互いの近況についての話も始めた。
*
中路は現在、私立大学の講師をしながら、上条が経営する病院の訪問診療を担当しているらしい。
それを聞いて千鶴は彼らしいと思った。
以前、中路の実家は地方で開業医をやっていると言っていた。
いずれそこを継ぐために、いろいろな症例の患者と接し、多くの経験を重ねていきたいとも。
そうした思いもあって、中路は医師になってすぐ、地域住民とより密接に関わることのできる千鶴の父の診療所で働き、訪問診療にも精力的に出向いてくれていた。
そして今もそれを続けている。
千鶴は医師としての初志を貫く中路を看護婦として尊敬する。
千鶴もここにいる経緯をかいつまんで、中路に説明する。
中路からも笑いながら、西野先生に反対されても困っている人をほっとけないのが千鶴ちゃんらしいねと、返ってきた。
その笑顔にやはり千鶴はほっとする。
今の時世、女性が働ける職業が増えてきてはいるが、それが世間的に認められているかというとそうではない。
特に千鶴が高等女学校を卒業した当時、女子が資格を得るため、それより上の学校に行くことはとても珍しかった。
看護婦になる前から診療所を手伝っていた千鶴でさえ、父から看護婦の学校に行くことを反対された。
そんな折、新人医師として診療所を手伝ってくれていた中路に、看護婦になりたいのだということを相談したことがあった。
彼はそれを一も二もなく応援してくれた。
『これからは、女性が積極的に医学に関わっていくようになる。
女性ならではの気づきや細やかな心配りなんかは、男にはとても真似出来ない。
僕たち医者は看護婦の支えがなければ、なにもできないよ』
そう苦笑交じりに告げられた言葉は、千鶴の看護婦になりたいという気持ちを後押ししてくれた。
その出来事を思い出し、千鶴は温かい気持ちになった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる