72 / 131
第七章
第十三話
しおりを挟む
純粋に千鶴に喜んでもらいたいと考えたとき、苦しく悲しい思い出よりも先に、ここで過ごした幼い頃の楽しかった思い出が|蘇(よみがえ)った。
ここは幼い頃、毎年家族で訪れる場所だった。
珍しい植物が植えられた温室とバラ園では、父と母がたくさんの草花の名前を桐秋に教えてくれた。
庭にある西洋風の池では、何もいなくて寂しいといった桐秋のために、宝玉の様な可愛らしい金魚を放してくれた。
紅葉が美しい散策道では、桐秋を挟んで親子三人、手をつないで歩いた。
千鶴を楽しませたいという願いは、悲しい思い出に塗り替えられていた桐秋の記憶の中から、大切な心温まる思い出を掬い取ってくれた。
ここは唯一千鶴を連れ出せる場所であり、なにより共に訪れたい場所だったのだ。
「ここには、母と過ごした大切な思い出がたくさんあった。
それを思いださせてくれたのは君だ。
ありがとう。
そして、今、こうして君と共に過ごすことができて、大切な思い出は、上書きされている。
・・・君といると私は幸せになれる。」
最後の言葉を、ことさら優しく微笑み、告げる桐秋に、千鶴は、胸をきゅっと絞り取られる感覚を味わう。
そこからあふれてくるのは、桐秋への想い。
愛しさを大きくはらんだ・・・。
――君といると私は幸せになれる
言葉の意味をかみしめるたび、痛いほどに千鶴の心から想いが絞り取られていく。
それはどんどんと千鶴の心の下にある器へとたまり、やがては満々と水をたたえて、ぷつりとこぼれゆく。
あふれた出た想いは行き場をなくし、瞳から光る雫として身体の外に流れ出る。
初めて千鶴に想いを告げた時の桐秋と同じ。
自然にこぼれ出たもの。
千鶴が流す涙は桐秋への想いの結晶。
次から次に湧き出てくる。
そんな千鶴の姿に桐秋は泣かせるつもりは無かったと苦く微笑み、ハンカチで、千鶴の頬の涙を拭ってくれる。
さらに抱きしめてくれる。
桐秋の前では、千鶴はすっかり泣き虫になってしまった。
桐秋もそれを心得ていて、千鶴の涙を拭うのが仕事になっている。
早く涙を止めなければと千鶴は思う。
それでも、涙を拭う桐秋の顔があまりにも優しいから、千鶴はそれに甘え、桐秋の胸の中でしばし想いの雫をこぼす。
二人を囲む幸せの園は、かさりかさりとその葉を落とす。
確実に季節が巡る音がする。
でも今は、今だけは、行く秋の音に耳を塞ぎ、ただ、このとき、この瞬間の幸せに二人、心を寄せるのだった。
ここは幼い頃、毎年家族で訪れる場所だった。
珍しい植物が植えられた温室とバラ園では、父と母がたくさんの草花の名前を桐秋に教えてくれた。
庭にある西洋風の池では、何もいなくて寂しいといった桐秋のために、宝玉の様な可愛らしい金魚を放してくれた。
紅葉が美しい散策道では、桐秋を挟んで親子三人、手をつないで歩いた。
千鶴を楽しませたいという願いは、悲しい思い出に塗り替えられていた桐秋の記憶の中から、大切な心温まる思い出を掬い取ってくれた。
ここは唯一千鶴を連れ出せる場所であり、なにより共に訪れたい場所だったのだ。
「ここには、母と過ごした大切な思い出がたくさんあった。
それを思いださせてくれたのは君だ。
ありがとう。
そして、今、こうして君と共に過ごすことができて、大切な思い出は、上書きされている。
・・・君といると私は幸せになれる。」
最後の言葉を、ことさら優しく微笑み、告げる桐秋に、千鶴は、胸をきゅっと絞り取られる感覚を味わう。
そこからあふれてくるのは、桐秋への想い。
愛しさを大きくはらんだ・・・。
――君といると私は幸せになれる
言葉の意味をかみしめるたび、痛いほどに千鶴の心から想いが絞り取られていく。
それはどんどんと千鶴の心の下にある器へとたまり、やがては満々と水をたたえて、ぷつりとこぼれゆく。
あふれた出た想いは行き場をなくし、瞳から光る雫として身体の外に流れ出る。
初めて千鶴に想いを告げた時の桐秋と同じ。
自然にこぼれ出たもの。
千鶴が流す涙は桐秋への想いの結晶。
次から次に湧き出てくる。
そんな千鶴の姿に桐秋は泣かせるつもりは無かったと苦く微笑み、ハンカチで、千鶴の頬の涙を拭ってくれる。
さらに抱きしめてくれる。
桐秋の前では、千鶴はすっかり泣き虫になってしまった。
桐秋もそれを心得ていて、千鶴の涙を拭うのが仕事になっている。
早く涙を止めなければと千鶴は思う。
それでも、涙を拭う桐秋の顔があまりにも優しいから、千鶴はそれに甘え、桐秋の胸の中でしばし想いの雫をこぼす。
二人を囲む幸せの園は、かさりかさりとその葉を落とす。
確実に季節が巡る音がする。
でも今は、今だけは、行く秋の音に耳を塞ぎ、ただ、このとき、この瞬間の幸せに二人、心を寄せるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる