幸い(さきはひ)

白木 春織

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第十一章

第五話

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「それから、貴方様が私に爛漫に咲き誇る花木が『さくら』という名なのだと教えてくださった。

 満開に咲いた桜を幹の真下から見上げた様は、生まれてこの方、見たことがないほどに幽玄ゆうげんで美しかった。

 視界いっぱいの可憐な花が、春の青い光を浴びて淡く輝いて見えました。しかし、同時に私はその光景に恐怖も感じました」

 花の一つは一つは、自分の幼い小さな手でも簡単に潰れそうなのに、

 一斉に咲き誇り、自身の頭上を覆い隠さんばかりに取り囲む様は、己を世界で独りの存在にするかのようで恐ろしかった。

 一斉に散り、花吹雪はなふぶきが身体を包み去る様は、自分の大事な何かを奪われていきそうで怖かった。

「貴方様は私のそんな心情を察して下さったのか、私が満天の桜を見上げて不安そうな顔を見せるたび、隣にいて安心するようにやわく微笑んでくださった。

 だから私はいつも心穏やかに桜の美しさを堪能することができたのです。

 そのようなことを繰り返しているうちに、私は桜ではなく、桜の中で微笑む貴方様に見とれるようになっていきました」

 あの頃を思い出すかのように、女は咲き誇る桜を見上げる。

 隣に寄り添う人はもういない。

「そうして、貴方様と桜の魅力に惹きつけられた私は、父の目を盗んでは家を出て、貴女様の家に行きました。

 貴女様はいつもクッキーを手に、温かな笑顔で私のことを迎えてくださいました」

 たくさんの心弾む刻。

「木苺のクッキーを食べたり、西洋の本を読み聞かせてくださったり、私が、花冠が欲しいとねだると、貴女様は花園はなぞので一生懸命、花をつらねてくださった。
 
 難しい顔をしながらも、最後まで作り上げてくださった花冠を、貴女様は不格好だとおっしゃったけれど、私にとっては宝石が埋め込まれた金の冠よりも、ずっと価値のあるものだった。

 あの春の陽だまりの温かな日々は、私にとって今でも大切な宝物です」
 
 胸にあてる手に思いをせる。
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