婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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東の果ての

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 踏みだすごとに足下そっかの土と周囲のさまざまな植物が香り、親しみのないそれらが非日常を実感させます。
 頭上を覆うように茂る鮮やかな新緑の隙間からは午後の陽がうらうらとさし、鬱蒼とした山道でもさほど陰気さはありません。
 坂のむこうから吹きおりる風が、汗ばみかけた体を心地よく冷やします。
「はるばる来たよ東の果て、ニリオン、ニリオン……!」
 自作の歌をくちずさむロラン王子の両脇には、アルマンとコルトが控えます。出立このかたの浮かれどおしに、ことアルマンは臆することなく辟易顔ですが、当人は意に介さず軽やかな足どりです。
 離宮での算段から約一週間。彼らはニリオン国の城下町にほど近い山中を歩いていました。まずはじめに町を俯瞰したい、というアルマンの要望で到着場所をそこにしたのです。
「大げさなんですよ。移動は一瞬だったんですし」
 アルマンが冷淡に流れをぶった切ります。ロラン王子の悪意ない発言が、ときに無自覚に他者を傷つけるのを未然に防ごうとしてのことでしたが、くり返される単調なフレーズで食傷だったのがにじみでてしまい、思いのほか主人の機嫌をそこねてしまいます。
「やめてよ、せっかくいい気分で歌ってたのに」
 気色ばむロラン王子が「アルマン細かすぎ」と文句をたれます。相手の真意をくみとることには疎くても感情は過不足なく察知できるうえ、へそを曲げたときはしつこいので厄介です。
 ため息のひとつでもこぼしたくなったアルマンでしたが、今回に関しては自分の油断がまねいたことだと反省。すぐさま話を転じます。
「それよりも先を急ぎましょう。ざっとでかまいませんから、明るいうちに町のなかも見ておきたいので」
「わかってるよ。だからこうして道草せずにいるんじゃん。てか、遠くから来たのには違いないんだし『はるばる』言ってもいいじゃん。そのほうが頑張った感じするじゃん。なんだかんだで日数かかったんだし」
 アルマンの危惧どおり、しょげたコルトが頭をさげます。
「申し訳ございません、私が至らないばかりに……」
 ここでようやくロラン王子も、自身が不用意だったことに気づきます。
 空間移動の得意でないコルトの魔力回復のため、ロラン王子たちは途中三つの国に滞在しました。そのことについて誰もコルトを責めていなかったのですが、本人はふがいなさを深く恥じいっていたのです。
「違うよ、ごめん。そういう意味じゃなくて。俺としては、もっとのんびりペースでもよかったっていうか。めったにない旅なんだから満喫したいよね」
 この発言はコルトを思いやってのものだけでなく、ロラン王子の本音でもありました。
 実際、各国で一泊ずつとアルマンが計画していたのを最初の経由国で聞かされた時も、「なにがなんでも最低二泊ずつ!」と大通りのまんなかで五体を地に投げだしギャーギャーわめきたてるという、大人にあるまじきゴネっぷりで譲らなかったほどです。
 なかでも最後に訪れた国はとくにお気にめしたらしく、いまだに後ろ髪をひかれていました。
「あーあ、あと二三泊したかったな。女の子はかわいかったし、食べものも美味しかったし」
「首都は発展してて活気があるのに、少し離れると自然があってさ。みんな大らかで気さくで、いい人ばかりだったよね」
「そもそもアルマンの作った予定表、ぎっちぎちで無理があるんだよ。強行軍じゃあるまいし」
「けどまぁ、しかたないか。今回の目的はあくまでもミヤ姫だもんね。早く着けば早く会えて、早く結婚できるわけだからさ。その点は評価しないと」
「そういやニリオンの名物ってなんだっけ。たしか生食の文化があるんだよね。なじみがないけど慣れといたほうがいっか。なんたって婿入りしなきゃなんだから」
 ロラン王子の脳内は、目下の愚痴から将来の妄想へ移行。身勝手なことをならべたてます。
「そういった努力って大切だよね。ていうか、俺のけなげさヤバくない? これもう愛されるしかなくない? 絶対すぐ相思相愛なっちゃうくない?」
 対応に困るコルトを気にもとめず、ロラン王子がまくしたてます。「ロラン様」というアルマンの呼びかけも、いよいよ耳に入りません。
「ってことは、婚礼の儀はニリオン式か。楽しみだな、ミヤ姫の花嫁姿。なに着ても似合っちゃうでしょ」
「ロラン様」
「父上や母上を招待してさ。兄上も呼んじゃお。ミヤ姫を見たら悔しがるかもしれないよね、めちゃくちゃかわいいお嫁さ……痛い痛いッ!」
 ひじ間接の両サイドに容赦なく食いこむアルマンの指。涙目のロラン王子が、それをふり払います。
「だから! そういう痛いことするのダメって言ってんでしょ!」
「ロラン様」
「なに!」
「はしゃぎすぎです」
「口で言えばいいじゃん!」
「二度無視されたんで、もういいかなと思いまして」
「少ないよ! せめてあと二回は粘って!」
「俺も人の子ですから、そんなに我慢できませんよ」
「ああもう、一理ある!」
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