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運命の出会い
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翌朝。ロラン王子らは店の者たちよりも、いちだん早く起床しました。
みな夜仕事に従事しているため朝が遅いということもありましたが、ロラン王子がほかの女の子に目移りしたら面倒と考えたアルマンの采配で、あえて時間をずらしたのです。
奥座敷の円卓に並べられた朝食は、祖国エトワルンで食べていたものより慎ましやかですが、味だけでなく器や盛りつけにも配慮がなされていて、ロラン王子はたいそう満足げです。
主人の機嫌により急な予定変更のおそれのあったアルマンも、これには安堵の息。ですが、コルトだけは背中を丸めぐったり。顔色はすぐれず、食欲も不振のようです。
食事に熱中するロラン王子を尻目、アルマンがいたわります。
「疲れてるみたいだね。大丈夫?」
「すみません、あまり休めなかったもので……」
「本館からの音はそんなに届かなかったけど、近隣の喧騒やお囃子が聞こえてたから気になったかな」
「そうでもなかったんですが、なんとなく落ちつかなくて」
彼らにあてがわれたのは、別館のすみにある板張りの部屋で、質素なベッドと小ぶりな窓、ささやかな収納がひとつずつというしつらえでした。
一階が酒を楽しむためのサロン、二階が宿泊のためのフロアとなっている本館と違い、そちらの建物はチヨをはじめ従業員たちの生活空間。わりあい静かにすごせる場所となっていました。
個室だったこともあり年長者二名は旅の疲れを癒やすことができましたが、これまで魔術の修行にあけくれていたコルトには、まったくもって縁のなかった環境――ましてや情交が結ばれる妓楼で過ごすなぞもってのほかでした。
言葉少なにわけを話したコルトですが、それでもおおかたの察しがついたアルマンは同情をよせます。
「当分ここに厄介になるから、早めに慣れたほうがいいだろうね」
「そうですよね。どうにか眠れさえすれば」
「今夜よければ協力しようか。たぶんすぐ寝つけると思うけど」
ぐっと握りしめられた拳に、物理攻撃による入眠を予感したコルトの顔からいっそう血の気がひきます。
「い、いえ、大丈夫です……」
「そう。必要になったらいつでも言って」
最終手段でもないかぎりお願いしたくない、という文句を飲みこみコルトが箸をとります。
目の前にずらりとあるのは、この国の主食である炊いた白米、焼いた鮭に青菜のおひたし、厚焼き玉子、きゅうりのお漬け物。根菜の味噌汁はほかほかと湯気がでて食欲をそそるかぐわしさですが、現状のコルトには嫌な唾液が広がるだけ。なかなか食指が動きません。
そこに厨から、おかっぱ頭を三角巾でくるんだモモがやってきました。
「ごはんのおかわりいかかですかぁ」
会話に不参加、食事を堪能していたロラン王子がようやく反応しめします。
「俺、もらおうかな。とっても美味しいんだもん。粘りと甘みがしっかりしてて、食べこたえがあってさ」
飯碗を受けとるモモの笑顔は、昨日とうってかわって晴れ晴れ。例の悶着のあと、さんざっぱらロラン王子にご機嫌とりをしてもらい、すっかり懐いたのです。
「また褒めてくれるなんて、ロランさんいい人ですねぇ。モモも作りがいがありますぅ」
ここの賄いは、客をとらないかわりに雑務を一手にひきうけるモモが作ったもので、とりわけ彼女は料理が好きでした。
いったんモモが厨にさがったあいだ、ロラン王子がコルトを気にかけます。食い意地に支配されていたようでも、聞き流しではありますが、二人のやりとりは耳に入れていました。
「そういやコルトどしたの。体調悪い?」
「はい、少しばかり……」
「だったら今日は留守番して寝てなよ。町には俺とアルマンで行くから」
と、ちょうどおかわりを持って戻ってきたモモが、気をきかせて知らせます。
「姐さんたちの起きる前じゃなきゃ、のんびりできませんよぉ」
この店では客のついた者は、朝方その帰りを見送ったあと使用した本館二階の部屋で眠ることもありましたが、だいたいは別館の自室にさがっていました。
それが昼くらいになるとぞろぞろ起き、あっというまに屋敷中かしましくなるのです。
かつ、女性に免疫のない純情なコルトは、すでに彼女たちの格好の標的でした。
「やはり私もお供します」
息つく暇もなく玩具にされたのを思いだし、コルトが手のひらを返します。
仲良くされるならまだしも、馬鹿にされるのは当たり前にプライドが傷つきます。あんな扱いをうけるくらいなら多少無理をしてでも外にいたほうが、どれだけもマシでした。
「いやいや、ちゃんと寝なよ」
「そうしたほうがいい。部屋にひきこもってれば午後でも休めるだろうし」
ロラン王子とアルマンが年上らしく、くちぐち言いきかせますが、
「いいえ、ぜひとも! 必ずお役にたってみせますから!」
かぶりつかんばかりのコルトの剣幕に、けっきょくは折れることになってしまいました。
みな夜仕事に従事しているため朝が遅いということもありましたが、ロラン王子がほかの女の子に目移りしたら面倒と考えたアルマンの采配で、あえて時間をずらしたのです。
奥座敷の円卓に並べられた朝食は、祖国エトワルンで食べていたものより慎ましやかですが、味だけでなく器や盛りつけにも配慮がなされていて、ロラン王子はたいそう満足げです。
主人の機嫌により急な予定変更のおそれのあったアルマンも、これには安堵の息。ですが、コルトだけは背中を丸めぐったり。顔色はすぐれず、食欲も不振のようです。
食事に熱中するロラン王子を尻目、アルマンがいたわります。
「疲れてるみたいだね。大丈夫?」
「すみません、あまり休めなかったもので……」
「本館からの音はそんなに届かなかったけど、近隣の喧騒やお囃子が聞こえてたから気になったかな」
「そうでもなかったんですが、なんとなく落ちつかなくて」
彼らにあてがわれたのは、別館のすみにある板張りの部屋で、質素なベッドと小ぶりな窓、ささやかな収納がひとつずつというしつらえでした。
一階が酒を楽しむためのサロン、二階が宿泊のためのフロアとなっている本館と違い、そちらの建物はチヨをはじめ従業員たちの生活空間。わりあい静かにすごせる場所となっていました。
個室だったこともあり年長者二名は旅の疲れを癒やすことができましたが、これまで魔術の修行にあけくれていたコルトには、まったくもって縁のなかった環境――ましてや情交が結ばれる妓楼で過ごすなぞもってのほかでした。
言葉少なにわけを話したコルトですが、それでもおおかたの察しがついたアルマンは同情をよせます。
「当分ここに厄介になるから、早めに慣れたほうがいいだろうね」
「そうですよね。どうにか眠れさえすれば」
「今夜よければ協力しようか。たぶんすぐ寝つけると思うけど」
ぐっと握りしめられた拳に、物理攻撃による入眠を予感したコルトの顔からいっそう血の気がひきます。
「い、いえ、大丈夫です……」
「そう。必要になったらいつでも言って」
最終手段でもないかぎりお願いしたくない、という文句を飲みこみコルトが箸をとります。
目の前にずらりとあるのは、この国の主食である炊いた白米、焼いた鮭に青菜のおひたし、厚焼き玉子、きゅうりのお漬け物。根菜の味噌汁はほかほかと湯気がでて食欲をそそるかぐわしさですが、現状のコルトには嫌な唾液が広がるだけ。なかなか食指が動きません。
そこに厨から、おかっぱ頭を三角巾でくるんだモモがやってきました。
「ごはんのおかわりいかかですかぁ」
会話に不参加、食事を堪能していたロラン王子がようやく反応しめします。
「俺、もらおうかな。とっても美味しいんだもん。粘りと甘みがしっかりしてて、食べこたえがあってさ」
飯碗を受けとるモモの笑顔は、昨日とうってかわって晴れ晴れ。例の悶着のあと、さんざっぱらロラン王子にご機嫌とりをしてもらい、すっかり懐いたのです。
「また褒めてくれるなんて、ロランさんいい人ですねぇ。モモも作りがいがありますぅ」
ここの賄いは、客をとらないかわりに雑務を一手にひきうけるモモが作ったもので、とりわけ彼女は料理が好きでした。
いったんモモが厨にさがったあいだ、ロラン王子がコルトを気にかけます。食い意地に支配されていたようでも、聞き流しではありますが、二人のやりとりは耳に入れていました。
「そういやコルトどしたの。体調悪い?」
「はい、少しばかり……」
「だったら今日は留守番して寝てなよ。町には俺とアルマンで行くから」
と、ちょうどおかわりを持って戻ってきたモモが、気をきかせて知らせます。
「姐さんたちの起きる前じゃなきゃ、のんびりできませんよぉ」
この店では客のついた者は、朝方その帰りを見送ったあと使用した本館二階の部屋で眠ることもありましたが、だいたいは別館の自室にさがっていました。
それが昼くらいになるとぞろぞろ起き、あっというまに屋敷中かしましくなるのです。
かつ、女性に免疫のない純情なコルトは、すでに彼女たちの格好の標的でした。
「やはり私もお供します」
息つく暇もなく玩具にされたのを思いだし、コルトが手のひらを返します。
仲良くされるならまだしも、馬鹿にされるのは当たり前にプライドが傷つきます。あんな扱いをうけるくらいなら多少無理をしてでも外にいたほうが、どれだけもマシでした。
「いやいや、ちゃんと寝なよ」
「そうしたほうがいい。部屋にひきこもってれば午後でも休めるだろうし」
ロラン王子とアルマンが年上らしく、くちぐち言いきかせますが、
「いいえ、ぜひとも! 必ずお役にたってみせますから!」
かぶりつかんばかりのコルトの剣幕に、けっきょくは折れることになってしまいました。
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