婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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東の果ての

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「それで、これからどうするつもりだい。あいかわらず行きあたりばったりかい」
 長いまつ毛にとり囲まれた、猫みたようなチヨの目がロラン王子に向けられます。
「まさか。ちゃんと考えてるよ。とりあえず宿を探して、それからミヤ姫と運命的に出会って、恋におちて結婚すんの」
「……こりゃアルマンも苦労するね」
 慣れれば問題ありませんよ、と淡白に茶をすするアルマン。チヨはなにかしら含みがあるように大きく瞬きをしてポンと膝をうちました。
「よし、ここで会ったのも縁だ、うちも一枚噛ませてもらおうか。使用人部屋がちょうど三つあいてる、それでいいなら泊まりな。昔のよしみでお代は破格にしてやるよ」
「わあ、助かる。だからチヨちゃん大好き!」
「ただし、うちの子らが入用いりようなら別料金だからね」
「俺はいいや、ミヤ姫一筋でいくって決めたし。でも二人は遠慮しないで。お金はあるからね」
 ロラン王子が主人の威厳を見せつけんばかりにふんぞり返りますが、アルマンもコルトも首を横にふります。
「俺は結構です」
「私も」
「またまた、そんなこと言っちゃって。アルマンはいいとしてもコルトは若いんだし、せっかくだから」
 親切心ですすめるロラン王子ですが、コルトは渋い顔。
「いえ、本当に大丈夫ですので」
「ダメだよ、そんなんじゃ。隙あらば数こなしてくぐらいのスタンスでないと」
「ですが私は……」
 興がのったロラン王子は聞く耳をもちません。
「あのね、俺がコルトくらいのときはね、寝てもさめても女の子のことばかり考えてね、城を抜けだしてはアチコチでアレコレとお世話になったもんでね」
「ですから、そういうことではなく……」
「どんな子がいいかわからないなら俺に任せてよ。審美眼には自信あるんだ。コルトみたいなタイプには年上の……」
「だから! 必要ないって言ってるじゃないですか!」
 ロラン王子のしつこさに辛抱できなくなるのは至当で、誰もが納得の状況でした。けれども場が静まったので我にかえったコルトは、さっと顔を青くさせ何度も何度も頭をさげます。
「も、申し訳ございませんっ!」
「全然。俺もごめんね、怒らせちゃって」
「いいえ、けして怒ってるわけでは」
「なんでさ。そういうのも遠慮なくやってこうよ。そのほうが友達っぽいじゃん」
「そんな恐れ多い……」
「コルトは控えめ屋さんだなぁ。もっとアルマンくらい好き勝手しても俺は気にしないんだってば。暴力的なのは反対だけど」
 無自覚なロラン王子の愛嬌に、コルトの顔色がよみがえっていきます。
 彼の一喝がなければいつものように力ずくでロラン王子を黙らせるところだったアルマンは、そっと拳をおさめました。
 それすらも目ざとくとらえたチヨが話を戻します。
「ミヤ姫のことも、うちに任せてもらおうか。ちょっとしたツテがあってね。こんな商売してると顔も広くなるんだよ」
「さっすがチヨちゃん頼りになるう! もう全部お任せしちゃうよね」
 歓喜するロラン王子に、アルマンが苦言。
「それだとロラン様の出る幕がありませんよ」
「あ、そっか。じゃあ下準備だけお願いすることにして。オイシイとこ俺にちょうだい」
「人間性を疑うような要求ですね」
 二人の会話に、なにごとかひらめいたチヨが瞳を輝かせます。生まれついてのイタズラ好きな性格で、この機に新顔のコルトをからかってやろうと思ったのです。
「ロランは昔からそうだったよ。面倒ごとは全部うちに押しつけて成果は自分のものにする、とんでもない大悪党さ。何度泣かされたかしれないね。あんたも気をつけな」
 ぐっと身をのりだし蠱惑的に見すえられ、ただでさえ女慣れしていないコルトはひとたまりもありません。
「やめてよチヨちゃん、ちょっと冗談言っただけでしょ。コルトが信じちゃったらどうすんの。そもそも俺がそんなことするわけないじゃん。とくに女の子相手に」
「女相手にゃ、もっと酷なことをするのさ。それこそ人前では言えないような」
 真に迫った演技もあいまって虜になりかけているコルトは、まるで催眠術でもかかったかのようにうなずきます。
「コルトしっかりして! こんな程度で惑わされてたら、この先やってけないよ! あのね、俺のほうが断然チヨちゃんに、こっぴどい目にあわされてきたんだからね。忘れてないよ、けちょんけちょんのくそペッコンペッコンにされたこと」
「やかましいよ、くそペッコン野郎」
「チヨちゃん!」
 そこにちょうどお茶のおかわりを持ってきたモモがにこやかに、ロラン王子の湯のみをとりかえます。
「あらお客さん、くそペッコン野郎ってお名前だったんですねぇ」
「そんなわけないでしょ!」
 途端、勢いあまったロラン王子に怒鳴りつけられ、わけもわからず驚いたモモはべそべそ泣きだしてしまいました。
 これにはロラン王子も大弱り。必死に弁明します。
「ご、ごめん、大きな声だして。怖がらせるつもりはなかったんだよ。お願い、泣かないで。あっ、この饅頭あげる。よかったら食べて。すごく美味しかったんだから」
「だって、それ、いいとこのやつで……昨日モモのご褒美用に買って……でも、くそペッコン野郎さんたち喜ぶと思ったからお出しして……ぐすん」
 と、しっかり受けとりながらも泣きやまないモモにロラン王子はすっかり降参です。
「違うんだよ、そうじゃなくて。そうじゃ……。ああ、俺はくそペッコン野郎だよ。それでいいよ、もう……」
 そうしてロラン王子は、勘違いしたモモと、彼女に話を聞いた店の女の子たちと、悪のりしたチヨとアルマンと、彼らに逆らえないコルトに、その日一日「くそペッコン野郎」と呼ばれるはめになったのでした。
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