山下町は福楽日和

真山マロウ

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山下町ライフはじめました

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 夕食後。キッチンのとこにある裏口から出て、外づけ階段をあがり、新居へ。エレベーターなしの三階はちょっとばかしきついけど、運動不足を解消するにはなかなかよさげだ。

 ドアをひらき電気をつけると、飾りけのない球体のペンダントライトが、ぬくもりのある光で全体を照らした。あてがわれたのはワンフロア丸々。一階と同じく、ダークブラウンの板張りにオフホワイトの漆喰壁というしつらえだ。

 今まで住んでいた六畳ワンルームとは比べものにならないほどの広々空間。間仕切りや、玄関として区切られた部分もなく、未開封のダンボールが雑然と置かれていて、一見すると部屋っぽくない。とはいえ、各階バストイレ完備。至れり尽くせり。ありがとうございます。

 お風呂などの設備について説明してもらうため、和颯さんと部屋にあがる。土足生活になじみがないのでマットを敷き、なんとなく玄関は作った。

「前に住んでた人のですか?」
 ひととおり説明を受けたあとで質問したのは部屋の隅にある、好きに使っていいと言われたスチール製のコートラックとベッド、机と椅子について。中古品に抵抗ないし手持ちの家具も最低限なので、これも助かる。

「朔のだ。今は二階に移ってるんだが、なんというか……まあ、わざわざ運ぶのも面倒だったらしくてな」
「えっ、そうなんですね。大丈夫ですか、私が使って」
「平気平気。本人は了承してる」
 と和颯さんは言うが、私を毛嫌いしている朔くんだ、本音はお断りしたかったのかも。

 さてどうしたものか、と悩んでいるところにチャイムが鳴る。
「それ、使うのか」
 来訪者は、噂をすればの朔くん。顔をあわせるなり、家具に目をやって言い放つ。
「できればというか、なにがなんでもというわけじゃ……」
「貸すだけだからな」
 返事の途中で釘をさし、ぶっきらぼうにドアをしめる。こちらの都合おかまいなし。まるで嵐だ。

「つまり『遠慮なくどうぞ』ってことだ」
「あれって、そういう意味なんですか」
「そ。慣れてしまえば、誰よりもわかりやすい素直な性格だ」
 和颯さんは笑いとばすが、私が朔くんに慣れる日なんて、はたして訪れるのだろうか。今のところ、不安しかないですけども。



 少なかったこともあり、荷ほどきは二日で片づいた。
 ご友人との約束で朝からおでかけの、和颯さん抜きの午後。三人でソファー席に座り、八雲さんお手製のおやつを食す。私の正面に八雲さん、左斜めに朔くん、というのが定位置だ。

 本日はアップルパイのバニラアイス添え。あつあつさくさくのパイに、たっぷり林檎。ひんやりアイスとお口にいれれば、甘味とともにシナモンとバニラの香りが広がっていく。うーん、幸せ。

 食事の時間のたび、だらしなく表情を弛緩させる私に反比例、朔くんは仏頂面に磨きがかかる。見かねた八雲さんにたしなめられれば、「俺の食べるぶんが……」と恨みがましく睨まれた。

 育ち盛りなせいか、朔くんは平均的な体型なのに、とってもよく食べる。それを踏まえて八雲さんは多めに作っているし、朔くん本人もそのことを知っている。だが、私のせいでストレスを感じているのも揺るぎない事実。

「お詫びに今度なにかおごるよ」
 ちょっとでも機嫌がなおれば、と言ってみたところ、
「なにかって、なんだよ」
「ええと、たとえば」

 スマホの画像フォルダをあさる。これまで食べてきたものたちの写真がズラリ。SNSなどはしていない。のちのち一人で鑑賞して悦にはいる、完全自己満足用だ。もちろん八雲さんのごはんやスイーツも撮影済み。盛りつけも丁寧だから、見てるだけでもわくわくする。最初の紅茶シフォンだけ撮りそこねたのは無念だけども。

「それよりも自分の役割、ちゃんと果たせよな」
 ふんと鼻を鳴らし、朔くんが紙袋をさしだす。なかに入っていたのは、ハーフタイプのヘルメットのような形をした帽子。小さめの丸いプレートがあちこちくっついている。

「これはいったい……」
「発明品のテスト」
 いわく、頭のコリをほぐすもので、ツボの位置にあわせてプレートが取りつけられているらしい。
「……痛かったりしないよね?」
「それも含めてのテストだろ」
 まさかの保障なし。自分で試してすらいない代物だなんて勘弁してよ。

「大丈夫ですよ、ほら」
 躊躇する私にかまわず、隣に移動してきた八雲さんが謎の帽子をかぶせる。いつもどおりの無邪気さが、よけいに恐ろしさを増幅させる。
「いや、ちょ、待っ……」
「日和さんならやれます。自信を持ってください」
「そういう問題じゃなくて。せめて心の準備ができてからじゃないと」

 脱帽を試みる私。させてくれない八雲さん。互いに一歩もひかず攻防をくり広げるさなか、朔くんの声が耳をつんざいた。
「そんなに嫌なら、やんなくていい!」
 テーブルが打たれ、食器類がガチャンと嫌な音をたてる。どれもひっくり返らなかったのは幸いだったが、空気は最悪だ。

「ご、ごめん。テスト係が嫌で断ろうとしたんじゃないよ。ただちょっと、いろいろ唐突すぎて対応しきれなかっただけというか」
 正直に釈明するものの、どんな理由であれ傷つけてしまったことには変わりない。
 朔くんは下唇を噛みしめ、むっつり黙りこむ。目もあわせてくれない。完璧にへそを曲げてしまっている。まいったな、継ぐべき言葉が見つからない。

 困りはてていたところにナイスタイミング、ドアベルが鳴り和颯さんが帰ってきた。
「どうした、なんの騒ぎだ」
 雰囲気を即察知の彼に、おかえりなさいの挨拶もそぞろ、朔くんと八雲さんがそろって応じる。
「テスト係、やりたくないらしい」
「そんなことないです。いきなりだったから驚いただけで、日和さんはやる気まんまんです」
 どっちも極端。やりたくないわけでもないし、やる気まんまんでもない。

 両者の言い分にうむと頷いた和颯さんは、つかつかと私に歩みより、迷いも断りもなく頭頂部のスイッチをオン。ノーガードでのご無体に瞬間的サーッと血の気がひき、声にならない息がもれる。謎帽子のほうは、うんともすんとも。どうやら作動していないようだ。

「なんだ、また失敗か」
「またって言うな!」
「まともに動いたためしがないだろ。それより随分といいもの食ってるじゃないか。俺のも当然あるよな?」
 笑声をまき散らし、八雲さんをともなってキッチンに消えていく。煽るだけ煽って放置するスタイル。なんてこった。あなたは救いの神ではなかったのか……!
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