山下町は福楽日和

真山マロウ

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誰しも事情はある

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 どこからかメロディーが聞こえる。一緒になって鼻歌でも口ずさみたくなるような、心はずむ軽やかさで。天頂から降りそそぐ陽光。目の前には赤、黄、白、ピンク、色とりどりのチューリップがあたたかな風に揺れている。うしろをふり返れば、白と青のコントラストが眩しいスタジアム。そうだ、ここは横浜公園だ。

 私に春の訪れを教えてくれるのは、大岡川の桜と、この花壇。眺めるにつけ、もう一年たったんだな、いろいろあったけど今年も見られてよかったな、と安堵するのだ。よし。毎年恒例の、おひとりさまお花見もすんだことだし、これから……。

 あれ? これから、どうするんだっけ?

 景色が鮮やさを失う途中、流れる音楽がヴィヴァルディの四季・春だったのを思いだした。手をのばしアラームをとめる。スマホ画面に七:〇〇の表示。十月の朝は、夢の中とうってかわって肌寒い。

 ◇

 山下町で暮らしはじめて一週間ほどたった。仕事を辞めてヒヅキヤに越してくるまで午前中はお布団にくるまる生活だったけれど、ここでは食事の時間が決まっているので否応なし規則正しくなる。八時、十二時、十五時、二十時。きっちりではなく、だいたいそのくらい。

 私の場合、朝は午前七時起床、夜は遅くても午前一時には就寝している。というと、なんだか時間割っぽくて窮屈な感じがするが、それ以外はまったくの自由。でかけるもよし、ひきこもるもよし。なにかとユルい。

 家事の役割分担も。自室の掃除と洗濯は各自ながら、料理は八雲さん担当、ゴミ捨ては朔くん担当ってこと以外とくに決まりはなく、気がむいたときに、気がむいた人が、気がむいたようにやる方針だ。とはいえ、あげ膳すえ膳にあぐらをかくのは気がひけるので、一階フロアの掃除を担当することにした。あとは八雲さんのお手伝い。買い出しや食後の片づけなど。

「日和、こないだの画像ちょうだい」
 朝食タイムの一階ソファー席。おみそ汁をすすり朔くんが言う。朝ごはんは和洋問わず、ワンプレートとスープ系一品。今日のメニューは、玄米ごはんのおにぎり、ネギ入り厚焼き玉子と焼いためざし、小松菜のおひたし、きんぴらごぼう、なめことわかめのおみそ汁。
「いいよ。あとで送るね」

 朔くんがご所望なのは、先日二人で外出したときに撮ったスイーツの写真だ。くるりと巻いたソフトクリームの先っちょを鼻に見立て、ワッフルチップの耳とチョコチップの目をトッピングして象の顔を模した、めちゃめちゃキュートな〈ゾウノハナソフトクリーム〉

 販売されている場所は象の鼻パークにある、象の鼻テラスのカフェ。ここからだと山下公園をおおさんばし方面へ行き、山下臨港線プロムナードという遊歩道を進んで右手の階段をおりれば直で着ける。

 象の鼻パークは防波堤の形が象の鼻に似ていることからその名がついた象推しの公園で、敷地内にはペイントされた象のオブジェなどがある。その一角、アートスペースをかねた象の鼻テラスの内部も、もちろん象がらみ。ひときわどデカい象のオブジェに、象にちなんだカフェメニュー。象好きさんには嬉しいスポットではないだろうか。

 私たちが出むいたのは、平日の夕方。その日はイベントなども開催されてなく、すごしやすい人口密度だったこともあり、人見知りな朔くんはかなりお気にめしたらしい。

「今日また食べいきたい。おごりじゃなくていいから」
 だがしかし、そんなふうにお声がかかるほどだとは思ってもみなかった。驚きに箸をとめたのは、私だけでなく八雲さんも。常日頃のほほえみが中途半端な状態で停止するほどだ。

「いい傾向だな。その調子で頼むぞ、ひよちゃん」
 唯一動じなかった和颯さんが気だるげに小鉢のきんぴらをつつく。ここ五日ばかり不在なことが多く、全員で食事をとれたのは、これで二回め。相当お忙しいみたいだ。

 私の知るかぎり和颯さんは、ほぼ毎日外出していた。どこでなにをしているのか具体的なことは不明だけれど、「金に不自由してないから遊び歩いてる」と前に朔くんが言っていたので、定職にはついていないっぽい。

 私たち全員分の食費も光熱費も、和颯さんが負担している。そのお金がどこから捻出されるのか気になるお財布事情ではあれど、探るようなまねをするのは立場上難しい。

「ほんとなら和颯が俺を連れだす約束だろ。サボるな」
 まるで他人事な言い草をされたのが癇にさわったらしく、朔くんが非難。
「って言われてもな。俺が誘ったって袖にするくせに、ひよちゃん相手だと自分から誘うときたもんだから」
 迎えうつ和颯さんは、いつにもまして容赦ない逆ねじを食わす。

「まあ、そう言わず。しかたないですよ。日和さんは美味しそうに食べるんで、見ていておもしろいですから」
 すかさず八雲さんが仲裁。こんなときは、マシュマロ並みの弾力をもつ笑顔と声はいいクッションになる。まあ、こちとら『そんなふうに思われてたのか』ってショックが少なからずありますけども。

「それよりも、だいぶお疲れですね。大丈夫ですか」
 私のダメージはさておき。八雲さんの言うとおり、和颯さんには疲労の色がありありと見え、そのせいもあって言動に冷淡さがにじんでいた。鈍感な人だったら気づかない程度のことでも、朔くんにとっては不安になったり傷ついてしまう要因だ。

「だな。たまにはゆっくり休むとするか。悪かったな、朔」
 和颯さんが下手にいいわけもせず真摯に頭をさげる。いっぽう、嘘なく詫びられたら許すのも朔くんらしい長所で、どちらも好感がもてる。

「そのうち俺とデートしよう、ひよちゃん。美味いもんいっぱい食わせてやるからな」
 気をとりなおした和颯さんに、朔くんが物申す。
「そこは俺じゃないのかよ」
「一緒にくるか? 歓迎するぞ」
「……八雲もなら」
 ひとりぼっちにさせないための、朔くんなりの気づかい。なのに当人には、まったく響いていない。
「僕はけっこうです。三人でどうぞ」

 朔くんがなにか言いたげな面様になったものの、和颯さんが割りこんで阻止。
「ま、そこはおいおい考えればいいだろ。ひとまず今日、俺は寝まくる。ひよちゃんは朔に譲るさ」

 二人がごたつきかけたら、もう一人があいだにはいって絶妙にカバー。なんだかんだでバランスがとれている。これまでの人生、そういった人間関係を築けなかった私としては羨望しきりだ。
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