俺の幼馴染みが悪役令嬢なはずないんだが

ムギ。

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前編

私の息子に恥をかかせてタダで済むと思うなよ(父親視点)

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  月日が経つのは早いもので、ヴィルは十歳になった。
  その頃には、ヴィルもティナちゃんと婚約が正式に成立して、嬉しそうにヴィルがティナちゃんの話をするのを聞くのが日課になっていた。
  私は、心の隅に追いやっていた。
  いまだに、一度もヴィルが私の前はおろか、人前で泣いたことがないことを。
  そしてすぐに後悔する。



  その日、私は筆頭公爵として、ヴィルは十一歳ながら騎士爵きししゃくとして、第一王子アルベルト殿下の御披露目おひろめパーティーに出席していた。
  私とベルと、ベルの奥方イリーネは挨拶回りに追われ、ヴィルとティナちゃんから目を離していた。
  そこでも私は馬鹿だった。
  社交パーティーがほぼ未経験の二人を、ヴィルがまるで大人のように振る舞うのをいいことに放置していたのだ。
  だから、あんな事になった。

「お前のような美しい女こそ俺にふさわしい!俺の婚約者にしてやる!」

  パーティーも終盤に差し掛かったときだった。
  そんな声が耳に届き、全員の目線が向いた先には、

「殿下!?」

  ヴィルとティナちゃんと………アルベルト殿下が。
  しかも、なぜか殿下がティナちゃんの腕を掴んでるおまけ付き。
  え?
  なに?
  どういうこと?

「ティアナはすでに私と婚約しております!ご冗談はおやめください!」

  困惑する私の耳に、ヴィルの焦ったような怒ったような声が届く。

「だまれ!それがどうした!俺は第一王子だぞ!」

  何を言っているんだろうねあの殿下は、ワガママだとは聞いていたけど、あれほどとはね………。

「お前の婚約者だなどと!知ったことか!」
「なっ…………!」

  ベルが眉間にシワを寄せて私の袖を引いた。
  わかってるよ。

「ふん、こんなオモチャのような腕輪など!こうしてくれるわ!」

  ブチッ!

「ッ!!」

  カシャン…………

「な………」

  ああ、もう!
  私は本当に馬鹿だ!
  もっと早く割って入ってやればよかった!
  まさか神聖な婚約腕輪を引きちぎる奴がいるなんて!

「お、おやめくださいッ!」
「ははっ!こんなもの!こうだ!」

  グシャッ…… 

  慌てて駆け寄ろうとして人波を掻き分ける私の視界に、殿下がティナちゃんの婚約腕輪を踏みつけたのが見えた。
  なんて事をするんだあの殿下は!!

「いやああ!やめて!」

  ついにティナちゃんがパニックになって泣き出してしまい、焦ったベルが殿下から引き離す。

「殿下!おやめください!!」

  私はヴィルと殿下の間に入ったが、殿下はおもちゃを取り上げられた赤ん坊の様に顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「なんだお前は!!俺の邪魔をするな!」
「殿下!御自身が何をされたのかお分かりではないのですか!」
「うるさい!うるさい!俺に意見するな!えらそうに!」

  駄目だ、この殿下に何を言っても無駄だ。
  ベルにチラッと視線を送ると、呆れた様にかぶりを振った。

「殿下、この件は後日正式に抗議させていただきます。今日は、これで失礼させていただきます」
「こ、抗議だと!俺を侮辱するつもりか!」

  侮辱しているのは殿下、貴方の方だ。
  諸外国の国賓こくひんも居るこの場で、筆頭公爵家嫡男の婚約者を自分の物のように扱い、あまつさえ婚約腕輪を引きちぎり壊し、衆目の集まる中、恥をかかせた。
  それがどんな事を意味するか、思い知る事になるよ。

「ヴィクトール、立てるかい?帰ろう」
「はい…………………」

  ヴィルの手を引いて立たせてやると、うつむいた頬に光るものが。

「ッ!!」

  泣いていた。
  あの、ヴィルが。
  ザッ、と。
  血の気が引くのがわかった。

「ヴィル………!」

  慌てて抱き寄せた肩は、小さく震えていた。
  ベルに目配せをして、足早に王城を出た。
  城門をくぐり、馬車停めに停まっていた我が家の馬車に近づくと、馭者ぎょしゃが待機小屋から飛び出して来た。

「旦那様!?若様!お早いお戻りで!」
「ローレンスすまないね……。所用で早く下がらせてもらってね」
「直ぐに準備致します!」

  ローレンスが慌てて支度を整えてくれるのを待っていると、抱えるようにしていたヴィルがぽつりと何か言ったのが聞こえた気がした。

「大丈夫かい?ヴィル。もうすぐ………」
「…………なくちゃ……」
「え?」

  バッ!

「カイさん……」
「ヴィル!?」

  ヴィルは突然私の手を振り払うと、何かにとりかれたように一目散に駆け出した。

「ヴィル!待ちなさい!」

  ヴィルが走り去って行った方角は南街みなみまち
  『カイさん』と去り際に呟いていた。
  南街みなみまちの…………カイ。

彫金師ちょうきんしの…………カイ」

  古いの呑み仲間の顔が咄嗟に浮かんだ。

「だ、旦那様………」
「ローレンス、ここで待っていて下さい」
「えっ?」

  私は迷わず走り出した。

「旦那様ッ!?」

  ローレンスの声がくらがりにこだまする。
  私は動きづらい正装をひるがえし、記憶の片隅にあるカイの工房へ向かう。
  子どもの足だ、途中で追い付くかもしれない。
  そう考えていた私が浅はかだった。

  ダンッ!

「はぁ……、ハァ………」

  久しぶりに息があがるほど必死で駆けたが、工房にはヴィルはおろか、カイも居なかった。
  となると、心当たりは一ヶ所に絞られた。

  あそこしかない。

「おぉ?バルトのダンナじゃねーか!ずいぶんと良い格好してんなー!」
「カール、また早くから呑んでるんだな……」
「おー!バルトじゃん久しぶり!なにそのカッコ!」
「久しぶりだなアヒム……」
「あらっ!バルトさん!今日こそはウチにも寄ってっておくれよ!」
「エッダさん、また今度、寄らせてもらうよ」

  走って、走って、東街ひがしまちの外れにある飲食店街に足を踏み入れると、見知った顔が多く、いつもの事だが人とすれ違う度に声を掛けられる。
  だが、急いでいつもの食堂に向かいたい今の状況では、いつものように会話をする余裕がない。

「すまないがちょっと急いでいるんだ、また今度ゆっくり話そう!」

  私はそんな言い訳をして、人波を抜けて、やっとあの食堂にたどり着いた。

  バンッ!

「ヴィル!!」

  私は、扉を乱暴に開けて中に飛び込んだ。

「もっと静かに開けらんねぇのか、馬鹿野郎」

  そこには、いつものようにカウンターの奥でグラスを磨くマスターと、エラ、数人の顔馴染みの狩人かりゅうどたち、そして……

「ヴィル!!」

  カウンターに座るカイに抱えられ、ヴィルが眠っていた。

「ああ………よかった…………。此処に居たんだね………」
「バルトのダンナ」

  若干ふらつく足を引きずってカイに近づくと、まるでかばうようにヴィルをしっかりと抱きしめ、険しい顔を向けてきた。

「カイ………?」
「俺は……………、俺たちは所詮平民だ、貴族のことなんざ分からねぇ。けどな………!」

  ぎゅっと、カイの手に力がこもったのがわかった。

「ヴィルを………!俺たちの『ゼーレ』を傷つけた野郎は許せねえ!それがたとえ王族だろうとな!!バルトのダンナ!!俺たちはいつでもアンタの作戦を実行に移す覚悟はできてるぜ!!」
「カイ………!」

  カイも、その場にいた誰もが、同じ目を私に向けてきた。
  彼らはヴィルを自分の子供のように愛してくれている人たちばかりだ。
  私たちがずっと秘め続けている作戦にも一枚も二枚も噛んでいる。
  でも……… 

「カイ…………、マスター………、エラ…………、皆、ありがとう。私の息子を愛してくれて。でもね」

  カイの腕から、ヴィルを渡されると、頬にはいく筋もの涙のあとがあった。

「作戦を実行に移すのは今じゃない、それだけは分かってくれ。ヴィルから聞いたんだろう?殿下のことを」

  コトン。

  と、それまで黙ってグラスを磨いていたマスターが口を開いた。

「ああ、そうだ。ヴィルはな、泣きながら店に飛び込んで来た。正直ビビったぜ、いつも笑った顔しかしねぇヴィルが、ガキみてぇにわめいて、泣いてたんだ」
「バルト、アタシたちは忘れないわ、ヴィルを………アタシたちの『ゼーレ』を傷つけた野郎のことはね」

  この場にいる殆どの人間が、元狩人もとかりゅうどや現役の狩人かりゅうどだ。
  我々狩人は身も心も捧げると誓った相手を『ゼーレ』として、心のよりどころとする。
  かくいう私も、妻亡き今、唯一無二の『ゼーレ』はヴィルだ。
  私の中の狩人の性が、『ゼーレ』を傷つけられたことに激しい怒りをたたえているのが分かる。

「皆の気持ちは痛いほど分かるよ。でも、今回は私に任せてくれないか」
「バルト、わかってんな?」

  私がしっかりと皆を見てうなずくと、皆はぐっと胸の前で手を握りしめた。

「我々の『ゼーレ』を傷つけた者にはむくいを」

  わたしも同じ格好かっこうをとり、そうみなちかった。
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