俺の幼馴染みが悪役令嬢なはずないんだが

ムギ。

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前編

改めて、結婚してください!(主人公視点)

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「……………」

  あれからどれだけ寝ていたんだろう。
俺はうすぼんやりと寝ぼけた頭でまたあの見慣れない天井を見上げていた。
  うちの天井…………じゃないよな……でも、さっき父さんいたし………。
  なんか明るい………、朝?昼?
  あれ、そもそもなんで俺こんなとこで寝てるんだっけ……。

「………………ティ……ナ」

  ぼんやりしたまま、ポツリとそう呟くと、ピクリと右手に掴まれた感覚がはしった。
  少し驚いて、右手の方に目をやると、ティナが俺の手を握りしめたまま眠っていた。

「ティナ……?」
「んっ…………」

  起こすつもりはなかったんだけど、俺がもう一度ティナの名前を小さく呟くと、銀色の睫毛まつげわずかに揺れた。
  そこには、五年前のあの頃と変わらないあどけなさがあって、思わず心臓の鼓動が跳ねあがった。

「…………ヴィル………?」
「!」

  と、ティナの寝顔に内心ドキドキしていると、ティナが目を覚ましてしまった。

「ごめんなさい……。私、寝ちゃってたのね……」
「ティナ………、ずっと……居てくれたのか……?」
「うん………。ヴィルの側をどうしても離れたくなかったの……」

  気がつくと、自然に俺たちは昔みたいなくだけた口調で話していた。
  五年もろくに言葉を交わしてなかったのに、何だか変な感じだった。

「あのね………、ヴィル」
「ん?」                         

  ティナは躊躇ためらうように視線をさ迷わせ、一呼吸おいて続けた。

「私………。今となっては、ほっとしているの。殿下から婚約を破棄するって言われたとき、嬉しかった……。ああ、これでやっと、この人から解放されるって………」

  ぎゅっと、ティナが俺の手を握る手に力を込めた。

「おかしいよね…………。貴族の女として最悪のはずかしめを受けたのに…………私………」
「ティナ」

  今にも泣きそうに表情を歪めるティナの絞り出すような言葉を、俺はわざと遮るように強く言葉を発した。
  するとティナは、驚いた顔になり、俺の顔を見た。

「それは、俺も同じだ。俺も嬉しかったんだ。殿下が、婚約を破棄すると言った瞬間脳裏に浮かんだのは、これでティナが俺のもとにもどってきてくれる。ただそれだけだった」

  それは、俺の身勝手な想いだとわかっていた。
  わかっていても俺は、女々しい男だから、ティナが俺のもとにもどって来てくれるかもしれないと、この五年想い続けていた。

「ティナ。俺は最低な男だ。こんな怪我までしてかばったのは、ティナ、君を取り戻したかったからなんだ。ティナの心に、自分のせいで俺が怪我をしたっていう枷をつけて、二度と俺の腕の中から逃げられなくしてしまいたかった。ティナの意思なんか関係ない。これは俺のエゴだ。だって………初めて出会ったあのときから………、俺が好きなのはティナだけだから……」
「ヴィル」

  はっと気がつくと、いつの間にか目の前にティナの顔があった。

「ッ…………!」

  クリスタルのように煌めく紫の瞳。光の渦のような、銀の髪。その美しさに思わず、息を呑んだ。

「私が、ヴィルが眠っている間、何を考えていたと思う?ヴィルが怪我をしたのは私のせいだって泣いて、あなたの心を私でいっぱいにしたい。あなたの隣に、どんな手を使ってもいいからまた並んで立ちたい。…………そんなことを考えてたの。最低よね……」

  ポツリ。
  俺の頬に温かい雫が落ちてきた。

「ねぇ………ヴィル……。こんな私でも………。こんな醜い私でも………、好きって言ってくれるの………?」
「ティナ………」

  綺麗だ。
  俺は、ぽろぽろと涙を流すティナを見上げながら、そう思った。

「……忘れたのか?言っただろう?ティナがどんな風になっても、俺はティナが好きだって」

(俺は、そのままのティナが好きだ。でも、俺たちはきっと今のままではいられないと思う。どんな風になったとしても、俺はティナが好きだ)

  花畑の前、ティナにそう誓ったあの日の光景が、脳裏に甦る。
  あの時の気持ちに今も変わりはない。
  そっと、触れたティナの頬に流れる涙が粒をおおきくして俺に降り注ぐ。

「ヴィルっ…………」

  頬に触れた手に、ティナの細い指が絡む。

「ティナ………」

  俺はこのとき、左手が動かないことを、初めて恨めしく思った。両手が動けば、ティナを抱き寄せて、抱きしめられたのに。

「ティナ………。いや、ティアナ嬢。私と、結婚していただけますか」

  こんな、ベッドに横たわりながらで婚約腕輪もなくて言ってもカッコつかないけど、精一杯カッコつけて言った。

「はい………。よろこんで、ヴィクトール様……」

  そんなプロポーズでも、ティナは女神のように綺麗な笑顔でそう応えてくれた。

「………また、余計な御世話だったようだね、ベル」
「ああ、まったくな」
「!!?」

  俺からしてみれば突然耳に入ってきたその声に、ティナと唇が触れそうなほど至近距離で見つめあっていたのだと自覚し、途端に顔が熱くなるのを感じた。

「お、お父様!?コール筆頭公爵様!?」

  ティナが慌てて俺から離れて、涙で濡れた頬をハンカチで隠した。

「おや、ティナちゃん。遠慮しないで、私のことはお父様と呼んでくれていいんだよ?」
「バカ言え。ティナにお父様と呼ばれていいのは俺だけだ」
「何を言うかと思えば……。ベル、ティナちゃんはヴィルの奥さんになるんだから、私の娘になるんだよ?私もお父様と呼ばれて当然だろう?」
「ふざけるな。百歩譲ってヴィルの嫁にやるのは許すが、お前をお父様とは呼ばせん」
「ベル、親バカも大概にしないと、ティナちゃんに嫌われるよ」
「親バカなのはお前も似たようなものだろうが、バルト」

  さすがに、ベルおじさんと父さんの前で横になったままは気が引けたので、ティナに手伝って貰って起き上がる間に、父さんたちはそんな子供じみた口喧嘩をしながらベッドに近づいてきた。

「まあいいや。この話はまたにしよう」
「俺は譲らんからな」
「はいはい」

  そして、呆気にとられる俺たちを他所に、父さんたちはベッドの脇に椅子を引き寄せて座った。

「父さん……?」
「お父様……?」

  二人は、椅子に腰を掛けた途端、さっきまでの様子とはうって変わって真剣な表情になった。

「ヴィクトール」
「ティアナ」
「「はい」」

  俺たちは揃って背筋を伸ばして、父さん達の顔を見返した。

「お前達の気持ちを、私達は尊重する」
「ヴィクトール、ティアナ。お前達の婚約と婚姻を当主として認める」
「………!」

  それは、俺たちの婚約と婚姻を正式に認めてくれるということであり、ティナと俺は、それに応えて礼をとった。

「ありがとうございます。若輩者ではございますが、ティアナと二人手を取り合って歩んで参りたいと存じます」
「ありがとうございます。ヴィクトール様の妻として、一層の努力を重ねて参ります」

  上手く起き上がれない俺は、ティナに支えてもらいながら二人で頭を下げた。
  片腕が利かないのがこんなに不自由なんて………。
  ティナには苦労をかけそうだ……。

「しっかりね、二人とも」
「ヴィクトール。ティアナを頼むぞ」

  父さんとベルおじさんはにっこりと笑って、俺たちを抱き締めてくれた。
  五年前に止まってしまった時が、再び動き出した気がした。
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