俺の幼馴染みが悪役令嬢なはずないんだが

ムギ。

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前編

出発の日の朝って意味もなく浮き足立つよね(主人公視点)

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  本当に二週間で王都を発つことになってしまった俺とティナは、引っ越しでもするんじゃないかっていうくらいの大袈裟な荷造りに口を挟む余地すら与えられず、あっという間に出発の日になってしまった。
  ここからコール領都アウクスブルクまでは馬で早駆けして三日、馬車で五日といったところなんだけど、主治医せんせいの要望を満たすようにルートを組んだら、馬車で十日だってさ。なにそれ。
  まあいっか。
  有名観光地も通るらしいし、婚前旅行だと思うとしよう。

「ヴィル」

  出発の日の朝、着替え終わった俺のところへ父さんがやってきた。

「父さん。おはようございます」
「ああ、おはよう」

  仕上げに髪を整えてくれていた侍女が下がると、父さんと俺はテーブルを挟んで向かい合って座った。

「これを、持って行きなさい」

  コトン……

「これって……」

  父さんが静かにテーブルに置いたのは、母さんのペンダントだった。
  亡くなる直前まで、肌身離さず身につけていたもので、丸い台座にすげえ細かい細工が彫られてて、彫金趣味がくすぐられる。
  こんなにまじまじと見たの初めてだ。

「……どうしてこれを?」
「私の考えが正しければ、これがお前の腕を治す鍵になる」
「鍵……ですか?」
「今回の行程で、世界樹の街に差し掛かったら、そのまま世界樹の森に進みなさい」
「えっ」

  ちょ、父さん世界樹の森って行方不明事件がひっきりなしの激ヤバスポットじゃん!
  子供でも近づいちゃ駄目って知ってるよ!

「安心なさい。それを持っていれば大丈夫ですよ」
「?」
「よいですかヴィル」

  父さんが言うには、世界樹の森に入ると母さんと同じ薄い金の髪のヒトが現れるから、そのヒトに「メディウムのナディアの息子だ」と言えば、彼らの住まう場所に通されるか、最悪でも森からは無事に出して貰えるだろう。ということだ。

「メディウム………?母さんが世界樹の森と何の関係が……」
「すまないが、私の口からはこれ以上言えない。あとはお前の目で、確かめなさい」

  そう言って、父さんは俺の首にペンダントをかけてくれた。

「ところで父さん、領地におもむく前に、陛下に婚約と婚姻の御許しを頂かなくてよろしいのでしょうか」
「ああ、その事なら大丈夫ですよ。私に任せておきなさい」
「しかし父さん……、成人した以上、父さんにお任せする訳には……」

  そっと、父さんの手が俺の肩に触れた。

「大丈夫ですよ」
「……………………分かりました」

  馬車の支度が整い、玄関ホールに降りていくと既にティナや皆が待っていた。

「皆、待たせたね」

  その中に、防具を身につけた狩人が。
  アヒムさん達だ。
  父さんが俺たちの移動の護衛と案内人として頼んだのだそうだ。
アヒムさんのチームは六人。二・三人のチームが主流の狩人としては人数が多く、大規模商隊などの護衛依頼が得意だそうだ。

「ヴィクトールちゃん、はぁい」
「ヘザー先生!」
「アタシ達が領地までお供することになったの。ヨロシクねん」

  アヒムさん達の隣には、俺の為に随行してくれる施療師せりょうしのヘザー先生と、施薬師せやくしの先生が。

「初めまして、ヴィクトール様。自分は施薬師せやくしをしておりますテオと申します」

  そう言って若い先生は深々と礼をしてきた。
  顔をあげた瞳はキラキラと輝いている。
  うわ、久しぶりにキタコレ。

「神の御子みこと名高いヴィクトール様にお会い出来て光栄です!」

  出たー!
  その恥ずかしいあだ名!
  もう十年も前のことなんです!若気の至りだったんです!

「あのとき私はまだ子供でした!しかしヴィクトール様の薬術に感銘を受け、施薬師せやくしの道に進んだのです!今の自分があるのはヴィクトール様のおかげです!」

  俺の薬術なんかド素人もいいとこだからね!

「あらん。テオちゃん、ヴィクトールちゃんを困らせちゃいけないわヨ。組合長ギルマスから言われたこと忘れてないわよねェ」

  俺が困惑していると、ヘザーさんが助け船を出してくれた。

「はっ……!す、すみませんヘザーさん!わ、忘れてません!」
「ゴメンねぇヴィクトールちゃん。テオは若いけど腕はイイのよ」
「失礼いたしました!改めてよろしくお願いします!」
「あ、ああ。よろしく」

  そして、テオさんとヘザーさんの隣りには、見知った顔が。

「ハンス」
「ご無沙汰しておりましたヴィクトール様」

  俺の執事。ハンスだ。
  俺が五歳のときから仕えてくれている、もう十年以上になる。

「ヴィクトール様、失礼致します」
「ん?」

  すっと、俺に向かって手を伸ばしてきたハンスは、曲がっていたらしいタイをなおしてくれた。

「ありがとうハンス」
「畏れ入ります。この度の領地行きには、私をはじめ五人がお供させていただきます」
「ああ、よろしく頼むよハンス」
「はい」

  アヒムさん達と先生達とハンス達は俺たちとは別の馬車に乗り込み、その後に荷物を乗せた荷馬車が二台付く。ちょっとした商隊並みだ。

「父さん、行って参ります」
「うん、気をつけて」
「お父様、お母様、行って参りますわ」
「ティナ、くれぐれも、気をつけてな」
「ティナ、ヴィルの傍を離れてはいけませんよ。それが貴女の役目です」
「はい、お父様、お母様」

  俺たちは先頭の馬車に乗り込み、東街を出て南街の大門に向かった。
  そのわずかな間に、俺はなぜか違和感をおぼえた。窓から見える景色はいつもと同じなのに、街が静かすぎるのだ。
  でも、大門に近づくにつれそんな違和感が吹き飛ぶほど人が集まっているのが見えてきた。

「えっ、なにあれすごい人だかり」
「なにかあったのかしら」

  俺とティナが思わず窓から顔を出すと、集まってる人たちが馬車に気づいて歓声をあげた。
  何?! 
  何事?!

  ガラガラガラ…… 

  人だかりの目の前で馬車は止まり、俺たちは思わず馬車を降りていた。

「ヴィル様!」
「ヴィル君!」
「ヴィル!」

  門の前には見知った街の人たちが。俺が馬車から降りるとあっという間に周りを囲まれてしまった。
  え?え?
  何、どうしたの?

「ヴィル様、怪我をされたのは本当だったんだな……。大丈夫なのかい」
「心配してくれてありがとうデニスさん、トビアス先生の治療のおかげでもうだいぶいいんだ」
「そうかい……。ならよかった」
「ところで、今日はどうしてみんな集まってるんだ?」
「そりゃあもちろん!ヴィルちゃんの見送りに来たのさ!ねぇみんな!」

  皆がその言葉に大きく頷く。
  そんな、俺のために……

「ヴィル君、道中ディナちゃんと食べて頂戴ね」
「ありがとうローザさん」

  ローザさんは小さな籠にいっぱいの丸菓子シュネーバルをくれた。
  やった、美味しいんだよねコレ。

「みんな、俺のために見送りに来てくれてありがとう」
「ヴィル!気をつけてな!」
「ヴィルちゃん元気でね」

  みんなが見送りに来てくれたことにはびっくりしたしうれしかったけど、いつまでもこうして別れを惜しんでいるわけにもいかず、俺は後ろ髪を引かれつつも馬車に戻ろうとした。
  そのとき、中央街の方から近づいて来たひづめの音に立ち止まって振り向いた俺にならうように、皆も一様に振り向いた。
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