俺の幼馴染みが悪役令嬢なはずないんだが

ムギ。

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後編

母さんの故郷に里帰りしてみた(主人公視点)

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  早朝、宿を発った俺たちは、昨日と同じ森の入り口で、昨日と同じ兵士と再び会っていた。毎日ご苦労様。

「昨日は失礼致しました。通行許可をいただいて来ました」
「拝見致します」

  馬車の窓から例の割り符を兵士に渡すと、一人が腰に下げていた紙束を開いて満月型の絵の上に割り符を重ねたり見比べたりした。
  実物大なんだなあの絵。
  なるほど、ああやって通行許可証の真贋を確認することになってるのか。

「結構です」
「どうか、お気をつけてお進みください」
「ありがとう」

  俺たちは森の入り口に馬車を停めて、アヒムさんとマルクスさんを先頭に、俺たちとヘザー先生、テオ先生、ハンスとクリフ、アルマさんと、固まってぞろぞろと森に入る。
  馬車に残った人達にはプラウエンで待機しててもらうことになっていて、森から出たらアヒムさんがクルトさん達に合図を送る手筈になっている。

「いいか、ここから先は何が起こるかわからねえ、絶対に俺たちから離れるな」
「わかったよアヒムさん」

  森へ足を踏み入れる直前にそう念を押され、俺たちはいよいよ世界樹の森へ入って行った。

  ジャリ……

  街道の石畳から、森の土の地面を踏みしめると、瞬間空気が変わった気がした。
  ひんやりとして静かな空気。
  森の木々の梢が揺れる音と、鳥のさえずりの様な音、俺たちの歩く音だけが聞こえる。

「なんだか………、不気味な森ね………」

  そう言って不安げに俺の横を歩くティナは、狩人の女性が着る様なズボン姿で、長い髪は綺麗に纏めている。

「ああ、そうだね……」

  そう言う俺も、父さんが若い頃着ていた狩人の服を着て足元もしっかりした靴を履いている。
  今朝迎えに来たアヒムさんは、俺のこの格好を見て「バルトの旦那にそっくりだ。懐かしい」と、複雑な表情をしていた。

「おい、二人とも大丈夫か」
「うん」
「大丈夫ですわ」

  足元は草木が刈られた跡があり、小型の荷馬車なら通れそうなくらい広く道が開けられていた。
  俺たちは地図もないなか、その妙に整備された道に従って進んでいた。
  そのとき。

「っ!!」

  前を歩いていたアヒムさんとマルクスさんが立ち止まって武器を構えた。

「……どうか、武器を下ろしてくれないか。私はあなた方に攻撃を加えるつもりはないのだ」

  俺たちの視線の先、暗がりから這い出してくるようにして現れた人影。
  そのヒトは剣を腰に差していたが、手を上げるような仕草で攻撃の意思が無いことを示しながら少しだけ近づいて来た。

「!」

  木々の隙間から差し込む光の下に立ったそのヒトは、薄い金髪に紺色の瞳、長く尖った耳。伝承にある長命族エルフの容姿をしていた。
  母さんと同じ薄い金髪をした、ヒトだった。

「アヒムさんマルクスさん武器を下ろして!」

  はっとして俺が二人の背中にそう言うと、アヒムさんとマルクスさんは驚きながらも武器を下ろしてくれた。

「あの!」

  俺は二人の間から顔を出し、母さんのペンダントを見せ、父さんに言われた台詞を口にした。

「俺はメディウムのナディアの息子です!」
「!!」

 すると、長命族エルフのヒトは表情を変えた。

「ナディア………姉上の…………?まさか………ヴィクトールか………?」

  長命族エルフのヒトはそう言うと、手を下ろして一歩足を踏み出した。
  瞬間。

「近寄るな!」
「下がれヴィル!」
「ちょっ!アヒムさん!マルクスさん!」

  すかさず俺の前に出た二人を慌てて宥める。

「待って!このヒトは母さんの身内かもしれないんだ!武器を収めてくれ!」
「っ!だがな…!」
「ああ、そうか」

  ガラン……… 

  と、長命族エルフのヒトは何の躊躇いもなく腰に下げていた剣を外して、俺たちの方に放り投げて来た。

人族じんぞくは異種族を怖れているのだったな。怖がらせるつもりはないのだ。その証拠にその剣は預けよう」
「…………」

  アヒムさんは長命族エルフのヒトを睨みながらもその剣を拾い上げた。

「アヒムさん、マルクスさん、武器を、収めてくれ」
「分かった………」
「仕方ねぇな」

  アヒムさんとマルクスさんがゆっくりと武器をしまってくれたのを見てホッとした。

「ヴィクトール」

  俺が一歩前に踏み出すと、長命族エルフのヒトも近づいて来て俺の頬に指先が触れた。

「ああ、やはりヴィクトールだ」

  ちょっとビックリしたけど、にこにこと笑みを浮かべている長命族エルフのヒトが母さんと重なって、なんだか不思議な気持ちだった。

「おかえり。ヴィクトール。大きくなったな我らが可愛い子」
「あのっ………長命族エルフ………さん」
「どうしたんだ?私を忘れてしまったのかヴィクトール……。まぁ、仕方ないか、此処を発ったとき、お前はまだ、赤子だったものなぁ」

  くしゃり。

  気がつくと頭を撫でられていた。

「私はラウル。お前の母、ナディアの弟だ」
「ラウル…さん」
「そうだ」

  また、頭を撫でられた。

「おや、姉上は一緒じゃないのか?」
「………!母さん…は………」

  母さんは亡くなりました。
  なんて、すっと出て来なくて、言葉に詰まった。

「………まあ、こんなところで立ち話もなんだ。村に行こうか。ああ、もちろん、仲間の方々もどうぞ」
「えっ、あの!」

  ラウルさんは俺の言葉を待たずに、そう言って俺の手を掴んで歩きだした。

「おいおい!そっちは薮だぜ!?」
「ああ、そう見えるだろう?」

  ラウルさんはそう言って笑みを見せると、そのまま薮の中に足を踏み入れた。
  瞬間、思わず目をつむってしまっていた俺が再び目を開けると、目の前が開けていた。

「…………え?」
「此処が、我々の村だ」

  そこは、あの世界樹の根元に広がった小さな集落だった。

「っ…………」

  屋根の様に集落を被う世界樹の梢が風に揺れると、光が降り注ぐ。
  すごい。
  綺麗だ。

「これが…………、世界樹………」 
  
  森の外から見ただけでは分からない本当の姿があった。

「さあ此方だ、ヴィクトール」

  世界樹を見上げてボケッとしていたおれは、またぐいぐいと引っ張られて、村の真ん中にある小さな家に連れていかれた。

「父上!!ヴィクトールが帰って来たぞ!」

  バアン!と、勢いよく扉を開いたラウルさん。

「騒がしいですよ………、ラウル」

  家の奥で横になっていた人影が動いた。
  ラウルさんは俺たちを引き連れたままずんずん入って行く。

「父上!ほら!ヴィクトールだ!我らが可愛い子が帰って来たんだ!」

  半ば引きずられる様にして、俺はその長命族エルフさんの前に連れていかれた。
  ベッドに半身を起こした姿勢で俺を見上げたそのヒトは、俺の顔を見て一瞬固まったあと、俺を抱き締めて泣き出してしまった。

「………おかえりヴィクトール。おかえり、我らが可愛い子……。ああ、こんなに大きくなって………」
「っ…………」

  『我らが可愛い子』
  それは、俺が生まれたとき、みんなが言ってくれた言葉。
  みんな…………?
  みんなって、誰だ?

「良かったなぁ、父上」

  しばらくして………。

「…………申し訳ない。客人の前で………、取り乱しました」

  俺とティナは、ラウルさんの父上と向かい合う形で机を挟んで椅子に座っていた。

「………申し遅れました。私、一族の長をしておりますシメオンと申します。我々はまあ………あなた方人族じんぞくが言うところの長命族エルフですな。我々は、二千年前の人魔大戦よりはるか前、世界樹がまだ芽吹いたばかりの頃から、世界樹を守り、育てて来ました」

  ラウルさんの父上改めシメオン様は、にっこりと笑みを浮かべてそう言った。

「改めて、私はラウル。先ほどは失礼した。見回りは私の仕事でな」
「いや………、俺たちがアンタらの縄張りに土足で踏み込んだんだ。悪かったな。俺はアヒム、狩人だ。ラウルさんだったな、これは返すぜ」
「そうか」

  ラウルさんはアヒムさんから剣を返して貰うと、さっと腰に差しなおした。

「ヴィクトール、彼らはお前の仲間かい?」
「…………あの、仲間というか……」

  俺はシメオン様にティナやアヒムさん、皆を順番に紹介した。
  ティナを婚約者だと紹介すると、
「妻をめとる歳になったのか………立派になって……」

  と、また泣かれてしまったけど、すぐに復活した。

「シメオン様。あの、勝手に長命族エルフの領域に立ち入ってしまったこと、お詫び申し上げます……」
「…………うん?どうしたんだいヴィクトール。我らが可愛い子。なんだか先ほどからよそよそしいが、私のことを忘れてしまったのかい?」
「父上、当たり前だろう。ヴィクトールはまだ赤子だったのだからな」
「そんな………、寂しいですね………」

  シメオン様はふっと、哀しそうな顔になったけど、またすぐに笑みを浮かべて俺の顔を見た。

「ヴィクトール、あの子は……ナディアは健勝でおりますか……」
「あっ………、その………母さん……は……」

  俺は無意識にシメオン様から視線を反らして俯いていた。

「母さんは…………。亡くなりました………、もう、十三年になります……」
「そうですか…………、やはり………」

  ………やはり?

「えっ?」

  やはりって、何が?
  母さんが死ぬのを分かってたってこと?

「………ヴィクトール。お前の母ナディアは、死を覚悟の上でこの村を出て行ったのですよ」
「どういう………ことですか」

  シメオン様が仰るには、長命族エルフは、自然魔力マナが無いところでは長命を保つ事が出来ない。
  その為、二千年前の人魔大戦で自然魔力マナが激減した人族じんぞくの領域では暮らせなくなった。
  故に、長命族エルフ人族じんぞくの前から姿を消し、自然魔力マナで溢れるこの世界樹の根本で暮らしているのだという。

「我々は自然魔力マナが無いと死ぬ訳ではないけれども、自然魔力マナの薄い処では、百年と生きられないと言われているのです」
「でも……、母さんはたった三年で亡くなってしまいました………」
「それは、彼女の肉体は既に、体内魔力オドだけで維持できないまでに年齢を重ねていたからでしょう」

  母さんは、俺を産んだとき既に八百歳を超えていた。長命族エルフといえども寿命は約千年、現在最長老のシメオン様は二千年以上の超ご長寿。

「特に、女性の長命族エルフは出産で多くの体内魔力オドを子に受け渡してしまいます。そして、体内魔力オドの均衡が崩れ、男性より寿命が短いのです」

  それに加えて母さんは、自然に体内魔力オドが減少する年齢に入っていた。
  出産と加齢で、自然魔力マナの薄い森の外では長く命を保て無いことを、母さんは承知のうえで森を出たのだそうだ。

「母さんは……、どうしてそこまでして……」
「ナディアは、子供の時から森の外に強い想いを馳せていました。そこへ、バルトが現れたのです」

  当時狩人だった父さんは、一人でこの村を訪れたのだそうだ。

「この村の入り口を見たでしょう?村の周囲には認識阻害レコグニティ魔法マギアが施されています。現在のように体内魔力オドを極端に減らした人族では、気づく事はおろか、村に入る事すらできません」
「先ほどお前たちが村に入れたのは、私が先導したからだ」

  そうか、父さんは紅い瞳を持つほど体内魔力オドが高い。だからこの村を見つけられたんだ。

「バルトは、とある目的があってこの村を訪ねて来ましたが、我々では彼の目的を果たす力にはなれませんでした。せめて、我々の知識が何かの役に立てばと、彼にこの村への滞在を許可しました」

  元々、書物や知識の継承と保管に携わるメディウムだった母さんと、自然と父さんは仲良くなり、やがて俺が産まれたのだそうだ。

「ナディアは、バルトの子を身籠ったと分かったとき、大変喜んでいました。彼女はとっくに、子を産み育てる事を諦めていたのですから……。もちろん、ナディアのみならず、子が産まれることは我々長命族エルフにとっても喜ばしいことでした。人族じんぞく長命族エルフとの婚姻に反対する声もあがりましたが、最終的には私達は二人を祝福しました」

  しかし。
  と、シメオン様はため息を吐いた。

人族じんぞくであるバルトとの交流がより、ナディアの外への興味を増幅させたのでしょう。お前を産んで程なくして、ナディアはバルトと共にお前を連れて、森を出たいと言い出しました。私達は当然反対しました。外の世界は、ナディアにとっても、お前にとっても危険だと思っていたからです」
「姉上は頑固でな、一度こうと決めた事は簡単には曲げない女性ひとだった」

  結局、母さんと父さんは、一時的な里帰りという名目で、森の外に出たのだという。父さんの実家………コール家に挨拶をし、一年もしないで帰ってくるつもりだったらしい。
  でも、

「それ以降、ナディアはおろかお前やバルトも、此処へ戻って来ることはありませんでした………」
「姉上もバルトも、我々との約束を破る筈がない。何かあったのかと、案じていたのだ」

  父さんは実家に帰った途端、伯父さんの死を知らされた。そのまま、父さんは筆頭公爵家を継ぐ事に囚われ、母さんは何があっても父さんから離れようとしなかった。
  結果、母さんは再びこの地を踏むことなく亡くなり、外の世界に眠っている。

「そうですか…………、まったく………、あの娘の頑固さには困ったものですね……」

  シメオン様はため息を吐き、哀しそうな、寂しそうな顔をした。

「それにしても、よく訪ねてくれましたね。お前は何も覚えていないのに。それでも、自ら此処に帰って来たということは、何か理由があるのでしょう。そうですね?ヴィクトール。話してみなさい」

  俺は高鳴る心臓を宥めるように、息を吐いた。

「……実は此処へ伺ったのは父さんに言われたからでして……」
「バルトが…………?彼はなんと言っていたんですか?」
「父さんは、此処に来れば俺の腕が治る可能性があると言っていました」
「腕?気になってはいたのですが………、その腕はどうしたのです?」 
「………」

  俺は躊躇った。
  本当の事を正直に話すべきかどうか……。

「我々の可愛い子。話してごらん」

  何を躊躇ってるんだ。
  この人たちを信用してないみたいじゃないか。

  シュルッ……

  俺は腕を吊っていた布を外し、全く動かなくなった左腕をそっとテーブルの上に置いた。

「私の左腕は、このとおり全く動きません。肩から下の感覚が失くなってしまったのです」
「………!」

  シメオン様とラウルさんは揃って険しい顔になり、俺の左腕を凝視してくる。

「………この腕は、私が殿下のご不興を買ってしまったが故に、斬り付けられてこうなってしまったのです」

  俺が殿下に傷を負わされ生死の境をさ迷ったあげく、肩から下の感覚を失ったと説明すると、シメオン様はため息を吐いて俯いてしまった。

「………」

  シメオン様の後ろに立っていたラウルさんも片手で顔を覆って黙り込んでしまっていた。

「………あの…」

  不意に、シメオン様は顔をあげ、俺の頬に手を伸ばしてきた。

「ヴィクトール」

  その表情は、今にも泣きそうで、苦しそうで。

「何故お前がそんな思いをしなければならなかったんだい……?痛かっただろう?苦しかっただろう………?よく………耐えたね………」

  気がつくと、俺の頬を涙が流れ落ちていた。

「ッ………」

  俺。
  泣いてる………のか?

「ヴィル!?」

  隣に座っていたティナの腕が伸びてきて、俺を抱き締めてくれた。

「ッ………ぅ………」

  涙は止まるどころか、更に溢れだしてティナの手を濡らした。
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