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後編
魔法ってファンタジーの醍醐味だよね(主人公視点)
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「大丈夫かい?ヴィクトール」
「はい……、すみません……。取り乱しました……」
「ヴィル……」
「大丈夫だから、ティナ」
少し経つと、気持ちが落ち着き、 涙がとまった。
不思議な感覚だった。
こんなに感情が一気に溢れて押さえきれないなんて。
恥ずかしい。
「………お前をそんなに苦しめる人族など、今度こそ滅ぼしてしまいましょうか」
「えっ…………」
思わず、俺は俯いていた顔を上げていた。
そこには、穏やかな笑みを浮かべたシメオン様が、俺を見つめていた。
「シメオン様……?」
「安心なさい、ヴィクトール。我々にかかれば、魔法を忘れた人族など、何万居ようと塵芥に同じです」
ゾッとした。
シメオン様の笑みの後ろに、焦土と化した国が見えた気がしたからだ。
「本気で………、仰っているのですか………」
「ええ」
「っ!」
食い気味の肯定に、俺は言葉を失った。
長命族は叡智の種族。その長であるシメオン様が本気でそんなことを言うなんて……。
「それだけお前が大事なのてすよ……。我々長命族にとって子は宝。子が傷つけられたのに黙って居られるほど、我々も呑気じゃありません」
「ですが………!俺だけの為に数多の民を犠牲にするなど………!どうか……!どうかお考え直しください………」
シメオン様は本気だ………!
このままじゃ人族と長命族が全面戦争に………いや、戦争にすらならない…、手も足も出ずに一方的に殲滅されてしまう………!
それだけは………、避けなければ………!
「……ヴィクトール。お前はそれで良いのですか……、それでは、お前ばかりが耐えねばならぬではありませんか」
「私一人が耐えればいいのであれば、いくらでも耐えます………!私は民を護る立場なのです…、その私が原因で……民を傷つけることはあってはならないのです……」
俺が必死で頭を下げると、シメオン様の手が伸びて来て俺の頬を撫でた。
「顔を上げなさい、ヴィクトール。我らが可愛い子。お前を苦悩させるのは私達の本意ではないのだよ」
「シメオン様……」
「………そんな顔をさせるつもりは無かったのですよ、許しておくれ、ヴィクトール。………………仕方ない、今回は矛を収めましょう………」
「……!」
「ただし、今後またお前が傷つけられるようなことがあれば、次こそ我々は躊躇いません」
「ご英断感謝致します…」
俺は再び頭を下げた。
「…………もう、この話は止めましょう。それより、お前の腕ですが……。ラウル」
「分かっている。私に任せてくれ、父上」
ラウルさんはそう言うと一歩前に出て来た。
「ラウルは我々の中でも抜きん出た魔法の使い手です。お前の腕を元に戻すカギは、おそらく我々が得意とする時空魔法です」
「時空魔法………」
「こういうものだ」
「え」
瞬き一瞬の内に、ラウルさんが視界から消えた。
「うぉ!?」
「ええ?」
そして一瞬で俺の後ろに移動して、俺の肩を叩いてきた。
「!」
うっそ。
マジで!?
瞬間移動したよね今!?
しかもアレ?
無詠唱っていうやつじゃない??
「それが……、時空魔法ですか……」
「そうだ。その名の通り時間と空間を操る魔法だ。今のように瞬間的に離れた場所に移動することなど造作もない」
俺は内心ワクワクしていた。この世界に来て、初めて目の当たりにした魔法に。
「………ヴィル……」
が、皆は怯えた様な目線をラウルさんに向け、俺の手を握るティナの手は震えていた。
そうか、これが魔法に対するこの世界の人族の正しい反応か。
「大丈夫だティナ」
「う、うん……」
しっかりとティナの手を握り返してあげると、少し震えが収まったようだ。
「皆も安心してくれ。ラウルさんやシメオン様は俺達を害することはしない」
ラウルさんは困った様に頭をかいた。
「人族が魔法を畏怖しているとはバルトから聞いていたが…………、ここまでとは思わなかった………。すまん、怖がらせるつもりは無かったのだ」
そう言いながら俺の左腕に触れたラウルさん。
「しかし、時空魔法であれば、ヴィクトールの腕を元に戻すことが可能な筈なのだ」
「ちょっと良いかしらん?」
と、そこへ後ろで控えてくれていたヘザー先生が声をあげた。
「どうぞ」
「ありがと。じゃあ失礼して言わせて貰うわネ。元に戻すって言ったワネ?気になる言葉だワ。治せるっていうならまだ分かるのよ、元に戻すってどういうことかしらン?」
ヘザー先生は更に前に出て来て、ラウルさんを見つめる。
ラウルさんは少し考える様にヘザーさんから視線を外すと、突然、剣の柄に手を掛けた。
「!?」
スラッ……
「元に戻すということはこういうことだ」
「えっ」
鞘から抜かれた白刃を、ラウルさんは全く躊躇いなく自分の腕に滑らせた。
「ラウルさん!?」
ツゥ………
「きゃぁ!?」
当然、白刃が滑った腕からはたちまち血が滴り溢れる。
ティナは驚いて目を伏せ、俺は思わず声をあげていた。
「まあ、見てろ」
しかし、驚く俺達とは裏腹にラウルさんはまったく表情を変えずにそう言うと、剣を柄に戻して傷口に手をかざした。
「逆行」
ラウルさんがそう呟くと、ふわっと空気が揺らぎ、淡い光が傷口を覆っていった。
そして、時間が巻き戻る様に、床に滴り落ちた血がスゥッ、と浮かび上がりシュルッと傷口に引きもどされていく。
さらに、傷口がゆっくり閉じていき、すっ…と、消えてしまった。
「……………」
近くで一連のその様子を凝視していた俺は言葉が出なかった。
腕の傷口だけ、時間が巻きもどってたよね、今。
マジですか。
これぞ魔法。さすが魔法。
と、俺は感動するだけだったのだが………。
「傷口が………」
「元に戻ったワ………」
いつの間にか身を乗り出して見ていたヘザー先生とテオ先生は恐怖と驚きが入り交じった様な顔でラウルさんを凝視していた。
「信じられないワ……。まさに魔法ね……」
ついにはヘザー先生はラウルさんの腕をがっしりと掴んで嘗め回すように観察したり、触ったりしていた。
それでも傷痕も見つけられず、ヘザー先生は一緒に身を乗り出していたテオ先生と二人して諦めたように溜め息を吐いた。
「なるほどね、元に戻ってるワ。治ったとはワケが違うワネ。傷痕すら無いもの。それで?今の魔法でヴィクトールちゃんの腕を元に戻すつもりなのネ?」
「ああ、そのつもりだ。ところでヘザー殿。私からも問わせてほしい」
「なにかしらン?」
「ヴィクトールが怪我を負ってからどれくらい時間が経っている?」
「時間……。そうねン。約一ヶ月ってとこかしら」
「一ヶ月か………。長いな、それでなくともひとつ懸念があってな…」
ちらりと、ラウルさんが俺に視線を向けた。
「何でしょう」
ラウルさんは言いにくそうに視線を巡らせる。
「どうぞ、仰って下さいラウルさん」
「…………分かった」
ため息混じりに、ラウルさんが言ったことには、さっき実演して見せた逆行の魔法は、その通り対象の時間を巻き戻すことができる。
が、
「傷口に作用した場合、肉体に刻まれた痛みも全て逆行する。つまり」
つまり、体が覚えてる斬られた痛みも巻き戻される。痛みをもう一度味わう事になるってこと。
「耐えられるか………?ヴィクトール……」
「はい」
「!」
だが、それがどうした。
この動かない左腕を抱えて一生過ごすくらいなら、どんな痛みだって耐えてやるさ。
「まってヴィクトールちゃん!全部巻き戻るのよ!?全部!」
「うん。分かってるよ」
「あのねヴィクトールちゃん!痛みは斬られた時だけのじゃないワヨ!?手術したときの痛みだってあるワ!」
手術………、ああ。
傷口の処置をしてもらったときの。
あの時は麻酔をかけてもらってたらしく何も覚えてないけど。
まあ、だから何って話だけど。
「大丈夫ですよヘザー先生」
「大丈夫なワケないじゃない!ああンもう!ホントに頑固なんだから!テオ!アンタなんか鎮痛剤持って無いの!?」
「無いですよ!鎮痛系は第一級の劇薬ですよ!?組合長の許可が無ければ投薬はできません!」
「ヘザー先生、テオ先生」
二人ともそんなに慌てなくても大丈夫なのに。
「大丈夫です。覚悟の上ですから」
「ヴィクトールちゃん……」
「ヴィクトール様……」
「よく言ったヴィクトール」
ぽすっ。と頭に乗せられたのは、ラウルさんの手だった。そのままくしゃくしゃと頭を撫でられる。
ラウルさん達長命族にとっては俺なんかまだまだ子供なのかもしれないけど……。恥ずかしい。
「魔法の重ね掛けが可能ならお前の痛みを軽くしてやれるんだが、逆行は強力でな、他の魔法を付与しても打ち消してしまう。しかも、今回は巻き戻す時間が長い。正直言って、全部巻き戻りきらない可能性もある」
「大丈夫ですラウルさん。よろしくお願いします。」
「……お前の覚悟は良く分かった。私も全力を尽くそう」
ラウルさんは準備をすると言って家の外に出て行った。
「ヴィクトール。大丈夫ですよ、ラウルは我が一族最高の魔法師です。何も心配することはありません」
「はい、シメオン様」
「お茶をいれてあげよう。少し気持ちを落ち着けて、待っているといい」
しばらくして、ラウルさんが丈の長い衣に着替えて戻って来た。外に付いて来いと言うので、ゾロゾロと皆で移動する。
「おお、お帰りヴィクトール」
「お帰り。我らが可愛い子」
付いて行った先は世界樹の本当に根元。
大きな根っこが地面から張り出している、世界樹に触れられる程近いところ。
そこには、ラウルさんと同じ長い衣を羽織り、長い金髪を垂らした長命族さん達が待っていた。
皆俺の事を知っているみたいで、一様にニコニコと声を掛けてくれる。
「ヴィクトール。彼らは一族の中でも魔法に長けた者達だ。今回、私の補助をしてくれる」
「よろしくお願いいたします」
俺が頭を下げると、長命族さん達は一瞬きょとんとした顔になったがまたすぐ笑みを浮かべた。
「畏まらなくて良い、我らが可愛い子」
「そうだよ、ヴィクトール、お前の為なら我らはいくらでも力を貸そう」
「何も心配いらない、我らが可愛い子。お前には世界樹の御加護がある」
世界樹、と言われて見上げた視界には、風にたゆたう木の枝。
「世界樹は自然魔力の生じる場所と言われている。この膨大な自然魔力があれば、逆行の効力が増幅される筈だ。大丈夫、必ず元に戻してやる」
世界樹の真下、地面に白く描かれた魔方陣らしき模様の真ん中に座ったラウルさん。手招きされ、俺もその僅かに発光している魔方陣に足を踏み入れた。
「ヴィクトール。すまないが上衣を脱いでくれ。傷口が見えないと逆行を止めるタイミングが計れんのだ」
「分かりました」
ラウルさんに脱ぐのを手伝ってもらい、何とかシャツを脱ぐと、包帯だらけの俺の体に、ラウルさんは明らかに顔をしかめた。
「この布も外すぞ」
「はい」
包帯は今朝替えて貰ったばっかりで、きれいなままだった。
今は傷はほとんどふさがりつつあり、消毒を毎日して、ひたすら清潔に保ってるだけだが、毎朝処置をしてもらう度に、自分の腕がだらりと力無く俺の肩から伸びているのを見て、ため息しか出なかった。
シュルッ…
腕の傷に続いて、肩の傷があらわになると、ラウルさんは眉をひそめた。
「痛むか」
思わず口に出ていたんだろう。ラウルさんはそう言った瞬間、気まずそうに目を逸らした。
「痛みはありません、大丈夫です」
「そうか………。詮ない事を聞いた…、すまん」
「どうかお気になさらず」
「……では、始めよう」
「はい、お願いします」
ラウルさんは周りを囲む様に立つ長命族さん達に目線を送ってうなずくと、深呼吸するように息を大きく吸い込んだ。
周りの長命族さん達は、胸の前で祈るように手を組み、目を伏せた。
「……我は揺蕩う流れを知る者なり。流れは永久に絶えずして…」
魔方陣が光を強くすると、風が逆巻き、水のように重い空気が俺の肌を撫でた。
じわり。
首筋に汗が滲む。
向かい合うラウルさんは俺の左腕に集中し、とうとうと詠唱を紡ぎ続ける。その額には、汗が。
「……流れよ逆巻け、流れよ戻れ…」
ズキン!
「ぅあっ!!?」
左肩がじわりと熱くなった途端、傷口を刺されたみたいな鋭い痛みがはしる。
戻り始めたのか……!
「うぅっ!あ!!」
熱い!
痛い!
思わず左肩に伸びた右手が、ラウルさんの手に阻まれた。
傷口に触るなって事なんだろうけど、痛すぎてだめだこれ。俺は必死でラウルさんの手を振りほどこうとした。
すると右手を引っ張られて、俺はラウルさんに抱き抱えられてるみたいな格好になっていた。
「うぁ………」
ぎゅっと、抱きしめられたラウルさんの手は熱いくらい暖かくて、耳を押しあてた胸は早鐘のような心臓の音が伝わって来て……。
「逆行」
ドッ……
「うぐぁ………!あっ!」
ラウルさんが詠唱を終えると、身体中の血液が沸騰したみたいに熱くなり、霞む視界の中で、傷口が生き物みたいにうねっているのが分かった。
「ぐぅっ!あああああっ!!」
想像以上の痛みに、俺は一瞬意識を飛ばした。
「………ル。……ヴィクトール。しっかりしろ……」
「ッ…………!」
気がつくと、俺はラウルさんを見上げていた。
「大丈夫か」
「はい………」
ふと、左腕を見下ろすと、あれだけ深かった傷が消えていた。
そして、左肩の傷も。
「消えた………」
「そうだ、元に戻せたぞ、どうだ?」
元に戻せた。
そう言われて俺は、おそるおそる左手を握ってみた。
ぴくり、指先から言うことをききはじめる手、そして、すうっと自然に手を握りしめていた。
「あ…………」
動いた。
普通に、動いた。
「!!」
がばっ!
と、俺は思わず勢いよく起き上がった。
「動いた!」
「よかった……!よかったなヴィクトール!」
動いたよ!
元に戻った!
「ヴィルっ!」
「ティナ!動いた!動いたよ!」
気がつくと、魔方陣が消えていて、俺の周りにみんなが駆け寄ってきて、俺は動く様になった腕でティナを抱きしめた。
「はい……、すみません……。取り乱しました……」
「ヴィル……」
「大丈夫だから、ティナ」
少し経つと、気持ちが落ち着き、 涙がとまった。
不思議な感覚だった。
こんなに感情が一気に溢れて押さえきれないなんて。
恥ずかしい。
「………お前をそんなに苦しめる人族など、今度こそ滅ぼしてしまいましょうか」
「えっ…………」
思わず、俺は俯いていた顔を上げていた。
そこには、穏やかな笑みを浮かべたシメオン様が、俺を見つめていた。
「シメオン様……?」
「安心なさい、ヴィクトール。我々にかかれば、魔法を忘れた人族など、何万居ようと塵芥に同じです」
ゾッとした。
シメオン様の笑みの後ろに、焦土と化した国が見えた気がしたからだ。
「本気で………、仰っているのですか………」
「ええ」
「っ!」
食い気味の肯定に、俺は言葉を失った。
長命族は叡智の種族。その長であるシメオン様が本気でそんなことを言うなんて……。
「それだけお前が大事なのてすよ……。我々長命族にとって子は宝。子が傷つけられたのに黙って居られるほど、我々も呑気じゃありません」
「ですが………!俺だけの為に数多の民を犠牲にするなど………!どうか……!どうかお考え直しください………」
シメオン様は本気だ………!
このままじゃ人族と長命族が全面戦争に………いや、戦争にすらならない…、手も足も出ずに一方的に殲滅されてしまう………!
それだけは………、避けなければ………!
「……ヴィクトール。お前はそれで良いのですか……、それでは、お前ばかりが耐えねばならぬではありませんか」
「私一人が耐えればいいのであれば、いくらでも耐えます………!私は民を護る立場なのです…、その私が原因で……民を傷つけることはあってはならないのです……」
俺が必死で頭を下げると、シメオン様の手が伸びて来て俺の頬を撫でた。
「顔を上げなさい、ヴィクトール。我らが可愛い子。お前を苦悩させるのは私達の本意ではないのだよ」
「シメオン様……」
「………そんな顔をさせるつもりは無かったのですよ、許しておくれ、ヴィクトール。………………仕方ない、今回は矛を収めましょう………」
「……!」
「ただし、今後またお前が傷つけられるようなことがあれば、次こそ我々は躊躇いません」
「ご英断感謝致します…」
俺は再び頭を下げた。
「…………もう、この話は止めましょう。それより、お前の腕ですが……。ラウル」
「分かっている。私に任せてくれ、父上」
ラウルさんはそう言うと一歩前に出て来た。
「ラウルは我々の中でも抜きん出た魔法の使い手です。お前の腕を元に戻すカギは、おそらく我々が得意とする時空魔法です」
「時空魔法………」
「こういうものだ」
「え」
瞬き一瞬の内に、ラウルさんが視界から消えた。
「うぉ!?」
「ええ?」
そして一瞬で俺の後ろに移動して、俺の肩を叩いてきた。
「!」
うっそ。
マジで!?
瞬間移動したよね今!?
しかもアレ?
無詠唱っていうやつじゃない??
「それが……、時空魔法ですか……」
「そうだ。その名の通り時間と空間を操る魔法だ。今のように瞬間的に離れた場所に移動することなど造作もない」
俺は内心ワクワクしていた。この世界に来て、初めて目の当たりにした魔法に。
「………ヴィル……」
が、皆は怯えた様な目線をラウルさんに向け、俺の手を握るティナの手は震えていた。
そうか、これが魔法に対するこの世界の人族の正しい反応か。
「大丈夫だティナ」
「う、うん……」
しっかりとティナの手を握り返してあげると、少し震えが収まったようだ。
「皆も安心してくれ。ラウルさんやシメオン様は俺達を害することはしない」
ラウルさんは困った様に頭をかいた。
「人族が魔法を畏怖しているとはバルトから聞いていたが…………、ここまでとは思わなかった………。すまん、怖がらせるつもりは無かったのだ」
そう言いながら俺の左腕に触れたラウルさん。
「しかし、時空魔法であれば、ヴィクトールの腕を元に戻すことが可能な筈なのだ」
「ちょっと良いかしらん?」
と、そこへ後ろで控えてくれていたヘザー先生が声をあげた。
「どうぞ」
「ありがと。じゃあ失礼して言わせて貰うわネ。元に戻すって言ったワネ?気になる言葉だワ。治せるっていうならまだ分かるのよ、元に戻すってどういうことかしらン?」
ヘザー先生は更に前に出て来て、ラウルさんを見つめる。
ラウルさんは少し考える様にヘザーさんから視線を外すと、突然、剣の柄に手を掛けた。
「!?」
スラッ……
「元に戻すということはこういうことだ」
「えっ」
鞘から抜かれた白刃を、ラウルさんは全く躊躇いなく自分の腕に滑らせた。
「ラウルさん!?」
ツゥ………
「きゃぁ!?」
当然、白刃が滑った腕からはたちまち血が滴り溢れる。
ティナは驚いて目を伏せ、俺は思わず声をあげていた。
「まあ、見てろ」
しかし、驚く俺達とは裏腹にラウルさんはまったく表情を変えずにそう言うと、剣を柄に戻して傷口に手をかざした。
「逆行」
ラウルさんがそう呟くと、ふわっと空気が揺らぎ、淡い光が傷口を覆っていった。
そして、時間が巻き戻る様に、床に滴り落ちた血がスゥッ、と浮かび上がりシュルッと傷口に引きもどされていく。
さらに、傷口がゆっくり閉じていき、すっ…と、消えてしまった。
「……………」
近くで一連のその様子を凝視していた俺は言葉が出なかった。
腕の傷口だけ、時間が巻きもどってたよね、今。
マジですか。
これぞ魔法。さすが魔法。
と、俺は感動するだけだったのだが………。
「傷口が………」
「元に戻ったワ………」
いつの間にか身を乗り出して見ていたヘザー先生とテオ先生は恐怖と驚きが入り交じった様な顔でラウルさんを凝視していた。
「信じられないワ……。まさに魔法ね……」
ついにはヘザー先生はラウルさんの腕をがっしりと掴んで嘗め回すように観察したり、触ったりしていた。
それでも傷痕も見つけられず、ヘザー先生は一緒に身を乗り出していたテオ先生と二人して諦めたように溜め息を吐いた。
「なるほどね、元に戻ってるワ。治ったとはワケが違うワネ。傷痕すら無いもの。それで?今の魔法でヴィクトールちゃんの腕を元に戻すつもりなのネ?」
「ああ、そのつもりだ。ところでヘザー殿。私からも問わせてほしい」
「なにかしらン?」
「ヴィクトールが怪我を負ってからどれくらい時間が経っている?」
「時間……。そうねン。約一ヶ月ってとこかしら」
「一ヶ月か………。長いな、それでなくともひとつ懸念があってな…」
ちらりと、ラウルさんが俺に視線を向けた。
「何でしょう」
ラウルさんは言いにくそうに視線を巡らせる。
「どうぞ、仰って下さいラウルさん」
「…………分かった」
ため息混じりに、ラウルさんが言ったことには、さっき実演して見せた逆行の魔法は、その通り対象の時間を巻き戻すことができる。
が、
「傷口に作用した場合、肉体に刻まれた痛みも全て逆行する。つまり」
つまり、体が覚えてる斬られた痛みも巻き戻される。痛みをもう一度味わう事になるってこと。
「耐えられるか………?ヴィクトール……」
「はい」
「!」
だが、それがどうした。
この動かない左腕を抱えて一生過ごすくらいなら、どんな痛みだって耐えてやるさ。
「まってヴィクトールちゃん!全部巻き戻るのよ!?全部!」
「うん。分かってるよ」
「あのねヴィクトールちゃん!痛みは斬られた時だけのじゃないワヨ!?手術したときの痛みだってあるワ!」
手術………、ああ。
傷口の処置をしてもらったときの。
あの時は麻酔をかけてもらってたらしく何も覚えてないけど。
まあ、だから何って話だけど。
「大丈夫ですよヘザー先生」
「大丈夫なワケないじゃない!ああンもう!ホントに頑固なんだから!テオ!アンタなんか鎮痛剤持って無いの!?」
「無いですよ!鎮痛系は第一級の劇薬ですよ!?組合長の許可が無ければ投薬はできません!」
「ヘザー先生、テオ先生」
二人ともそんなに慌てなくても大丈夫なのに。
「大丈夫です。覚悟の上ですから」
「ヴィクトールちゃん……」
「ヴィクトール様……」
「よく言ったヴィクトール」
ぽすっ。と頭に乗せられたのは、ラウルさんの手だった。そのままくしゃくしゃと頭を撫でられる。
ラウルさん達長命族にとっては俺なんかまだまだ子供なのかもしれないけど……。恥ずかしい。
「魔法の重ね掛けが可能ならお前の痛みを軽くしてやれるんだが、逆行は強力でな、他の魔法を付与しても打ち消してしまう。しかも、今回は巻き戻す時間が長い。正直言って、全部巻き戻りきらない可能性もある」
「大丈夫ですラウルさん。よろしくお願いします。」
「……お前の覚悟は良く分かった。私も全力を尽くそう」
ラウルさんは準備をすると言って家の外に出て行った。
「ヴィクトール。大丈夫ですよ、ラウルは我が一族最高の魔法師です。何も心配することはありません」
「はい、シメオン様」
「お茶をいれてあげよう。少し気持ちを落ち着けて、待っているといい」
しばらくして、ラウルさんが丈の長い衣に着替えて戻って来た。外に付いて来いと言うので、ゾロゾロと皆で移動する。
「おお、お帰りヴィクトール」
「お帰り。我らが可愛い子」
付いて行った先は世界樹の本当に根元。
大きな根っこが地面から張り出している、世界樹に触れられる程近いところ。
そこには、ラウルさんと同じ長い衣を羽織り、長い金髪を垂らした長命族さん達が待っていた。
皆俺の事を知っているみたいで、一様にニコニコと声を掛けてくれる。
「ヴィクトール。彼らは一族の中でも魔法に長けた者達だ。今回、私の補助をしてくれる」
「よろしくお願いいたします」
俺が頭を下げると、長命族さん達は一瞬きょとんとした顔になったがまたすぐ笑みを浮かべた。
「畏まらなくて良い、我らが可愛い子」
「そうだよ、ヴィクトール、お前の為なら我らはいくらでも力を貸そう」
「何も心配いらない、我らが可愛い子。お前には世界樹の御加護がある」
世界樹、と言われて見上げた視界には、風にたゆたう木の枝。
「世界樹は自然魔力の生じる場所と言われている。この膨大な自然魔力があれば、逆行の効力が増幅される筈だ。大丈夫、必ず元に戻してやる」
世界樹の真下、地面に白く描かれた魔方陣らしき模様の真ん中に座ったラウルさん。手招きされ、俺もその僅かに発光している魔方陣に足を踏み入れた。
「ヴィクトール。すまないが上衣を脱いでくれ。傷口が見えないと逆行を止めるタイミングが計れんのだ」
「分かりました」
ラウルさんに脱ぐのを手伝ってもらい、何とかシャツを脱ぐと、包帯だらけの俺の体に、ラウルさんは明らかに顔をしかめた。
「この布も外すぞ」
「はい」
包帯は今朝替えて貰ったばっかりで、きれいなままだった。
今は傷はほとんどふさがりつつあり、消毒を毎日して、ひたすら清潔に保ってるだけだが、毎朝処置をしてもらう度に、自分の腕がだらりと力無く俺の肩から伸びているのを見て、ため息しか出なかった。
シュルッ…
腕の傷に続いて、肩の傷があらわになると、ラウルさんは眉をひそめた。
「痛むか」
思わず口に出ていたんだろう。ラウルさんはそう言った瞬間、気まずそうに目を逸らした。
「痛みはありません、大丈夫です」
「そうか………。詮ない事を聞いた…、すまん」
「どうかお気になさらず」
「……では、始めよう」
「はい、お願いします」
ラウルさんは周りを囲む様に立つ長命族さん達に目線を送ってうなずくと、深呼吸するように息を大きく吸い込んだ。
周りの長命族さん達は、胸の前で祈るように手を組み、目を伏せた。
「……我は揺蕩う流れを知る者なり。流れは永久に絶えずして…」
魔方陣が光を強くすると、風が逆巻き、水のように重い空気が俺の肌を撫でた。
じわり。
首筋に汗が滲む。
向かい合うラウルさんは俺の左腕に集中し、とうとうと詠唱を紡ぎ続ける。その額には、汗が。
「……流れよ逆巻け、流れよ戻れ…」
ズキン!
「ぅあっ!!?」
左肩がじわりと熱くなった途端、傷口を刺されたみたいな鋭い痛みがはしる。
戻り始めたのか……!
「うぅっ!あ!!」
熱い!
痛い!
思わず左肩に伸びた右手が、ラウルさんの手に阻まれた。
傷口に触るなって事なんだろうけど、痛すぎてだめだこれ。俺は必死でラウルさんの手を振りほどこうとした。
すると右手を引っ張られて、俺はラウルさんに抱き抱えられてるみたいな格好になっていた。
「うぁ………」
ぎゅっと、抱きしめられたラウルさんの手は熱いくらい暖かくて、耳を押しあてた胸は早鐘のような心臓の音が伝わって来て……。
「逆行」
ドッ……
「うぐぁ………!あっ!」
ラウルさんが詠唱を終えると、身体中の血液が沸騰したみたいに熱くなり、霞む視界の中で、傷口が生き物みたいにうねっているのが分かった。
「ぐぅっ!あああああっ!!」
想像以上の痛みに、俺は一瞬意識を飛ばした。
「………ル。……ヴィクトール。しっかりしろ……」
「ッ…………!」
気がつくと、俺はラウルさんを見上げていた。
「大丈夫か」
「はい………」
ふと、左腕を見下ろすと、あれだけ深かった傷が消えていた。
そして、左肩の傷も。
「消えた………」
「そうだ、元に戻せたぞ、どうだ?」
元に戻せた。
そう言われて俺は、おそるおそる左手を握ってみた。
ぴくり、指先から言うことをききはじめる手、そして、すうっと自然に手を握りしめていた。
「あ…………」
動いた。
普通に、動いた。
「!!」
がばっ!
と、俺は思わず勢いよく起き上がった。
「動いた!」
「よかった……!よかったなヴィクトール!」
動いたよ!
元に戻った!
「ヴィルっ!」
「ティナ!動いた!動いたよ!」
気がつくと、魔方陣が消えていて、俺の周りにみんなが駆け寄ってきて、俺は動く様になった腕でティナを抱きしめた。
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