俺の幼馴染みが悪役令嬢なはずないんだが

ムギ。

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後編

早起きは三文の得?(主人公視点)

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  ヒルシュ領に入り、領都アイゼナハにある公爵城に泊まった翌朝のこと。
  俺は久しぶりに夜明けと共に目を覚ましてしまった。
  長旅でさすがに疲れているんだろうか、眠りが浅くて気がつくと薄明かりの中で目を覚ましていたのだ。

「………」

  薄明かりに目が慣れると、隣のベッドでまだ寝息をたてているティナが見え、一瞬ドキッとした。
  ああ、そうか、一緒の部屋に寝てるんだっけ。
  まだ慣れないな……。

  カチッ
      キィ……

  俺は、ティナを起こさない様にそっとベッドを出て、部屋履きのままバルコニーに続く硝子扉を開けた。
  途端に頬を撫でる潮風。
  耳に届く潮騒。

「ふぅ………」

  街壁のすぐ外に広がる南海。
  朝焼けの色に染まるその遥か先には四か国のひとつ、海運と商業の国アラビシアが。
  朝日の昇る中央大陸の東端には、農業と芸術の国ホウランが。
  西海を挟んだ西大陸には、鉱業と武術の国エスルが。
  いずれも二千年前の人魔大戦後、当時生き残った人族の指導者達が、人族統一国家の建国を目指したが文化や信教の溝を埋めきれず四か国に分裂し建国した国々だ。
それから二千年の平和が続き、今の我が国のようにクーデターのような形で国が無くなるかもしれないのは初めてのことだ。
  新しい国主が四か国協議会の卓に座れるかどうかも分からない。
  四か国協議会に歓迎されなければ、新興国はのっけから暗礁に乗り上げる。

「はぁ………」

  おそらく、既に終焉へのカウントダウンは始まっている。
  王都は既にもぬけの殻。
  民を避難させ、父さん達はクーデターを決行するつもりなんだろう。
  民を巻き込んだ内戦に発展しなかっただけ良いのかもしれない。皆が傷つくのは、耐えられない。

「………………ヴィル?」
「!!」

  うわっ。
  びっくりした。

「…………ティナ……、ごめん、起こした?」
「ううん。大丈夫」

  ティナは静かに、バルコニーに出て来た。
  途端に強く吹いた海風に、ティナの銀色の髪が煽られ朝日にきらめいた。
  ああ、綺麗だなぁ。
  俺のティナは何でこんなに綺麗なんだろ。

「ヴィルこそ大丈夫………?眠れなかったの?」

  俺がその美しさに見とれていると、いつの間にかティナは隣に来てバルコニーの手すりに置いていた俺の手に手を重ねていた。

「………………ああ……うん。そうなんだ、目が冴えちゃってさ……」
「どうしたの?」

  重なった手が優しく握られる。

「不安でさ……」
「不安?」

  そう、不安だ。
  およそ百年前、王家以外で唯一王位継承権があった当時のコール家当主が王位継承権を返上して以来、王族に連なる者のみが王権を継いできた。
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  本当に、父さんは王家を廃して、自ら主権を握るつもりなんだろうか……。
  そう考えると、胃が痛い。

「大丈夫」

  ぎゅっと、強く握られた手。ティナの鼓動まで伝わってきそうで、熱い。

「大丈夫よ。ヴィルならきっと、大丈夫」
「ティナ…………」

  ティナは「大丈夫」とおまじないの様に、俺に言い聞かせる様に繰り返し口にした。

「大丈夫、きっと。言ったでしょ?どうなっても、私は一生ヴィルに付いていくわって、でも、不安になったら、苦しくなったら、私だけにその顔を見せて?」

  俺の頬に、ティナの細い指先が滑る。

「ヴィルのそんな顔は、他の誰にも見せたくないの」
「ティナ………」

  俺は気がつくと、ティナの背中に手を回して、思いっきり抱き締めていた。

「ヴィル………」
「…………ティナ……、ありがとう。俺、ティナが居ないとダメだ……。俺を支えてくれるティナが居なきゃ……」
「私もよ」

  ティナの声が、俺の耳元で響く。
  その艶を含んだ甘い声に、ゾクリと背筋が粟立つ。心臓が鼓動を跳ねあげた。

「私も、ヴィルが居ないと駄目。私を愛してくれる、ヴィルが居なくちゃ……」
「ティナ………」
「…………ヴィル、愛してるわ」
「うん………、俺も………愛してるよ………ティナ」

  ティナの紫の瞳に吸い込まれそうになる。「愛してる」と囁いてくれた小さな唇に、ふうっと吸い寄せられていく。

  …コンコン
        ガチャッ…

「「!」」

  控え目なノックと静かに開けられた扉。
  あと少しで唇が触れそうなほど近づいていた俺達は瞬間的に離れるのが精一杯だった。

「…………おはようございます」
「おはようございます。お目覚めでございましたか、遅くなりまして申し訳ございません」

  部屋に入って来たのはハンスとクリフ。二人は一瞬、ベッドに俺達が居ない事に動揺したみたいだったけど、バルコニーの硝子扉の向こうに居るのを次の瞬間見つけてホッとしたようだった。

「おはよう、ハンス、クリフ」
「おはよう」

  俺は平静を装おって、ティナを伴って部屋に戻った。

「ヴィクトール様、お召しかえの支度を整えてございます」
「ティアナ様は別室にてお召しかえを」

  クリフとハンスはすっかり息ぴったりで、俺達が何でバルコニーに居たんだとか、二人で何してたんだとか諸々のツッコミどころを華麗にスルーして、いつもの朝の仕事をこなす。
  それでこそ俺の執事達だよ。


「……おはようございます。レオン兄様、リーン兄様」
「おう!おはようヴィル!」
「…………おはよう。ヴィル……ぁふ………」

  着替えた俺はなぜか食堂ではなく、軽武装した兄様達とまだ人気ひとけのない南方騎士団の訓練所に居た。
  勿論、俺もしっかり軽武装済み。
って、いやいやいや!
  何で!?
  えーと、とりあえずハルト兄様に朝のご挨拶に行ったら

「おはようヴィル。レオンとリーンはもう訓練所に行ったぞ、急げ」
「え?」
「ハルト兄様?」

  挨拶をするや否やそう言われ、あれよあれよという間に此処に来て皮鎧を身に付けていたんだけど………。
  うん、ワケワカラン。
  誰か説明プリーズ。

「ヴィル、ほら」

  パシッ

  レオン兄様が模擬剣を投げて来たのを受けとる。
  久しぶりのその感覚を確かめる様に俺はくるくると回してみたりしてみた。

  ビュッ!

「レオン兄様、リーン兄様、一体何をなさろうというのですか」

  顔をあげた俺の前には木製の模造剣を携え、皮鎧に身を包んだ兄様達が。

「おいおい!男なら剣で語るもんだろ!?しのごの言わずにかかって来い!」

  はい。レオン兄様、余計意味わかんなくなりました。次、

「………兄上から聞いてないの………?これは僕達ヒルシュの男の下らない矜持きょうじだよ……」
矜持きょうじ………?」

  俺のおうむ返しに近い言葉に、リーン兄様は答える前に木剣を振り上げた。

  カンッ!

「っ!  」

 なんとか剣を受けると、今度はレオン兄様が足を踏み出した。
ちょっ!なんなんだよ!

「止めて下さい!一体何なのですか!」

  俺は慌ててリーン兄様を押し返すと、今度はレオン兄様の剣をギリギリで受けた。

「だからさ!これがヒルシュ一族の伝統なんだよ!」
「伝統?!何の事ですか!」

  レオン兄様が飛び退き、一旦間があいた。

「……そう、伝統だよ。ヒルシュの娘を妻に娶る男の力量を試すんだよ…」
「いっぺんヴィルと闘ってみたかったんだよな!」

  ははは!と高笑いしながらレオン兄様が真正面から突っ込んで来るのをギリギリでかわすとその先にはリーン兄様が。
  あっぶね!!

  カンッ!!

「っ!やるねヴィル」

  ああもう!
  レオン兄様とリーン兄様を同時に相手するとか何の罰ゲームだよ!
  ていうか伝統って何!?
  これ勝たないとティナと結婚できないとか!?
  さすが剣士フェヒターの一族だよ!考え方が体育会系なんだよな!

  ビュッ!

「よそ見すんなヴィル!怪我するぜ!」

  そうこうしているうちにレオン兄様の振るった木剣が俺の肩をかすめる。

「ヴィルッ!!」

  離れたところでハルト兄様と俺達を見守っているティナが、悲鳴に近い声をあげた。
  俺は気合いを入れ直した。
  ティナが見てる前で格好悪い真似はできない。
  よし、本気出しちゃうからね。
  兄様達、怪我しても知らないよ!

  ガツンッ!
       ガッ!

  俺は再び振り下ろされたレオン兄様の剣を弾き、一歩引いたところを素早く踏み込んで胴を凪ぐ。

「ぐぇっ!?」

  浅いか。
  そう手応えに感じた俺はレオン兄様が怯んだ隙に離れつつ真後ろを振り向き木剣を振り抜いた。

  ドッ!!

「ぐっ!!?」

  そのひと振りは背後から迫っていたリーン兄様の胸を打ち、俺は転がる様にして距離をとった。

「ゲホッ!ゴホッ!」
「大丈夫かリーン!」

  上手く入った一撃が効いたけのか、リーン兄様は立ち上がれない。
  よし、あとはレオン兄様だ。
  俺は姿勢を低くして真っ直ぐ駆けだした。
  ところが。

  ガッ!!

「………そこまでだヴィル」

  俺の突撃を受け止めたのは、ハルト兄様だった。
  怪力スキルを発動したハルト兄様に止められた木剣はヒビが入り、   俺のヤル気は急速に萎えた。
  あとちょっとでレオン兄様も仕留められたかもしれないのに。
  俺の意思を無視して闘わせたり、闘いを無理矢理止めたり、勝手なんだから。

「………」
「落ち着けヴィル。もう終わりだ」

  ふう。と息を吐いて手の力を抜く。
  俺が木剣を下ろすと、ハルト兄様も引いた。
  ちょっと本気になりすぎたかも、反省。

「ヴィル!」
「!」

  どんッ!

  背中に衝撃を感じ、気がつくと後ろからティナに抱き締められていた。

「ティナ……」
「ごめんなさい……!ごめんなさいヴィル……!」

  もう、何でティナが謝るんだよ。
  謝らなきゃいけないのは、兄様達だろ?
  ねえ?
  ハルト兄様?

「そう睨むな……。試す様な真似をしてすまなかった……」

  俺は着替えて、ティナと一緒に食堂のテーブルに付いた。
  食器のセッティングがされたテーブルを挟んで、ハルト兄様と向かい合う。
  ハルト兄様が言うには、あれは儀式的なもので、正直、俺があそこまでレオン兄様とリーン兄様を圧倒するとは思っていなかったそうだ。
  なにそれ。
  俺そんなに甘く見られてたの?

「儀式…………ですか。まさか、エレナ姉様の………シュタルク辺境伯にも同じ事をしたんですか」
「ああ。シュタルク殿の時は私が相手をしたのだが、彼は中々粘ってな、二日目でようやく俺に一撃当てたんだ」

  すげぇなシュタルク辺境伯、ハルト兄様相手に。
  っていうか……

「ということは、もしも万が一ティナがアルベルト殿下と予定通り婚姻することになっていたら…」
「無論、同じだ」

  マジか。
  あの殿下なら兄様達に秒でやられてたな。

「それで結局……俺はティナの夫として認められたのですか?」
「いやいや、お前とティナの婚姻は当主たる父上が既にお認めになったことだ。それを今さら俺達が横槍を入れる様な真似はできんよ」
「え?では先ほどの事は一体……」
「だから儀式だと言っているだろう。純粋にお前の力量を計りたかっただけだ。しかし流石は俺達の義弟おとうとこれほどまでとはな」
「………そうですか……」

  だめだ、ハルト兄様達の体育会系理論に付いていけない。
  剣は俺の数少ない特技のひとつ。それを誉めて貰うのは嬉しいけど、俺の力量なんか計ってどうするんだろ。

「ごめんなさいヴィル……。兄様達がこんなことをするとは思わなくて……。私、こんな儀式のことは何も知らなかったの」
「謝らないでくれよティナ。知らなかったんなら仕方ないし、例え知ってても、ティナのせいじゃないよ」
「ティナ……?俺達はヴィルに怪我をさせようと思ってやったんじゃないぞ?」

  ハルト兄様がそう言うと、ティナはさっと振り向いた。

「当然です。もしヴィルが怪我をしていたら、私は兄様達を許しませんから」
「ティ………ティナ……」

  ハルト兄様は一瞬泣きそうな顔になったけど、さすがにすぐに持ち直してひとつ咳払いをした。

「はあ………しかし、二人がああも翻弄されるとは……。レオンもリーンも、伊達や酔狂で師団長を名乗っていないんだぞ……?」
「たまたま……ですよ、ハルト兄様。兄様達が油断していなければ、俺は簡単にやられていたでしょう」
「いや……、たまたまで片付く訳がない。ヴィル、お前の剣の師はバルト伯父上か?」
「いいえ、俺の師は南方騎士団王都専従部隊長のヘルフリート・アーデル・リッター・アルムホルト殿です」
「ほう、アルムホルト騎士爵が…」

  と、そこへ、訓練着から着替えたレオン兄様とリーン兄様がやって来た。

「……お待たせ」
「待たせたな!」

  俺は思わず立ち上がった。

「リーン兄様、レオン兄様、お怪我は…」
「……うん。気にしないで、なんともない」
「全ッ然平気だぜこんなん!」

  胸を強打したリーン兄様はけろっとした顔でそう返してくれた。
  腹に一撃入れたレオン兄様も平然としている。
  よかった。でも、ちょっとやりすぎたかな。改めて反省。

「申し訳ありませんでした……」
「謝るのは僕ら……。ごめん……ヴィルと手合わせできるのが嬉しくて………説明が足りなかった……」
「ヴィル!お前すげえよ!また手合わせしようぜ!な!」

  またはちょっと………。
  遠慮させていただきます。

「……僕達まだまだ修練がたりなかったみたいだ。……これにこりずに……また相手をしてほしい」

  ううっ、リーン兄様まで……。そんなこと言ったって……

「ほら、いい加減にしろお前達。座れ、朝食にするぞ」
「おう」
「……はい」

  ハルト兄様がそう言って手を叩くと、リーン兄様とレオン兄様は大人しく着席した。
  するとほどなくして、朝食が運ばれてきて俺達は静かに食事を始めた。

「そうそう、ヴィル、ティナ。明日にはここを発ってエムデンに向かうのだろう?」

  食事をしながら、ハルト兄様が口を開いた。

「はい、その予定です」
「そうか、ならば街中を見て回るのもいいが、客船港に立ち寄るといい。面白い物が見れるぞ」
「面白い物……ですか?」
「そうだ」

  楽しそうに笑みを浮かべるハルト兄様に、俺とティナは顔を見合わせた。
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