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後編
シスコン兄様達は残念イケメン(主人公視点)
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ぞろぞろと騎馬隊を引き連れた俺達は、丘陵地帯を下り、海が見えるところまで進んだ。
ふわりと鼻をくすぐる潮の薫り。ああ、海の近くに来たんだなあ、と実感する。
そうそう、あの海沿いの高台に建つのがティナの実家、ヒルシュ公爵家の居城だ。あそこから見る海はまた最高なんだよな。
「お帰りなさいませ!レオンハルト様!ティアナ様!そしてようこそアイゼナハへ!ヴィクトール様!」
そうこうしているうちに、俺達の乗った馬車は領都アイゼナハへ入った。
武装していた騎士団の面々とは門の前で別れ、馬を降りて武器を預けたレオン兄様も俺たちの馬車に乗り込んだ。
通関の手続きをしてくれた守衛さんに笑顔で迎えられ、馬車は緩やかに登る大通りを抜けて城に入った。
「お帰り!!ティナ!」
「……お帰りティナ。……よく来たね……ヴィル」
城門前で馬車を降りて城に入ると、ティナの兄さん達が出迎えてくれた。
「ただいま帰りました。ハルト兄様、リーン兄様」
ティナが挨拶をしたのに合わせて、俺も挨拶をする。
「ご無沙汰しております。ハルトヴィヒ殿、リーンハルト殿」
「お久しぶりでございます、ヴィクトール様………。ふう………成人したからといって堅苦しいことは止してくれヴィル、俺達はお前を弟の様に思っているのに」
「うん………。兄上の言うとおり。………公式の場以外は今まで通りでいい……と、思う」
「そうそう!水臭いぜ!俺たちの仲だろ! 」
「「レオン。お前は黙っていろ」」
「…………ハイ」
あちゃぁ。見事なハモり。やっぱりハルト兄様とリーン兄様激おこだよ。
「さあ、立ち話もなんだ、座ってくれ」
応接間に通されて、一息。
さてと、改めてティナの兄さん達を紹介しよう。
長男、ハルト兄様ことハルトヴィヒ・アーデル・フェヒター・ヒルシュ。
実質的に今現在ヒルシュ領を取り仕切っている、領主代行という立場だ。
次男、レオン兄様ことレオンハルト・アーデル・フェヒター・ヒルシュ。
南方地域と南海を守護する、南方騎士団の海上師団長。
三男のリーン兄様ことリーンハルト・アーデル・フェヒター・ヒルシュ。
南方騎士団の陸上師団長にして作戦参謀でもある、戦術マニアとも揶揄される本の虫。
ちなみに、レオン兄様とリーン兄様はこの国でも珍しい一卵性双生児で、性格が真反対なのと、髪型が違うのとがなければ、 俺は見分けがつかない自信がある。
そして、この場にはいないけど、姉さんが一人。
エレナ姉様こと、エレオノーラ・アーデル・ダーメ・シュタルク。
ヒルシュ公爵家長女で、シュタルク辺境伯家に嫁いだ。
いやはや、男三人、女二人の五人兄弟とか、ティナの家は賑やかだよね。
俺は兄弟居ないから、昔はちょっと羨ましかったけど、ハルト兄様もレオン兄様もリーン兄様もエレナ姉様も実の弟みたいに接してくれるから、今やもう本当の兄弟みたいに思ってる。
「まずは、すまなかった。俺の監督不行き届きでお前達を騒がせてしまった」
ハルト兄様はレオン兄様を止めなかった事に頭を下げてきた。
レオン兄様はクルトさん達が届けてくれたティナの手紙を読み終わるや否や、
「迎えに行ってくるぜ!」
と、言って飛び出して行ったそうだ。
その、思い立ったら即行動するレオン兄様の悪癖は最早発作みたいなもので、下手に止めたりするより気のすむようにさせようということになっているそうだ。
ちょっと、野放しにしないでくださいよ。
「ハルト兄様。そのことなのですが」
部屋の隅に立たされているレオン兄様がビクリと肩を震わせる。
「うん?なんだ」
ティナが縮こまるレオン兄様を横目で見ながら、レオン兄様の部下達が一緒に街の手前まで押し寄せ、危うく街が混乱しかねない事態だったと話した。
途端、脱兎のごとく逃げ出そうとするレオン兄様をリーン兄様が飛びかかって取り押さえた。
「……………レオンハルト?」
ひんやりとした空気が頬を撫でた、気がした。
「ああああ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「お前は……………、一体…………何をやっているんだ…………?」
さすが五人兄弟の長子。
迫力。
俺とティナも思わず縮みあがる。
ミシッ………
瞬間、目の前のテーブルにハルト兄様が掴んでいる縁から、大きく縦に向かってヒビが入った。
「兄上!テーブル!テーブルが壊れる!」
「レオン………。テーブルより自分の心配しろ………」
実はハルト兄様は、文系な見た目に反してヒルシュ家の怪力遺伝子をガッチリ受け継いだ兄弟唯一の人。
特殊技能というか固有スキルみたいな?
先祖返りかなんか知らないけど、四英雄の直系の子孫の中には、特殊体質みたいなものを受け継いで生まれてくる人間が稀にいる。
体質を受け継いだ者は生まれたときから崇敬の対象となりそれは大事にされるらしい。
ヒルシュ家は人智を越えた怪力をハルト兄様が。
コール家は絶対的な記憶力を父さんが。
ツァイス家は千里をも見通すと言われる超視力を先々代当主が。
バルツァー家は万里を一日で駆ける事が出来ると言われる俊足を、四代前の当主の娘が。
といった具合だ。
これらの体質は、常に発現するのではなく、ある程度制御できるらしい。だから体質というより、やっぱり固有スキルと言ってもいいかもしれない。
あー、俺もチートスキル欲しかったなー。
「レオンハルト………お前は民を脅かすとは何事だ……。あまつさえ非番の者まで巻き込んだだと………」
ビシィッ!
あ、だめだ。
あのテーブルもう本格的にダメだ。あとちょっとで真っ二つだ。
「うひぃ!あ、兄上!落ち着いてくれ!」
「…………真っ二つになった机が飛んでくるに一票」
「不吉なこと言うなリーン!」
じたばたするレオン兄様を尻の下に敷きながらリーン兄様は妙に冷静にそう言った。
うん、俺もそれに一票。
と言いたいところだけど…。
「レオンハルト?俺の話を聞いているのか」
バキンッ!
あ、折れた。
見事に真っ二つ、お見事ハルト兄様。
さて、ここらが潮時かな。
俺はティナと頷きあった。
「ハルト兄様、どうか落ち着いてください。ティナが怯えています」
このままだと本当にテーブルがレオン兄様に飛びかねないから、怪力無双モードのハルト兄様を宥める。
「ティナ………」
「ハルト兄様、どうかお気を鎮めて下さいませ」
「……ああ、可愛いティナ。すまなかったね、恐がらせてしまって」
ティナが涙目でそう訴えれば、ハルト兄様はすぐに表情を変えた。
もちろん、ティナはキレたハルト兄様には慣れっこだが、演技だ。
さすが、ティナ。オスカーものの演技お見事。
そしてチョロいぜハルト兄様。
「…………やれやれ………命拾いしたなレオン……」
「ティナぁああああ!助かったあッ!」
ガッ!
「ぐぇっ!?」
リーン兄様の尻に敷かれていたレオン兄様が解放された途端にティナに向かって飛び付いて来ようとしたところを、今度はハルト兄様に捕まった。
「あだだだだ!」
素早く立ち上がったハルト兄様は、レオン兄様の前に立ちはだかると、頭を掴んだのだ。
「兄上!割れる!頭割れるって!」
「うるさい。お前は少し黙って反省しろ」
「あだだだだ!」
「座れ」
「ぐぇ!」
ハルト兄様はそのまま頭をつかんで押し込む様にしてレオン兄様をソファに座らせた。
「あだだ……、割れた………、頭割れた………」
「………はいはい。割れてないからね……。……レオンが兄上を怒らせたのが悪いんだから………反省して」
その隣にリーン兄様も腰かけ、いつの間にか真っ二つになったテーブルは綺麗に運び出され、新しいテーブルが運ばれて来た。
さすが、使用人達も慣れっこって訳だ。
「……さて改めて、ティナ、ヴィル、婚約おめでとう」
新しいテーブルに出されたお茶を一口。ハルト兄様はそう言ってにっこりと笑みを浮かべた。
「ありがとうございますハルト兄様」
「しかしまあ、父上から手紙を頂いたが、まさか殿下の方から婚約を破棄してくれるとはな」
手紙でどこまでベルおじさんが伝えたのかは知らないけど、多分ほとんど伝わってるっぽい。
殿下の話をハルト兄様が出した途端に、レオン兄様もリーン兄様も表情を険しくした。
「俺としては、あの愚かな王子にティナを嫁がせる事にならなくて良かったと思っている」
「………だけど兄上、僕としては許せない………。あいつは……ティナを公衆の面前で辱しめた……」
ハルト兄様とリーン兄様の言葉に、黙っていろという言葉に従っているレオン兄様はコクコクと頷いだけだったが、表情は怒りをにじませていた。
「そうだな。それに加えて殿下は、ヴィルをも傷つけた。許せん暴挙だ」
「!そうだヴィル、怪我は大丈夫か……?」
がばっと、兄様達が揃って身を乗り出して来るもんだから、思わずのけ反る。
「父上は腕が動かなくなるほどの深手を負わされたと書いておられたが……」
「……動いている……。大丈夫………なのか?」
俺が左腕を普通に動かしてみせると、兄様達はまじまじと観察してきて、しばらくして三人一緒にホッと胸を撫で下ろした。
「良かった……」
「………王都の癒師は優秀なんだな……」
もちろん、先生達のおかげもあるけど、この腕が元に戻ったのは、叔父上達のおかげだ。
俺は一瞬迷った。
先生達のおかげだとごまかすか、正直に言うか。
兄様達は俺が魔法を受けてこうなったと言えば、頭ごなしに否定することはしないだろう。
叔父上とお祖父様は、長命族の存在を人族に話して構わないと言っていたし……。
ただ。
「長命族の事を語ることで、お前が嫌な思いをしたり、その身に危険が及ぶとなるなら、口にしてはいけない」
とも言っていた。
おそらく兄様達とはいえ、そう簡単には受け入れてはくれないだろう。
それでも俺は、兄様達は俺の言葉を否定しないと信じてる。
「あの、兄様。実は……」
俺は意を決して、兄様達に本当の事を話した。
「なにっ?長命族?」
「はい」
やはり、兄様達はおとぎ話を聞いているような反応だった。しかし俺が腕をまくって傷跡すらない肌を見せると、少し信じてくれたようだった。
「その腕に、確かに傷を受けたのか……?」
「……信じられない……、まさか……本当に魔法を……?」
人族が魔法から遠ざかって二千年近く、ティナのように魔法を目の当たりにしなければ、魔法の存在すら一朝一夕には信じられないだろう。
それは兄様達も同じ筈だ。
でも、やっぱり兄様達は俺の言葉を否定はしなかった。まだ信じられないという表情を浮かべてはいたが、どんな方法であれ俺の傷が治った事を喜んでくれた。
「しかし……、本当に実在するのか………長命族が……」
「ハルト兄様、信じられないお気持ちは分かります。ですが、俺は来るべき時が来れば、彼らと国交を結びたいと考えております。そうすればきっと、人族の魔導具と、長命族の魔法具の技術交流も進み、魔導具が更なる進化を遂げるものと期待しているのです」
「来るべき時……とは、新興国の建国後か?」
「はい」
ハルト兄様は、やはりこの国が終わり、新しい国が建つ事を知っていた。
「確かに、新興国でのお前の発言力は大きいだろう。おそらく、伝説の長命族が本当に存在するのなら国交を開くことも可能だな」
「そうだと良いのですが、俺はまだ若輩者です。俺の発言力など、微々たるものと承知しております……」
「………謙遜することはない。ヴィル」
「リーン兄様まで、俺を買いかぶりすぎですよ」
俺はそう言ったが、兄様達は本気なようで、普段は飄々としているレオン兄様まで真剣な顔つきになっていた。
「いや、真剣な話、おそらく新興国での新しい国主は四大公爵のいずれかが立つことが濃厚だ」
「……そうすると……必然的に国主の地位には筆頭公爵のバルト伯父上が……ヴィルはその後継者だよ……」
「えっ、まさか…」
いやいや!
国主になるなら第二王子殿下とか、未婚の王女殿下も可能性あるでしょ?
「ヴィル、俺が父上達の立場なら、現在の王族には主権を渡さない。特に国王と第一王子は二度と表に出て来られないように処刑も厭わない」
兄様達は一様に頷いた。
「……そう。民からの信頼が地に落ちた王族は……王として戴けない。ねぇ……レオン」
「!そうだなリーン!!俺たちが国主と戴くならヴィルがいいよな!!」
と、レオン兄様はやっと発言を求められ、嬉々としてそう言った。
うん、リーン兄様もレオン兄様もちょっと落ち着いて。
「ヴィル。この話はあくまでも俺達の希望的観測だがな、現時点で最も可能性のある話だと思っている」
「ハルト兄様……」
「………もっと自信持って……ヴィル。……君が国主なら民は諸手を挙げて歓迎する……きっと…」
「リーン兄様」
「ま、とにかくよ!俺達は国がどうなろうがお前達の味方だからな!」
「レオン兄様」
「そうよヴィル!私はなにがあっても貴方に一生付いていくわ!」
「ティナ……」
仮に兄様達の言ったようになるとしたら、かつての様に我が国も他種族と交流を持つことができるかもしれない。そうすれば、新しい国は現在より発展し、皆の生活水準も一層向上するだろう。
俺に、それを実現することができるだろうか………?
ふわりと鼻をくすぐる潮の薫り。ああ、海の近くに来たんだなあ、と実感する。
そうそう、あの海沿いの高台に建つのがティナの実家、ヒルシュ公爵家の居城だ。あそこから見る海はまた最高なんだよな。
「お帰りなさいませ!レオンハルト様!ティアナ様!そしてようこそアイゼナハへ!ヴィクトール様!」
そうこうしているうちに、俺達の乗った馬車は領都アイゼナハへ入った。
武装していた騎士団の面々とは門の前で別れ、馬を降りて武器を預けたレオン兄様も俺たちの馬車に乗り込んだ。
通関の手続きをしてくれた守衛さんに笑顔で迎えられ、馬車は緩やかに登る大通りを抜けて城に入った。
「お帰り!!ティナ!」
「……お帰りティナ。……よく来たね……ヴィル」
城門前で馬車を降りて城に入ると、ティナの兄さん達が出迎えてくれた。
「ただいま帰りました。ハルト兄様、リーン兄様」
ティナが挨拶をしたのに合わせて、俺も挨拶をする。
「ご無沙汰しております。ハルトヴィヒ殿、リーンハルト殿」
「お久しぶりでございます、ヴィクトール様………。ふう………成人したからといって堅苦しいことは止してくれヴィル、俺達はお前を弟の様に思っているのに」
「うん………。兄上の言うとおり。………公式の場以外は今まで通りでいい……と、思う」
「そうそう!水臭いぜ!俺たちの仲だろ! 」
「「レオン。お前は黙っていろ」」
「…………ハイ」
あちゃぁ。見事なハモり。やっぱりハルト兄様とリーン兄様激おこだよ。
「さあ、立ち話もなんだ、座ってくれ」
応接間に通されて、一息。
さてと、改めてティナの兄さん達を紹介しよう。
長男、ハルト兄様ことハルトヴィヒ・アーデル・フェヒター・ヒルシュ。
実質的に今現在ヒルシュ領を取り仕切っている、領主代行という立場だ。
次男、レオン兄様ことレオンハルト・アーデル・フェヒター・ヒルシュ。
南方地域と南海を守護する、南方騎士団の海上師団長。
三男のリーン兄様ことリーンハルト・アーデル・フェヒター・ヒルシュ。
南方騎士団の陸上師団長にして作戦参謀でもある、戦術マニアとも揶揄される本の虫。
ちなみに、レオン兄様とリーン兄様はこの国でも珍しい一卵性双生児で、性格が真反対なのと、髪型が違うのとがなければ、 俺は見分けがつかない自信がある。
そして、この場にはいないけど、姉さんが一人。
エレナ姉様こと、エレオノーラ・アーデル・ダーメ・シュタルク。
ヒルシュ公爵家長女で、シュタルク辺境伯家に嫁いだ。
いやはや、男三人、女二人の五人兄弟とか、ティナの家は賑やかだよね。
俺は兄弟居ないから、昔はちょっと羨ましかったけど、ハルト兄様もレオン兄様もリーン兄様もエレナ姉様も実の弟みたいに接してくれるから、今やもう本当の兄弟みたいに思ってる。
「まずは、すまなかった。俺の監督不行き届きでお前達を騒がせてしまった」
ハルト兄様はレオン兄様を止めなかった事に頭を下げてきた。
レオン兄様はクルトさん達が届けてくれたティナの手紙を読み終わるや否や、
「迎えに行ってくるぜ!」
と、言って飛び出して行ったそうだ。
その、思い立ったら即行動するレオン兄様の悪癖は最早発作みたいなもので、下手に止めたりするより気のすむようにさせようということになっているそうだ。
ちょっと、野放しにしないでくださいよ。
「ハルト兄様。そのことなのですが」
部屋の隅に立たされているレオン兄様がビクリと肩を震わせる。
「うん?なんだ」
ティナが縮こまるレオン兄様を横目で見ながら、レオン兄様の部下達が一緒に街の手前まで押し寄せ、危うく街が混乱しかねない事態だったと話した。
途端、脱兎のごとく逃げ出そうとするレオン兄様をリーン兄様が飛びかかって取り押さえた。
「……………レオンハルト?」
ひんやりとした空気が頬を撫でた、気がした。
「ああああ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「お前は……………、一体…………何をやっているんだ…………?」
さすが五人兄弟の長子。
迫力。
俺とティナも思わず縮みあがる。
ミシッ………
瞬間、目の前のテーブルにハルト兄様が掴んでいる縁から、大きく縦に向かってヒビが入った。
「兄上!テーブル!テーブルが壊れる!」
「レオン………。テーブルより自分の心配しろ………」
実はハルト兄様は、文系な見た目に反してヒルシュ家の怪力遺伝子をガッチリ受け継いだ兄弟唯一の人。
特殊技能というか固有スキルみたいな?
先祖返りかなんか知らないけど、四英雄の直系の子孫の中には、特殊体質みたいなものを受け継いで生まれてくる人間が稀にいる。
体質を受け継いだ者は生まれたときから崇敬の対象となりそれは大事にされるらしい。
ヒルシュ家は人智を越えた怪力をハルト兄様が。
コール家は絶対的な記憶力を父さんが。
ツァイス家は千里をも見通すと言われる超視力を先々代当主が。
バルツァー家は万里を一日で駆ける事が出来ると言われる俊足を、四代前の当主の娘が。
といった具合だ。
これらの体質は、常に発現するのではなく、ある程度制御できるらしい。だから体質というより、やっぱり固有スキルと言ってもいいかもしれない。
あー、俺もチートスキル欲しかったなー。
「レオンハルト………お前は民を脅かすとは何事だ……。あまつさえ非番の者まで巻き込んだだと………」
ビシィッ!
あ、だめだ。
あのテーブルもう本格的にダメだ。あとちょっとで真っ二つだ。
「うひぃ!あ、兄上!落ち着いてくれ!」
「…………真っ二つになった机が飛んでくるに一票」
「不吉なこと言うなリーン!」
じたばたするレオン兄様を尻の下に敷きながらリーン兄様は妙に冷静にそう言った。
うん、俺もそれに一票。
と言いたいところだけど…。
「レオンハルト?俺の話を聞いているのか」
バキンッ!
あ、折れた。
見事に真っ二つ、お見事ハルト兄様。
さて、ここらが潮時かな。
俺はティナと頷きあった。
「ハルト兄様、どうか落ち着いてください。ティナが怯えています」
このままだと本当にテーブルがレオン兄様に飛びかねないから、怪力無双モードのハルト兄様を宥める。
「ティナ………」
「ハルト兄様、どうかお気を鎮めて下さいませ」
「……ああ、可愛いティナ。すまなかったね、恐がらせてしまって」
ティナが涙目でそう訴えれば、ハルト兄様はすぐに表情を変えた。
もちろん、ティナはキレたハルト兄様には慣れっこだが、演技だ。
さすが、ティナ。オスカーものの演技お見事。
そしてチョロいぜハルト兄様。
「…………やれやれ………命拾いしたなレオン……」
「ティナぁああああ!助かったあッ!」
ガッ!
「ぐぇっ!?」
リーン兄様の尻に敷かれていたレオン兄様が解放された途端にティナに向かって飛び付いて来ようとしたところを、今度はハルト兄様に捕まった。
「あだだだだ!」
素早く立ち上がったハルト兄様は、レオン兄様の前に立ちはだかると、頭を掴んだのだ。
「兄上!割れる!頭割れるって!」
「うるさい。お前は少し黙って反省しろ」
「あだだだだ!」
「座れ」
「ぐぇ!」
ハルト兄様はそのまま頭をつかんで押し込む様にしてレオン兄様をソファに座らせた。
「あだだ……、割れた………、頭割れた………」
「………はいはい。割れてないからね……。……レオンが兄上を怒らせたのが悪いんだから………反省して」
その隣にリーン兄様も腰かけ、いつの間にか真っ二つになったテーブルは綺麗に運び出され、新しいテーブルが運ばれて来た。
さすが、使用人達も慣れっこって訳だ。
「……さて改めて、ティナ、ヴィル、婚約おめでとう」
新しいテーブルに出されたお茶を一口。ハルト兄様はそう言ってにっこりと笑みを浮かべた。
「ありがとうございますハルト兄様」
「しかしまあ、父上から手紙を頂いたが、まさか殿下の方から婚約を破棄してくれるとはな」
手紙でどこまでベルおじさんが伝えたのかは知らないけど、多分ほとんど伝わってるっぽい。
殿下の話をハルト兄様が出した途端に、レオン兄様もリーン兄様も表情を険しくした。
「俺としては、あの愚かな王子にティナを嫁がせる事にならなくて良かったと思っている」
「………だけど兄上、僕としては許せない………。あいつは……ティナを公衆の面前で辱しめた……」
ハルト兄様とリーン兄様の言葉に、黙っていろという言葉に従っているレオン兄様はコクコクと頷いだけだったが、表情は怒りをにじませていた。
「そうだな。それに加えて殿下は、ヴィルをも傷つけた。許せん暴挙だ」
「!そうだヴィル、怪我は大丈夫か……?」
がばっと、兄様達が揃って身を乗り出して来るもんだから、思わずのけ反る。
「父上は腕が動かなくなるほどの深手を負わされたと書いておられたが……」
「……動いている……。大丈夫………なのか?」
俺が左腕を普通に動かしてみせると、兄様達はまじまじと観察してきて、しばらくして三人一緒にホッと胸を撫で下ろした。
「良かった……」
「………王都の癒師は優秀なんだな……」
もちろん、先生達のおかげもあるけど、この腕が元に戻ったのは、叔父上達のおかげだ。
俺は一瞬迷った。
先生達のおかげだとごまかすか、正直に言うか。
兄様達は俺が魔法を受けてこうなったと言えば、頭ごなしに否定することはしないだろう。
叔父上とお祖父様は、長命族の存在を人族に話して構わないと言っていたし……。
ただ。
「長命族の事を語ることで、お前が嫌な思いをしたり、その身に危険が及ぶとなるなら、口にしてはいけない」
とも言っていた。
おそらく兄様達とはいえ、そう簡単には受け入れてはくれないだろう。
それでも俺は、兄様達は俺の言葉を否定しないと信じてる。
「あの、兄様。実は……」
俺は意を決して、兄様達に本当の事を話した。
「なにっ?長命族?」
「はい」
やはり、兄様達はおとぎ話を聞いているような反応だった。しかし俺が腕をまくって傷跡すらない肌を見せると、少し信じてくれたようだった。
「その腕に、確かに傷を受けたのか……?」
「……信じられない……、まさか……本当に魔法を……?」
人族が魔法から遠ざかって二千年近く、ティナのように魔法を目の当たりにしなければ、魔法の存在すら一朝一夕には信じられないだろう。
それは兄様達も同じ筈だ。
でも、やっぱり兄様達は俺の言葉を否定はしなかった。まだ信じられないという表情を浮かべてはいたが、どんな方法であれ俺の傷が治った事を喜んでくれた。
「しかし……、本当に実在するのか………長命族が……」
「ハルト兄様、信じられないお気持ちは分かります。ですが、俺は来るべき時が来れば、彼らと国交を結びたいと考えております。そうすればきっと、人族の魔導具と、長命族の魔法具の技術交流も進み、魔導具が更なる進化を遂げるものと期待しているのです」
「来るべき時……とは、新興国の建国後か?」
「はい」
ハルト兄様は、やはりこの国が終わり、新しい国が建つ事を知っていた。
「確かに、新興国でのお前の発言力は大きいだろう。おそらく、伝説の長命族が本当に存在するのなら国交を開くことも可能だな」
「そうだと良いのですが、俺はまだ若輩者です。俺の発言力など、微々たるものと承知しております……」
「………謙遜することはない。ヴィル」
「リーン兄様まで、俺を買いかぶりすぎですよ」
俺はそう言ったが、兄様達は本気なようで、普段は飄々としているレオン兄様まで真剣な顔つきになっていた。
「いや、真剣な話、おそらく新興国での新しい国主は四大公爵のいずれかが立つことが濃厚だ」
「……そうすると……必然的に国主の地位には筆頭公爵のバルト伯父上が……ヴィルはその後継者だよ……」
「えっ、まさか…」
いやいや!
国主になるなら第二王子殿下とか、未婚の王女殿下も可能性あるでしょ?
「ヴィル、俺が父上達の立場なら、現在の王族には主権を渡さない。特に国王と第一王子は二度と表に出て来られないように処刑も厭わない」
兄様達は一様に頷いた。
「……そう。民からの信頼が地に落ちた王族は……王として戴けない。ねぇ……レオン」
「!そうだなリーン!!俺たちが国主と戴くならヴィルがいいよな!!」
と、レオン兄様はやっと発言を求められ、嬉々としてそう言った。
うん、リーン兄様もレオン兄様もちょっと落ち着いて。
「ヴィル。この話はあくまでも俺達の希望的観測だがな、現時点で最も可能性のある話だと思っている」
「ハルト兄様……」
「………もっと自信持って……ヴィル。……君が国主なら民は諸手を挙げて歓迎する……きっと…」
「リーン兄様」
「ま、とにかくよ!俺達は国がどうなろうがお前達の味方だからな!」
「レオン兄様」
「そうよヴィル!私はなにがあっても貴方に一生付いていくわ!」
「ティナ……」
仮に兄様達の言ったようになるとしたら、かつての様に我が国も他種族と交流を持つことができるかもしれない。そうすれば、新しい国は現在より発展し、皆の生活水準も一層向上するだろう。
俺に、それを実現することができるだろうか………?
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