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番外編
水晶花(父親視点)
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「おはよう、ナディア」
王都から帰ってからは毎朝、ナディアに会いに行くのが日課になっていた。
「おや、また少ししおれてしまったか」
そして彼女の墓標の前で揺れる水晶花に私の魔力を与える。
周囲に自然魔力が殆ど無い分、こうやって毎日、水を与えるように私の体内魔力を注いで花を保たせているのだ。
「これでいいだろう」
この水晶花はおそらく、シメオン様かラウルが供えてくれたものだろう。朝日にキラキラと光を反射する小さな花弁は、ナディアが一番好んだものだったからだ。
「……………ナディア。昨夜ね、ヴィルに私の目のことを初めて話したんだ」
独り、彼女の墓標に向かって話しだす。勿論彼女が応えてくれるわけじゃないが、目の前で彼女が聞いていてくれればそれでよかった。
「あの子は、私が思うよりずっと強かった。私を畏れるどころか、私の目を綺麗だと言ってくれたよ…………、かつての貴女のように………」
さぁっと、朝の冷えた風が駆け抜ける。
「だから…………。このことも話しておくべきだったのかもしれないね………」
私の背後の梢が僅かに揺れた。
「……………貴方も、そう言いたいのでしょう?ラウル」
ガサッ!
私の背後の木陰から、一際大きく枝葉を揺らして、ラウルが出てきた。
「気づいていたのか………」
「………当たり前でしょう。私をあまり見くびらないでいただきたいですね」
ラウルは気まずそうに肩をすくめると、私の隣に静かに立った。肩の辺りで括った長い髪が風に揺れる。
「ヴィクトールに、目のことを話したのだな」
「…………ええ」
「だが、一番肝心な事を話さなかった」
肝心なこと、と言われて私は思わず胸のあたりで拳を握りしめる。
「お前の肉体が、老いぬということを………」
「…………!」
そう、竜族の血を飲まされて生き返ってからはや二十年。年を重ねるごとに徐々に確信に変わっていった事がある。
肉体が、老いていない。
「やはりそうか。久しぶりに顔を見たが、お前は人族としては姿かたちが変わらなすぎる。よくその状態で人族の中で暮らしてきたな」
私ももう四十を過ぎた。晩餐会などで同い年のベルと並ぶ度に比べられ、 髪型や地味な服装で誤魔化してきたがそろそろ限界だろう。
「お前はこれからどうするつもりなのだ。これ以上人族の中に居れば、いずれ化け物と糾弾されるぞ」
「…………分かっています」
そんなことは分かっている。
実質的にヴィルに地位を譲り、ほとんど表舞台に立たなくなったとしても、このまま何食わぬ顔で暮らしていくことは難しいだろう。
なにせ、これからヴィルがいくら年を重ねても、私は一切見た目の年齢が変わらないのだ。いくらなんでも、ヒトではないと気付く者が出るだろう。
そうなれば、私が糾弾されるだけではない、ヴィルやティナちゃんにも影響が及ぶ。
「バルト。私と共に来い」
うつむいていた私の肩に、ラウルの手がそっと添えられた。
「なぜ、です」
「何故だと?」
なぜ、共に来いなどと言ってくれるのですか。
私は突然長命族のもとに現れた挙げ句、長命族の大事な子を外界へ連れ出し死なせてしまった張本人だというのに………。
「バルト」
ぐっと、添えられていた手に力が入る。
「私はお前のことを、義兄弟だと思っていたのだが………、お前はそうは思っていなかったのだな」
「えっ…………」
ラウルは私の返答を待たずに続ける。
「お前を余所者………人族だと思っていたのは最初だけた。皆、お前を長命族の一員だと思っている……。お前は………違うのか………?」
「ッ………!ラウル……」
気が付くと私は、ラウルの腕の中にいた。
ラウルの纏う世界樹の自然魔力がフワリと心地よい……。
「姉上が亡くなったことをお前が思い悩む必要はない。外界へ出ることは姉上が望んだこと、そこに危険があることは、私達皆が納得したことだ」
ラウルは私と目を合わせると笑みを浮かべ、すぐにまた真剣な顔になった。
「バルト。お前の暮らせる場所は外界には最早無い。私と共に長命族の領域に来い」
「分かっています…………」
「ならば私の手をとれバルト。何を迷う事がある」
目の前に差し出された手を、私はそっと拒絶した。
「バルト。なぜ拒む」
「迷っているのではありません。私にはまだ………、やらなければならない事があるのです」
ラウルの表情が、さっと険しくなった。
「そんなことを言っている内にお前の正体を感づく者が現れたらどうするのだ!」
「分かっています!」
そんなことは分かっている。だが、私にはまだ、後始末が残っている。それが終われば、私はラウルの手をとり、人族としての居場所を去ろう。
「後始末………だと」
「ええ。ヴィルの為、この国の未来の為に、過去の亡霊を、始末しなければ」
王都から帰ってからは毎朝、ナディアに会いに行くのが日課になっていた。
「おや、また少ししおれてしまったか」
そして彼女の墓標の前で揺れる水晶花に私の魔力を与える。
周囲に自然魔力が殆ど無い分、こうやって毎日、水を与えるように私の体内魔力を注いで花を保たせているのだ。
「これでいいだろう」
この水晶花はおそらく、シメオン様かラウルが供えてくれたものだろう。朝日にキラキラと光を反射する小さな花弁は、ナディアが一番好んだものだったからだ。
「……………ナディア。昨夜ね、ヴィルに私の目のことを初めて話したんだ」
独り、彼女の墓標に向かって話しだす。勿論彼女が応えてくれるわけじゃないが、目の前で彼女が聞いていてくれればそれでよかった。
「あの子は、私が思うよりずっと強かった。私を畏れるどころか、私の目を綺麗だと言ってくれたよ…………、かつての貴女のように………」
さぁっと、朝の冷えた風が駆け抜ける。
「だから…………。このことも話しておくべきだったのかもしれないね………」
私の背後の梢が僅かに揺れた。
「……………貴方も、そう言いたいのでしょう?ラウル」
ガサッ!
私の背後の木陰から、一際大きく枝葉を揺らして、ラウルが出てきた。
「気づいていたのか………」
「………当たり前でしょう。私をあまり見くびらないでいただきたいですね」
ラウルは気まずそうに肩をすくめると、私の隣に静かに立った。肩の辺りで括った長い髪が風に揺れる。
「ヴィクトールに、目のことを話したのだな」
「…………ええ」
「だが、一番肝心な事を話さなかった」
肝心なこと、と言われて私は思わず胸のあたりで拳を握りしめる。
「お前の肉体が、老いぬということを………」
「…………!」
そう、竜族の血を飲まされて生き返ってからはや二十年。年を重ねるごとに徐々に確信に変わっていった事がある。
肉体が、老いていない。
「やはりそうか。久しぶりに顔を見たが、お前は人族としては姿かたちが変わらなすぎる。よくその状態で人族の中で暮らしてきたな」
私ももう四十を過ぎた。晩餐会などで同い年のベルと並ぶ度に比べられ、 髪型や地味な服装で誤魔化してきたがそろそろ限界だろう。
「お前はこれからどうするつもりなのだ。これ以上人族の中に居れば、いずれ化け物と糾弾されるぞ」
「…………分かっています」
そんなことは分かっている。
実質的にヴィルに地位を譲り、ほとんど表舞台に立たなくなったとしても、このまま何食わぬ顔で暮らしていくことは難しいだろう。
なにせ、これからヴィルがいくら年を重ねても、私は一切見た目の年齢が変わらないのだ。いくらなんでも、ヒトではないと気付く者が出るだろう。
そうなれば、私が糾弾されるだけではない、ヴィルやティナちゃんにも影響が及ぶ。
「バルト。私と共に来い」
うつむいていた私の肩に、ラウルの手がそっと添えられた。
「なぜ、です」
「何故だと?」
なぜ、共に来いなどと言ってくれるのですか。
私は突然長命族のもとに現れた挙げ句、長命族の大事な子を外界へ連れ出し死なせてしまった張本人だというのに………。
「バルト」
ぐっと、添えられていた手に力が入る。
「私はお前のことを、義兄弟だと思っていたのだが………、お前はそうは思っていなかったのだな」
「えっ…………」
ラウルは私の返答を待たずに続ける。
「お前を余所者………人族だと思っていたのは最初だけた。皆、お前を長命族の一員だと思っている……。お前は………違うのか………?」
「ッ………!ラウル……」
気が付くと私は、ラウルの腕の中にいた。
ラウルの纏う世界樹の自然魔力がフワリと心地よい……。
「姉上が亡くなったことをお前が思い悩む必要はない。外界へ出ることは姉上が望んだこと、そこに危険があることは、私達皆が納得したことだ」
ラウルは私と目を合わせると笑みを浮かべ、すぐにまた真剣な顔になった。
「バルト。お前の暮らせる場所は外界には最早無い。私と共に長命族の領域に来い」
「分かっています…………」
「ならば私の手をとれバルト。何を迷う事がある」
目の前に差し出された手を、私はそっと拒絶した。
「バルト。なぜ拒む」
「迷っているのではありません。私にはまだ………、やらなければならない事があるのです」
ラウルの表情が、さっと険しくなった。
「そんなことを言っている内にお前の正体を感づく者が現れたらどうするのだ!」
「分かっています!」
そんなことは分かっている。だが、私にはまだ、後始末が残っている。それが終われば、私はラウルの手をとり、人族としての居場所を去ろう。
「後始末………だと」
「ええ。ヴィルの為、この国の未来の為に、過去の亡霊を、始末しなければ」
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