俺の幼馴染みが悪役令嬢なはずないんだが

ムギ。

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番外編

竜族の血(父親視点)

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  灰色狼グラヴヴォルフあぎとに呑まれた私は見知らぬ場所で目を覚ました。うっすらと明るい視界に、豪奢ごうしゃ天蓋てんがいが見える、実家を彷彿とさせる場所だった。

「…………気が付きましたか」
「!」

  不意に、声が聞こえ私は驚いて思わず起き上がった。
  …………え?

「………申し訳ない、驚かせるつもりはなかったんです。どうか、楽にしてください」

  私が横たわっていた寝台の脇に立っていた人を視界に入れるより先に、自分の手や身体をまじまじと見回す。
  おかしい。
  何故、生きている?
  何故、傷跡すらない?
  何故、痛みがない?

「大丈夫ですか?僕の言葉、解りますか」

  そっと、肩に添えられた手に再び驚く。
  手の主を振り向くと、窓から差し込む光を背に黒髪の少年が立っていた。
  その少年の瞳は………赤。

「ッ!」

  ゾワッと、全身が総毛立つ。瞬間的に少年の手を振り払い、後ずさっていた。

「……………ああ。やっぱり貴方は『人族じんぞく』なのですね」

  赤い目は化け物の証。
  そう刻み込まれた身体が勝手に少年から離れようと動いたのだ。
  少年は哀しそうに眉をひそめた。

「ッ……『人族じんぞく』………だと?お前は何なんだ」

  あどけない表情の少年と釣り合わない赤い瞳が揺れた。

「よかった。言葉は通じるようですね………。申し遅れました。僕はルヴェル・オルディシアヌスと申します」

  ………オルディシアヌス?
  聞いたことのない家名だ。

「…………信じられないかも知れませんが。僕は人族じんぞくの言うところの『竜族』。黒竜族こくりゅうぞくです」

  ……………『竜族』?
  黒竜族…………?

「そして此処は竜王国が王都、竜王のおわす居城、陽明城ようめいじょうです」

  竜王国…………。

「っ…………、馬鹿な。俺は夢でも見ているのか………」

  少年の口から語られるおとぎ話に出てくるような単語を呑み込むことができない。
  
「………信じられないのも仕方ありません。ですが事実、貴方は生き返った。我々竜族の血を飲んだのです」
「…………竜族の………血……」

  カタンと、少年は難しい顔をしたまま側にあった椅子を引き寄せて座った。

「僕の口からお話するのは気が引けるのですが」

  そして、そう前置いてから更に驚く事を語りだした。

「貴方と行動を共にしていたジェンセンという狩人は、我らが竜族の王太子殿下、ジェンセン・アルゲントゥム様であらせられます」
「…………」
「我々竜族の中でも最高位の銀竜の血を、殿下自ら貴方に与えられたのです」

  …………だめだ。
  理解が追い付かない。
  ジェンが竜族?しかも王族だって?

「理解できない気持ちは十分に分かります。ですがこれだけはお話させてください」

  やめてくれ。
  ただでさえ混乱しているのにこれ以上何を言おうと言うんだ。
  私は耳を塞ぎたくなった。

「………竜族がその血を与えることは、我々の間では最大の禁忌とされています。それを、殿下は貴方の命を救うために破り、多量の血を与えました」
「最大の禁忌………」
「そうです。かつて人族じんぞくとの争いで多くの同胞が血や鱗などの素材を目的に殺された歴史によるものです」

  それだけの禁忌を破ってまで、何故私などの命を助けてくれたんだ………ジェン……。

「何故そこまで殿下が貴方に入れ込んだのか分かりませんが………。竜の血を与えられた貴方は、命こそ助かったものの、ヒトにあらざるモノになってしまった」
「なに………」

  既にぐちゃぐちゃな私の思考に更に少年は追い討ちをかけてきた。
  今、何と言った…………?
  ヒトにあらざるモノ………?

「貴方は、おそらく竜人化していると思われます」
「な……ん………」

  もう、声もまともに出ない。
  あまりに意味の分からないことばかりをつらつらと語られたが、私の理解力は全く及んでいない。
  そしてさらにトドメに、私は少年に連れて行かれ、彼らの王と謁見した。
  そう、竜王国竜王に。

「…………そなたが、バルトか」

  恐ろしく天井の高い玉座の間に響く竜王の声に息が苦しくなるほどの緊張感をおぼえた。
  私はなんとか自分を叱咤し、記憶の彼方に飛んでいた貴族としての振る舞いを引きずり出した。

「………はい。御初に御目にかかります竜王陛下。私は、バルトルト・アードリゲ・ヴァイゼ・コールと申します。狩人としては、バルトと名乗っております」
賢者ヴァイゼ……コール………とな……。よもや………『紺碧こんぺきの賢者』の子孫か」

  『紺碧の賢者』とは、ずいぶん古い呼び名だ。たしか人魔大戦の記録に、我が先祖がそう呼ばれていた記述が残っていたはず……。

「はい。確かに私の祖先がかつてそう呼ばれておりました」
「………ふむ。おもてをあげよ」

  ひとつ、息を吐いて顔をあげると、銀の玉座に腰掛けた銀髪の王と目が合った。
  その姿は壮年の人族じんぞくのように見えるが、内から溢れる気配でヒトではないと分かる。その姿からは想像もつかないほどの威圧感に、肌がヒリつく。

「………なるほど。紺碧の賢者に面影が似ている…………」
「陛下」

  私が呆然と竜王を見上げていると、その隣に静かに立っていた黒衣の男が口を開いた。
  黒髪に………赤い瞳。
  私の隣でかしずく少年と同じ色をしていた。

「そのような事より、その方に仰らなければならないことが御座います」
「う、うむ……………。ごほん」

  竜王は、男の言葉に気まずそうに咳払いをすると静かに立ち上がり、何故か私の方に向かって階段を降りてきた。

「!?」
「大丈夫、そのままで」

  その行動の意味が分からず後ずさろうとした私の腕を掴んできたのは、隣にいた少年だった。
  そして、混乱する私の目の前に立った竜王はあろうことか膝を折ったのだ。

「竜王陛下!?」

  膝をついた竜王は更に、私に向かって頭を下げた。

「!?」
「此度は………、愚息が誠に申し訳ないことをした」

  ど、どうなって。
  い、いったいなにがなんだか……。

「竜王(銀竜)の血を与えられたことでそなたは死の淵から甦ったが、同時に取り返しのつかないモノになってしまった。私がこうして頭を下げただけで許して貰えるとは到底思えないが………、どうか謝意を受け取って欲しい」

  取り返しのつかない…………モノ。

「バルト殿。どうか落ち着いて鏡をご覧下さい」

  ただただ呆然とするしかない私の目の前に、少年がどこからか銀製の鏡を差し出した。
  そこに映っていたのは…………

「!うぁああああああ!?」

  ガシャンッ! 

  赤い目をした。
  化け物
  だった。



「赤い…………目………」

  ヴィルの藍色の瞳に、赤い目をした私がうつりこむ。

「恐ろしい色だろう。さあ、もう眼鏡を返しなさい。お前もこんな目をいつまでも見ていたくはないでしょう」
「いいえ父さん」

  そう言って伸ばした私の手は虚しく空を掻いた。
  ヴィルの瞳に映る私の姿が大きくなる。

「俺は、恐ろしいとは思いません」
「ヴィル………」
「むしろ、綺麗だと思います。俺は好きです、父さんの赤い目」
   
  瞬間、私の脳内を埋めつくしたのは、ナディアの笑顔だった。
  
人族じんぞくは、こんなに綺麗な色をおそれるの?ちっとも恐ろしくないわ、私は好きよ、貴方の赤い瞳」

  かつて、私に彼女もそう言ってくれたのを思い出したのだ。

「ヴィル………」

  生きていて良かった。
  私は周りに疎まれるどころか、ヴィルやベル、ナディアと、沢山の人に救われた。
  あのとき、何故自分を助けたのかと、ジェンを少なからず恨んだことを詫びたい。



「…………!」

  気がつくと私は、またあの部屋に居た。
  起き上がって見回しても、部屋のなかには誰も居ないことに、少なからず安堵した。

「…………」

  私は寝台から降り、裸足のままふらふらと窓張カーテンの閉まった窓辺に足を向けた。
  そして……

シャッ

  無意識に窓張カーテンを開けて私は絶句した。
  抜けるような青空を背景に飛び回る竜。
  あれはなんだ………?鉄の鳥か?うわっ、なんだ、地面を蛇のように連なって動く箱が無数にうごめいている……。
  やはり………、私は夢をみているのか………?そうだ、そうに違いない、自分が赤い目の化け物になったなど………、夢に違いない………。

「!」

  不意に、さあっと青空に雲が掛かり、硝子が鏡のように私の姿を映し出した。

ガンッ!! 

  その姿は、紛れもなく化け物。
  私は思わず、硝子を殴り付けていた。

バタン!

「どうされました!」

  私が硝子に八つ当たりした音が部屋の外まで響いたのか、軽装の兵士らしき男たちが駆け込んできた。
  その容姿はまったくヒトのようだったが、髪が青や緑だったりと明らかに人族じんぞくでは有り得ない色をしていた。
  そうか、彼らもまた………竜族…………。

「大丈夫ですかお客人!お怪我は!」

  バシッ! 

  窓際に座り込んでいた私に差し出された手、それを私は拒絶した。
  恐怖だった。

「触るな!」
「お、お客人!?」

  目の前に居るのは竜族、そう思うだけで声が震えた。

カツン……

「落ち着かれよ」

  靴音を響かせて部屋に入ってきたのはあの黒衣の男だった。男は兵士がさっと下がると、私を見下ろして何事か呟いた。
  途端、フワリと風が頬を撫でたと思ったら私の身体は宙に浮き、驚きに声をあげている間に寝台に着地していた。

  魔法マギア

  まさしく魔法マギアとしか言い様のない現象だった。

「ご苦労。お前達は下がれ」
「「はっ」」

  生まれて初めて見た魔法マギアに驚きのあまり硬直している私を他所に、黒衣の男は兵士にそう命じると、何食わぬ顔で寝台の側に椅子を引き寄せて座った。

「………………」

  重い沈黙。
  私はあの少年に良く似た赤い瞳に舐めるようにジロジロと見られた。

「何か大きな音がしたようだが、怪我はないか」

  沈黙の後そう問われ、私は無意識に先程硝子を殴り付けた左手を隠した。
  が、男はそれを見咎め、私に覆い被さるようにして無理矢理左手を掴んできた。

「やめろ!離せっ!」
「……軽度の打撲といったところか。落ち着け、すぐ治してやろう」

  これでも十年近く狩人をやってきて、体術には自信があったほうだったが、こんな線の細い男に、まるで子供のように易々と抑え込まれて身動きが取れなくなってしまった。
   これが竜族か。
   二千年前の人族じんぞくはこんな化け物を相手に戦争をしていたのか。

治癒サナ

  ふうっと、息を吹き掛けられるように発せられた言葉と同時に、左手がフワリと温かくなった。

「!!?」

 温かさと同時に鈍い痛みを感じていたものがスッと消えた。

「………よし。治したぞ」
「なに………」

コンコン………
                            ガチャッ

「失礼しま………………」

  そこへ、扉を叩く音と共に誰かが部屋に入ってきた。

「ッ!父上!!」

  その声に、私を押さえつけていた男が、やっと力を緩めた。

「何をなさっているのですか!!」

  血相を変えて駆け寄ってきたのは、あの少年だった。
  少年は慌てた様子で私から男を引き剥がし、私の顔を覗き込んできた。

「大丈夫ですか!」

  そして、私の返答を待たずに男を振り返り、怒鳴り付けた。

「父上!彼は竜人化している可能性があるとはいえ人族じんぞくなのですよ!我々の何倍も脆いのですと申し上げた筈でしょう!」
「ルヴェル………。私が乱暴をしたというのか」
「そうでなければなんだというのですか!」

  その剣幕に、むくれたような顔になった男を背に再び私と顔を合わせた少年はベタベタと身体を触ってきた。

「怪我はありませんか?どこか痛めてませんか?」 

  白い衣を着て真剣にそう問うてくる姿はまるで施療師のようだ。 

「ルヴェル………、私はバルト殿の怪我を治しただけだぞ」
「えっ?…………そうなのですか?」

  私がコクリと頷くと、少年はバツが悪そうに男を振り向いた。

「そう…………でしたか。申し訳ございません父上……」
「………バルト殿を押さえ付けたのは事実だからな、仕方ない」

  なおもむくれている様子の男は再び椅子に腰掛けた。
  少年も私を挟んで反対側に気まずそうに立った。

「落ち着かれたか、バルト殿」
「…………はい」

   だいぶ、二人の赤い目に慣れてきたのか、男の言葉に言葉を返すことができた。

「改めて、私はバルテス・オルディシアヌス。黒竜族族長にして黒竜公である」
「黒竜公閣下………」
「そう畏まらなくともよい。それはそうとバルト殿、息子ルヴェルから此度の件がいかに我々にとって重大かは聞いていると思うが………」

  そうだ、たしか少年は『最大の禁忌』と……。

「まさか、私のせいでジェンが何か罰を受けるのですか………」
「うむ………、罰で済めば良いのだが、事はそう簡単ではなくてだな」

  黒竜公が仰るには、竜族の王太子たるジェンが禁忌を破ったことで、彼らの間では神にも等しい尊い存在である銀竜に下位の竜族が罰を与えられるのかということが議論になったらしい。

「…………バルト殿。貴殿に、我々の茶番に付き合っていただかなくてはならないのだ」

  彼らの出した結論は、罰を与えるのではなく見せしめとすること、だった。
  竜族全体に、禁忌を破るといかなる身分のものも等しく同じ目にあうと見せしめることにしたというのだ。
  黒竜公は苦悶を表情にうかべ、見せしめの為に私に一芝居うって欲しいと頭を下げてきた。

「茶番といえど、生半可なことでは殿下には効かぬ、故に貴殿には恐ろしい体験をさせることになるだろう」  

  許して欲しい。
  と、更に深く頭を下げられ、私は静かに頷くしかなかった。

  そして翌日、私は再び玉座の間に連れて行かれた。

「バルト!!」
「…………!ジェン…………」

  黒竜公と、公の子息ルヴェル殿に連れられて入った私を待っていたのは、何か見えない壁の中に閉じ込められている様子のジェンと、竜王陛下、そして色とりどりの装束に身を包んだ七人の竜族だった。
  私は思わず息を呑んだ。
  彼らが、この国の中枢を担う重要な地位にいる方々であろうことは、その出で立ちで明らかだったからだ。

「バルト!よかっ………」

ジャラッ………

「ッ!」
「殿下と気安く口をきくな」
「おい!?なんだその鎖は!」

  今朝、再び私の部屋にやってきた黒竜公は、何度も詫びながらこの鎖を私に着けた。
  しかしこれは痛くも苦しくもなく、本当に鎖なのか疑いたくなるような代物だった。

「おいバルテス!!バルトに何をする!その鎖を解け!バルトを人族の領域に還せ!」

  黒竜公はジェンの剣幕にしぶしぶといった様子でそちらを向くと、途端に厳しい顔をした。

「何を仰るかと思えば………。そのようなことができるとお思いか」
「なんだと……」

  この茶番における最大の悪役は黒竜公だ。

「よいかバルト殿、私は見せしめに貴殿を殺すフリをする。少々派手にやるが、耐えて欲しい、すぐにルヴェルが貴殿を伴って脱出する」

  黒竜公は、ジェンの目の前で、ジェンが禁忌を破ってまで命を助けた私を殺し、見せしめとするつもりなのだ。傷ひとつ付けることはないと約束されているが、不自然な芝居にならないようどんなことをされるのかは詳しく聞かされなかった。

「皆も私と同じことを考えている筈であろう。このような下等な種族に、誇り高き我らが竜族の血が与えられたことに私は正直はらわたが煮えくり返る思いだ」

  ジャラッ!

「うっ!」

  私は急に首に掛けられた鎖を引かれ、そのまま床に倒れこんだ。
  しかし、衝撃はあるが痛みがない。
  黒竜公から与えられた衣の効果らしいが、ジェンは私がそんなものを身につけているとは分からないのか、怒りを露にする。

「やめろ!バルトに何すんだ!!」

ガンッ!

  ジェンの怒りを煽り、判断力を鈍らせるためとはいえ黒竜公もよくやる……。

「バルト?ああ、この人族じんぞくのことですか殿下」

  黒竜公はひょいと私をつまむように持ち上げた。あまりにも軽々と持ち上げられ、私は驚きを隠せない。

「バルテス!てめえ………!バルトを離せ!」
「ご安心を殿下、この人族じんぞくは私が処分させていただきます」
「処分だと………!?何を言って………!父上がそんなことを許す筈が………」
「よい」

  竜王陛下が、ため息とともに静かにそう言った。

「………………父上?」

  そしてゆっくりと立ち上がり、私を見下ろした。

「皆もよいな。竜族の血を与えられたモノを生かしておくわけにはいかぬ」
「ええ。わたくしもそう思います」

  竜王陛下の言葉に金髪の美女を筆頭に全員が一様に頷いた。

「おい……皆…………うそだろ…………」

  私は床に転がされたまま、ジェンの顔を見ないようにするのが精一杯だった。
  黒竜公は芝居とは思えない迫真の表情で私を見下ろしてくる。思わず、本当に殺されるのではないかと、恐怖が沸き上がる。

「バルテス。その者を此の場で処分せよ」
「御意」
「ッ!!やめろバルテス!やめてくれッ!」

  竜王陛下の言葉を合図に、黒竜公は魔法マギアを起動させる。
  ぶわっと、頬を熱風が撫でる。
  
「案ずるな人族じんぞく。苦しむ間も無く焼き尽くしてくれよう」

  生き物のようにうねる炎が私の周りを取り囲む。
  本当に、私は生きて帰されるのかという不安が頭をよぎる。
   二度目の死を与えられるのではないのか?
   頭の中にそんな言葉がこだまする。

「バルト!!逃げろ!!」

  ジェンの必死の叫びと、壁をがむしゃらに叩く音が高い天井に響く。
  黒竜公の瞳に、私の姿が映り込んだ。

爆炎フラルゴ

ヒュゴッ!

   次の瞬間、炎が柱となって私を包み込んだ。

「バルトぉおおおおお!!」

  遠くで、ジェンの悲痛な叫びが聞こえた気がした。



「………バルト殿」
「………………!!」

  ルヴェル殿の声に意識を取り戻すと、私は無傷で草地に横たわっていた。

「大丈夫ですか」

  助け起こされ起き上がると、遥か遠くに陽光を受けて輝く城と町並みが見えた。

「バルト殿、ひとまず此方へ」

  立ち上がり導かれるまますぐ近くの山小屋のような建物に入る。
  裸足のまま床板を踏みしめ、勧められた椅子に腰掛けた。

「ここは………」
「セルディア山脈の麓にある、僕の別荘です」

  そう言われて何気なく窓の外を見れば、セルディア山脈の急峻きゅうしゅんな山肌が見えた。

「さ、どうぞこちらに御召しかえ下さい」

   と、私の腰掛けた目の前の机に、なにもない空間から引きずり出す様に荷物が出てきてドサッと置かれた。
  それは私の荷物と、服や靴だった。
  ………だんだん、魔法マギアに驚かなくなってきたな。

「バルト殿がお持ちだった荷物は全て回収した筈なのですが………、お確かめ下さい」

  机に置かれた荷物を確かめながら、着替え始める。

「ああ、どうぞその衣は肌着としてそのまま御召しになってください」
「はっ?」

  黒竜公に渡され着ていた薄衣は、人族じんぞくの技術など遠く及ばない効果をもつ所謂『魔法具』なのだろう。
  こんな貴重なものをこのままと言われても………。

「何を仰いますか!その程度では貴方の苦痛をあがなえるものではありません!」

  ルヴェル殿の剣幕に押され、私はそのままそれを身につけたまま元々着ていた狩着を着こんだ。
  もちろん、狩着はなにごとも無かったかのように穴ひとつない。
  最早驚くのも疲れた。

「それとバルト殿。こちらも御召しになってください」

  また、どこからともなくルヴェル殿が何かを取り出した。
  精緻な細工の施された箱の中に入っていたのは…………

「眼鏡…………?」

  細い銀縁の眼鏡だった。

「これは、父が手ずから制作した竜族の中でも最高峰の『魔法具』です」

  また『魔法具』か。
  驚きを通り越して最早呆れるしかない。

「貴方には一刻も早くこの国を離れて頂きたい。殿下が正気に戻ったとき貴方が国内に居れば簡単に見つけ出してしまう。その点、自然魔力マナの薄い外界に出てしまえば探すのは困難になり、よもや貴方が生きているとは思わない筈です」

  無論、その状態赤い目のまま放り出す様なことはしません。と、ルヴェル殿は続ける。

「この眼鏡には、三つの魔法マギアが付与されています。『幻影イルヅィオ』『偏光レフルクス』『魔法阻害マギアモラ』の三つです」

  ルヴェル殿の言うには、硝子に施された『幻影イルヅィオ』で赤い目を元の茶色に見せ、縁に施された『偏光レフルクス』でどこから見られても違和感の無いよう調整し、『魔法阻害マギアモラ』で外部から万が一魔法マギアの干渉を受けても弾き返すように組み込まれているそうだ。
    と、言われたところで、魔法マギア に生まれて初めて接した私には殆ど理解できなかったが。

「………はッ!す、すみません!父上の手ずからお作りになったものと思うとつい興奮してしまって!」

  なるほど、魔法具に慣れ親しんだ竜族にとってもこれは規格外の代物ということか。
  私はおそるおそる、眼鏡を受けとるとそっと掛けてみた。

「鏡は此方こちらに」

  促されて鏡を覗き込むと、学者の様な眼鏡を掛けた私が映っていた。

「問題なく動作しているようですね」

  確かに、鏡に映る私の瞳は茶色に見える。なるほど、これさえ掛けていれば赤い目を隠せるということか。

「バルト殿、この眼鏡はあくまで一時凌ぎです。竜族の血を与えられ生き返った貴方がそのまま元通りの生活に戻ることは難しいでしょう」

  そこで提案されたのが、叡知の種族と名高い長命族エルフを頼ることだった。

長命族エルフ………、実在するのか………」
「はい。そして彼らの記録を辿れれば、貴方が元のように人族の間で暮らすことも可能になるかも知れません」

  しかしそう言われても、長命族エルフの居場所など、分からない。

「安心して下さい。我々は今も長命族エルフと国交を保っています。彼らの居場所は昔からおおよそ変わっていません」

  と、教えられたのが、人族じんぞくの間では『魔の森』と呼ばれる場所だった。



「…………それで、父さんは長命族エルフの村に……」
「………ああ。ルヴェル殿が持たせてくれた黒竜公閣下の手紙も手伝って、私はすんなり長命族エルフの領域に入ることができた」

  しかし、シメオン様の許可を得て数年がかりで調べても、何も手がかりが掴めなかった。
   
「何も………ですか」
「そうだ。かつて当たり前のように竜の血を求めていた時代には、よもやせっかく手に入れた力を手放そうと考えるものなど居なかったのだろう」

  それでも、長命族エルフの記録は膨大だ。
  シメオン様は人族じんぞくである私に、更に無期限の滞在許可をくれ、気の済むまで調べる時間をくれた。
  そのうちにナディアと親しくなり、我が子ヴィクトールを授かった。私は、兄が死んだことを知らなければ、そのままナディアと共に、世界樹の根元に骨を埋めるつもりだった。

「父さん…………」

カチャ……… 

  ヴィルの手から眼鏡を受け取り再び掛けると、なんとも言えない安堵をおぼえた。この二十年足らずで、すっかりこれに依存してしまっているのだと、自嘲した。

「………分かったかいヴィル。私は、ヒトであってヒトではない。赤い目は、人族じんぞくの間では畏怖の対象。これは揺るがない事実だ」 

  そう言ってヴィルを見ると、なんとも言えない面持ちだった。
  おそらく、私の目がどうにかならないかと思案しているのだろうが………。

「ヴィル。この目のことをお前が思い悩む必要はないよ。お前にはもっと、考えなくてはならないことが有る筈だ」

  ぱっと、顔を上げたヴィルの頭を、気がつくと私は撫でていた。

「お前は、この国の国主なのだよ。一番に考えるべきは民のこと、そしてお前を慕って仕えてくれる臣のことだ。誤ってはいけないよ」
「父さん…………ですが……」
「私のことを案じてくれるのは嬉しいよ。でも、大丈夫だ。私はそんなにヤワじゃない」

  おそらく納得していないだろうが、ヴィルは小さく「分かりました」とだけ言って下がっていった。
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そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

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