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白い巨塔の冷徹な罠
院長室の召喚状、暴かれたログ
大規模事故から一週間。
院内は、あの日の激闘が嘘のように静まり返っていた。
私と迅くんの活躍は称賛され、彼の評価はうなぎ登りだった。
「鳶が鷹を生んだ」や「やはり血筋か?」
そんな勝手な噂話も、今は心地よいBGMのように聞こえる。
(…よかった。彼の努力が報われて)
私は医局でコーヒーを飲みながら、ふと緩む頬を引き締めた。
私たちの関係は、以前よりも深く、密接になっていた。
けれど、院内では完璧に他人の振りをしている。
死線を越えた私たちに、もう隙はないはずだ。
「…片桐先生。院長がお呼びです」
看護師長が、硬い表情で私に告げた。
院長室。
迅くんの父親であり、この病院の絶対権力者、我妻 巌(あがつま いわお)がいる場所。
嫌な予感が背筋を走る。
私はコーヒーカップを置き、努めて冷静に立ち上がった。
最上階の院長室。
重厚な扉をノックし、中に入る。
広大な執務室の奥、革張りの椅子に院長が座っていた。
その横には、婚約者候補である西園寺 美園が、勝ち誇ったような涼しい顔で立っている。
「…失礼します。お呼びでしょうか?」
「掛けたまえ」
院長は書類から目を離さず、前のソファを顎でしゃくった。
私が座ると、彼は一枚のプリントアウトされた紙を、テーブルの上に放り投げた。
「…片桐くん、これは、何だね?」
それは、病院のセキュリティシステムのログデータだった。
無機質な数字と記号の羅列。
けれど、医師である私には、それが何を意味するのか一瞬で理解できた。
〝X月X日 26:00 第3診察室 解錠(マスターキー使用)〟
〝同日 26:05 片桐冴子 ID通過(東棟廊下)〟
〝同日 28:30 第3診察室 施錠〟
日付は、あの日。
私たちが初めて〝診察室〟で身体を重ねた夜。
それだけではない。当直室、資料室、薬品倉庫…。
私と迅くんが密会していた日時の記録が、赤ペンでマーキングされていた。
「…偶然の一致、とは言わせんよ」
院長が眼鏡を外し、鋭い眼光で私を射抜く。
「深夜の空き部屋で、研修医と指導医が二人きり。…しかも、毎回二時間以上。何のための〝指導〟なのかね?」
「…そ、それは…」
言葉に詰まる。
「熱心に症例検討をしていた」と嘘をつくこともできる。
けれど、隣にいる美園が、クスリと冷ややかに笑った。
「…無理ですよ、片桐先生。とぼけても」
彼女はスマホを取り出し、画面を私に見せた。
そこには、薬品倉庫から出てくる私と迅くんの後ろ姿が映っていた。
二人の距離感。迅くんが私の腰に手を回している、決定的な一瞬。
「…清掃員が見ていたそうです。それと…〝薬品倉庫から、獣のような声が聞こえる〟って、言ってましたよ?」
美園の声は楽しげで、そして残酷だった。
「…まさか、あの潔癖な片桐先生がねぇ。…年下の研修医をたぶらかして、病院中で発情していたなんて」
「…ッ!」
「片桐くん。…君は優秀な外科医だ。高く評価していた」
院長が立ち上がり、私の前に歩み寄る。
その威圧感に、私は小さく震えた。
「だが、病院の風紀を乱す者は不要だ。…ましてや、私の息子の将来に傷をつけるような〝汚点〟はな」
「…お、汚点…」
私と迅くんの関係は、彼らにとってはただの汚れでしかない。
あの命懸けの夜も、互いを求め合った熱も、全て否定される。
「…単刀直入に言おう」
院長は冷酷に告げた。
「…君には、ここを辞めてもらう。…あるいは、地方の関連病院へ出向か…」
それは、事実上の追放宣告だった。
院内は、あの日の激闘が嘘のように静まり返っていた。
私と迅くんの活躍は称賛され、彼の評価はうなぎ登りだった。
「鳶が鷹を生んだ」や「やはり血筋か?」
そんな勝手な噂話も、今は心地よいBGMのように聞こえる。
(…よかった。彼の努力が報われて)
私は医局でコーヒーを飲みながら、ふと緩む頬を引き締めた。
私たちの関係は、以前よりも深く、密接になっていた。
けれど、院内では完璧に他人の振りをしている。
死線を越えた私たちに、もう隙はないはずだ。
「…片桐先生。院長がお呼びです」
看護師長が、硬い表情で私に告げた。
院長室。
迅くんの父親であり、この病院の絶対権力者、我妻 巌(あがつま いわお)がいる場所。
嫌な予感が背筋を走る。
私はコーヒーカップを置き、努めて冷静に立ち上がった。
最上階の院長室。
重厚な扉をノックし、中に入る。
広大な執務室の奥、革張りの椅子に院長が座っていた。
その横には、婚約者候補である西園寺 美園が、勝ち誇ったような涼しい顔で立っている。
「…失礼します。お呼びでしょうか?」
「掛けたまえ」
院長は書類から目を離さず、前のソファを顎でしゃくった。
私が座ると、彼は一枚のプリントアウトされた紙を、テーブルの上に放り投げた。
「…片桐くん、これは、何だね?」
それは、病院のセキュリティシステムのログデータだった。
無機質な数字と記号の羅列。
けれど、医師である私には、それが何を意味するのか一瞬で理解できた。
〝X月X日 26:00 第3診察室 解錠(マスターキー使用)〟
〝同日 26:05 片桐冴子 ID通過(東棟廊下)〟
〝同日 28:30 第3診察室 施錠〟
日付は、あの日。
私たちが初めて〝診察室〟で身体を重ねた夜。
それだけではない。当直室、資料室、薬品倉庫…。
私と迅くんが密会していた日時の記録が、赤ペンでマーキングされていた。
「…偶然の一致、とは言わせんよ」
院長が眼鏡を外し、鋭い眼光で私を射抜く。
「深夜の空き部屋で、研修医と指導医が二人きり。…しかも、毎回二時間以上。何のための〝指導〟なのかね?」
「…そ、それは…」
言葉に詰まる。
「熱心に症例検討をしていた」と嘘をつくこともできる。
けれど、隣にいる美園が、クスリと冷ややかに笑った。
「…無理ですよ、片桐先生。とぼけても」
彼女はスマホを取り出し、画面を私に見せた。
そこには、薬品倉庫から出てくる私と迅くんの後ろ姿が映っていた。
二人の距離感。迅くんが私の腰に手を回している、決定的な一瞬。
「…清掃員が見ていたそうです。それと…〝薬品倉庫から、獣のような声が聞こえる〟って、言ってましたよ?」
美園の声は楽しげで、そして残酷だった。
「…まさか、あの潔癖な片桐先生がねぇ。…年下の研修医をたぶらかして、病院中で発情していたなんて」
「…ッ!」
「片桐くん。…君は優秀な外科医だ。高く評価していた」
院長が立ち上がり、私の前に歩み寄る。
その威圧感に、私は小さく震えた。
「だが、病院の風紀を乱す者は不要だ。…ましてや、私の息子の将来に傷をつけるような〝汚点〟はな」
「…お、汚点…」
私と迅くんの関係は、彼らにとってはただの汚れでしかない。
あの命懸けの夜も、互いを求め合った熱も、全て否定される。
「…単刀直入に言おう」
院長は冷酷に告げた。
「…君には、ここを辞めてもらう。…あるいは、地方の関連病院へ出向か…」
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