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第1章
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御者の隣に座っていたのだろう。自分の付き人らしき女が馬車の扉を開け、手を伸ばしてきた。ロカリエは手を掴み、ドレスが段差に引っ掛からないよう歩幅を小さくして降りる。ロカリエの目の前には、荘厳な佇まいの城があった。
あまりにも大きな城で、遠くからも見えていたが、間近で見ると更に迫力がある。
「ロカリエ・フェリス・ジェラード様、お待ちしておりました。我らロカリエお嬢様の護衛を務めます。よろしくお願いします」
「そ、そんな大袈裟な」
「? 大袈裟なわけがありません。我らはロカリエお嬢様が安全に辿り着けるよう、今までも付き添わせて頂いていたのですが……」
「そ、そう……うん、そうよね」
ロカリエほどの貴族になれば、こういった扱いを受けるのも必然なのだろう。慣れていない振る舞いをするのも不自然だと思い、ロカリエは「ありがとう」と言いつつ背筋を伸ばした。その言葉に少し兵士たちは不思議そうな顔をした。しかしすぐに仕事を意識したのだろう。真面目な顔に戻り、ロカリエの身辺を固める。
という事は、身を乗り出して街並みを楽しむ自分の姿も、護衛たちに見られていたということか。それはあまりにも恥ずかしい。少し小さくなるロカリエの前に、城の護衛兵たちがぞろぞろと出てきて道の両端に綺麗に整列し始めた。
「どうぞ、こちらになります」
案内役の兵士が城の入口までには橋を渡らなければならず、門番に付き添われながら歩いた。
私は一糸乱れぬ整列に感動したことと、その圧倒的な光景に、ロカリエはついつい会釈をしながら歩いた。付き人たちはその様子に驚いた顔をしていた。先ほどの護衛たちの顔といいどこか引っ掛かっていたが、やっと理解した。元々ロカリエは悪役令嬢でプライドが高い女の子だった。いちいちお辞儀なんかしないだろうし、……それが当たり前なのだという教育もされてるだろう。
つい転生前の癖が出てしまった。ロカリエらしく振る舞った方がいいかと思いながらも、そんなことはないと思いなおす。せっかく“自分”になったのだから、自分らしいロカリエとして振る舞いたいのだ。だからロカリエは、兵たちへの感謝をやめることはなかった。付き人と御者が驚いて顔を見合わせているのが分かる。
コツコツとヒールを鳴らしながら、背筋を伸ばした。
一歩歩く度にピンクのドレスと髪は揺れ、澄んだ薄紫の瞳が輝く。少女とはいえあまりにも美しいその姿に、兵士たちは息をのんだ。何度見ても、夢物語のように美しい娘だ。
数分後、ロカリエ一行はようやく城の前に辿り着いた。
「ロカリエお嬢様、ここからは僕たちが付き添わせていただきます」
表情にあどけなさの残る少年兵がそう挨拶をする。近衛兵なのだろう、剣を差している。かっちりとした制服に、マントを羽織ったその姿。きっとこの国における正装なのだろう。いかに自分が盛大なもてなしを受けているかが分かり、ロカリエは少し緊張した。
「よろしくお願いします」
愛想良く挨拶をすると、近衛兵はその笑顔に宛てられたのか頬を赤らめた。彼は声を張り上げて威勢よく歩き出す。彼らの間からやってきたのは、老齢の紳士だった。彼は年季の入った上品な所作で、ロカリエの前で深々と礼をする。
「初めまして。わたくし、執事長を勤めておりますアルフレッドと申します。本日はご足労ありがとうございました」
「え、ええ」
ロカリエは息をのむ。彼は小説の中でも登場していた執事のアルフレッドだ。ライカーの理解者であり、少しぎくしゃくしている彼の一族において、潤滑油のような役割も果たしている。小説の登場人物がいきなり現れて、ロカリエの緊張は一気に高まった。
「ライカー様とお会いする前に、少しわたくしから、このベーロンモマ帝国について説明させて頂きましょう」
アルフレッドはロカリエの隣に立ち、彼女の歩調に合わせるようにしてゆっくり歩く。
「このベーロンモマは階級制の国家でございます。王族、貴族、平民。しかしこの国のカルロ王は聡明なお方、決して民をないがしろしておりません」
「そうね。素敵な国王様だわ」
「そう仰って頂き、光栄でございます。貴族以上の民は魔法の心得がございます。有事の際には国を上げて、自分たちの国を守るつもりです」
「えーっと、なんだったかしら。魔法の属性は、火、水、風、土よね」
「さすがでございます。ロカリエ様は、勉学も達者でいらっしゃる」
「え、えへへへ」
小説を読み込んでつけた知識だが、褒められるならば嬉しい。もっとも、その才能に恵まれなかったのが自分――ロカリエではあるのだが。
「となれば、ライカー様の闇魔法の貴重さもお分かり頂けているでしょう」
「はい。そういった意味でも、この国には欠かせない人です」
「ロカリエ様は、この国の成り立ちはご存じですかな?」
「もちろん勉強しています。今はほとんどいなくなってしまいましたが、エルフたちの協力で建国できたんですよね?」
「左様にございます。その生き残りとカルロ王が結婚されて、早くも15年です。そこで産まれたライカー様は、歴史上から見ても非常に重要な存在といえます」
小説を読んで知っていた知識ではあるが、それがロカリエの中で“歴史”に姿を変えていく。ただの設定でしかなかったことが、いかにこの国において重要なことなのかを本能的に理解していった。
軽く城の案内をされ、肖像画、彫刻の説明された。しかし、ロカリエの耳にはあまり届かなかった。歴史の重さこそ知ったが、彼女の胸の中はライカーに会えることはの期待と喜びでいっぱいだったからだ。
一通りの説明が終わり、ようやく客室に案内された。金をふんだんに使った置物に、黒炭が出ない暖炉。いかにも王室というインテリアに驚かされながらも、ライカーの事を待った。
あまりにも大きな城で、遠くからも見えていたが、間近で見ると更に迫力がある。
「ロカリエ・フェリス・ジェラード様、お待ちしておりました。我らロカリエお嬢様の護衛を務めます。よろしくお願いします」
「そ、そんな大袈裟な」
「? 大袈裟なわけがありません。我らはロカリエお嬢様が安全に辿り着けるよう、今までも付き添わせて頂いていたのですが……」
「そ、そう……うん、そうよね」
ロカリエほどの貴族になれば、こういった扱いを受けるのも必然なのだろう。慣れていない振る舞いをするのも不自然だと思い、ロカリエは「ありがとう」と言いつつ背筋を伸ばした。その言葉に少し兵士たちは不思議そうな顔をした。しかしすぐに仕事を意識したのだろう。真面目な顔に戻り、ロカリエの身辺を固める。
という事は、身を乗り出して街並みを楽しむ自分の姿も、護衛たちに見られていたということか。それはあまりにも恥ずかしい。少し小さくなるロカリエの前に、城の護衛兵たちがぞろぞろと出てきて道の両端に綺麗に整列し始めた。
「どうぞ、こちらになります」
案内役の兵士が城の入口までには橋を渡らなければならず、門番に付き添われながら歩いた。
私は一糸乱れぬ整列に感動したことと、その圧倒的な光景に、ロカリエはついつい会釈をしながら歩いた。付き人たちはその様子に驚いた顔をしていた。先ほどの護衛たちの顔といいどこか引っ掛かっていたが、やっと理解した。元々ロカリエは悪役令嬢でプライドが高い女の子だった。いちいちお辞儀なんかしないだろうし、……それが当たり前なのだという教育もされてるだろう。
つい転生前の癖が出てしまった。ロカリエらしく振る舞った方がいいかと思いながらも、そんなことはないと思いなおす。せっかく“自分”になったのだから、自分らしいロカリエとして振る舞いたいのだ。だからロカリエは、兵たちへの感謝をやめることはなかった。付き人と御者が驚いて顔を見合わせているのが分かる。
コツコツとヒールを鳴らしながら、背筋を伸ばした。
一歩歩く度にピンクのドレスと髪は揺れ、澄んだ薄紫の瞳が輝く。少女とはいえあまりにも美しいその姿に、兵士たちは息をのんだ。何度見ても、夢物語のように美しい娘だ。
数分後、ロカリエ一行はようやく城の前に辿り着いた。
「ロカリエお嬢様、ここからは僕たちが付き添わせていただきます」
表情にあどけなさの残る少年兵がそう挨拶をする。近衛兵なのだろう、剣を差している。かっちりとした制服に、マントを羽織ったその姿。きっとこの国における正装なのだろう。いかに自分が盛大なもてなしを受けているかが分かり、ロカリエは少し緊張した。
「よろしくお願いします」
愛想良く挨拶をすると、近衛兵はその笑顔に宛てられたのか頬を赤らめた。彼は声を張り上げて威勢よく歩き出す。彼らの間からやってきたのは、老齢の紳士だった。彼は年季の入った上品な所作で、ロカリエの前で深々と礼をする。
「初めまして。わたくし、執事長を勤めておりますアルフレッドと申します。本日はご足労ありがとうございました」
「え、ええ」
ロカリエは息をのむ。彼は小説の中でも登場していた執事のアルフレッドだ。ライカーの理解者であり、少しぎくしゃくしている彼の一族において、潤滑油のような役割も果たしている。小説の登場人物がいきなり現れて、ロカリエの緊張は一気に高まった。
「ライカー様とお会いする前に、少しわたくしから、このベーロンモマ帝国について説明させて頂きましょう」
アルフレッドはロカリエの隣に立ち、彼女の歩調に合わせるようにしてゆっくり歩く。
「このベーロンモマは階級制の国家でございます。王族、貴族、平民。しかしこの国のカルロ王は聡明なお方、決して民をないがしろしておりません」
「そうね。素敵な国王様だわ」
「そう仰って頂き、光栄でございます。貴族以上の民は魔法の心得がございます。有事の際には国を上げて、自分たちの国を守るつもりです」
「えーっと、なんだったかしら。魔法の属性は、火、水、風、土よね」
「さすがでございます。ロカリエ様は、勉学も達者でいらっしゃる」
「え、えへへへ」
小説を読み込んでつけた知識だが、褒められるならば嬉しい。もっとも、その才能に恵まれなかったのが自分――ロカリエではあるのだが。
「となれば、ライカー様の闇魔法の貴重さもお分かり頂けているでしょう」
「はい。そういった意味でも、この国には欠かせない人です」
「ロカリエ様は、この国の成り立ちはご存じですかな?」
「もちろん勉強しています。今はほとんどいなくなってしまいましたが、エルフたちの協力で建国できたんですよね?」
「左様にございます。その生き残りとカルロ王が結婚されて、早くも15年です。そこで産まれたライカー様は、歴史上から見ても非常に重要な存在といえます」
小説を読んで知っていた知識ではあるが、それがロカリエの中で“歴史”に姿を変えていく。ただの設定でしかなかったことが、いかにこの国において重要なことなのかを本能的に理解していった。
軽く城の案内をされ、肖像画、彫刻の説明された。しかし、ロカリエの耳にはあまり届かなかった。歴史の重さこそ知ったが、彼女の胸の中はライカーに会えることはの期待と喜びでいっぱいだったからだ。
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